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ゆうゆうタイム

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<   2014年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

鳥たちの森(前編)

大きな鳥のパネルを眺めていると 私のなかに やっぱり
ひとつの物語が 生まれました・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

むかし、むかし ある森に青い鳥が2羽、赤い鳥が1羽住んでいました。
青い鳥2羽はオスで 紅い鳥はメスでした。
鳥たちは 小さいころから 3羽で仲よく遊びました。

遠くの山から川が流れていたので その川でチイチイと笑って
水浴びもしました。
水のしずくが 透き通った花火のように 川面にはじけました。
お日さまは 鳥たちの美しい羽根や水滴を キラキラ虹色に光らせました。

風のない日は 林のなかの開けた空地で いろんな色の花で、花びら遊びをしました。
花びらをくちばしでくわえて 土の上にいろんな形に並べて絵を描くのです。
空に舞いあがり、空からその絵を眺めては そのできばえを競うのです。

まあるい大きなお日さまのように並べた 白い花びらのなかに 
青い花びらで海の波を描いた青い鳥は得意そうでした。
もう1羽の鳥は たくさんの実のなっている見事な1本の大きな木を描きました。

赤い鳥は 花びらで 夕日を描くのが得意でした。
それはきれいな きれいなバラ色の夕焼けでした。
3羽の鳥たちは いろんな色の花びらをくわえたり、空に飛びあがって
上から見たり また下がったりしながら いつまでも飽きることなく 
暗くなるまで 遊んでいました。

 
実のなる木がいっぱいあったので その森では食べものには困りませんでした。
とりわけ黄色い花が咲いたあとに実る 赤い実は香りがよいうえに とびきり甘いのです。
3羽は 夢中でおなかいっぱいついばみました。

そのあとで、ちくちくする葉の陰に実る紫色の実は、さっぱりと酸っぱくて
これも最後のひと口に なかなかおいしいものでした。

きょうだいのように 3羽は仲よく暮らしました。
日が暮れると 森の木の洞(ほら)のなかで からだを寄せ合って眠りました。
楽しいときは いつまでも 永遠に続くような気がしました。



いつのことでしょうか。
鳥たちが もう自分たちは小鳥ではないと感じはじめたのは。
青い鳥たちが どうしてか意味もなく 競うようになったのです。

「ぼくの羽の色、きれいだろ?まるで朝焼けの前の空のようだろ」
「羽の色なら ぼくのほうがすてきさ、海のように色が変わるよ」
「それは ぼくだって」・・・

2羽がそんなふうに きつい目で互いを見ながら競い ケンカをすると
赤い鳥は とても悲しくなりました。
どちらにも なにも言えなくて 気持ちは宙ぶらりんになってしまうのです。

そのうちに 青い鳥たちには なんだかわけのわからない
乱暴な気持ちが 芽生え始めたようでした。
~あいつがいなければ、赤い鳥は ぼくのものなのに~
~赤い鳥をお嫁さんにしたいなあ、どうすればいいのかな~
青い鳥たちは 同じようなことを考え始めました。

いつしか 紅い鳥は困り果てて かなしくなり、3羽で遊ぶことも
できなくなりました。
寝るときも 違う木の違う洞で 別々に寝るようになりました。

3羽とも ひとりぼっちのかなしい気持ちで 風の音を聴きながら
別々の木の洞(ほら)で 青白い月の光を 見上げました。

青い鳥たちも 苦しんでいました。
あんなに仲よく楽しく遊んでいたのに どうして今はこんなふうに
赤い鳥を独り占めしたくなったのか・・・

赤い鳥を あいつに譲れば また仲よく
みんなで遊べるようになるのかな・・・でもそれは できない。

もう一羽の青い鳥は 思いました。
きっぱり あいつには諦めてもらおう。
ちゃんと頭を下げて頼んだら わかってもらえるかもしれない。


赤い鳥は こう思いました。
私がいなかったら 青い鳥たちは仲よく暮らせるに違いない。
ああ、私さえいなかったら・・・

食べものを探すときも ひとり。
川で水浴びをしても ひとり。
どうして こんなふうになったの?

