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ゆうゆうタイム

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<   2019年 04月 ( 12 )   > この月の画像一覧

春の野の花に出会う

雨嵐の天気で、春の散策会は翌日曜に順延になった

この陽は快晴、雲ひとつない目に沁みるような青空。

我が町の観光名所、断崖絶壁の白い灯台が美しい岬の遊歩道を歩く。


大型連休初の日曜で、すでに駐車場は満杯気味。

ここの遊歩道は自然豊かな水の流れる渓谷で、

原生林の姿のままで残っていて、野鳥や野草の宝庫となっている。


集合して さっそくいつものコースをスタート。

入り口から ニリンソウの大群落が私たちを迎えてくれた!

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他の場所では あまり見られないオオバキスミレも斜面に。

笹のなかには カタクリもまだいっぱい!

ヒトリシズカの群生も、ニシキゴロモ、エゾエンゴサクも。

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春の日差しのなか 自然の命が精いっぱいここで生きている!

その感動は この胸に満ちてあふれ出す・・・

冬を越えて、この春に今私も生きている!

春を迎えるその歓びは 言葉では表せない。


そそり立つ絶壁を眺める場所で この地形について

成り立ちや特徴を 講師のFさんとAさんが持参した手製の図解で説明。

海のなかの海底火山の爆発がきっかけで この場所ができたこと。

元々は 島だったこと。

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それが徐々に隆起してその先端が絶壁となり、

この半島を形成したこと。

なんと興味深い 数百万年前のふるさとの歴史!!!


ウグイスの鳴き声が 美しく愛らしく響く。

まだ葉が茂っていない木々の合間から 太平洋や駒ケ岳も見える。

空の色を映して、紺碧の濃いブルーだった。

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道沿いの野の花に夢中になっていたら、止水の溜め池に到着。

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ここで エゾアカガエルやエゾサンショウウオの卵塊や

オタマジャクシを見物。

ムクドリも歩いていた。

オタマジャクシもすいすいと 陽の当たる水の中で

気持ちよさそう・・・これも愛おしい命の姿だ。

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すてきな数時間の散策が終わり、私の好きな野草の名所のお誘いしたら、

そこでお弁当を食べることに決まった。

車で20分走って 民俗資料館の裏手の湿地に向かった。


ここでお弁当を広げて みな笑顔。

湿地帯になっているこの場所にはミズバショウ、エゾリュウキンカ、

ニリンソウ群生、キクザキイチゲ、アズマイチゲ。

カタクリ群生、エゾエンゴサク、キバナノアマナ、

オオイヌノフグリ、オオバナノエンレイソウなどがいっぱい!

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そこから向かったのは、K町山奥のカタクリ山。

私たちの自然の会が 毎秋に笹狩りを10数年続けて

増やしたカタクリ山には 一般の方も見物に来ていた。


昔は笹原だったことが信じられないくらいの

見事なカタクリの群生地になっていた。

すばらしい!

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そこで 今日の会は解散したので、私は娘宅に向かった。

娘夫婦が炭焼きをしているとのこと、でも孫ちゃんふたりは留守。

どんどん親離れが進んでいる思春期だが ちょっと寂しい。


おいしい炭焼きの数々をつまみながらおしゃべり。

夕方になると気温も下がったので 焚火をして温まった。

散策で疲れたので 早々に帰宅。


心は春の自然に触れる深い歓びを こうして抱きしめる・・・

このことが 私にとっては生きている実感を最も強く感じるとき。

春の美しい自然を、神さまありがとう・・・


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by yuko8739 | 2019-04-30 12:52 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

わたし年をとるのは初めてなので

少し前に、朝日新聞に 医師に対しての

ある患者さんの言葉が書いてあった。

「私、年をとるのは初めてなので・・・」


病気なのか 老化というのはこういうことなのか

どっちか、わからないと言いたかったのだろう。

その言葉に 深く共感した。


シニアとよばれる年代になって 老化が進む。

60代初めのころは なぜ?と思うことが多かった。


なぜ? このくらいの重さのものが持てないのか、

なぜ? こんなに疲れやすくなったのか、

なぜ? 寝つきが悪くなったのか、

なぜ? 傷が治りづらいのか、


なぜ? いろんなところが痒いのか?

