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2018飯寿司の仕込み完了

毎年、この季節にはこの仕事をする。
冬の前、寒くなるこの季節が飯寿司の仕込みには必要な気温。
もう30年も続けてきたが、一度も失敗したことはない。
気温さえ適正であれば 誰が作ってもおいしくできると思う。

数日前に新巻鮭4尾を買い、妹夫婦と解体してひと口大に切り、屋外の樽で
何度も水を換えて塩分と雑味を抜き 仕込む前日に酢水につける。
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キャベツと大根と人参の千切りに塩をして一晩置く。
漬けこむ日の朝は 重石で鮭の水分を抜き、笹の葉を採ってきて洗う。

ご飯8合を炊いて 冷ましておく。
飯寿司用の木桶に下から野菜、鮭、ご飯、麹、酢やみりん酒、塩など
調味料、生姜、南蛮を入れる。
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4段くらい層にして 最後はキャベツと笹の葉で蓋をする。
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重い重石(我が家は15kg)をして 1ヶ月置くとちょうどお正月。
食べる前日に木桶をひっくり返して 水を切れば出来上がり。
麹や米が解けて甘く香り 鮭も柔らかく・・・
キャベツや大根も とてもおいしくなる。
お正月の美しいごちそうだ。
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脂の多い紅鮭で仕込む人もいるが 私は新巻鮭の素朴で
シンプルな味わいと 優しいサーモンピンクの色合いを
愛しているので「新巻鮭」派。

昔実家では 秋になると父が鮭を何匹も釣り、
母はそれを塩漬けにして保存し、飯寿司をよく作っていたが 
その頃はどういうわけか?あまりおいしいとは感じていなかった。

大人になって 知人宅で作った飯寿司を食べて感激した!
なんておいしいのだろうと。
そのレシピを自分なりに工夫したのが 今の私のレシピ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
やはり年代によって 新巻鮭にも変化がある。
鮭の塩分が激減して、ほとんど鮭はしょっぱくない。
塩抜きに数日もかけなくてもよくなったが新巻鮭は高価になった。

今年も温暖化で海水温が高く 鮭もイカも、
タラコを作るスケソウダラの漁獲高も激減している。

今年は今までになく 玄関前の階段を上り下りしながら
重い鮭の切り身(4尾分、10kg)や木桶を運ぶのが 
今年は仕込む日は ひとり作業で次の予定もあり、
忙しくて かなり辛いと感じた。

台所から何度も繰り返し 階段を下りたり上がったりと、
重いものを屋外へ運ぶのも 大変だった。
年齢を重ねてくると 数時間もかかる重い作業がなかなかハード。
漬けこんだ木桶は とてもひとりでは運べない重さ。
 
大根を大量に千切りにするのに2時間以上もかかり、腕も腱鞘炎気味・・・ 
情けないが 飯寿司を漬けはじめた頃は若い30代。
全く何の問題もなかったが、今はあれから倍の年齢を重ねている。

しょうがないけど・・・
もっと元気に どんなに重いものもひょいと持てたあの頃の
自分には もう戻れないのだと かなり悲しい気分。

こういうときに 娘にでも手伝ってほしいが・・・
フルタイムで働く娘には そんな時間はない。

力もあってどんどん階段も上り下りして平気な
その若さの手助けが 欲しい私だった。
来年は 仕込む量を減らすことも考えなくては・・・
by yuko8739 | 2018-11-28 12:24 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

2018年11月朝日新聞「折々の言葉」から

朝日新聞から 私は日々さまざまな恩恵を得ている。
ときどき「魂に響く言葉」が届くことが 最高の歓び。
言葉を指針にして生きている自分にとっては なによりも
そのことが生きるエネルギーになる、自然の恩恵と同じくらいに。

朝日新聞 1面 編者 鷲田 清一
「折々のことば」より

11月24日
なぜ、という問いに答えを与えようとして人は物語をつくる。
幸せのなかに物語はない。            柴田 元幸

11月25日
人はほとんど自分に関するかぎり、その真の動機を知っていない。
                        色川 大吉


まさに至言である。
人間とは一生「私は誰?」「どこから来て どこへ行くの?」
そう問わずにはいられない、そういう生き物なのだろう。

「なぜという問いに 答えを与えようとして物語をつくる
幸せのなかに物語はない」

この言葉が 魂を打つ・・・
この秋の息子の入院と病気、驚愕の病名、一生続く治療。
長い入院、体の変化、そのときの自分が 心に浮かんだ。

「人生に起きることはすべて意味がある。すべて必要なこと」
そんな言葉は あの時は虚しかった。
こんな不幸が私にばかり?なぜ必要なの?
神さま、なぜ・・・混迷のなか なにもわからなかった。

