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ゆうゆうタイム

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<   2017年 02月 ( 16 )   > この月の画像一覧

冬の自然勉強会/自主上映の会

2月末の日曜に、冬の自然勉強会と吹雪で延びていた新年会?を兼ねた、
自主上映の会の集まりがあった。

<自然勉強会>
今回で62回を数える冬の自然勉強会は、優れたユニークな活動を
している講師を招いて、様々な興味深いテーマについて学んでいる。
雪深い冬はアウトドアの活動ができないので、冬の講座には
学びのいい機会なので、できる限りは参加している。

今回の講師は ビオトープの会の代表Oさん。
自らの少年時代の自然遊びの楽しさを胸に刻み、獲物がとれる
ビオトープを目指して、1998年ごろから活動をはじめた。

沢水の流れのある海沿いの荒れ地に いつか命豊かな湿地を作り、
子どもたちが 小魚やトンボをとって心ゆくまで楽しむ場所にしたい。
そんな一心からはじめた、ビオトープの活動。

蛍の飼育や沢水の流量計算、ビオトープの造成や保全、土木工事、
植生調査、近隣からの移植など、学びや研究を続け、
試行錯誤した日々を 笑顔をたたえながら静かな口調で語った。

ビオトープ構想から すでに30年近くが過ぎた。
2006年に 行政側からやっと市有地内の土木工事許可が下りる。
2011年に 完了まで7年かかった造成工事が完了した。
造成費用はすべて寄付に負うので 寄付がなければ工事はときに中断。

その間に 会の皆さんは地道に植樹や移植、沼に動植物の移植、
そして 沼周辺の環境調査などを継続した。
近隣の似た環境の動植物を導入にこだわった。
植樹後3~5年経って、植樹の成果が表れ始めた。

ホタルの幼虫を飼育し 増やして放流した。
ビオトープ生まれのホタルが 出現しはじめた。
市民観察会や市内小学校の自然観察も 増えていく。

このビオトープで Oさんの念願だった
「獲物のとれるビオトープ」が 実現した。

水辺があれば 命はこうして集まってくる。
小魚がいれば カワセミもやってくる。
ヒヨドリ、ヒバリ、ハギマシコ、アマサギも。

春になれば ミズバショウ、エゾリュウキンカ、ワスレナグサ、
クリンソウ、エゾエンゴサクも咲く。

多くのトンボも 集まる。
ギンヤンマ、オニヤンマ、シオカラトンボ、イトトンボも多種。
池には ミズカマキリやホタル、トミヨ、エゾアカガエルや
トカゲ、シマヘビ、エゾヤチネズミやキタキツネ。

最後に0さんは、こう言った。
「自然の好きな人のほうが 道を誤らない、間違わないと思います」
「遠い目標をみて次の世代や、次の次の世代のために活動していきたい」

この言葉に、私は胸を打たれた。
深く感動した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
<自主上映の会>
勉強会のあと、急いで帰宅して「たこ焼き」の準備。
黒糖入りの甘酒も作り、上映の打ち合わせとお茶会に向かった。

会場は 事務局Tさんの家、おでんを仕込んでくれていた。
お茶会は豪華で、タコ焼きとおでんや手製スモークチキンのサラダが並ぶ。

まずは 今年の自主上映について。
小林多喜二の母の物語「母」は、原作が三浦綾子、監督が山田火砂子さん。
主演は演技派の寺島しのぶ。

そして、話は見た映画、「沈黙」や「手紙は憶えている」
見たい映画オリバー・ストーンの「スノーデン」「ヒトラーの忘れ物」
の話に移る。

また、4月には「春の憲法の集い」
沖縄北部で4年前から活動を続けている
「東村ヘリパッドいらない住民の会」田丸正幸氏の北海道講演。

また、長く反原発講座を続けた元校教師で 現在は
「戦争させない市民の風・共同代表」川原茂雄氏の講演と、続く。

沖縄という場所は 日本という国の犠牲となって 
自らの土地や海、美しい自然遺産を守ることもできずにいる。
沖縄の声を 私たちは聞かなければならない。

そういう話が続いた後で みんなでおいしいおでんやタコ焼きなどで
楽しく会食した。

映画の話は 楽しい。
映画の仲間も 楽しい。

いつも前を向いて 学び続ける人になりたい。
by yuko8739 | 2017-02-27 20:32 | 仲間 | Trackback | Comments(0)

