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ゆうゆうタイム

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<   2017年 08月 ( 12 )   > この月の画像一覧

友情の夏

高校時代の不思議な出会いに導かれた 京都の親友Hとは
もう48年の長い付き合いになる。
自立志向が強く海外留学経験もあり、家族でアメリカで暮らしたこともある彼女と、
井のなかの蛙のように 故郷から離れずに 故郷の美しさに守られて 
魂の冒険を 繰り返した私。

共通点などなかったはずのふたりが あるエピソードから友達になり、
長い間、手紙を交わしながら青春を過ぎ、そして大人になった。
ふたりとも3人の子どもを育て 年月が過ぎた。

今年は、親の法事のために帰省した彼女と また洞爺湖登別温泉で
一泊しようと決めて 早い時期から宿を予約していた。

朝早くに 駅で待ち合わせ。
周囲の海を眺められる絶景のCafeに行き、朝の珈琲タイム。
時間が早くて 絶景も独り占め。

波は静か、遠い海には大きな船がゆったりと何艘も…夢のような美しさ。
運ばれた珈琲は 香り高かった。

私は6月に決めたことを語り、友は家族と過ごしたこの数日の
函館、登別温泉、市内の外洋に面した絶景などについて話した。
客が混んできたので、快晴の海の上、白い大橋を渡ってドライブ。

夏の空、夏の風のなか 心地よかった。
隣町にある漁師さんの活魚料理店で お昼を食べた。
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周囲には何もない町のはずれにある民家を改造した店だが、
店内には 俳優や音楽家、コメディアンなど有名人のサインがいっぱい!

予約が必要な店だが、次から次に客が入り、店内は満席。
予約せずに来店した私たちだが 幸いにお刺身定食が食べられそう。
大好きなツブやカレイのお刺身は コリコリと活きがよく。
羽釜で炊いたご飯はおいしく、自家製味噌の味噌汁は香り高い。
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友は大感激しながら 海の幸を満喫!
ランチが終ってから 前日に全国TV放映の「人生の楽園」に
出ていた、壮瞥清水農園をめざしてドライブ。

新しいことに挑戦する清水さんご夫妻の笑顔が 魅力的な番組。
フルーツトマトや各種ジェラードを目的に 辿りついた店は
先客で あふれかえっていた。
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ジェラートは売り切れ。
甘いミニトマトは1パック箱買えたが、また明日に寄ることにした。
店には TVと同じ笑顔の清水さんご夫妻がいた。
ミニトマトは 感動の甘さだった。

店の隣には 白い花をつけた蕎麦畑が広がる。
奥さまがそば打ちを習っているので 自家製の蕎麦粉で、
三たて蕎麦を いつか食べられるかもしれない。
楽しみに待とう!

果樹園に寄り、梅公園に友を連れて行ってから、
洞爺湖の湖畔の木陰で ひと休み。
キャンプやボートで楽しむ人々、湖畔で写真を撮る方、
水辺の小魚をねらう子どもたち・・・なんとも穏やかで美しい風景。
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私にとって洞爺湖は「母なる湖」
今までの人生のさまざまな歓びは この湖と共に在る。
この湖周辺は 永遠の美しさを湛えた 我が愛する自然そのもの。
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15時には 予約のお宿にチェックイン。
ロビーで 洞爺湖の写真を撮りまくる、美しい!
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7階の部屋の足元まで総ガラス張りのベランダ窓は 洞爺湖と一体化して、 
なんだか 湖に落ちそうな感じ。

湖は しみじみと美しかった。
うっとりとふたりで眺めいった。
外に出て湖畔の散歩道も 歩いた。
心地よい風、気温は寒くも暑くもなく ちょうどよく。
少しづつ暮色が近づき 歩く人の顔も優しくなる。

夕食の時刻になり、バイキング会場で趣向を凝らした
和洋中と贅沢に、さまざまな料理を楽しむ。
ふたりの好きな 白ワインで乾杯!
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ゆっくりとバイキングを愉しみ、8時半からは 7階の部屋で
目前のテラスの真ん前に上がる花火を堪能!
居ながらにして この贅沢に驚く。

そのあと ふたりは幸せなうたた寝・・・
目が覚めてから大浴場と露天風呂を愉しみ、最高の1日が終った・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

翌朝は気持よく目覚めて またふたりで湖を眺める。
カモメやツバメが飛び交う湖は 優しい曇り空。
少し煙ったような洞爺湖も また雰囲気があってすてき。

露天風呂を また楽しむ。
湖と一体となって 温泉に浸かる贅沢はなんともいえない。
ゆっくりと朝食を楽しみ、昨日の清水農園を目指す。

店に着いたが、やはりTV放映の影響で 絶品ミニトマトは売り切れ。
野菜も売り切れて 私はオクラと規格外のフルーツトマト、
とうもろこしとかぼちゃを買った。
ジェラートアイスも作る暇がないほど忙しいとか。