なぜ? 原因不明の肩痛や腱鞘炎が治らないのか?

なぜ? また痛みは繰り返すのか?


なぜ? 風邪がこんなに長引くのか、

なぜ? なぜ?・・・


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


今は、もう、なぜとは思わなくなった、体は経年劣化する。

それが自然、この世に生きたらいつか死ななければならない。

生まれ直しはあの世?で体験するかもしれないが、

今自分の体とこころは 死に向かって進んでいる・・・

この自覚は しっかりと持っていたい。


だがしかし・・・戸惑いは大きい。

つまり、「はじめての経験」なのだ、毎日の痛みが、不都合が。

冒頭の患者さんのように。


劣化する自分の体を 日々実感する。

能力が増すのではなく、能力が失われるのはやっぱりかなしい。


経験によって知識や知恵もつき、臨機応変の対応力も増し、

多少の狡さやジョークで茶化しながら ごまかしながら、

難しい対人関係も こなせるようになったのに。


こころは、やっとシニアになって落ちついて

過ごせるようになった。

ひりひりするような 胃が痛むようなストレスからも、

いぶ解放されてきたのに。


中年になってからは・・・これでいいなあ、

あるがままの自分がいいなと 思えるようになった。

CMではないけれど「なにもたさない、なにもひかない」

私という人間は こういう形 こういう魂 それでよし。

あなたという人間が それでいいのと同じように。 


でも体が、こんなふうになる。

この年になると、どこも痛くない人はいないよ、

と椎間板ヘルニア後遺症の友は 慰めてくれるが。


よろけるし、19歳の時にケガで傷めた左ひざは一生の重荷だ。

いつまで経っても 伸ばせず、曲がらず不自由なまま。

長くも 早くも歩けない。


指は関節が太くなり 曲がりかけている。

使い過ぎが原因の、家事労働者に多いという

「ヘパーデン結節」の兆しだろう・・・


でもこの手は どんなに多くの仕事をこなしてきたのか。

ときどき自分の不格好な手を眺めながら しみじみそう思う・・・

美しい手ではないが、膨大な仕事をこなしてきた尊い手。


先日も日の当たらない車庫前で 冷たい水で

大小7個くらいの漬物樽を 感謝を込めて洗った。

残りの漬物を片付けながらも、手が寒さでしびれ、

トイレに何度も駆け込み、すべての仕事が終わったのは4時間半後。


思えば、この手を使わない日はない。

毎食のご飯を作り 卵焼きを焼き、カツや天ぷらを揚げる。

おやつにケーキも焼き、あんドーナツも揚げ、

ヨモギ餅も作り、魚も煮て、イカを茹で 山菜の下ごしらえをし、

何種類もの漬物を漬けて・・・常にこの手が 働いている。


今までこの手が どれだけの笑顔や幸せを作り出したことだろう・・・

こういう手が、こういう体が、今死に向かっている。

死に向かう日々は 私には「はじめての経験」・・・


こういうことが老化というのなら 老化はかなしくて、

なんだか滑稽でもあり、静かなようで ざわめいて。


ただ、高齢化する人生のひと時にも 生きる歓びは

生きている限り 存在する。

雪が降る冬の夜空を見上げる、白い世界の美しさ。

春、初めて出会う早春の野花の可憐な愛おしさ。

夏の海の子どもの笑い声。

秋の原生林の水辺に映る、燃えるような美しい紅葉。


語り合う うれしそうな友の笑顔、

季節ごとの旬で彩る 家族の食卓。

ああ、人生は美しい・・・

自然の一部となって 私はこの時を生きている。


私の手が動かなくなって なにもできなくなっても、

私の笑顔が最後まで

だれかを温められると いいなあ。


最期の最後まで・・・




by yuko8739 | 2019-04-24 09:27 | | Trackback | Comments(0)

