人気ブログランキング |

ゆうゆうタイム

yukotime.exblog.jp
ブログトップ

タグ:映画 ( 7 ) タグの人気記事

樹木希林さんありがとう

樹木希林さん、さようなら
そしてありがとう・・・

あなたが 静かでおだやかなほほえみを浮かべながら
天国への階段をゆっくりと上っていく様子が 私には見えます
「なんだか、ここも映画のロケみたいね・・・」そんなふうにつぶやきながら。

あなたがいてくれて 日本の映画やドラマはどんなに
豊かで深くなり、おもしろくなったことでしょう・・・
あなたは すべての感情の制約というものを受けずに自由に演じた。

かなしみもよろこびも含んだ、どちらともつかない不思議な表情が
魅力的だった、あなたにしか現わせない表現。
大きな目が 複雑にからむいくつかの感情を 同時に表現した。


今年は、「万引き家族」「もりのいる場所」みましたよ。
どちらの映画にも あなたの演技はまるで「重石」のようでした。
あなたがいなかったら この深い味わいはない、余韻はない。
「モリのいる場所」は、あなたが主演の映画でしょう。
胸にひびく愛とかなしさ、人生の諧謔、微笑・・・

いつでも あなたのそばにはユーモアが漂う。
それって あなたの人への愛なのでしょう?

実生活も あなたらしくユニークでしたね。
でも、私にはわかる。
別居していたから あなたは夫を愛せたのでしょう?

あなたを失うと 代わる人のいない日本の映画は
どうなるのでしょう。
偉大な損失です。
私たちは 自由でおおらかな美しい女性を失った・・・

気を遣う忖度社会の窮屈な日本のなかで あなたは神々しかった。
思うことを話し 思うように生きた、すばらしい!
私はその自由に 憧れる。

特にガンと共に生きた 人生の後半のあなたは
壮絶で 美しかった。
本音だけで生きていたようで、それはどんな勇気だろう。

そんなあなたを 夢みます・・・
そんな形で生きられたらいいな、私も。
これからは あなたのように生きたい。
どんなことにも拘束されず、自由で明るく羽ばく鳥のように。

なにも 怖がらない。
人生の幕は 必ず降りるから、
「それなりに」生きて 死んでいく。
あなたのように。

いつかみんな 同じ場所にいく。
完璧な自由と解放。
人生の終わりのあとの光の場所へ。

私の魂も あなたと同じように そこで生き続ける、
光のなか、永遠の一部として・・・
by yuko8739 | 2018-09-18 09:06 | 映画 | Trackback | Comments(0)

「永い言い訳」を読んで

小説「永い言い訳」を読み終えた。
西川美和監督の映画をみて、本を買った。
体調がよくなかったので 時間がかかったが読了した。
c0204725_10175690.jpg


この本の解説者:柴田元幸氏(翻訳家)は・・・
トルストイの小説「アンナ・カレーニナ」の冒頭の言葉、
~幸せな家庭はどれもみな同じようにみえるが、
不幸な家庭にはそれぞれの不幸の形がある~
という言葉をひいている。

まさに、主人公衣笠幸夫は 自意識過剰で自信過多で卑屈な小説家。
自己中心タイプで、私の最も嫌いで苦手な男だ。
妻の長い献身も愛も ほとんど感じない(ふりをしている)。
ふりをしていたら それが本当(リアル)になった。

まさに他者の痛みや感情には 鈍感でいられる人間。
無名時代の幸夫を支えた 聡明で美しい妻は、突然友と旅行中に
事故死してしまう。そのとき幸夫は自宅で 若い女と浮気をしていた。


多分今まで、彼は面倒なことやつまらないことすべてを 妻に任せていた。
食事は食べたいときに 出てくる。
汚れ物もほおっておいいたら きれいにたたんで引き出しに置いてある。
重たいゴミを出したこともなければ、回覧板を廻したこともない。

つまり彼は ほとんど「人」の暮らしをしてこなかった。
すべきことを放棄して 物書きの苦悩を大げさに演じたり。
妻への劣等感の裏返しで 尊大で冷酷な夫であり続けた。