それからウインザーホテルでウインドウショッピング。
名物クロワッサンも買ったが、欲しかった食パンは売り切れ。
午後3時近くなったので 帰路についた。

会ってから 何時間話し続けたのだろう。
また、来年も こうやって泊まれたらいいなあ・・・
また会う日まで 友よ元気で。

元気で!という言葉は 年々重くなるが・・・

いつまでも こうして人生を分かち合おう。
by yuko8739 | 2017-08-29 10:04 | 友達 | Trackback | Comments(0)

秋の気配/少年カフカ

ずっと雨が続いて洗濯は乾かず、湿度が高くて家中がジメジメ。
気持も晴れない、鬱陶しい夏だった。
この数日、やっと目にした久しぶりの青空が まぶしかった。
仕事の帰り道、晴天がうれしくて秋の気配をカメラでパチリ。

7月はじめの猛暑がよかったのか、野山の栗の実が豊作。
そういえば 実のつき方が例年よりも多い気がする。
まだ青い栗の実が 大きな樹にいっぱいなっていた。
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今の時期、サビタの花は終わり、エゾニワトコの紅い実があちこちに。
すすきの若い穂が 陽の光に紅く輝き なんとも美しい。
紅い穂はしだいに白くなって 種を撒くようになるが、
今のこの時期だけの若く赤い穂は 秋のはじめの風景だ。
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萩も可愛い花をつけた。
赤とんぼも飛んでいる。
アザミの花も種を飛ばし始めた。
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それと同時に 気温が上がった日には エゾハルゼミが
やかましい声で鳴き、命を謳歌する。
このように 自然は静かに秋への序奏をはじめた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

すっと「少年カフカ」という本を、読み続けている。
厚い古本雑誌のページをめくりながら 
ときにすてきな言葉と出会って こころ打たれる。

村上春樹という小説家の思いと 彼の物語を愛する、
多様な読者のやり取り(心模様)が すばらしい。

人と人は感情も行き違うし 誤解もあり 勘違いも起きる。
それでも 物語の本質を自由に自分の魂で 真摯に受けとめている、
読者のこころの有りように 感動する。

また、そんな読者に対して 作者はあくまでも「小説は読者のもの」
「読み手の自由に」と 読み手の尊厳を何よりも大切にしている。
そして 問いかけには 礼を尽くし、丁寧に誠実に 
ときにはユーモアを交えて 真剣に応えている。

そのやりとりには、私がめざす「人と人との対話のあるべき姿」を 
感じて感動する。

作家もすばらしいが 読者もすごい。
「海辺のカフカ」という物語を介しての対話は 
深い人生の意味や出会いの不思議、そして運命さえも感じさせる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

こころに響いた言葉を いくつか書き残しておきたい。

「物語は、言葉が失われてしまったところから動きはじめます。
それは人々の心の「共感装置」なんです。
そしてそれはただ与えられるものではなく、そこにはあなた自身の
探求が必要とされています。ぼくが書きたいのは、そういう小説なんです。」

「最近、歴史の中のいやな部分は見るまい。そういうものからは
目をそらしてしまおうという風潮があります。
僕だっていやなことはなるべく見たくないです。
僕ら自身の暗部みたいなものは、誰だってみたくありません。
でもみなくちゃいけないんですよね。しっかりと」

「僕はだいたいいつも『人生の大事な時期にいて、正しい方向を探し求めて
いる人々』を意識して作品を書いています。年齢に関係がなく。
だからあなたが『人生の大事な時期にいて、正しい方向を探し求めている人』の
1人であるのなら、あなたはぴったり僕の考えている読者ということになります。
15歳でも70歳でも、そんなこと関係ないんだ、というのが僕の考え方です。」

「僕が今回15歳の少年を主人公にしたのは、やはり回復の物語を
書いていきたいと望んだからだろうと思います。
彼の周りの人々は失われていきます。

でも彼らはそれぞれの力をカフカ君に引き渡すことによって
彼らなりに救われていきます。」

「小説を書くというのは、覚醒しながら夢をみることに似ています」

「青年とは少年を飲み込んでしまった存在であり、
大人とは青年を飲み込んでしまった存在だと僕は考えます。
一生懸命探せば、それらは、過去の自分の姿は、みんな自分の中にあります。」

「人と人とは、お互いの孤独を尊重し合うことで、より良く深い関係を持つことができます。
でもそのためには、あなたはまず自分の孤独というものを
しっかり体験しなくてはなりません。
そうしないことには、他人の孤独を理解することもできません」

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読者の言葉
私たちはこの世界で星のようにいきているのだなと思ったりしました
by yuko8739 | 2017-08-25 23:21 | 読書 | Trackback | Comments(0)