物騒な世界/小豆を煮る

やっと仕事が一段落。
しかし、世界は物騒なことばかり。
北朝鮮の金正恩とは 腹違いのきょうだいの金正男氏が 
マレーシア空港で毒殺された。

権力を 争っていたわけでもないのに、
外国に暮らす 自分のきょうだいを毒殺するとは!
そこに 金正恩の病的な恐怖感と憎悪を 感じてしまう。
その後、マレーシアと北朝鮮は この問題で対立を深めている。
深刻な事態になりかねない。


トランプ以後の世界は 混乱や断絶、憎悪が加速すると
感じていたが、やっぱりそうなっている。
非常識で信じられない事柄が 現実の大統領令となっている。

表現の自由、人間の権利という観念を持たずに、
すべてを敵か味方かで差別するトランプ氏を 大統領に選んだアメリカ。
世界の明日が見えないまま 混沌が深まっている・・・

満面の笑顔で 大統領になる前もなってからも、トランプ氏のもとへ駆けつける
無批判な安倍首相の姿は、世界では どんなふうに受け止められたか。 

やるべきことは 国内に山積しているのではないか。
日本の見えない貧困は 見えないまま深刻化している。

「日本、死ね」という叫びは もう聞こえないのか?
保育所の待機児童問題は 少しでも解決されたのか?
過労死の対策は万全か?
せめて派遣社員にも ボーナス支給を!

大阪豊中市で 今春開校する予定の私立小学校は
「天皇国日本を最認識」「教育勅語素読」など、信じられない。
いったいいつの時代???

その学校の名は「安倍晋三記念小学校」ことわったというが。
安倍氏の妻は この学校の名誉会長と 決まっていたらしい。
今は 辞退したらしいが。

その学校への 国有地の売却を巡っての疑惑。
どういうことだろう?交渉記録が廃棄とは・・・
ますます疑惑は 深まる。

そのうえに国民には また「共謀罪」や「テロ等準備罪」?
日弁連は 新たな「共謀罪」は必要ないと批判している。

日々、新聞を読みながらも、軍国主義の亡霊が
にやけながらぬっと立ち上がる気がして、愕然とする。
「戦前回帰」の潮流を感じて、怒りで悶々とする私。

そして、プレミアムな金曜など、夢の夢という人たちを思う。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

憂国の思いを抱きながら 昨日は6時間かけて小豆1kgを煮た。
注意深く焦がさないように 木べらで絶え間なくかき混ぜ、甘さや堅さを調整して 
あんこは夜9時半に やっと完成。 
いつもながら 気の抜けない作業だ。
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仕事が一段落したので 小豆を煮ている間に、
遅ればせながら 我が家の男性たちと孫ちゃんに 
バレンタインの生チョコも手作り。
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翌日出かけるので 手土産にするために生チョコは
オレンジマーマレ-ドをトッピングして、おしゃれに変身。
味見したら とてもおいしい!
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翌朝は 息子が食べたがった あんドーナツの用意。
発酵したパン生地で、できたてのあん玉を包む。
でも欲張り過ぎたのか、あん玉が大きすぎて、ドーナツを
揚げていたら、口が開いてしまった!
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やっぱり 入れ過ぎはよくない。
味は変わらないが なんだか印象が違ってしまった。
「定型」が好きな私には かなりの違和感!

友人宅で。          
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by yuko8739 | 2017-02-24 21:55 | 社会 | Trackback | Comments(0)

ランと鯛焼き

娘が退院した。
炎症は収まったが 3月半ばには再入院して手術するらしい。
それでも 深刻な病気ではなさそうで 安堵している。
どうにか孫たち2人だけで、数日間を過ごすこともできた。

春の雨も降ったのに、その後に厳しい寒さがやってきた。
雨に濡れた氷や雪がテカテカと凍り、その上にまた粉雪が降るので
足元が危うい。

先日、けっこうな量の雪が降った。
数日前の夜のウオーキングのとき、車が踏み固めた新雪が
ツルツルになっていて、かかとがすーっと前に滑り、滑って転んでしまった。

激烈に転んだわけではない、この程度でよかったが。
でも、すぐ帰宅して湿布を張った、後悔した。

昨夜はウオーキングに出てみたら、薄く雪が降った直後だったし、
気温も高かったので 道は滑らなかった。

雪の結晶が街路灯の光に反射して 道がキラキラ光っていた。
じゅうたんに 小さなお星さまが無数に輝いているようで。
すごくきれいな すてきなウオーキングだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