しかし妻の死をきっかけに 幸夫の人生が大きく意外な方向に動き出す。
同じく妻を失った 妻の親友の夫、トラック運転手の陽一。
彼には 5歳の娘と小6の息子がいる。

長距離運転手の陽一は 子どもの面倒をみきれない。 
幸夫はふとしたことから この家族と係ることになる。
母を事故で失い、仕事で不在がちな父の代わりに 娘にご飯を作り、
塾帰りの息子を迎えに行く。

「チェ、面倒なもんだ、ガキなんて。
冷たい眼で俺をみるし いったいなにを考えているんだか・・・」
はじめは そんなふうだった幸夫が 日々子どもと過ごすなかで、
汚いこと、面倒なこと、作っては食べて 食べては洗って。

日々繰り返す、面倒なことを。
そのなかで子どものまぶしい笑顔にも 出会う。
母を失った子どもの泣けないかなしみにも 出会う。

「どうして 僕のお父さんは こんなお父さんなの・・・」
尊敬できない父への憎しみにも。
最愛の妻を亡くして茫然自失、子どものような純粋な陽一、
そして 息子の軽蔑に苦しむようになる陽一の悲哀にも 同行する。

つまり、幸夫は 人生で初めて面倒で厄介なことを 引き受けたのだ。
「神は 細部に宿る」
幸夫は 人と係るなかで「細部」を 実践していく。


それがあれば 人は生きることができる。
亡くなった妻は、その幸夫の足跡、それに続く道を導いた。

今まで 妻の死にも泣けなかった幸夫は この道を歩くことで
永遠に妻への「喪」の仕事を深め、実現することになる。

人と丸ごとかかわることで 人の再生を描いた、
なかなか味わい深い小説だった。
西川美和の人間洞察が よかった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

定期受診した脳外科の売店で 芥川賞の「しんせかい」が
掲載された雑誌を見つけて 買った。
朝日新聞の書評に惹かれていたので、読むのが愉しみ。

前日、みたかった映画「手紙は憶えている」をみてきた。
感想は またの日に。
by yuko8739 | 2017-02-17 09:51 | 読書 | Trackback | Comments(0)

「The Beatles」という奇跡

先日、映画をみに行った。
「ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years」
1963年~66年のツアー時代をベースとして、リヴァプール生まれの
4人の若者が どのようにして「ザ・ビートルズ」となっていったかを
描いたドキュメンタリー映画だった。
c0204725_14385483.jpg

c0204725_14391136.jpg

監督は「コクーン」「ビューティフル・マインド」などのロン・ハワード。
わが町の映画館の良心ともいうべき、「月いち名画」として上映された。
ビートルズのファンとしては 行かねばならない。

はじめに モノクロ画面の懐かしい彼らの姿が画面に現れ、
初期の頃の名曲が流れ始めると、私の体は勝手にリズムを刻みはじめる。
映画全編に流れたすべての曲を いっしょに口ずさんでいた。
彼らの曲は 私の一部になっているから・・・

昔と同じように 彼らとの一体感を感じて恍惚となった。
私の魂は歓びと自由を感じて 解放された。 
大好きなポールの チャーミングな笑顔。
茶目っ気があって ユーモアにあふれたジョン。

静かなハンサム、ジョージ。
天与のリズム感と愛嬌のリンゴ。
まるで 時代がタイムスリップした。
10代の始めの あのときのどきどきとわくわくが甦った。

ああ、世界中を巡るツアーで 彼らはこんなにもハードな日々を
過ごしていたのか・・・常人なら耐え難いツアーだったろう。

しかし幸いに 彼らは個人ではなく、4人という「仲間」と
いっしょだったから どうにか狂いもせずに耐えられた。
それほど絆は深かったのだろう。

音楽の創造の歓び、それを4人で作り上げる快感、演奏する陶酔、
観客の反応、それらのことが4人を支えた。
大勢の警官に囲まれて 自らの歌も演奏も聞こえないほどの
コンサートを 休みなく続けながら。