映画自主上映機器お披露目会

よい映画を選んで 年に数回の自主上映を続けている我が映画の会。
大きな会場での上映ではなく、小規模な上映会のためのブルーレイ対応機器を
購入したので、手始めに会のメンバー宅で お披露目上映会を行うことになった。

私のいとこSは、長年の音楽ファンで、音楽機器やオーディオの達人。
中古良品をヤフオクなどで見つけて購入し、いい音でいい音楽を
聞きたいと願う知人や友人に 選んだ機器を紹介している。

このたびの機器購入は、すべてネットでSが選んだブルーレイ対応の
中古良品だ。この購入に際しては 前会長のS・Tさんが 経費を
寄贈してくれたので、会の負担は少なくて済んだ・・・ありがたい。

なにか会議などがあれば、すぐ集まる事務局長Tさんの家に9人が集合。
頼まれて私はいなり寿司20個を作り、きゅうりの漬物やトマト、
デザートのスイカなどを持参した。
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Tさんは得意な巻き寿司を担当し、わが友は鶏肉のスモークハムや
麹漬けなど、手製のごちそうが並んだ。
みんなは「運動会みたい!すごいごちそうだね!」

この日は、この会の活動に興味を持った大学院生の若者K君も
やってきたので、さっそく室内に大きなスクリーンを
セットするのを、手伝ってもらった。 
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シニアの多い会に、きれいな眼をした、しなやかな動きの若者が加わると 
それだけで会が華やぐ。

スクリーンやスピーカーなどオーディオ機器をセットして、
プロジェクターなどとつなぐ。
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まず、食事をとってから上映することにして、はじめに初参加の
若者T君に、みな自己紹介。

今後の上映についての話が終り、「いただきま~す」
巻き寿司もとてもおいしく、我がいなり寿司も好評。
鳥スモークハムもおいしかったし、2種の漬物も人気だった。
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みんなでにこにこ食べると なぜこんなにおいしいのだろう・・・
こういうひとときは 本当に幸せだと感じる。
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愉しい夕食会のあとで、室内を暗くして 上映会がはじまった。
はじめに 秋の上映「チャルカ」のさわりをみた。
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次にみた上映映画は、イギリスの女性参政権獲得の物語、
「未来を花束にして」
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実話をもとに、1910年代のイギリスで参政権を求めて戦った、
女性たちの姿を キャリー・マリガン主演で描いたヒューマンドラマ。
実在の人物エメリン・パンクハースト役の名優メリル・ストリープや、
変幻自在の役者 ヘレナ・ボナム=カーターも出演。

暗い時代の過酷な女性たちの物語に 同性として強くひきつけられた。
そして女性監督が描いたのは、この1910年にイギリスで起きた
リアルなできごとだった。

女性たちは過激な戦いを仕掛け、牢屋ではハンストを行い、
社会のタブーや因習と 命がけで戦っていた。
これはすべて 歴史の事実だ。

深く心を打たれて みな感動した。
女性の参政権が認められ、普通選挙が行われたのは 
イギリスで1928年、日本では、さらに大きく遅れて1945年だ。

ひとつの権利を得るための戦いは このように想像を絶する。
その時代に すべてをかけて行動した女性たちがいなかったら、
今のこの時代は 来なかったかもしれない。

深い感慨に 胸を打たれた・・・
このようにして 花束を手渡された私たちは、命がけで獲得した「権利」を 
よもや無駄にしてはならず、しっかりと守らなければならないと、強く感じた。
(この映画出演の女優たち)
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さて、秋の自主上映も決まった。
全国各地で自主上映が続いている、島田恵監督の「チャルカ」
「福島 六ケ所 未来への伝言」に引き続き、核のゴミ問題を描いた作品だ。
監督もまた この町にやってくる。


「チャルカ」は、糸車。
ガンジーが提唱し、インド独立運動のシンボルとなった
「チャルカ」(手紡ぎ糸車)を タイトルにつけたという。

さあ、秋の上映会に向けて また活動が始まる。
音もよくて 映像もきれいだったから、この上映機器はきっと 
今後の小規模な上映会では 大活躍してくれるだろう。
by yuko8739 | 2017-08-20 11:52 | 仲間 | Trackback | Comments(0)

夏の終わりの祈り2017

戦争という名の狂気と無惨な累々たる死を 
8月の特集記事や番組で 毎日のように目にした。
ぼろきれのような遺体を眼にして思う。
使い捨てにされた兵士の魂は どこに向かうのだろう・・・

終戦後に起きた、樺太の民間人の悲惨な集団死。
大戦最大の悲劇といわれる「インパール作戦」
私は ほとんどの戦争の悲劇の本質をみた。
その原因を詳しく知った。
見終って 胃がきりきりと痛んだ。

