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ゆうゆうタイム

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<   2019年 01月 ( 14 )   > この月の画像一覧

自主上映「女を修理する男」

昨年にノーベル平和賞を受賞した、コンゴの婦人科医師、

デニ・ムクウェゲ医師の命がけの治療と 性暴力被害から

立ち直るための女性たちの困難と涙を描いたドキュメンタリー
を見に行った。

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映画をみて、言葉を失った。

5歳とか、7歳とか、赤ん坊までが性暴力の被害者となっている。

これは 現実の「戦争」なのだろう。

内乱と言っても 戦争なのだ。

そうでなくては このような残忍なことが

人間にできるわけがない、絶句。

戦争だからこのような狂暴で 女性の人生のすべてを奪うという

暴行がこれほど多く横行するのだろう。

凄惨な大量殺りくの村、性暴力を受けて生き残った女性たちには

何も残らない。

親も殺され、村八分にされ、学校にも行けず

暴行により妊娠した子どもを やむなく出産する。

性器を刃物で傷つけられた多くの若い女性や幼児は 

手術をしても ときに命を落とす。

2度と性交もできず、結婚もできず、生きていくすべがない。

これほど残酷な仕打ちがあるだろうか・・・

からだもこころも 徹底的に破壊されるのだ。

ムクウェゲ医師は脅迫を受け、一時はヨーロッパに移るが、

コンゴの女性たちはお金を貯めて 彼の旅費を作り

戻ってほしいと運動を始めて彼は戻ってきた。

命の危険を感じながらも これまで4万人以上の

レイプ被害者を治療し、精神的なケアを続けてきた。

たびたび国連で 女性の人権を訴え昨年は

ノーベル平和賞を受賞した。

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彼は国連などで 数年前から強く訴えてきた。

コンゴの性暴力は 性欲ではなく一種の武器だと。

世界で70%のレアメタルの産出地帯のコンゴ東部では 

このレアメタルの算出地域の獲得をめぐって

内外の激しい部族紛争が絶えない。

集団殺戮と性暴力で徹底的に村を破戒し、レアメタルの算出地区を

住民から奪うことが コンゴ内戦の実情なのだ。

レアメタルを デニ・ムクウェゲ氏は「紛争鉱物」と呼ぶ。

そして「レイプがコストの安い『戦争の武器』として使われている」と危機を訴え続けてきた。

私たちの使うスマホやパソコンなどの製品を作るために

不可欠な鉱物を巡って、コンゴでは多くの人が命を失っている。

コンゴ紛争が勃発して20年、コンゴでの死者は
540万人にのぼる。

報道もされないその事実を 今一度心に強く刻みたい。

悲惨な性暴力を産む元凶が 先進国優先の経済活動なのだ。

そのことを日本のマスコミが繰り返し 広く正確に
報道することを望む。

先進国に生きる私たちは、コンゴ産出のレアメタルを使わない、

という形で 紛争に手を貸すことを避けられるが、

(アメリカでは一部の企業の製品にそのような表示があるという)

日本では そのような方法で紛争鉱物を避ける企業は存在しない。

壊れてもいないのに スマホの機種変更をすることは、
コンゴの紛争や殺戮、無残な性暴力を助長することに

つながるということを、私たちは強く認識しなくては
ならないだろう。

全ての後進国の紛争や悲劇の本質は 

先進国の経済活動と 切り離せない。
なんと残酷なことだろう・・・


by yuko8739 | 2019-01-29 23:45 | 映画 | Trackback | Comments(0)

冬の自然勉強会


今回の冬の自然勉強会は、自然の会代表のKさんの講演。

気温も1度と温かくて青空も見え、風もなかった。

こころの旅も終わりにできた気分がして こころは清々しかった。

軽やかな思いで 自然勉強会に出かけた。

<1部のテーマは ふゆ>

氷筍や霜柱、霜の花(フロストフラワー)など、
冬の自然の美しいこと!
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冬の木々の茎が落ちたあとは、とてもおもしろい!

かがくのとも絵本、名著「ふゆめがっしょうだん」
でおなじみだ。

オニグルミは まるでおサルさん。

オオカメノキは うさぎみたい。

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雪の上で見られるガカワゲラは川上を目指している?