おとなになるって こんなにかなしいことなの? 
紅い鳥は もう耐えられそうもありませんでした。

少し前には 青い鳥たちがひどいケンカをして 1羽が怪我をしたのです。
青い鳥の羽根の付け根が裂けて、赤い血が流れました。

傷つけたもう1羽の青い鳥は 自分がしたことなのに、
ただ憎々し気に 恐ろしい目で 流れる血を見つめるのです、謝りもせずに。

その光景が赤い鳥の頭から 離れないのでした。
私は私、誰のものでもないのに。

あなたたち両方が 私を自分のものにしたくても それはできないこと。
だって、私はあなたたちふたりが大好きなのですもの、友だちだから・・・

赤い鳥は 涙にぬれた目で 空高く飛び上りました。
そして 山から流れている川の 滝つぼまで飛んでいきました。

ごおーっと激しい滝の音が響くなか、再び空高く舞い上がり、空(くう)で身をよじらせ 
白いしぶきを吹き上げる滝つぼのまんなかに 羽をたたんだ赤い鳥は
高くひと声叫びながら 一直線に落ちていきました。

それは あっという間のできごとでした。
そして それから 赤い鳥の姿を見たものは 誰もいませんでした。
森から 赤い鳥は消えてしまったのです。


続く
by yuko8739 | 2014-06-30 13:44 | 創作 | Trackback | Comments(0)

幸せの青い鳥

我が家に青い鳥がやってきた、白いバラの花といっしょに。
待っていた ひとめぼれのファブリックパネルが 届いたのだ。
包装をはがすのも 胸がドキドキ。

その あまりの大きさにたじろいだが 出してみても大きかった!
その夜は 取り付け方法がわからなくて 触れなかった。
不器用な私は、家族の協力がなければ うまく取り付ける自信もなく。
netでさんざん取付方法を調べたけれど、疲れ果て ドキドキしたまま、寝てしまった。

翌日は孫1号を連れて 映画応援団のボランティア。
箱馬作りとメールが来たので「なんで馬が必要なのかな・・・?」
行ってみたら 箱馬とは、木箱のことだった!恥ずかしい!初めて聞いた言葉だった。

映画撮影の照明の調整に使う、暗幕と白い布を縫ったり、監督最新作の「ハーメルン」
上映会のチケットを作ったり。
先日の写真撮影の際に 空中に飛んでいたらしい?毒蛾の幼虫の毒針が 
衣服に 運悪く刺さったらしい人が数人、私もそのひとり。いろんなところが 痒い!!!


帰宅して、孫ちゃん1号とふたりで 壁にパネルを取り付けようと
緊張していたら、家人が登場。
私は「やっぱりひとりでできそうもないなあ、失敗しそうで 怖いよ・・・」・・・

家人は2度パネルのネジの取り付け場所を変えて どうにかうまく壁にパネルが飾れた!
いやあ~なかなか いいなあ。
きれいだなあ。
でも、やっぱりけっこう大きいなあ。
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横の長さはいいけど 縦は10cmくらい小さかったら よかったかな。
そんなことを言ったって もうどうしようもないので。

玄関から廊下に入り 居間を見るとドアのガラス戸から この絵がぱっと目に入る。
その感じは とってもいい。
明るくて、きれいで。
ダイナミックで、命の躍動感があって。

「田舎の薔薇」という名の小さなパネルが 遅れて届いた。
これは 私がこうしてPCに向かっているときも 見える場所に。
これは またきれい・・・ロマンティックで。
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田舎の薔薇(Maalaisuruusu)を見ながら、今が満開の我が庭の薔薇も飾った。
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違うパネルも 違う絵も また飾ってみたい。
ちょっと 夢が広がっている。
冒険もできそうで、わくわく。

幸せの青い鳥よ、これから我が家を見守ってね!
by yuko8739 | 2014-06-29 13:43 | 創作 | Trackback | Comments(1)

夢のような風景

6月はじめに映画応援団の打ち合わせがあり、プロモーションのため、
市民キャストの写真撮影が 行われることを知った。
残念ながら雨模様のために その予定が1週間伸びて、先日撮影が行われた。