ただひとつ、そのなかで思ったのは。
「自分の好きな自分でいよう」そう決めた。
この世で唯一無二のこの自分を 嫌いになりたくなかった。
その言葉で どうにか自分を立て直してきた。
運命への不安と怒りのなかでさえも。

時間が過ぎて 44日間の入院のあと退院。
実家に戻った息子は 母の手料理を歓び。
なにを食べても しみじみと旨いと言う。

長い間、家族に支えられた。
父母や弟は 深い愛情で彼を包みこんだ。
これからの過酷な治療を思うにつけ、祈りに近い行為だった。
早く仕事に復帰しなければと私は感じたが なかなか独り暮らしに
戻らなかった。


そんな息子が30日間の実家暮らしから 2日前に出ていった。
たくさんあった荷物を片付けて 出ていった。
朝、昼、晩と息子の食べるものを用意した。
病気のために とり過ぎるとよくない成分もあり、
ネットで調べて 味も薄めに、量も少なめに。
それでも 食べておいしく!そんな30日間だった。

息子が家を出て なんだかおかしなことを感じた。
彼の病気とは もしかしたら(それだけではないが)
家族との絆を ゆっくりと時間をかけて結び直すという
深い意味があったのではないか・・・

私はもしかしたら 彼を育て直していたのかもしれない。
そのことの深い意味は 私にしかわからないことだが。
親子の確執を超えて そういうことが
行われていたのかもしれない。

息子がこのような重篤な病気になったことで、
なぜという問いに 答えを与えようとして
こうして 物語が語られていく・・・

問うのは自分、答えるのも自分自身でしかない。
誰も答えてはくれない。
自分の問いに答えられるのは 自分だけ。


そして・・・
「人はほとんど自分に関するかぎり、その真の動機を知っていない」
そうだとしたら、村上春樹の小説のように 心理の深い奥底には
自分では意識できない感情が 存在するのかもしれない。  
                      
つまり「リトル・ピープル」の仕業?かもしれない。 
神であり、悪魔であるリトル・ピープルは  
究極には自分自身の形、かもしれない。

こんなふうに私は自分で物語り 自分の問いに答えながら 
生きていく、幸不幸とは関係なく。

30代の頃は 人生になぜ?という問いばかりだったが。
年を重ねるうちに、自分で答えられるようになった。

だから私は 大人とは(前にも同じことを書いたが)
「自分の問いに 自分で答えられる人」だと思う。

もうひとつ、
大人とは 自分のなかに生き生きとした
「子ども」を持っている人。
これも なかなかいい。
by yuko8739 | 2018-11-26 10:37 | | Trackback | Comments(0)

2018年初雪と新巻鮭

先週は気温が下がった屋外で、下漬けしてあった皮むき大根を
ザルに入れて重石をし、水気を切ってから味噌やザラメを溶かした
調味料をまぶして 本漬けを完了。
下漬けしてある樽の塩水がきーんと冷えていて 手が凍りそうだった。
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そうしたら・・・やっぱり翌日は曇天のなか 雷の音が激しく響き、
(なんだ、これは!リトル・ピープルか?)
稲妻が走るなか 雨はバラバラと雪に変わり デッキは真っ白に!
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「初雪」・・・この町にも半月も遅れて 雪の季節がとうとうやってきた。
例年より暖かい11月で からだは本当に楽だったが。 

でも漬物は いつも心配だった。
寒くなったので 屋外の重い漬物樽を引きずりながら
すべて物置に移動した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

週末は一気に寒気が押し寄せた。
あいにくそんな日に 飯寿司用の新巻鮭を買いに行った。
数日前は 最高気温が10度前後だったのに、その日は日中でも1度!

雪も降り道は凍り、風も強く、駐車場のからショッピングセンターに
入るまで体を斜めにして 雪の降った凍結路を滑らないように
こわごわ歩くと 帽子も風で飛ばされそうだった。

すっかり疲れ果てた。
一気に気温が下がり、体がついていけない。
何店か魚屋さんを巡っても どこの魚屋さんにも新巻鮭がない。
切り身でしか鮭は売っていない。

やっぱり今時、新巻鮭を丸ごと数匹買って 飯寿司を仕込む人など
私の周りでは 誰もいない。
買っても好みの味ではないし 手作りすると本当においしいので
毎年この季節になると 新巻鮭を探して歩く。