多くの兵士が そうやって死んでいった原因こそ 戦争の本質を現している・・・
兵士の死を全く意に介さず、食料や医療の補給を考えない軍部司令官、
上層部のあまりにも 無謀な指示のせいだった。
終戦の後にも 戦えと指示された樺太の兵士と住民。
作戦の侵攻や死守は、兵士の死、住民の死よりも優先された。

兵隊はいくらでも取り換えがきくとでも 思っているのか。
自分は安全だと 他者の死にはこれほど鈍感に むごくなれるのか。
無謀で悲惨な作戦を 部下の切実な中止要請があっても絶対に止めない。
未だに無念の白骨が、遺品がかの地には のこされたまま。

戦争は人をこのように扱う。
無駄死にさせて 72年が過ぎた。

心底、恐ろしい。
魂の動きが 停止する。

戦争に勝つためなら 
軍隊は 上層部の要請ならば どんなことでもする。
命を無惨に浪費しても 何万人が無駄に死んでも作戦をやめない。  

人が人の肉を食うような限界の戦場は まさに地獄図・・・
皇軍と称される日本兵の現実の戦いは このように無意味で無惨だ。

だから だから 戦争はしてはならない。
これが戦争というものの 本当の姿だから。

2017年の敗戦記念日、全国戦没者追悼式会場で 
安部首相は
「私たちが享受している平和と繁栄は、かけがえのない皆さまの
尊い犠牲の上に築かれた」という・・・
しかし誰ひとりとして 犠牲になりたくてなった死者はいない。

犠牲にされたのだ、国によって。
天皇の名において。
そう教育されたのだ、日本の軍国主義によって。
異論は排除され、言論は封殺され 共産主義者の名の元に虐殺された。

国民の幸せのための国家が いつか国民の上に君臨して
幸せや命を 踏み砕く。
そんな足音が もう聞こえているのではないか?
もはや「戦後」ではなくて 今は「戦前」なのかもしれない・・・

これが戦争だ!
だから どんなことをしても 止めなくてはならない。
権力は国民をだます、都合のいいように。
世界中のどの国も 同じだ。

だまされない!と私は思う。
戦争の犠牲者に 誓う。
2度と戦争は 許さないと。

私たちの子孫が 地獄を味わうことのないように、
強く行動を続けたい。
by yuko8739 | 2017-08-18 09:59 | 社会 | Trackback | Comments(0)

お墓参り2017

8月13日、早起きして念入り掃除と片づけを始める。
普段はパスする場所も ちょっと丁寧に。
あんこは2日前に仕込んだので もち米3合とうるち米1合を炊いた。
しばらくするともち米のいい香りが部屋に漂う。

もち米を蒸らしてから めん棒で突きこねる。
私はうるち米の粒々感が好きなので 米粒を残す。
あん玉30数個を丸めて、もち米をあんこで包んでいく。
いつもやっていることなので、どんどん要領もよくなり 
あっというまに、ぼた餅完成。
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つやつやと手製のあんこが光って。
見るからにおいしそう・・・
先日、農家さんからもらった採りたてきゅうりのからし焼酎漬けと、
味噌漬けの人参やきゅうりも用意した。

昼になって 母と弟たちとお墓で待ち合わせ。
お盆の入りなので お墓に入る手前から車が渋滞。
娘や孫たちもやってきて 霧雨のお墓の前で みなでお参りした。 
母が「この年になるまで、親族が誰も亡くなっていないのは、
私の最高の幸せ・・・ありがとう」とお墓の前で 父に手を合わせた。
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帰宅して、みんなが ぼた餅を喜んだ。
「わあ~おいしそう!作ったの?」
お茶を入れる間もなく みんなでぱくぱく。
「おいしいね!あんこが絶品だね!」と弟も笑顔。
ぼた餅のあとは漬物、このコンビ最高。
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この笑顔、にこにこと食べる様子が 私への最大のご褒美。
母はお腹が不調といいながらも ぼた餅を2つ食べた。
弟の孫Mちゃんも 好物のみかんをパクパク。

弟の長男Kのふたりの子どもたちは 本を読んでくれたりする、
優しいじぃじ(弟)に くっついて離れない。
その後、妹もドーナツを揚げて持ってきたが、あっというまになくなった。
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先日、もらった農家のじゃがいもが おいしそうだったので、
皮つきのチビじゃがを素揚げして バタと塩を振って
熱々を出してみたら、じゃがいもの味が濃くてホクホク!
これもとてもおいしくて みんなで食べた。

「もう夕ご飯は 食べられない!」
「おなかいっぱい!」といいながら食べていた。
我が親族は どんな食べ物も好き嫌いなく 
おいしく食べてくれるのが 一番の幸せ。 

満足の笑顔で 弟たちが帰った。
いつも母は すぐにケアハウスに帰るが、この日は
母と娘一家を夕ご飯に誘ったら 食べていくという。

また私は張り切って 7人分の夕ご飯の支度をした。
活きのいい透きとおるような真鱈を 母の好きなフライにした。
なすは素揚げして 甘辛い味噌でさっと混ぜ合わせて、
妹の庭から採ってきた 青紫蘇20枚ほどを刻み入れてできあがり。
とろけるような、なすの甘味噌炒めは 紫蘇の香りも最高!