蜘蛛やダニ、トビムシ、クモガタガガンボなどの写真も。

雪の上の足跡も なかなか興味深い。

鹿や野鳥、ネズミ、イタチ、キツネ、アライグマ。

<第2部は 虫は不思議でおもしろい>

ノイバラの実から生まれるハチ、クジャクチョウ、
ヒメアカタテハやミヤマカラスアゲハ、コムラサキ。

ゾウムシやカメムシの産卵、陸地の貝はマイマイなど。

美しいルリボシカミキリ。
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オニグルミの紅くて美しい雌花と雄花、

ホオノキの種には糸がついている!
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種を持続させる細やかで精緻な生き物の営みを

感じさせてくれるお話しに聞き入った。

<3部は花>

春・・・福寿草、アズマイチゲ、キバナノアマナ、キ
クザキイチゲ、エゾエンゴサク、カタクリ、ニリンソウ、
エゾノリュウキンカ、
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色とりどりの北国の早春の妖精たち!!!

美しいスライドを眺めていると、春がすぐそばまで

やってくる気配がする。

野花の好きなKさんの愛情たっぷりの美しい写真に 
うっとり。

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春めく陽の光のなかで 美しくて不思議な自然の姿を 
堪能した。自然の命のつながりは有機的なつながりを持ち、
何ひとつ欠けても 循環しないものだと思う。
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さまざまな自然の命と命の精緻なつながりと 
子孫を残す絶妙な采配があってこそ
保たれる継続性を 実感した。

自然界には 不要なものなど存在しない。
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講演の後に 会のメンバー数人で ランチをすることになり、

洋食レストランに行った。

定番のハンバークランチは 野菜がたっぷりでおいしかった。
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ランチのあとで、自主上映の映画をみるために、
新しい市民活動センターKに急行した。


by yuko8739 | 2019-01-29 09:58 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

2019自分への旅

先日の朝日新聞で 吉本ばななさんの言葉が
1月初めからの自分のかなしさや、自分の知らない自分と出会う衝撃を
やわらげて、背中を押してくれるような気がした・・・


吉本さんは人間関係について、波風をおそれて表面を取り繕うより、
自分の素直な気持ちを相手に伝えることこそ、
本当に愛ある態度だという信念を持っているという。
「うそをついて無理して接しても、相手はそれを敏感に察知する。
人生には不幸もあるという大前提を忘れずに、
はっきり表現することが一番のやさしさ」



私は、シニアの年齢になった今、今年のお正月過ぎから、
かなしい感情に 取りつかれてしまった。
その感情が刺激されると  ふいに号泣したくなる。

理由もわかっていたが、それを言葉にして 相手に伝えなければ
生きていけない気がした。
不眠にもなった。

そして、私は相手にそれを伝えた。
そのことには 大きな勇気が必要だったが。
それでも 私は長い間我慢してきたから 
話さなくてはならなかった。

自分の勝手な思い込みでもかまわない。
事実認識が間違いでも どうだっていい。
私には 身を裂くかなしみ、辛さがあるだけ・・・

そのときに 感じた。
自分のなかのこの制御できない激しい感情は 
いったいなんだろうと。
そして私は ついに理解した。

私のなかには 幼いさみしい女の子がいることに。
理不尽でも不合理でも そんなことはどうでもいい。
こんなことは嫌だと、女の子が泣いている。


私は驚愕した。
私のなかに そんな子どもがいるなんて。
自分の混乱とは この子のせいだったのか・・・

私はもうシニアの大人、心理的混乱などはもう過去のこと。
日々老いの道を行く この安定した年齢でも 
そんなことがあるのだろうか?
でも それが現実だった。

河合隼雄さんの心理学を 少しは学んだ者として考えると、
それは充分に あり得ること。
多分、これからさまざまなプロセスを体験しながら 
泣いている少女を 私のなかに統合することが私のすべきこと。
きっとこのことは 私が私として生きるために必要なことなのだろう。

私が思いがけなく遭遇したかなしさは、まるで極地の氷山のよう。
海の上にほんの少し氷が浮かんでいるだけかと思っていたら、
冷たい海の下には 巨大な氷の塊が・・・
これってなに・・・?