結局、わが町の魚屋さんで3kgくらいの新巻き鮭を4本買い、
例年のように三枚に捌くのを 妹夫婦が手伝いに来てくれた。
この新巻鮭は 身も紅くきれいだったが、塩は殆ど効いていなかった。
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ひと口大に切った鮭は、屋外の樽に水を張って漬けておいた。
塩分が少ない鮭なのですでに塩は抜けている。
何度か水を換えたら明日にでも 酢水につけようと思っている。
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ひと晩酢水につけて水を切り、野菜と麹で漬けこむ。
この作業が終れば、あとは12月初めの2回めのニシン漬けで
すべての漬物は 終わりとなる。

思えば長い道だった。
10月24日、小春日和のぽかぽかの日に沢庵用の
大根を干してから 約2ヵ月。

気温に気配りし、大根の干し具合を吟味し、おいしい漬物が
できるようにと 祈りながら過ごした。

実家伝統の沢庵、浅味噌漬け、ニシン漬け、カブの甘酢漬け、
そしてお正月の愉しみ、鮭の飯寿司。
ほとんどが実家伝来の漬物(冬支度)だ。

漬物が大好きだった亡き父の いかにも幸せそうな笑顔が
いつもこの季節は、私の胸にある。
その思い出と共に また私も今年のこの季節を魂に刻む。

父よ、また寒い冬がやってきました。
あなたに伴走してもらって また私のおいしい冬がはじまります・・・
by yuko8739 | 2018-11-25 22:15 | Trackback | Comments(0)

「ホッブスとカントのメッセージ 弱者が生きづらい時こそ」

先日、朝日新聞の「政治季評」として、政治学者の豊永郁子さん
(早稲田大学教授)が書いていた文章が深く心に残った。

(政治季評)ホッブズとカントのメッセージ 弱者が生きづらい時こそ 
豊永郁子     

弱者は生きづらい。何らかの困難を抱えているから弱者である上に、
弱者であることによる困難を負う。
一つに、尊厳を保つのが難しい。

何しろ世には広く「弱肉強食」が言われている。
弱者は常に脅されているようなものであり、
萎縮し、卑屈になる。

弱者への支援や配慮も、強者からの施しと解され、
強者の一存でいつでも改廃され得る(先月行われた、
唐突で根拠の乏しい、生活保護費の切り下げなどは好例である)。

弱者は強者に負い目を感じ、翻弄されることに慣らされる。
この弱者の尊厳が困難である状況に一石を投じてくれるのが、
17世紀英国の哲学者ホッブスだ。(中略)

ホッブスが言う平等は、人間の総合的な能力の平等である。
つまり、人間の間には大した能力の差はないということだ。
これには驚かされる。

規範として、希望として、平等を論じる思想は多数あっても、
事実としての平等を告げる思想は稀だ。
さらにホッブスは「最も弱い者が最も強い者を殺すことができる」ことを、
人間のそうした平等の根拠とする。

ギョッとするが、そうかもしれない。
ホッブスが好んで引く旧約聖書では、少年が大男を倒し、
か弱い女性が英雄を滅ぼす。
これらは勇気や奸智の物語である以前に、人間の平等を伝える
物語であったのだろう。

要するに、ホッブスはこう言っているようである。
「弱者と強者は平等であり、強者は弱者をなめてはいけない」。
これは「弱肉強食」の主張を封じ、弱者に尊厳を取り戻す論に他ならない。
さて、弱者に生じるもう一つの困難は、しばしばその人生や生命の価値が
問われる局面に置かれることだ。

弱者に限らないが、ある人が生きていることの価値が、その人自身によって、
または他の誰かによって、否定されることがある。
これは最悪の場合、自殺や殺人につながる。

ここで「待った」をかけるのが、18世紀ドイツの哲学者カントだ。
カントの論理によれば、むしろこうなる。
価値がないと思われる生を生きる行為こそ尊い。
その行為が、生きるという義務に従うことの道徳的価値を持つからだ。

カントの議論では、義務にもとづく(従う)行為には格別の意味がある。
それはただその義務のためだけに行われる行為であり、人間に純粋な
「善い意志」が存在することを示す。
生きるという義務にもとづく行為は、従って、生きることの意味や目的が
見出せない場合にこそ、行われ得ることになる。

老いや病気や障害や大きな不幸によって、生きることが苦痛である、
あるいは人生に希望を持つのが難しい、そう思っていたり見えたりする
人たちの生きる姿が、我々に深い感動を与えることがあるのは、このためだ。
生きるという義務を敢然と果たす彼らの姿は、道徳的価値に輝くのである。

このように二人の大哲学者は弱者への敬意を説く。
ホッブスは「平等」を主張して「弱者をなめるな」と言い、
カントは「『価値のない生』の価値」を論じて弱者に「生きよ」と言う。