ハードなツアーの合間に ロンドンのEMIレコーディングスタジオで 
曲を作っている彼らは 実に生き生きと楽しそう。
こういう瞬間に 音楽の女神が何回も繰り返し降りてきたのだろう。
奇跡のような名曲が いくつも生まれた。

映画のなかで、著名人がビートルズの出会いやツアーの想い出を
語るシーンがある。
アメリカの名女優、ウーピー・ゴールドバーグやシガニー・ウイーバーの
言葉に胸打たれ、涙がこみあげた。

ウーピーは 今も目をキラキラさせて言う。
ビートルズを初めて聴いたときに 感じた。 
「私は黒人、彼らは白人、だからなんだっていうの!
自由に なんだってやっていいんだ、
人種とか国籍とかを超えて、自由に、
自分は自分でいいんだって 思えた」

この解放、この自由!!!
ビートルズ体験を語る人は これと同じようなことを感じている。
もっと自由に、より自分らしく。
快感と解放、そして音楽の深い悦び・・・ 

ケネディ大統領が暗殺されたあとでも、アメリカツアーを行った
ビートルズは、アメリカ南部での人種隔離コンサート
(人種によって席を分ける)には 断固反対したという事実にも胸を打たれた。

この映画はそのことをも 鮮明に描いていた。
彼らの魂は 正しいことや勇気で満たされている。

映画の最後には 特典として、ニューヨークシェイ・スタジアムでの
コンサート映像がある。
40分ほどのこの映像と音楽が すばらしかった!!!
ファンとして その場にいるように熱狂した。

彼らは自分たちの歌も演奏も 観客の絶叫で 全く聞こえてはいない。
それなのに 不思議なほどの正確さで歌い、演奏し
4人の息も合っている。

多分こういうハードな演奏を続けられたのは、デビュー前に
ドイツの歓楽街ハンブルグで 8時間もぶっ続けで演奏した経験を
積んだからこそ可能だったこと。

私は 彼らのすべての音楽活動を 奇跡だと思っている。

そしてビートルズという奇跡は 終わらない・・・
by yuko8739 | 2016-12-17 16:45 | 映画 | Trackback | Comments(0)

自主上映「牛の鈴音」

5月27日に 我が映画の会の「1周年記念上映」が 行われた。
韓国で約300万人の 奇跡的な観客動員数を記録した昨品で、
ドキュメンタリーとしては 世界各地でさまざな賞を受賞。
驚異の入場記録を作った 老いた農夫と1頭の牛の物語だ。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私は数年前から黒木和雄監督の作品に感動して、自主上映活動にかかわってきた。
これが縁となって東京府中撮影所で 黒木監督の遺作「紙屋悦子の青春」の
撮影見学という 感動の体験をする。

その後、「ひめゆり」「靖国」と自主上映を続けたが、
メンバーと話し合うなかで正式な会の結成を目指すことになった。
昨年から会の名前を模索し、今年1月に「●●シネマクラブ」という会の名前が決まった。

会結成の記念すべき初回の自主上映は 昨年5月の「マルタのやさしい刺繍」
スイスで観客動員数NO1の作品。
老年期の女性達の夢と希望と自立を描き 温かな感動を呼んだ。
2回の上映で入場者数は 500名に迫る大人気。

上映時のアンケートでは映画を観る喜びと感謝の声があふれていた。
遠方からの入場者もいて 私たちはその関心の深さに驚き、感動した。

昨夏8月の自主上映は実写版の「火垂るの墓」
黒木作品で助監督を務めた日向寺(ひゅうがじ)太郎監督作品だ。
アニメがあまりにも有名ですばらしかったが、8月に上映する「意義」のため上映が決まった。

映画の幼い兄妹と平和への思いを重ね、入場料の10%は紛争地の孤児院へ
寄付することに。
縁あってパレスチナ孤児支援を行っている 道内のNGOへ託すことになり、
事前にパレスチナの現状を学ぶために ミニ講演会も開催した。

その後 10月にはベトナムのダイオキシン被害の家族を描いた
坂田雅子監督の「花はどこへいった」を上映。
このとき上映会場で ベトナムのダイオキシンの被害者のため寄付金を集めた。