先週末に外泊が許された娘が おいしい某有名店のたい焼きを
お土産にして 家族そろって我が家にやってきた。

なんと、そのたい焼きは 子連れ鯛焼き!
初めて見たそのたい焼きが かわいくて記念撮影。
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先日 花屋さんで 白緑の蘭(デンドロビウム?)を見つけた。
花のなかが薄い桜色で、美しい。
つい買って 家に飾った。

かわいらしくて 清楚。
すてきな花の時間を 楽しんでいる。
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by yuko8739 | 2017-02-23 09:45 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

芥川賞「しんせかい」を読んで

朝日新聞で 好きな文芸評論家の斉藤美奈子がこの本について
書いていた文章を読んで 興味を持った。
この作品が載っている雑誌を 先日買った。

この作者 山下澄人氏は 富良野塾の2期生だという。
自身の体験をたぶんばらばらに破壊して 再構築した作品らしい。
先日、NHKで富良野の倉本總氏の番組をみて感動したこともあり、
興味を持った。

読み始めて最初の頃は 取りとめのない文章の運びに なかなか
感情移入ができず。
主人公の19歳のスミトが どういう思いで富良野塾に入ろうと
決めたのかもあいまいで。

まあ、人生に出くわすことには それほど強い意思は必要なくて、
ふいに心が動いたことに 引っ張られてゆくのがリアルかもしれない。
役者になるって?・・・? 費用がかからないから、行くの?

ガールフレンドと別れて 船や車に乗りついで その場所に着くスミト。
その谷には1期生も「先生」もいて、膨大な作業が待っていた。
玉ねぎの苗を 植えること。
冬の間の燃料の薪を 運ぶこと。
馬の世話を すること。

農家の手伝いに行き 栄養失調で倒れる。
過酷な毎日。そこを近隣の人々は「収容所」と呼ぶらしい。
そんな日々を スミトは淡々と 感情をあらわにせずに 
短いセンテンスの文章だけで綴っていく。

読み進めるうちに 私はスミトと一体であるかのような気がしてきた。
淡々と他人の感情に深入りせず。
谷の生活は 自分で選んだのだから逃げない。

それでも寒さは 地獄のように辛い・・・
喘息まで出てくるし 寝ていれば 誰か男がやってくる。
誰だ?・・・

先生との確執も多少描かれるが、先生の態度や言葉で一喜一憂もする。
しかし それだけが大事というわけではない。
不思議な感覚。
浮遊感と自由?

芥川賞の選考委員、吉田修一は「王道の青春小説として面白かった」と
語ったが、私はそんなふうには 全く感じなかった。
青春小説にしては 色がない。
激しい感情も ない。

幽体離脱のような箇所があるのが 一番面白かった。
人は誰でも そういうことができる気がする。

人間にとっての集団生活の本質の一面とは 
こんなふうなものかもしれない。
本音の在りかは だれも知らない・・・明かさない。

たぶん、これが作者の再構築された「富良野塾」物語。
塾生のひとりひとりには それぞれの「富良野塾」物語が
存在するのだろう。


倉本聡は すごい場所を創ったものだと思う。
自己規制や忍耐、そして労働と寒さに耐えて 哲学に至る。

多分、ここを出てからの人生を切り開く力が 
他の人とは違っている気がした。
by yuko8739 | 2017-02-22 11:11 | 読書 | Trackback | Comments(0)

映画「「この世界の片隅に」

アニメ映画は 好んでみることはないが、この作品は文句なく
全ての人に見てほしい映画だった。

1944年広島。18歳のすずは、顔も見たことのない若者と結婚し、
生まれ育った江波から 20km離れた呉へとやって来る。
それまで家族の愛情にゆったりと包まれ、得意な絵を描いていた娘は、
一転して一家を支える主婦になる。

創意工夫を凝らしながら 食糧難を乗り越え、毎日の食卓を作り出す。
やがて戦争は激しくなり、日本海軍の要となっている呉は
アメリカ軍によるすさまじい空襲にさらされ、数多くの軍艦が燃え上がり、
町並みも破壊されていく。そんな状況でも懸命に生きていくすずだったが、
ついに1945年8月を迎える。(以上あらすじ 引用)
監督:片渕須直、原作:こうの史代