国家・社会・個人の弱者への態度は、
彼らの議論を踏まえたものでなければならない。
ことあるごとに唱えられる「弱者の人権」や「いのちの尊さ」も、
彼らの議論に照らすことで、その意味や根拠が明確になるだろう。
何より二人の声が、弱者に届いてほしいと思う。
by yuko8739 | 2018-11-22 21:19 | 社会 | Trackback | Comments(0)

「1Q84年」を読んで

冒頭からこの物語に 一気にひき込まれた。

高速道路の渋滞から逃れようと、タクシーを降りて非常階段を
降りる青豆という女性、その秘密の仕事、現在と過去。
家族が所属していた宗教団体のために 過酷でハードで、
孤独な幼少期を過ごした。

小学4年生の時に ただ一度万感の思いで 自分を守ってくれた
男の子天悟の手を握った。
そしてその男の子を一生愛し続けると 自分に誓った。


その男の子天悟には 母がいない。
NHK集金人の父に連れまわされ、「集金」に同行する。
普通の子どものように 休日を楽しむこともなく。
同級生の目を意識して 自分を恥じて育った。

いつの頃から、父ではない男に抱かれている母の幻影が脳裏に浮かぶ。
小学4年生の時に 孤独で無口なひとりぼっちの女の子に
強く手を握られた。
その女の子を 忘れることができない。


運命というのだろうか、宿命か?
ここは1984年ではなく1Q84年なのか。
運命の糸は次第に 生きもののように絡まり伸びてゆく。
求めて焦がれる恋の相手に 近づいてゆく。

人生に一度だけの運命の恋を 村上春樹が描くと
こんなふうになるのか・・・
普通ではない世界。
宗教とさまざまな暴力と孤独な人々。
ふたつの月が夜空に浮かぶ世界。

誰かの口から出てくる小人 リトルピープルがつむぐ
空気さなぎってなんだろう、こいつらは誰だ?

青豆と天悟の恋と孤独はリアルなので こんなに不思議な世界のなかを 
つい先を読みたくて 走ってしまう私。

村上春樹の小説は 理屈で読む本ではない。
彼の魂のなかで紡がれた 心理的で個人的、かつ象徴的な物語。
象徴だから 不思議は当然。

読み手の私は 青豆と天悟を次第に深く理解し愛してゆくので、
このふたりの恋の成就だけを祈ってしまうが、
なにせ月がふたつある世界、在り得ない危険が迫ったり、
最後まで 親のことはわからなかったりと謎だらけ。

説明ですべてがほどけてゆく物語ではないから、その世界で起きる
全てのことを受容しながら この永遠の恋人たちと
歩かなくてはならない。
違う世界で起きている 孤独なふたりの「道行き」に同行している気分。

主人公2人を取り巻く人々も 最高に魅力的な人物たちだった。
青豆を守るという指令を受けている タマル。
孤独でかなしい生い立ちで 親の顔も知らずに育ち、
そのまま裏の世界で生きてきたプロだが、その教養も感性もすばらしい!

命令とあれば、躊躇いなく人を殺しかねないし、どんなことも
しかねない恐ろしさを持つ彼だが、
青豆に対しての「プロ同士の友情?愛情」を感じることは すてきだった。
弧独な人間の間にも 通じ合う感情と信頼が確かにある。

そして忘れがたいのが、もうひとりの私立探偵?勘が鋭い牛河。
醜悪な容姿ゆえに 他人に好かれることなどなく。
人生の幸福をすべて失いながら 鋭い勘で裏社会を渡り歩くことを
仕事にしている。 

そういう人生を、牛河は良くもないが 悪くもないと感じている。
感情を交えない観察眼で 鋭く真実を見抜く。
諦めないで 着実に狙った事実に迫る。
この孤独と不幸を重く背負いながらも 懸命に生きる。

彼自身も 一度は経験した普通の暮らしの幸せを幻のように 
胸に抱いている。
夫であり 父であったあの頃・・・あれは現実だったのだろうか。
牛河はなぜか 滑稽の極みでかなしい。


そして私が深い印象を受けたのは、「さきがけ」という宗教団体の
リーダーと青豆が会う場面。
このシーンは つい何度も(今でも)読み返してしまう。
この出会いの意味も運命的で 肉体と人生の不思議に満ちて
示唆に富んでいる。

この大柄な体躯を持つ預言者のような男は 未来も過去も
見通せるパワーを持つが 激しい痛みに苦しんでいる。
このリーダーの人物造形が なんと魅力的だろう!