4月子ども食堂/春の庭仕事

雲ひとつない快晴の日曜日に 4月の子ども(地域)食堂が開催された。

この日の申し込みは40食、メニューは二色ご飯(豚そぼろと炒り卵)と

五目豆、大学芋、ほうれん草のピーナツ和え、そうめん汁漬物、ケーキなど。

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調理ボランティアのひとりが腰痛で来られなかったので、
塩こうじで漬けた絶品漬物を たくさん届けてくれた・・・ありがたい。
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事前の準備がよいためか 手際のよい指示で作業は順調に進む。
開始時刻の11:30前に すべての支度が完了。
お茶を飲んだりと 余裕の時間配分だった。
どういうことでも このように進めることができたらいいなあ・・・

私の担当は 大学芋だった。
さつまいもをレンジでチンして片栗粉をまぶし、からりと揚げて、
たれに絡めたが、おいしいと好評だった。


やはり料理は臨機応変、大量調理の場合は特に事前の仕込みが
とても大切だと プロの料理人Sさんからは学ぶことが多い。
家庭の調理とは 全く違う。


この日も、子どもたちもお年寄りも「とてもおいしい!」
ランチメニューは好評だった。
献立を立てる苦労が 報われた気がした。
また来月も、がんばります!


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毎日、時間を作って 飽きずに?庭仕事を続けている。
いつも草だらけの庭が 少しだけきれいに変身するかなぁ・・・
枯れ草や枯れ枝をかき集めて拾い、草取りを繰り返して
だんだんきれいになる我が家の庭が うれしい。


花たちも 喜んでいるようだ。
行者ニンニクの葉もつやつやと伸びている。
行者ニンニクと間違えて誤食すると死んでしまうのが
このコルチカム(イヌサフラン)
葉が出るのは春で、花が咲くのは秋。

行者ニンニク
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コルチカム

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福寿草は終わって実になったが、クロッカスやチオノドクサは
咲き終わりそう、ムスカリはもうすぐ。
ヒマラヤユキノシタもつぼみが膨らんで・・・

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椎茸のほだ木に可愛いベビー椎茸を発見!
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大好きなオオバナノエンレイソウの芽も 出始めた。

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ますますきれいになって うれしそうな花たち。
エゾムラサキツツジの蕾はすでに美しい花の色!
開くのはもうすぐ。
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いいなあ、暖かい春の日に 好きな音楽を聴きながら
こうやって飽きもせずに 外でできる庭仕事があるのは。
そういうことを 深い幸せのひとつに 数えたい私。

今夜は 春の憲法の集い。
講演会が楽しみだ。


 

by yuko8739 | 2019-04-22 23:47 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