2015年からネット上の寄付、クラウドファンディングにより資金調達を開始。
最終的な支援者は3374人に達し、集まった資金は3622万4000円。
これは国内クラウドファンディングの最高人数、
最高金額だとのこと(映画部門)。

昨年度キネマ旬報 
日本映画ベスト・テン第1位
『この世界の片隅に』受賞
日本映画監督賞  片渕須直 受賞
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時代考証や町並みの記憶などによって、今はない戦争前の広島の町を
詳細に再現したアニメは 徹底して細部にこだわった丁寧な作り。
美しく 素朴なタッチの絵が心地よかった。

おっとりとした主人公すずのキャラクターにマッチしていた、
タレント「のん」さんの声が すばらしいかった。

戦前のゆったりと流れる人々ののどかな暮らしは ただいとおしく。
笑いやユーモラスな家族の会話が 日々の暮らしを紡いでいく。
少女時代のすずの かけがえのない幸せな暮らしが まぶしかった。

自然と共に生きる人々の表情は 穏やかだった。
すずは見たこと、感じたことを次々と 得意の絵に描く。 
しかし 次第に戦争の影が暮らしに覆いかぶさる。

すずの家族や幼馴染が 兵士となって次々に召集される。
すずは18歳のときに、望まれて見合いし 広島県の呉で所帯を持つ。
戦時の村人の暮らしが 淡々と描かれる。
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戦争は すべてを奪う。
兵士として召集されて 戻っては来ない男たち。
呉は軍港なので そこに住む人々も爆撃され 大砲が飛んでくる。
家を壊され 防空壕で死ぬ。

しかしそれでも 生きている人の暮しは終わらない。
少ない配給の食料を増量し、ささいなことに笑い合って生き抜く。
声高ではないが 戦時の庶民の姿を通して 戦争と暮らしがリアルに語られる。

絵の好きなすずは 爆撃されて絵を描く右手を失う。
手をつないでいた かわいい姪は死んでしまう。

広島の原爆直後の廃墟も 描かれていた。
いつみても こんなことが本当に起きたのかと思うくらいに 鳥肌が立つ。
その原爆で母を失い 行き倒れた子どもをすずは家に連れてくる。

山あいの すずの家。
片手をなくしたすずと 娘を失くした義理の姉、母を亡くした戦災孤児の女の子が
同じ生地のワンピースやエプロンを着て 立ちつくすラストが印象的だった。

戦争をも乗り越えて続く 日常のすばらしさに感動した。

そして今も、この世界の片隅にいる、戦時下に暮らす、
多くの「すずさん」を 私は思った。

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by yuko8739 | 2017-02-21 10:16 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画「手紙は憶えている」

NHKや朝日新聞の映画評で 強い印象を受けた映画。
昨年にこの映画を知り、わが町の映画館本社あてにメールで上映依頼した。
タイムラグがあっても 是非「月いち名画座企画」で上映を!
その甲斐あってか?関係はなかったか?この映画の上映がはじまった。
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最愛の妻、ルースを亡くした認知症の主人公ゼヴは老人施設で暮す。
毎朝、ルースが死んだことさえ忘れてしまう彼は、
施設の友人マックスから 1通の手紙を渡される。

70年前にアウシュビッツ収容所で ゼヴとマックスは、
ナチスの兵士に 家族を殺された。
戦後、身分を偽って生き延びたらしいナチスのルディ・コランダーを
探して殺すのが、ふたりの約束だった。

マックスは車椅子の身、動きまわれるのはゼヴだけ。
妻が亡くなったあとで、ゼヴはその使命を実行することになっていた。
マックスの指示通りに、ゼヴはたったひとりで施設を抜け出し 
銃を買い、復讐を誓ってルディらしき4人の人物を 訪ね歩く。
(2016年カナダ=ドイツ作品)
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毎朝起きて、今自分がどこにいるのかも分からずに妻の名を呼ぶゼヴ。
そんな心もとないゼヴに はらはらしながら同行した。

知らない町のバスのなか、居眠りから目覚めるたびに失う記憶。
手紙を取り出して やっと復讐と使命を認識する90歳のゼヴ。
認知症の殺人者とは、なんと巧みなストーリーかと思う。

復讐の旅で 彼の辿るエピソードには 予測不可能なアクシデントが
起きるので ずっとドキドキしっぱなし。
危ない!どうしよう!人違い?
次々と さまざまなことが起きる。