室蘭イタンキ浜には 白い霧が流れていた。
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市民子どもキャストが20人ほど集まり、ビオトープの沼のふちに立つ構図で 
撮影が始まっていた。
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機材を組み立てて はじめは高い位置から撮影。
坪川監督がカメラマンのファインダーを覗きながら、メガホンで叫ぶ。
「Aちゃん、もう一歩前に出て」
「Bさん、傘を持ってくれる?」
「Cさん、右に2歩寄って」など、細かく指示。

その後は、距離も近づき アングルも変えて撮影。
子どもには かなりの緊張や集中力が必要だったと思うが、
みな飽きずに よく耐えた。
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休憩時間に おやつや麦茶を飲んで ひと息ついた子どもたちに、
やっと無邪気な笑顔が戻る。

その後、砂浜に場所を替えて 撮影再開。
波打ち際で 子どもたちが波と戯れる。
わが町の名物?そして映画の題名の白い海霧(ガス)のなかで。
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その笑顔、美しいシーンを眺めながら 私は数年前に ここで撮影された
TVドラマ「mother」のあのシーンを 思った。

第一話ラストシーン、白いイタンキの海霧のなか 血の絆を捨てて
他人同士が「母子」という渡り鳥になって 旅立つ・・・あの忘れがたいシーン。


砂浜での撮影が終わり、夕景の撮影のために 夕日の見える公園に
移動することになった。

私はいったん抜けて 娘宅の新設ウッドデッキで炭焼き夕食に招かれたので
ささっと食べ終え、急いで6時半に祝津公園に集合。

展望台に 市民大人キャストが集まり 海を眺めて立つ。
その後ろ姿に 監督の指示。
「Aさん、もう少し右に」
「Bさん、傘を 少しからだから離して」
「Cさん、座ってみて」
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夕日と共に 時間が刻まれていく。
青空は刻一刻と 橙色に染まり。
ああ、なんとこの世は美しいのだろう!!!
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市民キャストたちに オレンジ色の光が射す。
ばら色の雲の切れ目から 夕日がゆっくりと降りてゆく。
降りてゆく・・・

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海のなかの光の道は 色も形も 刻々と変わる。
はかない美しさよ、その光と色と時間が描く魔法を カメラよ捕えて!
高所作業車に乗った監督は 海の夕景を撮影。

しんしんと冷えて 市民キャストのみなさんは 白いシャツ1枚で寒さに震えた。
ポットの熱いお茶で 温まってもらう。
外気温は 13℃くらいか。

ポスターの完成は7月末ごろらしいが、どんな できあがりになるのだろう。
微力ながら、映画という芸術を支える手伝いができて 本当にうれしい。
そして坪川監督の写真撮影に「映像の美」を感じて どきどきしていた私。

ああ、芸術は 人生をこんなにも豊かにしてくれる・・・

そして わがふるさとの なんという、
なんという美しさよ!
by yuko8739 | 2014-06-25 19:33 | 映画 | Trackback | Comments(0)

青い鳥にひとめぼれ!

あるインテリア関係のブログを見ていて「ファブリックボード」という言葉と
その実物に遭遇、ん?・・・なにこれ、いいなあ!!!

北欧のインテリアや食器は 魅力的で人気が高いのは知っていたが。
食器は数種持っているが、布を絵のようにパネルに仕立てるなんて。

フィンランドやスウェーデンのメーカーの布地の美しさには 魅了された! 
冬が長い北欧らしく 春を待つ明るくダイナミック、華やかな色彩にあふれていた。

そんなnetの専門店を覗いていて 数種類の布地に 心を奪われた。
きれいで すてきで なんていいのだろう。
壁にこうしたものを飾ったら、きっと部屋が一変する。

そしてそのnet店で とりわけ ひとめぼれしてしまったのがスウェーデンBORAS社の
birdland(バードランド)というカーテン生地を使ったパネルだった。



なんだか、絵本みたい・・・
青い2羽の鳥と赤い1羽の鳥がいる。
山から川が流れて 花が咲き 実がなり・・・なんだかまるでひとつの物語だ。

色がとびきり きれい。
とても大きいサイズで140cm×55cmと横長のサイズ。
だが、我が家の居間は吹き抜けになっているので、広い居間の壁には ぴったり。 

長い間、なにかすてきな絵か布を こんなふうに飾りたかった私。
でもつい忙しくて じっくり考える暇がないのと 自分のセンスに自信がなくて・・・

でも永久的ではなく 飽きたら架け替えられる。
次はモノトーンでもいいし、抽象的なタイプも おもしろいだろう。

本物の絵は高価だが、この布を張ったパネルなら 私にも買える。
この数日間、時間があると この絵を眺めながら どきどきした。

そして 壁にテープでその大きさに 印をつけてみた。
やっぱりいいなあ、やっぱり買おう!