すると 今までにない4万円以上という高額の寄付金が
集まって 私たちは驚いた。
坂田監督は「今までの上映会では 最高の寄付金額です!」と喜んだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そして、先日5月27日は 「牛の鈴音」(英語題 Old Partner)

c0204725_116359.jpg

我らメンバーは いつもそうだが 上映前には あらゆる公共の場所や商業施設にお願いしてポスターやビラを配布し、チケットを託し、友人知人に声をかけ、でき得る限りの 地道な努力をして この日を迎える。
「少しでも多くの方に 優れた 胸を打つ作品の鑑賞を!!!」それしか 頭にない。

かなり地味な作品なので 入場者数はどうなのかと 内心心配していたが、思った以上に 入場者も多く。
2回の上映で3百数十名の観客となった。映画を観て 泣いている方も多かった・・・私も 大泣きした。

おじいさんと牛の 美しく悲しい 別れの物語。両者に忍び寄る 死の影。


老いて、痛んで・・・人も牛も それでも 土にはいつくばっても、毅然と生きている、そのすごさ、うつくしさ。
 
おじいさんは不自由な足が もう動かない。しかし膝をついてでも 牛の餌の雑草を刈る、生きていく。
その寡黙で 敬虔な姿・・・熱い涙が こみあげる・・・

私たちの親の世代にしか持ちえない 深い哲学を感じた。
生きることは 働くこと、動くこと・・・人間の原点を 見る思いがした。
いい映画だった。

我が怠惰を猛省しつつ こうして働いてきた 多くの父親、母親たちに、
そして それを手助けしてくれた多くの牛や馬、動物たちに、
深い感謝を 捧げたい・・・

c0204725_1171139.jpg
イ・チュンミョル監督はこう語っている。

「韓国では1997年からの通貨危機の影響で 自らを犠牲に働いてきた父親達が、路頭に迷う状況になった。
国を作ってきた、こうした父親達の存在に焦点を当て、その生き方を感謝をこめて撮りたいと思った」

「興業的な成功で苦労が報われた。彼らの生活を追うことで、自分は生き急いできたうえ、正直さも足りなかったと気づいた」

「悲しいのは 消え去ることではなく忘れ去られること。
映画のなかの牛のような存在や故郷など 大切な存在を思い出すきっかけにして」


 
by yuko8739 | 2010-05-28 10:40 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画好き 集まれ~

23日(土) わが映画の会 ◎◎シネマクラブ 主催
第一回「シネマ懇談会」を開催。
初回は 会結成のきっかけとなった 黒木和雄監督特集。

始めに NHK ETV特集『戦争へのまなざし~黒木和雄の世界~』を 上映。
この番組は 自分でもDVDで持っていて 今まで 何度も観ているが、
また こうやって大きなスクリーンで じっくりと観てみると 
何度 観ても すばらしくて 感動する・・・
 
その後 黒木監督と同窓のS代表に 宮崎県小林高校時代の
思い出を 語ってもらった。

黒木作品が大好きな メンバーkさんによる 黒木作品の解説。
「竜馬がゆく」「祭りの準備」などの初期作品から 『反骨の前衛作家』 
「TOMORROW 明日」「美しい夏キリシマ」 「父と暮らせば」
遺作の「紙屋悦子の青春」などの作品から 『誠実な反戦作家』 という 
黒木監督の持つ 二つの顔について解説。

最後に 参加者の自己紹介など。
05年11月に 会のメンバーふたり(私とMさん)が 監督の招きで
東京 府中の日活撮影所で、新作 「紙屋悦子の青春」を撮影見学した
思い出を語った。 (私は そのときの写真を持参)

黒木監督の 優しくて穏やかな笑顔が 私の胸に深く
今も刻まれている・・・

この作品の当地での自主上映には 必ず 来てくれると約束した
監督は 翌春の4月に 突然 脳梗塞で亡くなった。 
  この作品は 遺作となってしまった・・・

懇談会の後は 場を変え 居酒屋で懇親会。
再び 黒木作品への思いを 語ったり 初期の作品「竜馬がゆく」
の上映を 検討したり。

クリント・イーストウッド作品についても語ったが、それぞれ
好きな作品が違うのにも 驚いた。

私は断然「ミリオンダラー・ベイビー」
(イーストウッド、ヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマン、
3人共に 最高だった)

次には「ミスティック・リバー」
(ティム・ロビンスの演技が すばらしい!)