この巨大な氷のなかに 泣いている女の子がいた。
これも わたし。
これが わたし。
信じられなかった・・・ 

幼い女の子は無知で 幼稚で だたさみしくて泣き続ける。
大人の私は この子の手当てをはじめなければならない。
隣に座って 肩を抱く。
温かい飲み物を 手渡す。
もうだいじょうぶ、これからはずっといっしょだよ。
もうさみしくないよ、と。



考えてみると、私はほとんど 他人に甘えるということがない。
家族にも 甘えない。
だれにも 頼らない。
なんでもひとりでやる。
それでいいと思ってきた。
だからこころは甘えたくて さみしくて分裂したのか。

この世でただひとり、このひとだけには
甘えたかったのかもしれない。
それなのに 長い間拒否されていた気がして
だからきっと かなしかったのだろう。
だから 泣いている女の子が 顕れた。

その人は 泣いて謝ってくれた。
私も うれしくて泣いてしまった。

これからは そんな自分と歩く。
幸いに 自分に起きたことは理解できる。
激烈な怒りやかなしさは 収束しつつある。

それでも、油断すると また魂のなかでは
冷たい氷山のなかで あの女の子が泣く。

人生とは、生きていくとは こんなふうに
知らない自分に劇的な形で 出会うことかもしれない。

そこにこそ、私だけの物語が生まれる。
そして 私はそれを語り続けていこうと思う。
言葉を使って 道しるべを探すのだ。

こうやって。
こんなふうに。

これがわたし、と。
by yuko8739 | 2019-01-26 12:11 | | Trackback | Comments(0)

吹雪の女正月

年末から お正月とハードな家事労働者の女性たち。
シニア友と慰労の「女正月をしよう!」とずいぶん前から日程を調整。
忙しいTさんの都合を優先して この日にした。

しかし・・・朝から猛吹雪!車は車庫から出せるのか?
そして近くの友だちの家までも 行けるのか?
国道まで出られるのか?このホワイトアウトのなかを・・・

朝から、持ち寄りの揚げ物などを用意したが気が気ではなかった。
せっかくランチの支度をしたけど 行けなかったらどうしよう・・・

これだから雪国の冬は 油断がならない!
雪が舞いあがり、視界もきかないかな・・・?
国道まで出られれば、どうにかなるのだが。

逡巡していたら家人は危なからと 行くのを止めた。
「コンビニの前まで行ってみる、無理ならすぐ戻るから」
そう言ってコンビニの前まで行ったら どうにかなりそう。
迎えに行くTさんの家のそばまで どうにか行けた。

電話すると、吹き溜まりがあるから歩いて車まで来るという。
数分待って やってきた友を乗せて大きな道まで出た。
除雪車の後ろについて ゆっくりと国道まで進んだ。
ここまで来ると もう安心。

少し走ると吹雪も止んで 青空も見えてきた。
緊張が緩む・・・これで女正月ができる、めでたし!

友がうれしい顔で 出迎えてくれた。
よく来たね~無事に着いてよかったね
みんなにこにこ、木々の間からは青空も見えはじめた。
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幸いに、雪嵐は去った!
持参した料理を広げて 一気にテーブルが華やかに!
金柑生姜茶を頂き、まずはひと休み。
吹雪が晴れてよかった、よかった!除雪車も出動していた。
久しぶりに のんびりと ゆっくりと近況などを報告。

ある程度の時間がなければ、深い話はできない。
この日この時を私は待っていた、話したいことがあったのだ。
お茶をいただきながら 私の話を聞いてもらった。
私の感情に添って否定されずに 聴いてもらえた。
とても うれしかった・・・

ランチの時間になり、朝から揚げたチカのフライ、
鶏もも肉の味噌炒め、Tさんの玉ねぎドレッシングのサラダ、
Hさんが茶碗蒸しとお吸い物を用意してくれた。
漬物も数種類、ニシン漬けやカブなどの甘酢漬けも。
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すてきな女正月ランチだった!
デザートは果物とお汁粉、高級杏仁豆腐など。
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自分のこと、家族のこと、子どものこと、
いろいろと思いを語り合い 最後は笑顔で別れた。
また会おうねと 夕陽のなかを帰宅・・・