3人目のナチスらしき人物を巡るエピソードは 恐怖だった。
ルディ・コランダーらしき人物は すでに亡くなっていたが、
その息子が 自慢げに 彼の遺品を見せてくれる。

部屋には鍵十字、ヒトラー著「わが闘争」の初版本、ユダヤ人迫害の
象徴と発端、クルスタルナハト(水晶の夜)のナチスの制服・・・
父と息子は 狂信的なヒトラー崇拝者だった。

恐怖で からだが凍りつく。
このたたみかけるような怖さに 皮膚が泡立つよう。
なぜ、訪ねてきたかと問い詰められて ゼヴは窮地に・・・


そして4人目のルディらしき男を訪ねたゼヴに 彼は言う。
「いつか、君が訪ねてくると思っていた・・・」と。
驚愕のラスト5分、謎は加速して 一気に真実が明らかになる。



ナチスの狂気や犯罪を描いた作品は 今も数多く作られている。
しかし、主人公が90歳の認知症男性。
そんな彼が どんな思いで家族を殺した男を追いつめるのか・・・
毎日失う記憶のなかで 復讐の思いだけは消えることがない。

これはナチスの強制収容所の大量殺人を巡る 最高にユニークで
現代的な物語だと感じる。
(脚本:ベンジャミン・オーガスト)監督は アトム・エゴヤン。

主演のクリストファー・プラマーがなんといっても すばらしい!
認知症の苦悩と当惑、孤独をその瞳に宿しながら 
ナチスの生き残りを執拗に追いかける。

彼の演じたトラップ大佐とマリアの映画こそ、私が映画の歓びを
体感した 初めての映画。(サウンド・オブ・ミュージック)
あの端正で 冷たい容貌のトラップ大佐が 今は87歳。
 
人生の苦悩を全身ににじませてナチスを追い、恐怖と不安に
打ちひしがれ・・・愛する妻は すでにこの世にはいない。
その年齢でなければ 表せないリアルな表現があるのだ。

ラストの深い意味と衝撃を なんとなく予感していた私。
セブの認知症がすべての鍵か。

とはいえ、ナチスの犯した大量虐殺が 歴史から消えることはない。
どんな形でも ナチスのホロコーストが 永く描き続けられることは
人類の記憶として 大事なことだと感じている。

いい映画だった。
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by yuko8739 | 2017-02-18 12:12 | 映画 | Trackback | Comments(0)

「永い言い訳」を読んで

小説「永い言い訳」を読み終えた。
西川美和監督の映画をみて、本を買った。
体調がよくなかったので 時間がかかったが読了した。
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この本の解説者:柴田元幸氏(翻訳家)は・・・
トルストイの小説「アンナ・カレーニナ」の冒頭の言葉、
~幸せな家庭はどれもみな同じようにみえるが、
不幸な家庭にはそれぞれの不幸の形がある~
という言葉をひいている。

まさに、主人公衣笠幸夫は 自意識過剰で自信過多で卑屈な小説家。
自己中心タイプで、私の最も嫌いで苦手な男だ。
妻の長い献身も愛も ほとんど感じない(ふりをしている)。
ふりをしていたら それが本当(リアル)になった。

まさに他者の痛みや感情には 鈍感でいられる人間。
無名時代の幸夫を支えた 聡明で美しい妻は、突然友と旅行中に
事故死してしまう。そのとき幸夫は自宅で 若い女と浮気をしていた。


多分今まで、彼は面倒なことやつまらないことすべてを 妻に任せていた。
食事は食べたいときに 出てくる。
汚れ物もほおっておいいたら きれいにたたんで引き出しに置いてある。
重たいゴミを出したこともなければ、回覧板を廻したこともない。

つまり彼は ほとんど「人」の暮らしをしてこなかった。
すべきことを放棄して 物書きの苦悩を大げさに演じたり。
妻への劣等感の裏返しで 尊大で冷酷な夫であり続けた。


しかし妻の死をきっかけに 幸夫の人生が大きく意外な方向に動き出す。
同じく妻を失った 妻の親友の夫、トラック運転手の陽一。
彼には 5歳の娘と小6の息子がいる。

長距離運転手の陽一は 子どもの面倒をみきれない。 
幸夫はふとしたことから この家族と係ることになる。
母を事故で失い、仕事で不在がちな父の代わりに 娘にご飯を作り、
塾帰りの息子を迎えに行く。