「チェンジリング」が いいという人もいた。

 
自主上映をすることも大事だけれど もっと自分たちが 
楽しめる活動をしよう という意見もあって 「大賛成!!!」

チケットを売ることばかり考えるのは どうなのだろう・・・
それだと けっこうしんどい。
~しなければならない~という なかば「義務」的な 
活動ばかり 多くなるのは あまりよくないのかもしれない。


札幌などで上映している いい映画を みんなで観に行ったり
その帰りに 自然のなかで キャンプして 一晩中シネマトークしたり、 
そういうことも すごく楽しいのでは ないのか・・・

せっかく 映画好きが集まっているのだから、
いい映画で いい時間を。
いい語らいを! 
そして いい人生を!!!
by yuko8739 | 2010-01-24 22:19 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画のよろこびpart3

まだまだ 私の映画の宝ものは いっぱいある・・・
「アメリカン・ビューティ」「ミザリー」や「デッドマン・ウオーキング」「シザーハンズ」
「今を生きる」「ボーイズ・ドント・クライ」には 号泣した。「トラフィック」の交錯する 人間模様。
「ショーシャンクの空に」 人間の生きる希望や自由の意味、友情を描いた大好きな作品だ。


ヨーロッパやカンヌ作品も いい。
「バベットの晩餐会」は 料理が人を幸せにすることを 静かに深く描く。
「本当のジャクリーヌ・デュ・プレ」は 芸術家の妹の孤独と 平凡な姉の人生の 
すさまじい相克。
「仕立て屋の恋」は 孤独と愛と死がテーマ。厚い一冊の本を読んだよう。

風変わりな女の子の物語「アメリ」も大好き。
「息子のまなざし」息子をなくした中年の父親の緊張と孤独。

「ベルリン 天使の詩(うた)」は 20世紀最高の映画と評する人も。詩情あふれる天使の物語。
極貧の「ロゼッタ」 詩人とピュアな郵便配達の深い友情「イル・ポスティーノ」
「燈台守の恋」・・・ ・・・
 
「初恋のきた道」は最高だった。「山の郵便配達」は中国。「青いパパイヤの香り」はベトナム映画。
「オールド・ボーイ」「殺人の追憶」は 強烈な韓国映画で 忘れがたい・・・

クリント・イーストウッド作品も 好きだ。
私のNO1は「ミリオンダラーベイビー」 NO2は「ミスティックリバー」だ。
「グラントリノ」では 高齢の彼が主演もして 男の美学を描いた。

しかし残念ながら 男の美学とは どうも女の私には 理解しがたく・・・
私の好みでは 「ミリオンダラー~」の孤独な老トレーナーが 比べようもなく 魅力的だ。


こう書いてゆくと これでも まだまだ 観た作品のほんの一部なのだ。
これらの映画が 私を創っている・・・

そして ここに挙げた作品を中心に いつか ひとつずつ 深く振り返って 
観た感想を 書いてみたい。 
そうすると 私のシネマライブラリーが 完成するのだろうか・・・

本と映画の関係も なかなかおもしろかった。
「羊たちの沈黙」「バベットの晩餐会」は 本も映画も おもしろかった。

トールキン作 児童文学の金字塔「指輪物語」=「ロード・オブ・ザ・リング」は 
9冊の本のほうが 断然おもしろかった。
この数年 こんなに夢中になって興奮した本は なかなか ないくらいだった・・・

児童文学とは 児童も読める文学だ。
大人にとっても 深い根源的な人生の示唆を内包し 
本質に触れることができる文学なのだ。

絵本でさえも 私は読んで 泣いてしまうことが よくある・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