自宅近くでは、除雪車がフル活動中!
何台もの除雪車が すごいスピードで行き交う。
道路の雪を 角地に集めて積んでゆく。

そばに近寄っては危険だ、ぶつかったら大変。
これで家の前の雪もなくなり ひと安心。

さて、友との絆を糧として、 
また日々の歩みを 進めていこう。
少し、元気になった私。
by yuko8739 | 2019-01-24 20:57 | 友達 | Trackback | Comments(0)

自然の会温泉新年会/1月子ども食堂

自然の会の「新年会」が10数名参加で、はじめて温泉一泊で開催。
毎年恒例のオークションも楽しみで、友人たちに声をかけて、
家庭に眠っている不要品なども 提供してもらった。

木製の額や小型の引き出し付き家具、和食器、洋服や
不要な本など ずいぶんたくさんの物が集まった。
前日には、またフロランタンを焼いてオークション用に
ラッピングし、新年会で食べる分は缶に詰めた。

これらすべては 会の活動資金となる。
これでオークションの準備万端!

夕方4時過ぎに、会のメンバーと洞爺湖に向かった。
曇り空だが、気温も穏やかで 夕暮れが近くて
ばら色の雲が静かに浮かんでいた。
湖畔のホテルに到着し、オークション用の
膨大な荷物をカートで6階の会場に運び入れた。
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その後、宿泊の部屋から眺めた景色は最高!
墨絵のような洞爺湖と中島、静かなモノクロの美しい世界が広がっていた。
集合時刻になり、いよいよ自然の会の新年会がはじまった。
代表挨拶のあと、新年を祝って乾杯!
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楽しい宴がはじまった。
会の青年部?Rちゃんが企画した、おもしろいカードゲームで
盛り上がり、いよいよはじまったオークションで宴は最高潮に!
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昆布やワイン、お菓子や日本酒、昆布巻きや海苔などの食品。
運動靴や木製飾り棚、ストールや洋服、靴下、タオルなど日用品。
置物や文具、和食器や本も多数。

オークション名人Sさんの 絶妙でユーモアたっぷりの名司会で
次々と品物が売れてゆく。
私もワインや絶品昆布、妹の孫用に絵本などを購入。
和気あいあいと爆笑のなか、あっという間にオークションが終了。
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持参した自家製カブや大根の甘酢漬けとりんごも好評だった。
出品したフロランタンは、あっという間に売り切れ 
新年会用に焼いたフロランタンも 喜んで食べてもらった。

朝まで宴会場を使えるとのことで、夜に強い私は数人のメンバーと
最後まで居残って おしゃべり。
普段は個人的なことは話す機会もないが こういうときには
お互いのこともわかって 楽しかった。
改めて よい会とよい仲間たちと出会えたことに感謝・・・

源泉の温泉だと聞いたが、かなり「怖い話」を聞いた私は、
深夜過ぎの温泉に入る勇気もなく!同室のHさんと
おしゃべりしながら午前3時過ぎに就寝。

朝7時半まで熟睡し、朝食後に友人に頼まれた林檎を
買いに果樹園に行き 急いで帰宅。
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そのまま 遅れて第7回目の「こども食堂」に向かった。
着替えをして すぐ調理や食器洗いを担当。
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この日のメニューは 
「カレーうどん、ミニおにぎり、酢の物、ぜんざい」他にも
菓子店から毎回寄贈のケーキとみかん。
なかなかすてきなメニューとなった。
1月のカレーうどんは みなおいしいと大好評、
それを聞いて 調理担当班はにっこり。
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短時間睡眠の新年会から 子ども食堂でのはりきりランチ作りと
バテバテの私は帰宅して 午後4時頃からぐっすり寝てしまった。
夜のご飯支度は・・・ラッキーなことに何もせずに、
家族みんなで ラーメン外食!