そして 透明で人間離れしている、ふかえり(深田絵里子)は
リトル・ピープルに対抗するパワーの象徴か・・・?
彼女にも大いに好奇心を揺さぶられた、興味深い。
巫女のようだった彼女は ふいに現れ 不意に消えるが。

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このように、この本では主人公の男女以外の登場人物についても、
生まれや来歴がかなり詳しく 記述されている。
それぞれの人物の複雑で過酷な人生に 深い理解と愛情が
自然に生まれてくる。

6冊もの本を 毎晩夢中になって読み進めてきた。
もちろん 彼の小説には説明のない事象も多く現れる。
魂深くの冒険には 謎が多い。

しかし、月がふたつ浮かぶ世界「1Q84年」でなければ、
青豆と天悟は出会わなかったのだ。
この世界の転換、往来は ごく普通の私たちにも
魂のできごととしては 大いに起こり得ることだろう。

何かのできごとが人生に起きる意味とは まさに魂のこの転換を
促すためでもあるのかもしれない。
村上春樹の「1Q84年」ほどではないにしても 
人生の不思議は私の周りにも 誰の隣でも起きることなのだと思う。

私たちのすぐそばで 新しい世界は今まさに 
ドアを開こうとしているのかもしれない。
出会いと別れ、病気や死、誕生もすべて新しい扉か・・・

それにしても村上春樹の物語は なんと興味深くておもしろいのだろう!
by yuko8739 | 2018-11-21 10:04 | 読書 | Trackback | Comments(0)

2018自主上映「沖縄スパイ戦史」

先週末に私の所属する、自主上映の映画の会で沖縄の映画を上映した。
私は沖縄の「戦争マラリア」については知っていた。
だが終戦時の沖縄で陸軍中野学校の「秘密戦」が行われ、
北部では島民を巻き込んですさまじい「裏の戦争」が
続いていたことを この映画で初めて知った。
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その作戦に動員されたのは、まだ10代半ばの少年たち。
銃を持ち、故郷の山にこもって米兵たちを翻弄した。
その彼らを「護郷隊(ごきょうたい)」として組織し、
そのスキルを持ち込んだのは、日本軍の特務機関、陸軍中野学校
出身のエリート青年将校だった。

こういうテーマの映画だから観客は少ないだろうと予想していたが、
なんと、予想以上の観客が次々と来場。
狭い研修室で 椅子を足しても、足してもまだ足りなかった。
初回上映の入場者だけで 100人を超えた。
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映画には私の知らないことも多く、一瞬も見逃すまいと映像に見入った。
監督は女性二人、「標的の村」や「標的の島」などで、沖縄の
現代の闘いを描き続ける三上智恵さん、そして学生時代から
八重山諸島の戦争被害の取材を続けてきた若き俊英、大矢英代さん。

沖縄の人たちが口をつぐみたい最も深い闇を こうして
映画にしてくれたこと、
みんなに広くこの事実を知らせてくれたことを、
本当にこころから感謝したい。

戦争末期の沖縄の人々は 同じ村に住みながら
互いにスパイとして告発し 殺し合う地獄もあったという。
それはすべて 陸軍中野学校の諜報活動の一端だった。

謀略で人心を惑わせ 互いの憎しみをたぎらせることもあり、
スパイの容疑をかけられて 多くの人が処刑された。
スパイ教育を少年たちに徹底し、米軍の捕虜になってさえ
収容所内でもさまざまなやり方で 攻撃かく乱した。 
また軍の秘密基地で労働させた少女まで スパイとして処刑しようとした。

すべて日本の軍隊の目的「国体護持」のため。
兵隊は、決して人々を守らない。
国を守るという名目で なんでもする。
殺人、虐殺、マラリアの島に 軍刀で脅しながら強制移住させる。
人の命をどう思っているのだろう・・・

1944年、アメリカ軍上陸が予想される沖縄に 陸軍中野学校卒業生が
大量に配置されたが、波照間島にも正体不明の山下(偽名)がやってきた。
最初こそ物腰穏やかで子供たちにも親切だったというが、
その正体を現したのは沖縄戦が 始まったときのこと。

突如、平服から軍服姿になった山下は、島民を集めると
「日本軍の命令だ!」と、島民を波照間島から西表島に
強制移住するように指示を出した。

しかし、西表は当時マラリアの発生地域として恐れられていた島。
移住に反対する人がいれば、刀を抜いた。
恐怖の中、ジャングル生活で食べものもなく川の水を飲む生活・・・

波照間島の住民1590人のうち、1587人がマラリアに感染し、
477人が死亡した、これが「戦争マラリア」と呼ばれる事件だ。

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沖縄の悲劇の生存者たち、その苦難の刻まれた顔を見て 
その証言を聞きながら 怒りとかなしみがこみあげて 
何度も涙が流れた。 