亡くなった父が好きだった 納豆汁も作った。
みんなで おいしい、おいしいと食べる夕ご飯も幸せ・・・
帰る母には ぼた餅と真鱈のフライをお土産に。

みんなの笑顔が幸せな、お墓参りの1日だった。
いつまでも こんなふうに誰も欠けることなく 
仲よく墓参を 続けられたらいいなあ・・・
by yuko8739 | 2017-08-16 23:44 | 家族 | Trackback | Comments(0)

これが戦争だ2017~Ⅱ

先日、NHKスペシャルの戦争特集「731部隊の真実」
~エリート医学者と人体実験~が放送された。

(以下、同番組HPから抜粋)
~戦時中、旧満州で密かに細菌兵器を開発し実戦で使用した731部隊。
部隊が証拠を徹底的に隠滅、元隊員が固く口を閉ざしたため、
その実像を知る手がかりは限られてきた。

今回NHKは、終戦直後、旧ソ連で行われたハバロフスク裁判の
音声記録を発掘。20時間を越える記録では、部隊中枢メンバーが、
国防や国益のためとして細菌兵器を開発した実態、
そして旧満州で日本に反発していた中国や旧ソ連の人々を
「死刑囚」とし、細菌兵器開発の「実験材料」として扱っていた実態を、
克明に語っていた。

さらに、元隊員の資料や当時の学術界の膨大な記録からは、
軍だけでなく学術界からも多くの研究者が部隊に参加していた実態が
浮かび上がってきた。

満州事変以降、学術界が軍と関係を深めていった過程、
そして日本軍が旧満州で反発する人々を死刑にすることについて
世論の支持が高まる中で「死刑囚」を研究に活用する動きが
相次いでいた実態も明らかになってきた。

731部隊はどのようにして生まれ、そして医学者たちは、
どう関与していったのか。数百点にのぼる資料をもとに、
731部隊設立の謎に迫る~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

731部隊の軍医や隊員たちの肉声が リアルだった。
今までは 当事者の証言を聞くことはほとんどなかったと思う。
当事者の肉声の発言は まさに衝撃的だった。
731部隊の実態と本質を 再確認できたと思う。

戦争とは こういうものだ・・・
生きている人間を「マルタ」(丸太)と呼び、生体実験をする。
日本に抵抗する中国人を匪賊などと呼び、ペスト菌などに感染させて 
多くの死者を出した。
細菌兵器は禁止されていたが 731部隊はペスト菌なども空中散布した。
凍傷の研究のために 手を凍傷にした。
黒くなった凍傷の手からは 骨が見えていたと証言する少年兵。

私が恐ろしいと感じたのは、大学への膨大な研究費や補助金を
受けるために、医学界は多くの研究者を部隊に送り込んだという実態。
本来人間を病から救うための医学者が このようなおぞましい生体実験に
容易に加担してしまうとは、まさに戦時の狂気そのものだ。
軍部と医学会が結びつくと このようなことまで起きてしまうのか。

大学は研究者を戦地に送り込むことと引き換えに、国から多額の資金を得ていた。
現地では 終戦後に731部隊の施設を徹底的に破壊し、
そこで起きたことは秘密とされ、主導した医師たちは 
我先にそ知らぬ顔で日本に帰国した。

戦後は アメリカへのデータ提供と引き換えに罪は不問とされた。
731部隊の責任者は、著名大学の学長になったり 医学会の重鎮となり、
著名な権威となり日本の医学界を リードした。

この番組の終わりは731部隊で 人体実験に使用された
細菌培養研究の軍医、柄沢十三夫の証言で 締めくくられている。
裁判時の彼の証言は、深い後悔と自責の念に満ちて涙声。 

「私には日本に82歳の母と妻、2名の子どもがございます。
なお私は自分の犯した罪の非常に大なることを自覚しております。
そして終始懺悔をし、後悔しております。
将来生まれ変わって もし余生がありましたならば
自分の行いました悪事に対しまして 生まれかわった人間として
人類のために尽くしたいと思っております」

旧ソ連で刑に服したあと 帰国する直前に
彼は自殺したと伝えられている。
by yuko8739 | 2017-08-15 08:01 | 社会 | Trackback | Comments(0)

これが戦争だ2017~Ⅰ

毎年この時期には さまざまな力のこもった戦争の記録が
新聞やTVで特集される。できる限り多くの戦争体験者からの
「遺言」や新しく明らかになった事実を、正しく受けとめたいと思いながら
私は8月のこの時期を過ごす。