忙しい日程だったが、とても楽しかった新年会、
そして好評だった こども食堂がうれしかった。
さて、のんびりしよう・・・
by yuko8739 | 2019-01-21 11:25 | 仲間 | Trackback | Comments(0)

友に出張ランチ/読書

いつも私の作った料理を とても喜んでくれる友の家に、
簡単絶品パスタを作りに(出張ランチ?)に行ってきた。
3種類の漬物(沢庵、カブの甘酢漬け、ニシン漬け)と飯寿司、
そして「紅茶豚」や昨夜の我が家のおかず、「メンチカツ」まで持参。

持参したものをすべておいしい!とすごく喜んで食べてくれた。
昼には メンタイコパスタをあっというまに作って食べた。
バタとニンニク、メンタイコがとてもいい香り!
「おいしい~、簡単!!! すぐまた作るね!」と夫婦で満面の笑顔。

簡単にできて こんなにおいしいのだから、うれしいよね。
ご主人は「またお正月がきたみたいだね!」とご満悦、
飯寿司や漬物をおかずにして ビールをおいしそうににこにこ飲んだ。
いいなあ、やっぱり私は こういうことが何よりも好きなのです。

ただ、自分もうれしくていっしょに食べていたら 写真を撮るのを
すっかり忘れてしまった・・・まあ、いいか。
来週は「女正月」をする予定。

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映画「サウルの息子」をみて、衝撃を受けた私。
その原作となった本「私はガス室の『特殊任務』をしていた」
という本を探して買った。
読むのには、かなりの勇気がいる本でもある。

監督はこの本に出会って脚本を書きはじめ、映画を撮ろうと
決めたのだ。

「楽園のカンバス」のあと、今はサリンジャーの
「ナイン・ストーリーズ」を読んでいる。
朝日の読書欄でおもしろいという評判のミステリー
「カササギ殺人事件」(上下)も購入。

辺見庸氏の詩集も買った、彼は、どんな詩を書くのだろう。
彼の最新作「月」も読みたい。
この最新作は、2016年7月26日未明に発生した、いわゆる
「相模原障害者施設殺傷事件」から想を得た小説。

障害者のきいちゃん、この施設で働くさと君を中心とした物語。
きいちゃんは重度障害者で 他者と意思疎通も不可能。
だが、そのこころの美しく豊かなイマジネーション、
きいちゃんの魂の宇宙がすばらしい!とあるブログ主の読後感。

私たちは多分、障害者について 何も知らないのだ・・・
さと君の背中を押す「世間の悪意」の一端を
自分自身も担っている・・・そういう覚悟と恐怖を持って 
読まなければならない本だと思っている。
泣きながら読むだろう、そんな予感。

この事件を 「他人ごと」にしたくない。

「自分のこと」に しなければならないと私は感じている。

そのために、私はこの本、 辺見庸作「月」を読むのかもしれない。
by yuko8739 | 2019-01-17 11:38 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

町が消える?ニュータウンの悲劇

私の町ではただ一軒のショッピングセンターが閉店した。
日々買い物に通った馴染みの店。
大きな声の元気な魚屋のおじさんがが、大好きだった。

この町に住みはじめた30年前は 小さな商店数店の入った
寄り合い所帯だった。
買物に行くと混雑して混みあい、押し合いへし合い歩いたものだ。
人があふれていた。

肉屋さん、魚屋さん、野菜屋さん、
新婚の頃、毎日のように重たい買い物を引きずるようにして 
途中で休み休みしながら 遠いアパートに帰ったものだ。

おいしいものを食べるのは好きだったが、さほど作れる料理が
多かったわけではなかった。
それでも22歳の新米主婦の私は、おいしいと喜ぶ顔が見たくて
買物に足しげく通った。

その後、ニュータウンの人口が増えるにつれて、
ショッピングセンターも新築となった。
2階建てのその複合施設は、1階には市内のスーパーや、
おいしい熟成肉で人気の肉屋さんや 小さいながらセンスのよい洋服店、
花屋さんや雑貨屋さん、薬局、電気屋さん、靴屋さんもあった。

2階には美容室、床屋さん、料理講習のための調理室、
会議室などもできた。
他の町に行かなくても 買物とさまざまな用事には だいたい間に合った。

そのショッピングセンターの道を挟んだ隣には、市のサービスセンターと
バス停があり、図書館分室も会議室もホールもあった。
郵便局や信用金庫もあり、町の中心にコンパクトに
必要な公共施設が集まり、日常生活に困ることはなかった。

しかし、ニュータウンは いつしかオールドタウンになる。
子育て世代が歳を重ね、子どもは他の町へ出て行くようになると、
一気に人口は減り、高齢化率が上がっていく。
この数年で 独居老人も空き家も増えた。