黒松内ドライブと野の花

友人夫婦に誘われて 黒松内に行くことになった。

友人夫妻は この町の飲料水会社が無料で提供している、

天然の湧水を汲みに行くために この町に定期的に通っている。


黒松内は、道内のブナ北限の地として知られている。

黒松内道の駅「トワ・ヴェール」(仏語で緑の屋根)の名物は

絶品チーズピザ!これを食べるのも大きな目的。

この地は、5月ごろのタケノコ採りの名所?としても有名だ。


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行く途中で 有珠町の善行寺自然公園に寄ってみた。

有珠山噴火の巨大噴石があちこちにあるこの公園は、桜の名所。

桜の時期は、中国や東南アジアからの観光客を乗せた大型バスの 

大勢の人でにぎわう。

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しかし、私たち野草愛好者は 春の妖精たちが一斉に芽吹く

この早春の時期こそが 最高の時期。

福寿草、オオイヌノフグリ、カタクリ、キクザキイチゲ、

エンレイソウ、キバナノアマナ、エゾエンゴサク、

エゾノリュウキンカ、スミレ、ミズバショウ・・・


厳しく寒い冬を乗り越えて まさにやっと今が「命の饗宴」

この公園でも 日当たりのよい暖かい場所のカタクリは、

すでに終わりを迎えていたが、キクザキイチゲが咲き、

エンレイソウも咲きかけていた。


真っ青な春の空に映える黄色い花は、サンシュユ。

桜のつぼみはまだまだ 固い。

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公園を出て しばらく春ドライブ。

山の雪はまだら模様で残っているし、道端にも雪の塊が多い。

そんな道沿いの道路や草地には ふきのとうや

白いキクザキイチゲの群生がいっぱいだった。


湿地ではミズバショウやリュウキンカの黄色

い花も 咲いている。

春到来の歓びが 自然の大気のなかに満ちている・・・

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黒松内に着いて、最初に行ったのは、

古民家の和菓子屋さん「すずや」さん。

季節ごとの愛らしい練切りやわらび餅、柏餅など、

とてもすてきな和菓子がいっぱい。

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オーナーは、鎌倉から移住した和菓子職人さん。

家族4人で移住して この黒松内にやってきてもう11年。

ついついさまざまな種類の和菓子を 買ってしまった。


次に向かったのは 黒松内カタクリの名所「奥の院」

でも坂道は雪で車も登れず、花もまだ咲いていなかった。

今日の目的の水汲みに、向かう。


道内のスーパーなどで販売している飲料水メーカーが

製造場所の一角に、無料の湧水を提供している。

4本の蛇口から、地上に初めて出るという自然の水を

汲むことができる。


一口飲むとやわらかな口当たりの水だった、おいしい。

友人夫婦は18L入りのポリ容器に、何本も水を入れては

車のトランクに運んだ。

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そこからトワ・ヴェールのピザランチに向かった。

焼きたての熱々ピザは、チーズの香りが濃厚。

4種類のチーズを使っているそうだ。

とてもおいしい!

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この町に来たら いつもこのピザを食べてしまう。

ここのベーコンも とてもおいしい。


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帰りに花を見るのに、また寄り道。

キクザキイチゲはほとんどが白で、濃い紫色の花はとても珍しい。

そんな夢のような、紫のキクザキイチゲが群生している場所を

散歩していた友人が数年前に発見した。


そのときから毎年 ここのイチゲやカタクリなどを

見に行くのを とても楽しみな私。

その場所に着いてびっくり!!!

例年よりも 花が増えている気がした。

夢のような 野花のパラダイス。

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あちこちに可憐なカタクリ、青紫の濃淡のイチゲゲが

延々と広がって 最盛期の花を咲かせている。

こんな風景は どこにもない。

普段の観察会でも 紫のイチゲは数輪見られるかどうか。

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ここは、ほとんどがその青紫系。

白いイチゲのほうが少ない。

すごい、すばらしいと感動して写真を撮り続けた。

春だね、また会えたね、きれいだね・・・

そんな言葉が 心のなかで響く。

この美しさこそ 無上の歓び!


帰宅して和菓子好きの友に すずやの和菓子を届けた。

漆塗りの器に並べて 写真も撮った。

わらび餅風黄な粉餅を食べたが、思わず笑ってしまうくらいに

とろりふわりと、おいしかった。

いいなあ、春の和菓子は最高・・・

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野花を愛でて、絶品ピザランチ、夢のような紫のイチゲに感動、

和菓子のすばらしさに、ときめいた。

誘ってくれてありがとう!友よ。

なんてすてきな1日!




by yuko8739 | 2019-04-20 13:22 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