この壁に パネルを飾ったら 記念に写真を撮ろう!
パネルは注文があって作るので、制作中でまだ届かない。

白い壁と木目の色しかなかった西側の壁に 花が咲いて 
幸せの青い鳥が もうすぐやってくる。

すごく楽しみ!!!

しばらく このパネルで遊べそう・・・
by yuko8739 | 2014-06-24 08:59 | Trackback | Comments(0)

女性蔑視の日本、いつまで?

またか、またこれか、といつも思う。
6月18日、東京都議会の一般質問で、晩婚化とその対策について質問した
塩村文夏都議(35)が、自民党?の男性議員からヤジを飛ばされた。

~朝日新聞6月20日朝刊社会面より抜粋~
「お前がはやく結婚すればいいじゃないか」
「産めないのか」と相次いだヤジ。

議場に笑い声が広がるなか、働く女性の支援を掲げるはずの
舛添知事も笑みを浮かべた。
塩村氏は議席に戻って ハンカチで涙をぬぐった。
彼女は自身のツイッターに「心ないヤジの連続」と投稿。

翌19日までに約2万回のリツイート(転載)が広がり、
「企業なら懲戒処分だ」「都議会は、女性の社会進出と言っているが、
結局は建前だけ」などの声が相次いだ。


こういう事態には、鈍感であってはならないと思う。
人権意識の低い三流国家と思われたくないのなら、発言者を特定して
処罰を与えるべきだと思う。

薄ら笑いしていた舛添知事にも もちろん謝罪してほしい。
その場に居合わせながら、その発言に誰ひとりとして抗議しなかったことは、
どういうことなのか。 

この日本では 建前と本音がかくも かい離している。
誰だって あたりまえのように「男女平等」と言う。
「今どきは女のほうが 強いんじゃないの?」なんて。

しかしほぼ ほとんどの男性と一部の女性のなかの本音の部分での
『男尊女卑』は、暗闇にそびえる居城のように 誰にも崩せない。

多分、これが「日本」の本音なのだろう。
怒りが腹の底からこみ上げる。
いつまでたっても 変わらないのだ、この国は!

私の世代は 社会や教育、家庭のなかにも「男尊女卑」が歴然とあった。
しかし、大人になるにつれて 大人としての成熟が進むと共に、
どんな人間でも 決して差別したり 差別されたりすべきではないと 
私は固い信念を 持つようになった。 

差別は 人として最も恥ずべきことだと思う。
政治家のオヤジ達、ヤジを飛ばすな!!!
どうせ 群れのなかでしか ヤジを飛ばせないのだろう。
ひとりで立って 堂々とみんなの前で そんなふうに言えますか?

政治の場では 正しく仕事をなさい。
そんなことをしているヒマなどないでしょう。

大都市東京の最高議決機関で いったい何をやっているのだ!
これでは 世界中の笑いものになります!
セクハラどころか 男尊女卑の日本として。
by yuko8739 | 2014-06-23 00:12 | 社会 | Trackback | Comments(0)

映画「ハンナ・アーレント」

2013年度ドイツ映画賞2部門受賞。
ドイツをはじめ、フランス、アメリカで大ヒット。
岩波ホール創立45周年記念上映でロングラン。

どうしてもこの映画が見たくて 先週上映会に出かけた。
ある程度の知識がなければ よく理解できない映画かもしれない。
そんなコメントを読んで、ハンナのことを前日に少し調べた。

60年代初頭、ナチス戦犯アイヒマンの裁判レポートを書いた
哲学者ハンナ・アーレントの実話を元にした映画だ。

彼女は第二次世界大戦中に、ナチスの強制収容所から脱出し、
アメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人。

そして、その後1960年代初頭に、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが
逃亡先で逮捕された。
イスラエルで行われたアイヒマンの歴史的裁判に、自ら希望して立ち会った彼女は
アメリカのザ・ニューヨーカー誌に 裁判レポートを発表する。