「チェ、面倒なもんだ、ガキなんて。
冷たい眼で俺をみるし いったいなにを考えているんだか・・・」
はじめは そんなふうだった幸夫が 日々子どもと過ごすなかで、
汚いこと、面倒なこと、作っては食べて 食べては洗って。

日々繰り返す、面倒なことを。
そのなかで子どものまぶしい笑顔にも 出会う。
母を失った子どもの泣けないかなしみにも 出会う。

「どうして 僕のお父さんは こんなお父さんなの・・・」
尊敬できない父への憎しみにも。
最愛の妻を亡くして茫然自失、子どものような純粋な陽一、
そして 息子の軽蔑に苦しむようになる陽一の悲哀にも 同行する。

つまり、幸夫は 人生で初めて面倒で厄介なことを 引き受けたのだ。
「神は 細部に宿る」
幸夫は 人と係るなかで「細部」を 実践していく。


それがあれば 人は生きることができる。
亡くなった妻は、その幸夫の足跡、それに続く道を導いた。

今まで 妻の死にも泣けなかった幸夫は この道を歩くことで
永遠に妻への「喪」の仕事を深め、実現することになる。

人と丸ごとかかわることで 人の再生を描いた、
なかなか味わい深い小説だった。
西川美和の人間洞察が よかった。

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定期受診した脳外科の売店で 芥川賞の「しんせかい」が
掲載された雑誌を見つけて 買った。
朝日新聞の書評に惹かれていたので、読むのが愉しみ。

前日、みたかった映画「手紙は憶えている」をみてきた。
感想は またの日に。
by yuko8739 | 2017-02-17 09:51 | 読書 | Trackback | Comments(0)

娘の入院

なんということか、今度は娘が入院した。
そのことを聞いたときは驚いたが、入院期間が10日ほどだと聞いて一安心。
今は絶食して点滴をしているが 病状は安定している。

父は単身赴任、孫たちは学校もあるので 薪ストーブで暖を取りながら
きょうだいふたりだけで家を守る。

普段はケンカばかりしているが 家事も分担してがんばっている。
緊急事態なので どうかふたりで協力してねと、初日に伝えておいた。

入院後1日経った夜 孫たちを訪ねた。
鍋のなかには 食べ終えた うどんのおつゆが。
でも、具が全く入っていなかった。
ということは・・・夕ご飯は 素うどん???だけ。ショック!

翌朝も「うどん」を食べるというので、私は持参した豚肉と
揚げ玉を入れて 味をリメイク。
自家製の冷凍「ミートソース」も渡して、おからの煮物なども置いてきた。

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昨日は、退院して1ヶ月めの 脳外科受診を終えてから買い物。
孫たちの好きな「鮭ちらし寿司」の材料や野菜なども買った。
帰宅して、夕方まで立ちっぱなしで、我が家と2通りの食事の支度。

ひとり2食分くらいの鮭ちらし寿司と、鶏の塩から揚げや、
煮物やミニトマトなども入れて 孫たちそれぞれのお重に詰めて届けた。 
 
お重を開けた孫1号は「すげえ~おいしそう!腹減ったあ」 中二は食べ盛り!
さっそくバクバク食べて「うまいなあ!最高!!!」と感激。
ニラやもやし、シメジも入れて野菜たっぷりの水餃子スープも 
うまい、うまいとすごい勢いで完食・・・
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サッカーの練習を終えて帰宅して ご飯を食べたサッカー少女からは、
「ちらし寿司、おいしかったよ、からあげと煮物もサイコーだった!
餃子スープもおいしかったよ」とサンキューメール。

娘よ、早く回復しますように・・・

しばらくは 「ごはん宅配人」になる私?

火の始末には 気をつけてね!
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by yuko8739 | 2017-02-16 23:44 | 家族 | Trackback | Comments(0)

NHK“見えない”貧困

トランプ氏と会談して 得意満面の笑顔の安倍首相。
超豪華なトランプ御殿で 居心地は最高でしたか。
ゴルフも食事も 夢のようでしたか・・・
会談は成功と、多くのマスコミが報道する陰で。

先日、NHK特集「見えない貧困」が放送された。
詳細で大規模な調査(アンケート)によって 浮かび上がった
家庭の貧困の実態(実相)に 愕然とした。

教師は言う。
「日常の生徒の生活のなかから 生活に困っているという
雰囲気を感じさせることはほとんどない」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