故郷の小さな町で暮らす

私は故郷から出ないで 生まれ育ったこの小さな町で

ずっと生きている。

海外旅行にも国内の旅行にも 数えるほどしか行かなかった。

締め切りのある取材や原稿書きを長く続けたので、

旅の余裕がなかった。


時間やお金を 自由に使えるようになったら 

すでにシニアになっていた。

10代の頃怪我で痛めた左ひざのために 長く早くは歩けない。

そういう体のせいか、しだいに気持ちは旅から離れてしまった。

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私の親友は 大学時代にイギリスに留学し、最初の子は

ヒューストンで出産している。

彼女は 毎年のように世界各地に旅しているし、

その話を聴くのも 私は好き。


高校の同級生のなかには、スウェーデンやオランダなど

世界各地の海で 魚の買い付けの仕事をした人もいる。

数か国で 日本人学校の校長をした人もいる。

そういう人たちの話を聴くのは 本当に楽しい。


いいなあ、とは思う。

それでも小さな町で一生暮らす自分も、悪くはない。

それはそれでいい。

どこにも行かなくても 私はどこにでも行ける。

時間も場所も越えて・・・そういう時間が持てる。

それで 充分に幸せだ。


小さな町で 満ち足りて暮らしていけるのは、

もしかしたら読書や映画によって 内心の旅をしているから?

そこで自由自在に 生きているからかもしれない。

世界中のさまざまな時代に生きる主人公の隣で

そのとき起きたことを 追体験する。 


五感を刺激する 濃密なめくるめく体験!

魂は 時間空間に囚われずに自由に飛翔する。

その自由がある限り 私は感動と満足を感じて

生きていけるのかもしれない、小さな町でも・・・


読書や映画の創り出す世界は どこまでもリアルで

かなしく 美しく すばらしい。

私に人生の自由と歓びを与えてくれた この最高の

読書と映画というものに 深く感謝したい。


この二つのものがない世界は 考えられない。

人生の最後まで 読書と映画によって

自由に旅を続けながら 生きていきたい・・・





by yuko8739 | 2019-04-17 23:21 | | Trackback | Comments(0)

片付けの魔法?

家の各所の片づけや庭の草取りが進んでくると、

放置してあるさまざまな部分まで、気になりはじめた。

そして15日放送のNHKスペシャル「こんまり流片付け」を見て、

私は ちょっと泣けた。


「こんまり流片付け」とは・・・

片づけコンサルタント・近藤麻理恵が提案する片付け方法。

こころがときめくもの以外は 感謝してから捨てる。


近藤さんは2014年の著書「人生がときめく片づけの魔法」の中で、

家を片づけることは、自分の身の回りや「過去にかたを付けること」

「その結果、人生で何が必要で何がいらないか、

何をやるべきで何をやめるべきかが、

はっきりとわかるようになる」という。


彼女は 2015年にアメリカ「TIME」誌の最も影響力のある人

100人に選出された。

自ら提唱する「こんまりメソッド」で人々の生活を

変えていく様を捉えたNetflixのリアリティーショー

KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~』で

今も世界的な注目を集めている。

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NHKのこの番組を見ていて感じた。

家を片付けられない人が 自分と向き合いながら 

なぜモノが捨てられないのかをたどっていくと、

その人の生きる不安やかなしさに行きつく。


こころはそのかなしさを埋めようとして モノを囲い込むのか。

見たくない自分を隠すために 膨大なモノが必要なのか・・・

いろんなことを 考えさせられた。

モノとこころは 直結していた。


つまり それは「片付け術」にとどまらない。

講師による 一種のカウンセリングなのだろう。

講師は決して 片付けようとしている人を否定しない。

共感し、かなしさにも寄り添う


だからモノを片付け終えると、新しい自分として生きていける。

モノを捨てられるようになると 昔の自分とさよならできる。


「今、ここ」を大切にして 生きていける。

そうなのだとしたら これは片付け術といより

やっぱり一種の魔法だ。


どういう方法であっても 自分を変えるということは とても難しい。

それも自分で自分を変えるということは 至難のわざ。

自分の住む家や 自分の持ち物を整理することで、

今まで知らなかった自分と会う。


そのことを通して 新しい自分になる(成る)道を 歩いていける。

人間のすばらしさとは、命が尽きるまで 変わることが

できるということ。

変わる可能性を 持っているということ。


それを私は、「希望」と呼びたい。


人は最期まで 希望と共に生きることができる。




by yuko8739 | 2019-04-16 19:34 | | Trackback | Comments(0)