 
ハンナが裁判を通してたどりついた結論は、
「アイヒマンは怪物でも悪魔でもない。命令に従っただけの凡庸な人物だ。
彼の間違いは、考えることをやめて命令に従ったこと。
凡人が思考停止すると、悪魔のような殺戮を行ってしまう」

アイヒマン擁護とも取られかねない彼女の思想に、世界中のユダヤ人や
シオニストたちは激怒する。長年の友人は去り、勤務する大学にも
辞職を迫られるが、彼女は決してその思想を変えない。

今もなお論争を呼ぶハンナ・アーレントの思想の本質に迫る
いわば人間の本質を問う映画だった。

自らが強制収容所にいた経験を持つのだから アイヒマンへの憎悪が
あって当然だと感じるが、彼女の哲学者としての理性は曇らない。
苦悩のなか 大学で行った8分間のスピーチのシーンには
鳥肌が立つくらいに 感動した。

彼女の訴えたことは 今の世界、今の日本にも通じることばかり。
思考停止に陥って 原発に事故は起きないと信じたのは いったい誰だ?
美しい物語を聞かされると、憲法を曲げてでも戦うことは当然と、
思う人間は 誰だ?

自分の頭で 考えなくてはならないのだ。
彼女のスピーチで 強く印象に残った言葉があった。
「起きたことの理解と それを許すことは、全く違う」

理解はできても、それを許すか 許さないかは別の問題だ。
彼女は アイヒマンを許さないと言った。
しかし「平凡な人間の思考停止」は、理解できると。

それを混ぜてしまっては 真理は見えない。
自らの思想に対して、鉄の意思を持つ彼女を支えたのは、
夫や友人の深い愛と理解だったと思う。

歴史の事実の多様な展開と、知的興奮を刺激する
見応えのある感動作だった。

(以下 ハンナのスピーチより引用)

「アイヒマンは、人間の大切な質を放棄しました。
思考する能力です。その結果、モラルまで判断不能となった。
思考ができなくなると、平凡な人間が残虐行為に走るのです。

〝思考の嵐〟がもたらすのは、善悪を区別する能力であり、
美醜を見分ける力です。
私が望むのは、考えることで人間が強くなることです。
危機的状況にあっても、考え抜くことで破滅に至らぬように」

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by yuko8739 | 2014-06-17 21:00 | 映画 | Trackback | Comments(0)

運動会2014

道外では違うようだが、道産子にとっては 運動会は子どもの成長と
親族(家族)の絆を深める、ファミリーイベントだ。
新開地の北海道には、伝統的な祭りがないので、運動会がその役割の一端を
担ったのかもしれない。

私の子ども時代も、父方や母方の叔母や叔父、年長のいとこたちも
私の運動会に集まり、大いに食べて 笑いあったものだ。

私自身も母になり、3人の子どもの幼稚園や小学校の運動会は10数回。
運動会のために、ほとんど徹夜状態でごちそう作りに励み、
朝空が白みはじめると 友達と一緒に敷物を抱えて 場所取りをした。

20代~30代の頃は、タケノコ採りと運動会が続いたりした。
どれほどハードな不眠の数日間でも、疲れを知らなかった私。
今思うと なんとバカバカしいほどの元気さだろう!

そして時は過ぎ、娘に初めての孫が生まれたのが12年前。
2年生の時に この町に引っ越ししてきた彼が、もう6年生になった。
今までの彼の運動会をひとつ ひとつ思い返す。

あの大きな瞳の赤ちゃんが、いつこんなに大きくなったのだろう・・・
今、思春期の少年を見つめていると、ふとタイムトラベルをしているようで。

このシャイでクールな少年は、それでも私にはときどきにっこりと
まぶしい笑顔を見せる。
その笑顔は 私のなかでは 赤ん坊の彼につながっている。

そして 今の学校も来年3月、マゴちゃん1号の卒業と同時に廃校になる。
来年は 少子化のために3校の小学校が統合されるのだ。
つまり、この伝統ある校舎で 運動会はもう2度と行われることはない。

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6月1日娘の誕生祝いの翌日から この地域はずっと雨。
何日も降り続き 14日の運動会も危ぶまれた。
しかし その前夜に降り続いた雨が 奇跡的にやんだ。

雨のなか、ずぶ濡れでフキ採りをして 煮しめの材料を揃えたが、
無駄にはならなかったので、ほっと安堵した私。
「晴れて 運動会ができますように」昔も今も、思うことはそれだけ。
そのくらい6月は 雨や霧が多くて寒い!