8月10日の朝日新聞朝刊の記事を読んで 私は衝撃を受けた。
戦争孤児について 自分の無知を恥じた・・・
(以下、一部抜粋)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
8月10日 朝日新聞 「戦争を語る」2
孤児たちの「遺言」 戦争孤児の会代表 金田 茉莉 さん

国に棄てられて 戦後の闇に消えた 数知れない戦争孤児は
戦後史の闇に埋もれた存在だ。
自身もその一人である金田茉莉さんは、30年にわたり、孤児たちの証言や
資料を集め、未来への「遺言」として伝えてきた。
82歳になったいまも、日々パソコンに向い、孤児の目で見た
戦後日本の現実を書き残す。(朝日新聞の記事案内文)

以下、金田さんの証言。
「72年前の終戦の後、東京・上野の地下道は浮浪児であふれ、
数えきれない子どもたちが餓死し、凍死しました。
生きた証さえ残せず『お母さん』とつぶやき、1人で死んでいった」

「浮浪児と呼ばれた子どもの大半は戦争孤児です。
だれも食べさせてはくれないから、盗みを働くしかなかった。
不潔だ、不良だと白い眼で見られた」

「駅の地下道にいた3年生の男の子は、(親が迎えに来ないショックで)
何日間も何も口にできず、『お母さん、どこにいるの』と言った翌日、
冷たくなっていたそうです」

「いったん親戚や里親に引き取られても、重労働や虐待に耐えかねて
家出をして、浮浪児になった子も数多くいました」

「戦後、国は戦争孤児の保護対策要綱を決め、集団合宿教育所を
全国につくる方針を示しましたが、予算も規模も全く不十分でした。
見かねた民間の篤志家や施設が私財をなげうちましたが、追いつかず
街に浮浪児があふれました」

「そうです。戦争孤児は、国に捨てられた。
私はそう思っています。
20代の頃に、当時の厚生省に戦没者遺族への補償を受けられないか、
問い合わせました。
でも『軍人・軍属の遺族ではないので、対象ではない』と言われた。
同じ戦争犠牲者でも、民間の空襲被害者は差別されているのです」

「政府は1946年の帝国議会で、戦争孤児の総数を『3千名前後』と
答弁しました。混乱期とはいえ、あまりの過小評価です。
48年にようやく厚生省の調査で、孤児は12万人以上いたことがわかりました。
この調査では養子になった孤児や沖縄の孤児、路上にいた浮浪児などは
含まれていません」

~路上の孤児は排除、取り締まりの対象になっています~
「狩り込み、と呼ばれた行政による強制的な保護収容では、
『1匹、2匹』と 動物のように数えられました。
当時10歳で浮浪児となり、上野駅で狩り込みに捕まった
女性の証言を聞きました。
30人ほどの子どもがトラックの荷台に乗せられ、そのまま夜の山奥に
『捨てられた』そうです」

「多くの孤児は施設でも劣悪な環境に置かれ、心に異変をきたし、
元気な子どもは施設から逃げ出した」
親といっしょに死んだほうがよかったと 多くの孤児は感じている。
浮浪児の経験や人間の真実を伝えないかぎり、国の責任も明らかにならない」

金田さんは「いったん平和が失われたら、こどもの命は守れない。
今が正念場です。これは過去の問題ではなく 未来の子どもたちの問題です。
終わりなき悲しみを子どもたちが二度と味わうことがないように、
最後のチャンスと思って、伝えたい」


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自国の戦争犠牲者の子どもを 手厚く愛情込めて 面倒をみるわけではなく
狩りのように1匹、2匹と数えて集め 遠い山のなかに捨てて 見殺しにしたとは。
息がつまる、胸がつまる。

「お母さん、」そう呼んで死んでいった幼い子どもたち。
戦争というものが あらゆる地獄を生み出す。
人は人でなくなり 獣や鬼と化す。

これが 戦争だ!!! 
by yuko8739 | 2017-08-14 09:34 | 社会 | Trackback | Comments(0)

寒い夏に白い花

7月初旬のうだるような猛暑は3日間だった。
室内は32度の無風状態。
ふだんは扇風機を使わない私でも 2階の扇風機を居間に移した。

その暑さが去り、外気温は27度前後となり、あっという間に、
今は連日21度と涼しいというよりも 寒い!
半袖ではいられない、長袖でいい。
夕方になると気温は より下がって17度。
夜のウオーキングのときも ウインドブレーカーを着る。

山々には白いサビタの花(ノリウツギ)がいっぱい。
もうサビタも 花の盛りを過ぎた。
そして この白い花と対照的な紅い実は エゾニワトコ。
同じ時期に 咲く紅白コンビだ。