忙しい春の仕事

春はなにかと忙しい。

先日は、母の折りたたみベッドを収納するために、

収納スペースの片づけや整理などに 丸1日かかった。


両ひざに人工関節の手術をした母が 我が家に泊まりに

来るためには ベッドが必要。

折りたたみベッド購入の予定で、メーカ-や価格、

評価などを、比較検討していた。


購入タイプを決めたので、使わないときには

収納しておく場所が必要。

どうにかスペースを確保しようと 整理整頓片付けを始め,

1日かかってやっと終わった・・・



その前には本棚に放置してあった100枚以上の古いレコードを、

ネットの買い取り専門店に 買い取ってもらった。

懐かしいビートルズのレコードにも さよならした。

後日、連絡があり我が家の120枚ほどのジャズレコードは

4500円という価格で 買い取りされた。


理事会やボランティアの運営打ち合わせもあり、

この時期は忙しく 落ち着かない。

これから4つの会の総会が続く。

13日には 最初の総会が終了。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

庭は、ますます春の様相。

だんだんと命が芽生え、あふれている。

福寿草は満開、クロッカスも咲き、ムスカリの芽も・・・


雑草の芽も、異常に元気。

どういうわけか、今年は殊勝な?私。

早めに草対策しようと 草取りをはじめている。

便利な草刈りカマも 買ったことだし・・・

使ってみて、これは大正解!


1日数時間、土をほじくって草の根を取る草取りは、

普段使わない肩やひじを フルに使う。

終わった後で 右肩や右ひじが腱鞘炎のようにキリキリと痛む。

夜もこの痛みで目が覚めるほど、湿布をべたべた貼っている。


それでも我が家のエリア別?草取りは 着々と進む。

ときおり作業の最中に、痛む肩をさすりながら、折れない膝を

かばいながら後ろを振り返ると、なんと美しい雑草のない庭!


野生の美しさに満ちたMさんちの広大な庭の比ではないけれど。

可憐で美しい植物たちの咲く 我が庭の愛おしき姿よ・・・

今年はせっせと 草取り職人がんばります!


入院していた新PCも 元気に退院。

フォトも 快調に使えるようになった~うれしいな。

Nさん、リカバリCDの製作までやってもらって、ありがとう!




by yuko8739 | 2019-04-14 12:52 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

新PCの入院/タケノコご飯とぼた餅

新PCを使い始めて ようやくさまざまなことが

自分仕様となって快調だったのに・・・

デジカメ写真データをPCに移行するのに、

10では フォトというソフトが使われる。

10を使い始めた頃は フォトがたちまち立ち上がり、

難なくSDカードで画像を取り込むことができた。

しかし 何が悪かったのか、何かをまた
こじらせてしまったのか?

SDカードの画像の取り込みが できなくなった。

古いPCに画像を取り込み、USBメモリを介して 
PCに画像を取り込んでいた。

2度手間なので、フォトを回復すべく、

また民間サポートセンターに行くことにした。

その日は晴天のうららかな春、
午前中の庭の草取りは思いの他はかどり、
午後からサポートの会に出かけてみた。

サポートの会では 先客数人がPC相手に奮闘中。

順番を待って、NさんがPCを見てくれたが、

システムの復元をして 様子をみることになった。 

だが1時間半が経っても なかなか終らない。
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私は待つ間に買い物に出たが、30分ほど経って