13日ぶりの雨の降らない奇跡のような14日の早朝に、赤飯を蒸かす。
もうもうと立ち登るお赤飯の湯気で、運動会を実感。
孫の運動会に お赤飯とスイカを持参するのは、私の母のやり方。

14日の朝、煮しめと赤飯、浅漬け、果物を持参して 小学校に到着したが、
あまりの子どもや 親たちの少なさに 驚いた。
この人数では 学校の統合はしかたがないだろう。
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少子化の波が 地方の小さな学校をすべて飲み込んでいく。
シニア市民は懐かしい学校の名前を失い、どこにあるどの学校か、
今は さっぱりわからない。

この人数では 場所取りの必要もなく、どこでも競技はよく見える。
徒競走では マゴちゃん2号が なんと1等賞!!!
手足が伸びて、すっかり小顔になったマゴちゃん2号の走りもすばらしくて感動した!
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競技は進み、風も強く だんだんと寒くなり・・・
私も車に戻り、冬仕様の上着を着て 寒さに耐えた。
冬のダウンコートを取りに 家人は自宅に戻った。
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昼になって 娘のおいしい手作りの揚げ物各種と 美しいオードブル、
お握りやサンドイッチまで並んだ。
手間と思いを込めた 新旧ごちそうの数々が勢揃い!
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おいしく食べ終えてから 運動会に来られない母たちに 
ごちそうを詰めて 家人に届けてもらった。

午後からは 感動のスタンツや迫力の騎馬戦も終わり、
華やかな高学年リレーの興奮で 幕を閉じた。
こうしてマゴちゃん1号の最後の運動会は 無事に終わった。
マゴちゃん2号は 来年は5年生になる。
新しい小学校で また目指せ、1等賞!!!

もうすぐ ふたりとも 私よりも背が伸びて大きくなる。
いつのまにか 時は過ぎて もう戻らない。

力持ちで、なんでもできる あの汗かきの大きな少年の笑顔。
すらりと動く 長い脚の少女のはじける声。
「イツ キミタチハ コンナニオオキクナッタノ???」

ふにゃとした抱き心地の赤ちゃんの大きな瞳に 私の顔が写り、
子守唄を唄うと うっとりと まどろむ。

こころだけは そんな過去と今を 自在に行き来する。
過去は 今よりも ときにリアルで。 

それらが そのすべてが 
私を生かす。
by yuko8739 | 2014-06-15 15:02 | 家族・親族 | Trackback | Comments(0)

吉田調書その2

6月10日の朝日新聞夕刊3面
文芸・批評「思想の地層」欄 ~法の支配と原発~残留の義務、誰にもなかった~
(歴史社会学者 小熊英二さん)


2日前のこの記事を読んで、その通り!!!と思った。
その記事を初めて読んだときに、私が感じたことの違和感と
本質を 見事に小熊さんが言葉にしてくれた。

私は思ったのだ。
これは断固として 個人の問題ではない。
「死ぬかもしれないときに、逃げるのは当たり前だ」と。

原発事故などあり得ないこと。
その悪夢が現実になったとき、なにをすればいいのか。
もしそこに残ったとしても 事故の備えや訓練などを 全く受けていない。
ノウハウもない、つまり、なんの対処もできない、と。

もし自分なら 一目散に事故のあった原発から離れるだろう。
そしていくら企業でも 上司でも それを止める権利はない。

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<以下、引用>


~法の支配と原発~
残留の義務、誰にもなかった


「朝日新聞」が報道した「吉田調書」が反響を呼んでいる。
そこで私が注目したのは、福島第一原発職員の9割が、3月15日に
所長の命令なく無断撤退したことだった。
~中略~
報道では、所員の無断撤退が問題とされた。
しかし本来、民間企業の従業員に、こうした状況で残れと
命令する権利は誰にもない。
拒否する権利、少なくとも辞職する権利は、保証されなければならない。