よくぞこの困難を乗り越えて 生きていて下さった。
そして、証言して下さった。
ありがとう・・・
映画を撮った ふたりの女性監督、ありがとう。

映画は、これだけでは終わらない。
まさに今、万世諸島で進められている自衛隊増強とミサイル基地配備、
さらに旧日本軍の残滓をはらんだままの「自衛隊法」のなかの
「野外令」「特定秘密保持法」の危険性を 鋭く糾弾している。


この映画を軽んじてはならない。
「これが、戦争だ!」
若松孝二監督も「キャタピラー」の上映会で言った、
「これが戦争だ!」と。

戦争になれば こういうことが再び繰り返される。
私の身にも、あなたの身にも。
それは 逃れようのない事実、真実。

こういう映画を上映できて よかったと思う。
たくさんの方々に見ていただいたことを 深く感謝している。
by yuko8739 | 2018-11-20 10:11 | 映画 | Trackback | Comments(0)

2018年11月子ども食堂

今年7月からはじまった子ども食堂(地域食堂)は もう5回目。
町のショッピングセンター2階の調理室と会議室、
そしてさまざまな交流ができるホール「遊びの部屋」など
3つの部屋で行っている。

5か月が過ぎて、不慣れな広いキッチンにも みんなだいぶ慣れてきた。
いつもSさんが、季節ごとの美しいテーブル飾りを準備してくれる。
今回は、紫陽花のドライフラワーや吾亦紅、黄色い銀杏の葉、
雪だるまのオブジェなどを テーブルのセンターに
とてもすてきに 飾ってくれた。
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11月のメニューは クリームシチュー、肉野菜炒め、サラダ
デザートはりんごとお菓子屋さん提供のシュークリーム。
さっそくじゃがいもやニンジン、玉ねぎの皮をむき、
ふたつの鍋でシチューを仕込む。
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一方で 肉野菜炒め用のもやしやキャベツ、人参などを準備。
シチューを煮こみながら、炒め鍋で肉野菜を炒める。
野菜サラダも作らなくては・・・

けっこう煮こんだり、何度も炒めたりと手間のかかるメニューだったし、
ガスレンジではないので、電磁調理器は火力が圧倒的に弱い。
食堂開始時刻の11:30間際に ギリギリセーフ!
ちょっと ひやひやした。
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ランチの数はだいたい30食と決まっていたが、この日は予約だけで
43食ということで ランチ数もいつもよりも多い。

11:30には 続々と地域のお客さまが押し寄せた。
いつも孤食で過ごしている高齢者の方が こういう食の交流の
場所を とても喜んでくれている。
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また、子どもたちも喜んでランチを楽しみ、残さず食べてくれて、
帰りには 遊びのホールで大きな声で騒ぎまくる。
顔なじみになった子どもたちも居て、この食堂も
この町に ずいぶん定着してきた様子。
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来月は12月、クリスマス会だからね!
またみんなで来て 食べて遊んでいってね!
by yuko8739 | 2018-11-19 10:37 | 地域 | Trackback | Comments(0)

2018晩秋から冬へ

「1Q84年」を夢中で読んでいたら 日々は少しづつ
晩秋の雰囲気になってきた・・・
いつのまにか庭の青もみじも街路樹のナナカマドも 葉を落としている。

数日間、ウッドデッキを片づけたり、ベランダやキッチン、隣室のアルミ窓の
レールの掃除などをしていた。
漬物3種(かぶや大根の甘酢漬け、浅味噌大根下漬け、たくわん風粕漬け)
自然の会の理事会もあった。
小春日和の11月は 暖かくて仕事もはかどった。

わが家の桜の葉は まだ美しく紅葉した葉をつけたまま。
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初夏に白い花の咲く山吹は 今はシックな黒い実をつけている。
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まだ薔薇は最後の数輪の花を 懸命に咲かせている。
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相変わらず紫陽花の花は色変わりしたまま。
まるでおしゃれでシックな シニア女性のよう。
「これが私のホントの姿よ、もう変わりようがないの」
紫陽花は人生の最期と 似ているかな。
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野鳥が種を運んできて大きくなった 我が庭のもみじは、
もう終わりに近づいている。
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先日、我が家のニシン漬けを届けたMさんから 庭に植えている
アズキナシの枝を いっぱいもらった。
紅くかわいいアズキナシの実が たわわに実っている。
うれしかった。

もう雪の季節になるので、何時間もかけて 玄関前の枯れてしまった
野花たちを整理し、花鉢も片付けた。
階段にまで生えてしまった雑草を抜き、家のなかの出窓に
サクラランなどの鉢植えなどを 取り込んだ。