ショッピングセンターも 急激に変化する。
靴屋さんがなくなり、薬局も撤退し 電気屋さんも消えた。
80代過ぎてもがんばっていた雑貨屋さんも 家族の介護で閉店。

そして、昨年12月に このショッピングセンターのストアが撤退。
テナント料金が高く 赤字続きだったらしい。
この町で 日々の暮らしを支えていた店が消えた。

そのストアが消えると、バスに乗って他の町に買い物に
行かなくてはならない。
車を持ち 運転できる人はまだいいが。
それにしても「明日は我が身」・・・
私もいつまで車の運転が可能だろうか。

公共交通機関がほとんど整備されていない地方都市では、
車は「足」そのもの、バスも少ない。

車もなく、運転もできない高齢者は コンビニに行くしかない。
そういう町に なってしまった・・・
住民は署名を集めて 市に嘆願書を出している。
この町は 市の決めた「ニュータウン造成」でできた町。

一刻も早く、暮しに必要な買い物ができる店を誘致してほしい。
そのためにテナント料などの補助も 行政が負担すべきだろう。
このニュータウンで生きるために必要なのだ、買い物のできる店が!

このショッピングセンターの肉屋さんに買い物にくる人も
途方にくれた顔・・・肉だけあっても 野菜が買えない。
肉屋さんの売り上げは激減するだろう。
ついでに買い物ができるから 肉屋さんにも立ち寄るのだ。

私も先日この肉屋さんに買い物にいき、熟成肉を買ったが、
今まであった奥のストアでは 何もない食品棚が暗闇のなかで
ひっそりと静まり返っていた。
だれもいないし、なにもない。
ショックだった・・・

どういう形でもいいが、生きていくために必要な食品を売る店が
1日も早く 再開してほしいとただ願っている。
この町を 助けてほしい!
by yuko8739 | 2019-01-14 15:03 | 地域 | Trackback | Comments(0)

朝日新聞新年インタビューより/映画「サウルの息子」再び

朝日新聞 1/9 新年インタビュー
民主主義を生かすために
政治学者 ダニエル・ジブラット さん
(1972年生まれ、ハーバード大学で教え、現在は教授、
共著「民主主義の死に方」は15か国語に訳されている)

以下引用
民主主義を脅かす指導者の特徴とは?
「民主主義のルールを軽んじること、対立相手の正当性を
否定すること、暴力を許容・促進すること、
メディアを含む対立相手の市民的自由を奪おうとする姿勢です」


民主主義を機能させるために、権力を持つ指導者の側に
問われることは何でしょう?
「政治で競い合う相手は敵ではなく、正当な存在であると認める
『相互的寛容』。政治家が特権を行使するときに節度をわきまえるという
『自制心』これらが何よりも大事でしょう。
このふたつを私たちは、民主主義を守る『柔らかいガードレール』と
よんでいます。」 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

朝日新聞 1/10
オピニオン&フォーラム
戦争なき世界への道 (新年インタビュー)

法哲学者 スコット・シャピーロ(イエール大教授) 
国際法学者 オーナ・ハサウェイ(イエール大教授)
以下 一部抜粋
シャピーロ
「日本の憲法9条はそれだけで独立で存在しているのではありません。
唐突にマッカーサーが思いついて特殊な条文が日本の憲法に
付け加えられたというわけでもありません。

歴史的な背景と思想的な系譜があり、パリ不戦条約以降に
形作られていった、現代の世界に息づく平和に関する法体系の
有機的なネットワークにおける、とても重要な部分を構成しています。

それを変える、つまり憲法9条を改正することは、ただ言葉を変えることに
とどまりません。予期できないような影響を、国内や国外に及ぼす可能性があります。」


ハサウェイ
「その通りです。憲法9条の文言を変えても、
まったく何も変わらないのだ、という保証は
だれにもできないのです。
憲法改正をめぐる議論にあたり、日本の方にはそれもぜひ、
考えていただきたいと思います。」


シャピーロ
「1928年の不戦条約の調印の際、当時の仏外相は、
『平和は宣言されたが、平和を形作る仕事が残されている』と語りました。
世界は、暴力を減らし、平和を構築しなければなりません。
権力者や有名人でなくても、その取り組みを薦める機会と
責任があると思います。」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