戻ってもPCは回復しなかった。

「どうも様子がおかしいので 
PCを預からせてください」とNさん。

なんだがショックだった。

なんと新PCは「入院」となった・・・

がっくりと気持ちが落ち込んで帰宅。

病気の息子が毎週木曜には 夕ご飯を食べに来るので

気が晴れないまま レミさんのタケノコご飯と若竹汁。

かぼちゃとチーズとアスパラのサラダを作った。

息子の好きな鶏のから揚げも・・・

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家族はみな喜んで おいしいと食べてくれたが。

内心は置いてきたPCが心配で・・・

この頃はなかなか素直で、いい感じに育っていたのに残念。

どうして新しいPCには こんなにも「ケチ」がつくのだろう。

何が悪かったのかも わからない。

私が何かしたのだろうか・・・ため息ばかり。 

そうしたら夕食後にNさんから電話、

「不具合は直りましたよ、フォトも使えます」と連絡。

ああ~よかった、よかったあ。

すぐ退院できてよかった。

不安でたまらなかったので、ひと安心。

こうなるとPCはもう体の一部かな・・・

不調だと気落ちする。

快調に働かないと 自分の感情さえ不具合になる。 

これがない世界は想像できない。

使った人にしか わからないのかもしれないが。
超便利!!!
知識と知恵、世界中の情報すべてにタッチできる。

もし これが使えなくなったら どうしようか。

代わりになるものがない。

ちょっと 恐ろしい・・・

数日前に手作りあんこで「ぼた餅」と「いなり寿司を」を
作ってボランティア会議のあとでケアハウスの母に届けた。

艶やかなぼた餅食す母のゐて

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by yuko8739 | 2019-04-12 09:32 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

「8050問題」とは?

先日、新聞に記事が載っていた「8050問題」

その深刻さに、驚いた。

家庭内のひきこもりの子どもは1980年代頃から増えていたが、

その子どもたちが今は50代となり、80代になった親が

面倒をみ続けている。


以前は、引きこもりとは若者の問題とされていた。

しかし、それから30年もたった今では、

社会に出る機会を逃したまま、ひきこもりの子どもは

50代となっているのだ。


ひきこもりの中高年の調査が、はじめて政府によって行われ、

329日に発表された。

40代から64歳までのひきこもり状態の人は全国で613万人!

初めて明らかになったその数に 驚く。

つまり、民生委員などが以前から指摘していた

8050問題」は 特殊なことではなかった。


また「就職氷河期世代」(現在の30代後半から40代後半)の

多くが40代になったということもあり、中高年の引きこもりが

多いという原因になっているらしい。


若年と中高年のひきこもりを合わせると、その総数は「110万人」!

男性が765%を占める。

暮らしは、以前と同じように親の収入に頼るが、

親世代は80代となり、年金暮らしで家計も厳しい。


親子の老化は避けがたいし、病気も多発する。

親子共々、互いに面倒をみきれなくなったら・・・

いったいどうなるのだろう?

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この問題に詳しい精神科医(筑波大)斎藤環氏は・・・

「中高年のひきこもりが社会問題化してこなかったのは、

国による調査がなされなかった影響が大きい。


全国の自治体や研究者から、ひきこもりの半数が40歳以上という

調査結果が次々と出ていたにもかかわらず、国は放置してきた。

こうした国の姿勢は『ひきこもりは青少年の問題』という

先入観を広げることにもつながった。

その責任は重い。


今回の調査をきっかけに、中高年の当事者のニーズを

丁寧にくみ取った就労支援に加え、当事者や経験者らが集まって

緩やかに経験を共有できる居場所を全国につくることが必要だ。」

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自分のまわりをみても 確かにそういう家庭は存在する。

定職につけなかったり、定職につかなかったりする、

未婚の息子や娘が 親と同居する世帯は存在する。


今まで国が 全国的な調査を放置していたのは、なぜだろう?