ノラニンジンのレースのような白い花も あちこちに。
ツリガネニンジンの紫、ヒルガオのピンクも群生してきれい。
街路樹のナナカマドの葉のなかに 赤く色づきはじめたものもある。

ときどきススキの穂も 目につくようになったこの頃。
自然界は、毎日21~23度の気温を敏感に察知して、
次に来る寒さに身構えているのだろう・・・

暑い夏と長期予報は告げていたが、寒い夏になった。
農作物の冷害が心配だ。

今週は定期的な脳外科MRI検査やがん検診と仕事などで、連日外出。
1日空いた日に ほっとして朝から晩まで 小豆を煮ていた。
お墓参りにやってくる来る親族に おいしいぼた餅を作ってやろうと思う。
by yuko8739 | 2017-08-13 09:58 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

スマホの先生

夏休みに、めずらしく孫2号(中1女子)が、泊まりに来た。
いつもは サッカー少女なので プロ?のように練習で忙しく。
泊りに来るヒマも なかなかない。

女子サッカー日本代表!を夢見ている彼女は、
なにがなんでも サッカーひとすじの道をばく進中!
道内各地に遠征も!

そんな多忙な彼女が 我が家に泊りにきたのは 
私の「あぶら-めん」が目当て。
これは汁のないラーメン。

ゆでたての湯切りした熱々の麺の上に 細切りのキヌサヤとチャーシュー、
一番上に千切り長ネギを乗せて 小鍋で熱くした油をジャーッとかける。
熱々のうちに コショーとオイスターソースで調味して 完成。

油でネギの焦げる香りが すばらしく。
数年前にTVで見て 作ってみたら 息子や孫も大好きに!
ちょっとクセになる おいしさ。
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この油麺が食べたくて 泊りに来た孫2号。
さっそく夜は チキンカツと炊きたてご飯のお握りと油麺
おいしい、おいしいと完食、サッカー少女は、食がいい。
食後のデザートには おいしい桃。

翌日、朝方に 我が家のお米農家のTさんから電話。
「じゃがいも掘ったから取りに来ない? 雨が降らないうちにおいで」 
車で5分のTさんの家に出かけた。

田んぼは青々とした稲穂でいっぱいで、この景色こそ日本の原風景。
赤と黄色の美しいトマトやきゅうりやじゃがいもをもらった。
さっそく お昼に粉ふきいもにして バタを乗せて「ホクホクだね」と食べた。
トマトも「甘~~~い!」
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笑っているみたいな じゃがいもたち!
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日頃、スマホ片手に悩みが多い私・・・
なにがなんだかよくわからないので、ため息ばかり。 
泊りに来た孫2号は スマホの先輩。
待っていましたとばかりに 指導を乞い願う。

いや~~~めまいがするほど 孫ちゃんの手の動きは早い。
なにがどうなっているのか 私にはまったく理解不能。
乾いた私の指のタッチを ときどき認識しないスマホだが、
孫のタッチには 素早く反応。

ずっと疑問だったことが 一気に雲散霧消して できるようになった。
スマホ先生、ありがとう!!!
ばぁば食堂?のオーダーは、お好みメニューを作りますので、 
だからまた来て いろいろと教えてね~

もうすぐ、あんドーナツもできるよ。
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孫2号は 揚げたてアンドーナツは初体験、熱々のあんこで火傷しそうに
なりながら ハフハフ食べて「できたて最高!」とにっこり。
by yuko8739 | 2017-08-10 13:53 | 家族 | Trackback | Comments(0)

母のケアハウス夏まつり/「子どもの貧困」講演会

母が入居しているケアハウスの恒例夏祭りに妹と参加した。
あいにく霧雨の天候で 外にせっかく張ったテントも使わずに屋内で行うことに。
屋内では 施設側の挨拶に続き 余興が行われた。
我が母も 自分が作詞したケアハウスの音頭を歌って楽しそう。
昼になり、食堂で食券を手にして お祭りのごちそうをいただく。
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焼きそば、タコ焼きやホタテごはんのお握り、焼き鳥やつくね、味噌おでん、
スイカ、ジュース、かき氷と楽しいお祭りメニュー。
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高齢者向きで量は少ないが、充分にお腹がいっぱいになった。
楽しい雰囲気の施設から 講演会の会場に向かった。

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男女共生セミナー前期開講 
湯浅誠氏 講演会「子どもの貧困」
~「知ること」から希望の持てる「社会」へ~
湯浅 誠氏は東大法学部卒、2008年の年越し派遣村村長、
2009年から内閣参与、日本弁護士連合会市民会議委員など。
著書多数。法政大学現代福祉学部教授。