玄関前を片付けたので そこにMさんのアズキナシの枝を飾った。
まだきれいな色の数種類の紫陽花といっしょに。
ドアにも アズキナシのリース。
風情があって なかなかすてき・・・
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あんなに泣けるほど、胸いっぱいになるほど美しかった紅葉の季節も
去っていった。
今年も白老原生林の紅葉を 見ることができた。
里山のきのこ鍋の楽しさ、秋の自然の多様さも忘れがたい・・・
私のなかに 最高の秋が深く刻まれている。
そして 秋は去ってゆく。

そろそろ白いものが ちらつくだろうか。
車のタイヤも取り替えたし、灯油もタンクいっぱいにした。
今年は暖気がいつまでも続いたが もうそろそろかな。

もういいかい?

もういいよ・・・

天からの白い手紙を 受け取るときがやってきた。
by yuko8739 | 2018-11-15 23:19 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

2018洞爺湖温泉一泊忘年会

10月が超多忙だったが、やっとゆっくりできそうな日がやってきた・・・
まだまだ漬物作業は 終わらないが。
最初のニシン漬けと白菜漬けは もう食べられるようになったし、
たくわんも仕込んだ。
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今は母や妹、娘や孫に 道産子ソウルフードのニシン漬けを届けては
喜ばれている。
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気温が思うように下がらないので 漬物は物置ではなく屋外に設置。
この数年は暖冬のせいか 漬物がうまくできない・・・
漬ける時期が小春日和で ぽかぽか暖かすぎる。
過ごしやすいのはうれしいけれど、減塩の漬物は乳酸発酵が進む。

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そんななか、友人たちと連れ合って 忙しい師走の前に
早めの温泉忘年会に出かけた。
この日も11月の半ば近いのに 気温はそんなに低くはない。
ホテルまでのドライブは、終りかけの紅葉時期だったが、 
山々の所々で真っ赤なもみじやカラマツや銀杏の
金色の紅葉も美しかった。

桜の葉のなんともいえない優しい紅葉が 洞爺湖畔には多い。
アズキナシの木は 真っ赤な実がいっぱいで花が咲いたよう。

ホテルの大きな窓から見えるドウダンツツジや紅葉も 紅く燃えている。
穏やかな洞爺湖に浮かぶ中島と 遠くに雪を頂く羊蹄山の
姿はいつ見ても 本当に心の安らぐ美しさ。
ずっと見とれていた。
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こここそが 私の最も身近な「ふるさとの湖」
沢山の思い出も 懐かしく脳裏に浮かぶ。
8階のホテルの部屋から 写真を撮った。
友人が予約してくれた忘年会だが、なんとウエルカムフルーツ付き!
ありがたく、おいしくいただいた。
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普段は忙しくて なかなかゆっくり話ができないが、 
この日は 美しい湖を眺めながら いつもは話せないことも
静かにのんびりと 語り合った。
長年の気心知れた友だちは 値千金!

夕暮れ近くになると かすかにばら色の夕陽が空と羊蹄山を染める。
この湖に この羊蹄山はよく似合う・・・
遊覧船が桟橋を出てゆく。
すばらしい景色に満たされて 幸せな私たち。
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夕食はダイニングで 海山の幸を堪能。
冷えたビールもすてきなグラスで頂けば 一段とおいしい。
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部屋に戻り また会話は弾み 大浴場でゆっくり温泉を楽しむ。
季節の「りんご風呂」や「薬湯」で体も心も真から温まった。

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翌朝も晩秋の快晴の青空!穏やかな天気だった。
また 洞爺湖と羊蹄山を眺める。
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「気持ちがいいね・・・」
「幸せだね・・・」
朝風呂で 露天の風景を愉しみ 朝食のバイキング。
遅いチェックアウトに合わせて ゆっくり過ごした。
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帰りはまた 行きつけの果樹園に寄り、お目当てりんご(紅将軍)が
欲しかったが もうすでに旬が終ったそう、残念・・・
別の旬リンゴとスチューベンという黒葡萄を買った。

帰宅途中で 洗い大根を干してくれていた米農家さんに寄り、
大根70本以上(ふたり分)を ようやく積み込んで帰宅。
大慌てで家族を呼んで 大根をデッキに運び 
皮をむき 半切りにして すだれに編んで干した。

洞爺湖と羊蹄山の優雅なひとときから あっという間に日常復帰!
ばたばたと小雨のなか、デッキの物干しざおに半切り大根を吊るす。
これを下漬けにしたあとに 本漬けになる。