そういう家庭は どうしても内向きに閉じてしまう。

閉じてしまった家庭に 他者が介入して新しい風を入れる。

地道で誠実な取り組みや働きかけによって、

新しく自立への道が 開けるかもしれない。


日常は、ときに非日常の思いがけない介入で変化する。

滞ったからだと心、親子の固定化した関係を変えるために、

地域力も試されるだろう。

何かできるといいのだが・・・


例えば・・・

地域には 今たくさんの「子ども食堂」ができている。

それの夜の部?などで 「大人のしゃべり場」

「隠れ場」みたいなことは できないだろうか?

そこに、話を聴いてくれそうな人間通の大人がいたら、

救われる中年のひきこもりの人も いるのではないか・・・


人が、人の役に立つためのシステムを作るには、

専門家の知恵を生かした国の有効な施策こそが第一段階。

そこから地域の特性も踏まえて 人間力を生かして

人のつながりを育てていくことは 可能ではないのか。


日々 人は老いてゆく・・・

早急に有効な手当てを 考えなければならない。 

閉じた家庭のなか 親子に悲劇が起きないように

「他者」という 風や光を入れなければと思う。





by yuko8739 | 2019-04-11 09:53 | 社会 | Trackback | Comments(0)

元号ってなんだろう

「令和」という元号を 私は好きではない。

世間のおめでたムードに 水を差す気はないが。

最初から そう感じていた。


言いにくいし、「れい」という言葉のイメージが悪すぎる。

多分、これからは西暦を多用するだろう。


あれから数日が過ぎて 元号が決まるときの

首相主導?の実態なども徐々に 報道されている。

ますます嫌な不快な気分だ。


だいたいが、その異常な秘密主義はなんのため?

オープンで明るいイメージが 全くない。

どうしてさまざまなことが この国では「閉じて」しまうのか。

秘密裏に 行われてしまうのか。


だいたい平成という元号が決まった経緯さえ、

30年経った今でも 明らかにされていない。

日本の古典から元号の漢字を引用するということも、

「日本会議」の意向とか。

安倍総理も同じ考えだろう。


日本の漢字は すべて中国から伝わった。

大陸から文化や儒教など暮らしの思想も伝わった。

今までの漢詩からの元号引用は、ごく自然だったと思うが。

 

日本の古典からの引用に これほどこだわるのは

どんな理由だろう、なんだか気味が悪いと感じるのは

私だけだろうか・・・

そして令和は命令の令、この国の行方を示しているようだ。


朝日新聞46日 朝刊より引用。

「令和フィーバー 報道も過熱」

災害・不況・・・平成リセット願望?

「批評や検証、弱かった」指摘も(一部引用)

情報法などを研究する早稲田大法学学術院の

波多江悟史講師(憲法学)は、こう語った。


「ネット時代の今、新聞やテレビに求められるのは事実の紹介では

なく、批評や検証の役割だが、今回はそれが弱かった。

元号にはもともと為政者が時を支配するという意味が伴うため、

首相の発言を報じる際は権力者に追随する結果にならないように、

問題提起や批判的な態度をもつことが重要」


「改元をめぐっては象徴天皇と政府の関係はどうあるべきか、

保守層の動きは天皇の元首化につながらないかなど、

論じるべき問題がたくさんあった」


ある民放関係者はいう。

「新元号発表は、大型イベントだった。

お祭り騒ぎに乗っかるのはテレビの性質。

ただ、背景を深く掘り下げる報道も必要で、

そのバランスをもっと意識する必要がある。」


どんなことでも 為政者の言うこと、行うことには、

どんな意図が隠されているのか、どこへ行こうとしているのか。

国民はいつでもメディアと共に、厳しい監視者でなくてはならない。


祭りを楽しむのはいいが、浮かれ気分でいるだけではなく、

為政者の眼がどこを 何を見ているか 

私たち国民は 注意深く考えなくてはならないと私は思う。


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もうすぐ終わる、福寿草の金色に輝く命のときが・・・



by yuko8739 | 2019-04-07 23:34 | 社会 | Trackback | Comments(0)