私は数年前から 黒木和雄監督の作品に感動して 自主上映活動に かかわってきた。
監督を招いての「TOMORROW 明日」上映は 観客の熱気がすごかった。
私は 監督の前で 号泣してしまい、続けて再度 この映画を観た・・・

「父と暮せば」「美しい夏キリシマ」・・・庶民の ごく普通の暮らしを淡々と丁寧に 描きながら、
黒木さんは  戦争というものを 深く静かに 糾弾する。

そのことが縁となり 私は東京府中撮影所で 黒木監督の遺作「紙屋悦子の青春」 の
撮影見学という 感動の体験をしたのだ。
忘れられない 数時間だった。
この話も いつか機会があったら またの物語・・・

その後、昨年の「ひめゆり」「靖国」と 有志で自主上映を続けたが、
今年1月には 正式に自主上映のための会が発足した。

会結成の 記念すべき初回の自主上映は 今年5月の「マルタのやさしい刺繍」
スイスで観客動員数NO1の作品で、老年期の女性達の夢と希望と自立を描き、
温かな感動を呼んだ。2回の上映で入場者数は500名に迫る大人気。

上映時のアンケートでは 佳い映画を観る喜びと 感謝の声があふれていた。
遠方からの入場者もいて 私たちはその関心の深さに驚き、感動した。

この夏8月22日の自主上映は 実写版の「火垂るの墓」
黒木作品で助監督を務めた 日向寺(ひゅうがじ)太郎監督作品だ。
アニメがあまりにも有名だが、8月に上映する「意義」のため 上映が決まった。

このように 私は「映画を観る人」だけではなく「映画を上映する人」にも なった。
だからといって 自分の観たい映画、好みの映画を 上映できるわけではない。
それほど 単純なことではない。

上映する意義深い作品と 私の好きな作品が 合致するとは限らない。
それでも 万人が認める傑作はあるにせよ、突き詰めていくと 
個人の好みの問題だから、共感できるか、できないかは 案外難しいところ。
感性や感情の問題も 複雑に絡む。

しか しこの会を通して 映画を愛する多くの仲間と 出会った。
会の同世代の男性 Mさんに薦められて観た「善き人のためのソナタ」
この作品は とてもよかった。

30代の監督は 東ドイツの秘密警察の実態を数年かけて調べ上げ 脚本を書き映画にした。
非情な秘密警察に 引き裂かれる 芸術家の苦悩と愛と死。主役の秘密警察官が出色。
ラスト 主人公のひと言の なんという深い味わい・・・

これから 自主上映の準備ばかりに忙殺されずに 本来の「映画好き」の活動も
していきたい。 「シネマトーク」 つまり それぞれが 「大好きな私の10本」を語り 
みんなで それをゆっくり聴くような会を開いていこうと 仲間と話している。
映画で もっと もっと 楽しまなくちゃ!

人間を 映画という形で語ることは 私の愉しみだから・・・

そして 私は 映画の神さまに 愛されているから・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

近頃の作品では 邦画の「フラガール」「おくりびと」が 国民的な2大名画だと思う。

洋画では 「スラムドッグ・ミリオネア」の物語性(脚本が秀悦)と疾走感がすばらしかった。


このように 入ったら出られない 「映画」というトンネルのなかで
銀幕の女神に 見守られながら

私はいつまでも 夢をみている・・・
by yuko8739 | 2009-11-14 13:28 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画のよろこびpart1 

外は 激しい雨になった。
昨夜の気温は2度で 寒かったが 今朝の寒さは緩んだようだ。
こんな日は 暖かな部屋で 映画を観るのに限る。

私は 趣味やボランティアなどの会で 自己紹介するときには こう言うことに決めている。
「自然と 本と 映画と 平和の好きな (私の名)です」 わかりやすい。


ということで、今日は大好きな映画について 書こうと思う。
私が「映画」なるものに開眼したのは 一本の映画がきっかけだ。

それまでも 母に連れられてディズニー映画も観ていたが、映画に心底
感動したのは、この作品が始まりだった。
 
「サウンドオブミュージック」・・・ こう書くだけで マリアの歌声が 私のなかに響きはじめる。
因みに 私が小遣いを貯めて 初めて買ったサントラ盤が この映画のLPだ。
初めてのミュージカルだったが 違和感は全くなかった。
美しいザルツブルグの風景に心酔し、歌の歌詞には ドキドキした。