数日干したら、酢漬けも仕込む。(赤カブの皮は酢漬けの色付けに使う)
でも家族の協力もあって数時間で終わってほっとしたが、雨になった。
気温が高くて 漬物の季節は いつも不安・・・
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by yuko8739 | 2018-11-09 11:21 | 友達 | Trackback | Comments(0)

第21回全国シェルターシンポジウム2018

毎年開催されているこのシンポジウムが 今年は札幌市で開催と知り、
所属するDV被害者支援NPOを通じて、9月に参加を決めていた。
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初日はかでる2・7(北海道立道民活動センター)の基調講演から参加した。
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開会セレモニーのあと、ヨーロッパでDV防止のために作られ、
現在は最も先進的かつ統括的な条約「イスタンブール条約」の
専門家監視委員会の第一副委員長、ローザ・ローガーさんの講演。
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午後からは、シンガポールから、カサ・ラウダ(女性の家)の
前理事長のハムザ アダブル ムタリブさんと
シンガポール女性団体協議会の女性シェルターのマネージャー、
ロレイン・リムさん、日本からはNPO法人全国女性シェルターネット
代表理事の北仲千里さんらが参加して、シンポジウムが行われた。
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初日最後には 共産党の紙智子さんや立憲民主党の
福島みずほさんら数名で野党議員フォーラムが行われた。
大ホールには、全国各地区から集まったDV支援団体の
メンバーやサバイバーの方々が満席状態だった。

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「イスタンブール条約」は、ヨーロッパにおいて、女性に
対する暴力とドメスティック・バイオレンスの根絶を目的とした、
法的拘束力のある条約で、2014年に施行が開始された。

この条約は、防止、規定保護、追訴など包括的政策で、
ヨーロッパ共通の基準となった。
EU加盟国だけでなく、あらゆる国が批准できる開かれた条約で、
2018年現在に、この条約を批准している国は、今や世界で33カ国。

現在の日本の DV被害者支援活動に比べたら、夢のような基準だ。
このような条約を 日本でも1日も早く批准してほしい。
しかし各国が国内法として適用をしているなか、死刑を廃止した
国でなければ批准資格はないので、道ははるかに遠い。

基本的人権と男女不平等意識の欠如が 今の日本には最も
顕著に現われていると 私は日々実感している。
日本は決して「世界仕様」の国ではない。

また、ロレインさんの国オーストリアでは、DV被害者当事者に
対しての手厚い保護と支援のすべてが 国の費用で賄われている
ことを知り驚いた、なんてすばらしいことだろう!

シンガポールや台湾からの支援の報告もあった。
議員フォーラムでは 野党の女性議員たちがなんとか
知恵を絞って DV被害者支援の包括法案を作りたいと願って
日々活動している。

しかしその法案作りも 与党の協力や同意がないままでは、
なかなか進展しない・・・
今の日本で 多くの被害者が救済策もなく これほど放置されている
分野は他にはないだろう。

女性たちの救いを求めるその声が、男社会の与党には
なかなか届かない。
暴力の被害者が保護も 金銭的、社会的援助も手薄ななかで
どれほど苦しんでいるのか、広く国民の理解が必要だと感じる。

全国でDV被害者支援に係る多くの女性たちが、
寄付も激減するなか、活動資金の工面に奔走し、
知恵を絞り、ときには身銭を切っている姿を
私はよく知っているので、政府の無策に怒りを感じる。

こういう活動のほとんどを 資金のない貧しい民間NPOに
任せているのが日本という国なのだ。

交流会会場(センチュリーロイヤルホテル)にて
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翌日の分科会でも活動継続のため DV被害者を
「障害者」と認定してもらい 「障害福祉サービス」の認可で
ようやく「DV女性の居場所」を確保しているケースも紹介された。

また、シングルマザーの貧困については 
「母子家庭の貧困の原因は 日本の女性の労働への評価が低すぎるため」
「女性の貧困は、戦後一貫した社会問題で社会構造から生み出されている」
ということを 大学の研究者も強く指摘した。

男女の賃金格差、正規、非正規の賃金格差と、二重の賃金格差が
女性にはある。
シングルマザーが働ける職種の限定、労働条件の厳しさなど、
労働市場や労働現場の課題はそのままで シングルマザーには
就労が求められている現実の厳しさ・・・


このシンポジウムでは ヨーロッパのすばらしい条約
「イスタンブール条約」に感動した。

しかし、国内各地からの報告からみても 日本のDV被害者支援の
包括的法案を1日でも早く成立させることが なによりも最優先の
課題だと思う。

苦しんでいる女性を 子どもを救うために
あらゆる活動に参加して 今後も社会的な認識を喚起していきたい。

分科会会場の窓から
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by yuko8739 | 2018-11-05 23:50 | 社会 | Trackback | Comments(0)