単身の母親はいくつも仕事を かけもちしている。
生活費を稼ぐことが 最優先。
子どもとゆっくり過ごす時間もなく・・・

貧困家庭の子どもは 親とのかかわりの時間、友だちとの時間、
他者と関わる時間を失い、孤独なまま生きる。
小学生の娘は 学校からまっすぐ帰り 洗濯をきれいにたたみ
家事を担当。

世界は狭く、子ども同士で過ごす日常は寂しい。 
1日の食費は、4人で1000円、
やりたい部活も費用がかかるために 諦めざるを得ない。

両親がいても父の病気のせいで 父母共に派遣社員として働く家庭。
そうなると 子どもは親の頑張りを身に沁みているので、
子どもは すべてを我慢するようになる。
高校生のアルバイトの6割以上が、なんと「家計を助けるため」・・・


貧困家庭で過ごす子どもは 自尊感情に乏しい。
自分をかけがえのない存在とは思えず、家族にとっても
自分が大事な存在とは思えない。

大学進学のために アルバイトで学資を貯める女子高生。
親には反対されそうで怖い。
進学の希望を 伝えられずにいる。

大学進学の月々12万円の奨学金を 借りることを考える少女。
しかし、どうやって返せるのだろう・・・
78万円もの入学金は、奨学金の支給前に払う。

奨学金の返済だけでも 大変なのに、国の教育ローンを借りたら、
二重の返済を どうやって返せるのだろう。
『金ふってこ~い』と叫ぶ彼女は 不安におののく。


日本のすべての国策に 最優先すべきは 日本の
この貧困家庭の 生き難さではないか・・・
子どもの貧困を放置したら 42.9兆円の損失という試算もある。

親がどうであれ、子どもの「教育保証」は重要で、
そのために社会資源を 投入すべきではないか。
国でなければ できないことがあるのだ。

子どもの自立は大事だが、孤立は防がなければならない。
しかし、国内でこれほど「未来」が失われつつある現実。

安倍首相は こういうこと、ご存知ですか。
by yuko8739 | 2017-02-14 09:44 | 社会 | Trackback | Comments(0)

仕事が私にくれたもの

仕事を辞める時期を 数年前から考えてきた。
いわゆる企業の退職は60歳、再雇用を含めても65歳前後だろうか。
以前予定していた自分のその時期よりも 私は少し長く働いた。

今年初入院してみて、仕事を辞める時期を より具体的に考えるようになった。
この数日間仕事に没頭していたが、その最中、ふり返りながら感じていたのは、
この仕事が私にくれたものの 大きさだった。

多くの方と知り合い、興味ある活動と出会い、人生が広がった。
みたことのない景色が みえた。

絵を描く人、ヴァイオリンを創る人、子ども文庫の会、
合唱団の先生、ボランティア、自然の会、太極拳の会、DV被害者救済団体、
スポーツをする人、音楽家、地域のあらゆる職業の方々とお会いした。



私は仕事を通して それまでの若い頃の自分とは 
全く違う人間に なったかもしれない。

多くの人の生き方や暮らし方、愉しみ方や充実した時の過ごし方、
どんな思いで なにをはじめたか、なにを終えたのか。
そしてそのなかで 生きるかなしみについても 聴いた。
親しい間では語れなかったことも 他人の私には率直に話す方もいた。

私の魂はその思いを真摯に聴き、寄り添いながら
自分も徐々に 変われたのだろうか。
初めて聴くことばかりで、胸はドキドキした。
いつも感動した。
その感動が 私を変えたのかもしれない。

仕事は繰り返される、毎月、毎年、30年以上も。
元々 私は他人が苦手だったが いつか仕事を通じて
人間という存在に 深い敬意と尊敬と愛情を抱くようになった。

一度しかない人生のなか、かなしみを抱きながら 
自分を超えようと生きる方々の姿は すてきだった。
今、ここにこんなふうに生きていること、その輝き・・・

どんな人生も どんな人も 尊い。
そんな人間賛歌を 仕事のなかで感じられるのは 
どんなに恵まれたことだったろうか。



仕事を辞めるということは そういうことと別れること。
そういう感動から 離れること。

私を育て、自我から解放してくれた仕事と
私はどうやって さようならをするべきだろうか。

つい、そんなことを 考えてしまう。
by yuko8739 | 2017-02-13 07:47 | | Trackback | Comments(0)