湯浅さんの講演が、すばらしかった。
凡人は「難しいことを 難しく説明する」しかし、
1流の方は 「難しいことでも 明るく簡単に説明する」

まさしく 湯浅さんは長年の自身の活動に支えられた、
1級の「明るい笑顔と希望」を 私たちに 手渡してくれた。
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目に見えない 現代の「相対的貧困」と呼ばれる現状の解説から
話は はじまった。相対的貧困とは「所得の中央値の半分を下回っている人の割合」
先進国30ヶ国中、日本は貧困率が4番目に高いという統計が2015年に出ている。

それでは、どうするのか・・・
わが市の人口から、相対的貧困に該当する子どもたちの数を1500人と算定、
そういう現状を どうとらえて 変えていけるかを長い経験と実践から 示唆した。

相対的貧困の子どもは 何が問題か?
1 お金がない(友達と同じことができない、修学旅行や部活もできない)
2 つながりがない(つきあいにお金がかかる、バイトがあるので友だちと遊べない)
3 自信がない(自尊感情を持てない、孤立)

そうならないためには、家族以外の人がその役割を!
みんなで少しづつ、寄ってたかって サポートする。
1 食わせる、寝せる、勉強させる
2 体験させる(大人が様々なことを提供する)やらせてみる
3 時間(かまってやる。話を聞く。そのなかから社会性が身につく)
4 トラブル対応(困っていることにアドバイス、相談につなぐ、手伝う)

「なにも特別なことをしなくてもいいんです。
これは特別な事、と決めるのは相手。
鍋を家族で囲んだことのない子にとっては、
子ども食堂でみんなと鍋を食べたことは 特別なことなんです」

私たちは 普通に 普段やっていることをするだけで
それが充分支援になります。
相対的貧困はわかりにくいから だれでも来られる居場所を作ればいい。
年代を超えて ご飯やおやつを食べたり、おしゃべりしたりする場所が大切。

勉強を教えてもらったり、おやつを食べたり トランプをしたり。
なんでもないことのなかで だれかのために時間を費やし、話を聞く。
人と人との生身のかかわりこそが 子どもを支援するということの本質です。

名前で呼び合う関係になればいい。
どんな係わりでもいい。
子ども自身が特別なこと、特別な時間、特別な居場所、特別な人と決める。

これは 大人にとっても まさに自分たちの未来なのです。
貧困の子どもたちをそのままにしておくのは、
経済的にも大きな損失だということは 統計上明らかです。
子どもにしっかり学ばせて よい働きをする大人に育てるのは
大人の未来にとっても とても大事なこと・・・」

 
湯浅さんのような明るい笑顔で 希望の持てる社会にするために
サポートする大人たちの存在が 子どもたちを、未来を救う。
こころから 感動した。

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できれば小学校区に1か所くらい 子ども食堂のような居場所があれば、
そんな湯浅さんの言葉で 私は前から感じていたことを思った。
自分の町に「子ども食堂」・・・ずいぶん昔から そうできないかと感じていた。
そこでは老人から小学生や中学生、赤ちゃんを連れたママも来る。
学校帰りの子どもも やってくる。

時間を多く持つシニアや主婦は 居場所にいてくれればいい。
そんな場所が 私の町にできたら どんなにいいだろう・・・
そんな夢に力をもらえた湯浅さんのすばらしい講演会だった。
湯浅さんの本を 読んでみたい。
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最後に「あしなが高校生 アンケート調査」結果より。
男子@大阪
「この世に生まれてきてんから、はらいっぱい食べて大きくなりたい」

女子@福岡
「バイトなどの疲れで、授業を寝てしまいがち。成績も下がり、
バイトの量を減らすなどしたい。
睡眠時間も今より増えるかなと思っています。助けてください」

女子@栃木
「生活するためには、私がアルバイトで稼がなければいけなくて、
学習する時間がうまくとれない。
将来を考えると、私はどうしようもなく、いらない人間に思えて、
死にたくなってくる。
だけど、手を差し伸べられると、ふりはらってしまう自分がいる。
私は、こんな自分を好きになれない」

男子@徳島
「友だちはみんな専門学校に行くらしいけど、おれは行かずに働いて
かあさんを助けたい。
お父さんみたいに30代で死んでほしくない。
このままだったら父さんといっしょで病気で死んでしまう。
いつまでも元気でキレイな母さんでいてほしい」

女子@福岡
「高校3年なので、予備校に通って頑張りたかったが、できなかった。
食費もお昼はお金がかかるから、学校では食べずにガマンしている。
高校生なので、オシャレをしたいが、洋服などガマンしている。
だから友だちといるとお金がかかるので、いつも1人でいる。
学校でも1人ぼっちでいる。

男子@神奈川
「やる気や夢がある子どもには、家庭の事情や家族構成に関係なく、
支援することが当たり前の社会になってほしい」


by yuko8739 | 2017-08-07 17:27 | 社会 | Trackback | Comments(0)