何年ものあいだ この歌「Sixteen Going on Seventeen」(もうじき17歳)を 
心に抱いていた。
17歳になったら 私にもこのような「恋」が訪れるのか・・・と、
17歳を待ち焦がれた。

しかし、17歳になっても 私の人生には すてきな恋は 
やってこなかった。はかない片恋で もがき苦しんだ。
映画と人生は 当たり前だが 全く違っていた・・・


映画に描かれた家族愛や人間模様、平和への祈り 
自由への憧れや生きる勇気・・・
すべてが 私の魂に 強く訴えかけた。
世のなかに こんなに すばらしいものがあったのか・・・

思春期前半に この映画で目覚めたことを、私は自分の人生のなかの
最高に幸せな出会いだと 感じている。
そして なぜこの映画だったのかと 今書いていて 気づいた。
私が今でも求めるもの すべてがこの映画に描かれているからだ。 
「真 善 美」・・・

私はそれから 一気に 映画道をつき進んだ。
小遣いを貯めては せっせと 映画館に通った。
私が中学生の頃は 映画を観るのに 教師の許可が必要だった。

そんなことは無視すればよかったのに、律儀でマジメ一筋の私は職員室に通った。
M・アントニオーニ監督の「欲望」という映画の許可をもらうとき
教師は「なんだこの映画は!」と言った。私は黙って 映画のちらしを見せた。
それは いやらしい映画ではなく カンヌ映画祭で最高賞受賞の作品だった。

しかし 許可はもらえたのだと思う。
なぜなら 私は 実際にこの映画を観たから。
しかしこの映画は スタイリッシュ過ぎて 現実と非現実が交錯し 
その頃の私には 理解できなかった。

多分 その頃は 自分の好きな映画は どんなものかもよくわからずに、
あらゆる映画を 私は観ていたのだろう。

きっかけが洋画だったので それに「英語」が大好きだったこともあり、
私が 観る映画は 洋画がほとんどだった。
そのため 邦画の佳い作品を 私は見逃している。
そのことを 今はとても残念に思うし 後悔している。

高校生になってから 友達がほとんどいなかった私は 
ひとりで毎土曜に映画館に通った。
映画を観るために レコードを買うために 私は小学生に
算数を教えるバイトを始めた。

あの頃は アメリカン・ニューシネマの黄金時代だった。
 「俺達に明日はない」「卒業」「イージーライダー」
「明日に向かって撃て」真夜中のカーボーイ」
「いちご白書」「フレンチコネクション」「スケアクロウ」
「カッコーの巣の上で」そして「タクシードライバー」
数々の忘れがたい名画が 心に浮かぶ・・・

映画館は 後部座席から混んでいく。
私は周囲の動向に邪魔されずに 映画に集中するため 
誰もいない前の方の座席を好んだ、この癖が今でも取れない。

私は あの頃 どんな「心の旅」をしたのだろう・・・ 
なんども なんども 泣いた。号泣した。
心が激しく揺さぶられた。そのたびに 映画に溺れていった。

映画で 世界のどこにでも 行けたし 誰にでもなれた。
そういう意味で 映画は本にも よく似ている。
人間の心と そのあらゆる形 表現。
友情と孤独。親と子。

愛と憎しみ。生と死。老人と若者。大人と子ども。
戦争と人間。病と健康。信頼と裏切り。出会いと別れ・・・
挫折と成功。

あらゆることを 私は映画館の暗闇のなかで 学んだ。
映画は 人生の 最もすばらしい教師だった・・・

学校では 知識しか 学ばなかった。

映画で 生き方が 問われた。
歩むべき道は 鮮やかに 示唆された・・・

今の私が 私であるための 不可欠な要素は
 「本と映画と人」だと 私は 確信している。

続く


 
by yuko8739 | 2009-11-14 09:26 | 映画 | Trackback | Comments(1)