このときの所員の9割は無断撤退したが、約70人が残留した。
欧米では彼らを「フクシマ50」と呼んだ。
それは勇敢さを称えたからだけではない。
そんな状況で所員を働かせる人権無視に驚いたのである。

(以下は朝日本紙11年4月11日「声」欄への投稿:在ドイツ日本人)
「民主主義の先進国で、これが可能なんて信じられない。
ドイツ人ならみんな、残って作業するのを断るだろう」

「欧州なら軍隊は出動するかもしれないけど、企業の社員が
命を懸けて残るなんてありえない。
まず社員が拒否するだろうし、それを命じる会社は反人道的とみなされる」

この投稿者は、「日本でこのような議論があまり無かった気がする」と
述べている。それはなぜか。日本では民間企業の従業員が人権無視の
契約外命令を受けても、拒否できないことが暗黙の前提とされているからだ。
そして原発も、その前提で運営されているのである。

要請に応じるのは、原則的にはあくまで自己責任による自発的行為である。
それゆえ要請に対しては、拒否できる権利が保障される。
さもなければ、「法の支配」が確立した「民主主義の先進国」とはいえない。

だが、それなら、原発事故で誰が最後に残るのか。
「日本人は要請に従うはずだ」とは誰も保証できないし、するべきでもない。
残留する法的責任を負い、事故に対応できる技術と装備を持つ機関は、
現在のところ存在しない。

これは明らかに、法制度上の不備である。
これは「グレーゾーン事態」(注:平時と有事の中間に相当する事態)
よりも重大な安全保障上の欠陥ともいえる。
この点の法整備なしに、原発の再稼働に賛成することは、私にはできない。

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なんと見事で論理的な小熊さんの文章だろう!!!
明解かつ分かりやすい。

原発では 平時と有事の境目があるようで、ないようで渾然としている。
平時はすぐに非常時に変わる。
人の手には負えない代物なのだと思う。

地獄の火は 地獄に戻せないのだから もうやめるしかない。
by yuko8739 | 2014-06-12 12:59 | 社会 | Trackback | Comments(0)

ベンチのペンキ塗り

我が家で20年近く使い続けていた ウッドデッキ用の木製ベンチ1台が、
ぼろぼろと崩れ、釘も抜けそうになり 使えなくなった。
これを作ってくれた大工さんに見てもらったが、木がスカスカで
補修は不可能とのこと。

さて、新調することを考えていて、6月5日にふと気づいた。
昨年、高等養護学校の文化祭があって出かけて行き、スモークマシンを
安価で購入したが、その際に木工科の生徒さんの授業の一環として、
製作したベンチなども販売していた。

さっそく学校のHPにアクセスして 担当の先生にFAXしたら、
折り返し返事をもらった。

2台欲しかったが幸いに在庫もあり、わが家と自宅が同じ町にある先生が 
マイカーで1台づつ 2日間かけて7日までに ベンチを運んでくれた。
(ちなみに私ひとりでは運べないほど重くて、作りもすばらしく立派なベンチだった)

1台は無塗装で、我が家のデッキの色にあわせてこげ茶色に塗るつもり。
もう1台は、市内の森づくりの団体に寄付しようと思い、
屋外用の塗装済みのタイプにして、受け取りに来てもらった。

ペンキ用の刷毛などを買い、キシラデコールの残量をチェックし、
晴れた日に家人とベンチをデッキに運び入れて、さてペンキ塗りスタート!

指導者もいない?適当なやり方だが 私のひとり仕事なので気楽なものだ。
ビニル手袋をはめて 2種類の刷毛を用意して塗料缶の蓋をあける。
う~ん、この匂いはいつも強烈だなあ。

  
昨年、家と屋根の塗装をした際には、職人さんがサービスで
塗ってくれたが、まず、一回塗ってみる。
なんだか白木なので ほとんど色がつかないなあ・・・?
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乾いてから また塗った。
紺色のウインドブレーカーを着て作業していたが、右袖にペンキが
ついて焦った!が ほとんど目立たないので ほっとした・・・

2回目を塗り、少し色も濃くなったが 仕事の時間となりタイムアウト!!!
家人に「3度目のペンキ塗り頼むね!仕事行ってくる!」と叫んで飛び出す。
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帰宅したら少し色は濃くなっていたが 焦げ茶色ではない。
まあ、この色でもいいか・・・
また、どうせ塗りを繰り返すのだし。