映画「サウルの息子」について再び 
作品の映画評をネットで探すうちに、さまざまなブログで
すてきな言葉に数多く出会った。
『個人的には個の祈りというか、個の救済は全体の救済に
 繋がると思いたいもんではあるけどなぁ
(この映画のラストは、ちょっとだけそれを信じさせてくれるのだ)』

『この映画を見るひとがひとりでもふえれば 世界は善いほうにすすむ、
これはそういう映画です。』


監督本人は本作に対し、
『メッセージを未来に伝えていかねばならない。
そういうことなんです。人間性が失われ、死んでいく最中でも
それでもなお希望は存在しうるのかどうか、という問いかけです』
と語っている。
by yuko8739 | 2019-01-13 09:41 | 社会 | Trackback | Comments(0)

映画「サウルの息子」をみて

2015年制作のハンガリー映画。第二次世界大戦中のアウシュヴィッツ=
ビルケナウ強制収容所で、ゾンダーコマンドの囚人であるハンガリー人の
男サウルに起きる一日半の出来事を描く。
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(以下wikより一部引用)
ゾンダーコマンドとは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが
強制収容所内の囚人によって組織した労務部隊である。
主な仕事はガス室などで殺されたユダヤ人の死体処理だった。

外部への情報漏えい防止のため、ゾンダーコマンドの囚人は
3か月から1年以内ごとに ガス室に送られて殺された。

40代のネメシュ・ラースロー監督は、この「ゾンダーコマンド」に関する
本(ゾンダーコマンド隊員の証言を収録した本:「灰の下からの声」
「アウシュヴィッツの巻物」としても知られる) を見つけ、本作の着想を得た。

共同脚本家ロワイエとネメシュ監督は 調査に数年を費やし、
その中で歴史学者から助言を得て2010年より脚本の執筆をはじめ、
2011年に初稿が完成した。

2015年、第68回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で初上映、
グランプリを受賞。第88回アカデミー賞では外国語映画賞、
第73回ゴールデングローブ賞でもハンガリー映画としては
初となる外国語映画賞を受賞。
その後も世界中の映画祭で数えきれないほどの賞を獲得。

「シンドラーのリスト」や「戦場のピアニスト」など
強制収容所を描いた作品は 世界中で製作されているが、
他のどんな映画とも 全く違う作品だった。

独自の撮影方法と語り口で 説明を一切廃した焦点の合わない画像と、
主人公サウルの顔のクローズアップだけが 延々と続く。
正方形の画面に戸惑っているうちに、いつしかサウルに自分が重なっていく。
他にはない独自性と個性を持つ映像が、世界中で絶賛されている。


最初は、とまどうばかり。
情況が よくわからない。
カメラの焦点が合わず、なにが起こっているのか見えない。
そのうちに、この収容所で シャワーを浴びるためと
裸でガス室に送られ、殺されるユダヤ人の死体処理や
片づけをしているのが サウルの仕事とわかってくる。

ここでも床に転がっている死体には カメラは焦点が合わない。
ただ、焦点が合うのは 主人公の顔のクローズアップのみ。
カメラは阿鼻叫喚のガス室周辺の様子も ピントが合わない。
ただ、労務者たちは機械のように 効率よく殺された人を片づける。

混乱のなか、手振れするカメラの動きに次第に自分が取り込まれていく。
そして観客は主人公と一体となる。
この地獄のなか 無言で無感覚にならなければ、生きていけない。
そのサウルがあるとき、ガス室で生き残った少年をみる。
すぐに医師は口をふさぎ、息をしていた少年を殺す。

その子の遺体を サウルは執拗に追う。
医師には、知っている子どもなので正しく埋葬してやりたいという。
しかし、その頃同僚たちは密かに武力蜂起の準備をしていた。

ガス室の殺戮が間に合わないほど 多くのユダヤ人が運ばれてくる。
穴の前で 次々とユダヤ人が銃殺される銃声が響く混乱のなかで、
ただ、サウルは少年の遺体を探し、自分の寝床に運び、
埋葬のためのラビ(宗教指導者)をさがす。

サウルはいう「息子を正しく埋葬してやりたいんだ」
同僚は言う「なにを言う、お前に子どもなんかいないだろう!」
ここでまた 私たちは混乱する。
サウルに こどもはいない?
誰だ?この子は?


無力蜂起に協力もせず、サウルは埋葬してくれるラビを
狂信的に探し続ける!どこにいる?息子を埋葬するラビは!

大量殺戮と武力蜂起の不穏な混乱状態でサウルは何度も
殺されそうになりながら、一心にラビをさがす。
他のことは何も考えない。

武力蜂起の最中で サウルたちは森に逃亡する。
サウルは 布に包んだ子どもの遺体を抱えながら 
ゾンダーコマンドの仲間と必死で森を駆け抜け 川を渡って逃亡する。
いつしか、サウルの腕から流れ落ちて 子どもの遺体は川に流されてしまう。

ラスト、隠れた小屋の入り口で 村の子どもの姿を見て 
はじめてサウルは笑う。
なぜ、サウルは笑ったのか・・・
そして最後は・・・


謎だらけの映画、意味不明、理解不能。
そう思う人も 多いだろう。

しかし、この地獄のなかで 親子の愛にすがりついて、
他の一切はかまわず そこだけで彼は「正気」を保ったか。
自分には 子どもはいないとしても。

自分もすぐ殺される身で ガス室の死体や
血液や糞尿などの汚物を掃除し 手足のない解剖遺体を
みて暮らすことに 人間が耐えられるわけはない。

人は、人でなくなるのは簡単だろう。
かなしいことに 人は慣れてゆく。
ただ、どこの子かわからないけれど サウルは息子と信じた。
自分を父と 信じたのだ・・・

息子には正しい埋葬を、そう願うのはあたりまえのこと。
それが異常な行為となるのは その場が狂った暴力と
死の蔓延する世界だから。


サウルの笑顔の意味は なんだろう。
混乱と究極の喪失のあとで 川に流れた少年が
生きて戻ったと 錯覚したのか・・・ 
監督はいう。
「観客に その解釈は任せたい」

以下、WIKより
The A.V. ClubのA・A・ダウドは映画に「A-」の評価を下し
「『サウルの息子』は強制収容所という生き地獄に
絶望だけでなく本当のドラマを見出す稀有なホロコースト・ドラマである」
「『サウルの息子』は労苦に人間性を、行動にアイデンティティを見る。
それは、数字に還元されてしまうような何も持たない男が、
主に無意味な悪の巣窟で何らかの意味を見出すことによって、
彼自身を取り戻す様を見つめる」と、映画の独創的な視点を讃えた。
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by yuko8739 | 2019-01-10 13:13 | 映画 | Trackback | Comments(0)

2018かなしさの果てに

日々、そんなに大きなことは起きない。
幸いなことに 戦争の不幸や悲劇はないし 
飢える苦しみもない。
贅沢さえしなければ 食べものに困らない。

年金は目減りする一方だし、社会に正義は行われないけれど。
さまざまな差別への憤りは 沸点を超えてしまうが。



それでも、そのことに慣れようと 大人の対応で済ませていること、
つまり魂の奥底に沈めていた感情が噴出し、それに支配され 
取りつかれてしまうことがある。
誰かが なにかが それを私のなかから引っ張り出してしまう。
かなしみの爆弾に 点火してしまったか。

誰かにとっては どうでもいいことだろう。
些末なことだ。
でもつまり、当事者の私は 感情の大波を受けて揺れてしまう。
かなしさの果てに、沈みそうになる。

胸の奥深くで固まっていた感情が 溶けだした。
意識のなかに漂いはじめた。
また、しばらくは自問自答しなければならない。
かなしさという名の猛獣を 飼いならさなければならない。


たぶん、生きていくって 生きているって 
こういうことだろう。
私の夢みる世界は 私が生きやすいように創った幻かもしれない。
どんなことにも絶望するのには慣れている、長く生きてきたから。
こんなことは よくあること。


愛には 反逆される。
願いは成就されず、空っぽの希望だけを抱きしめている。
自らの空白に 立ちつくす。

それでも 自らに問い、自らが答えを与える人生を
ひとりで生きるしかない・・・

自分自身を子守りしながら なだめすかしながら
そのかなしみを抱きしめながら 
また歩きはじめる。
by yuko8739 | 2019-01-08 12:23 | | Trackback | Comments(0)