そして ウッドデッキに置いて日陰を作っていたパラソルが ベンチと同じように
突然壊れて開かなくなった!
ネットで探して ハンドルを軽く回して広げられるタイプの人気パラソルを
注文して 先日到着。これは楽チン!早く広げた~~~い。



でも、いつまでたっても広げられない!
まるで夏日だったのに、なんとペンキ塗りの日から ずっと冷たい雨、雨、雨・・・寒い。
バスツアーも雨。
昨日も今日も 雨。
夜はストーブで暖まり。

まあ、これが6月の わが町の正しい気温なのだけど。
夏みたいだった数日は なにかの間違いだろう。

さて、マゴちゃんの運動会は14日に迫った。
マゴちゃん1号は これが最後の運動会なのですぞ!
神さま この日だけは雨を降らせないで・・・

さて お煮しめや赤飯などの ばぁばメニューを考えましょうか。
当日は、母と娘の運動会メニューの楽しい競演です!

北海道も初夏です。
先週は雨不足が心配なほど 快晴の日々。
まるで夏のようでした。

カタクリの公園は こんなふう・・・
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田んぼは こんなふう。
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でも、また雨の夜・・・
by yuko8739 | 2014-06-10 23:08 | | Trackback | Comments(0)

緑の回廊散策

ある会の自然観察会に お誘いを受けて参加した。
この会の「大人の遠足」に出かけるのは、はじめてだった。
行先は札幌の奥座敷、定山渓温泉郷。

朝7時過ぎにバスに乗り、洞爺湖を通り、真狩から中山峠を越えるルートだが、
峠には残雪がちらほら。
山菜採りらしい車も 数多く止まっていた。
中山峠からは定山渓までは20kmもないくらいで、10時頃には到着。

ホテルの多いこの地区のなかでは「心の里 定山」という自然系の
施設は珍しい。散策が終われば ここで休憩と温泉(別の施設・入浴券)とか。
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小雨っぽい気候だったが、準備をして「癒しの回廊コース」約2・2kmを歩きはじめた。
歩き出してすぐに 後悔した。
気温が思ったより高い!

自宅では夏のようだった暑さが去り、連日ストーブをつけていることから
定山渓散策は 用心して厚着をし過ぎた。

雨のせいで足元が滑りやすく、ときどき雨足も強くなる。
雨で濡れるうえに、厚着とアップダウンが激しい道のせいで大汗をかき、
衣類が濡れて、とても不快だった。
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そして、残念ながらお目当ての花は、ほとんど見られなかった。
エゾノハナシノブも見つからなかった。
時期が遅すぎるのだろうか。
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タニウツギと色鮮やかなクリンソウ、ゴゼンタチバナ、ギンリョウソウモドキ?
コケイラン、ギンラン、オオダイコンソウなどがちらほらと咲いていた。
エンレイソウもたくさんあったが 花の時期は終わっていた。
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延々と急な石の階段が多く 故障のある膝が辛かった。
どこを歩くのか よくわからなかった。
熊が出るのかな?行き止まりの道もあり。

案内人は?前の人に続いて歩くが 解説する人?がいない。
ときどき・・・「どこにいくの?」「こっち?あっち?」
ある人は 「もう戻っていいんでしょ?」・・・
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それでも 定山渓というイメージは変わった。
今までは 温泉街というイメージしかなかったが、ここに豊かな自然散策のコースがあった。
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この散策路は 二見吊り橋や月見橋、定山渓神社など 豊平川をめぐる渓谷と橋の景色が見事!
天候に恵まれて 春の野草に出会うなら最高の森林浴コースだろう。
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昼前にずぶぬれで「こころの里 定山」に到着。
ゆったりとした広いロビーで 思い思いにくつろげる。
外の屋根つきの「足湯」もあるし、自然系の蔵書室もある。
美しい音楽が流れて 珈琲の香りが漂う施設。
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ただ、一気に散策後のメンバーが入室し、屋内の椅子も満杯なので、
屋外の屋根のあるデッキで腰かけて 目の前に新緑と小さな滝を眺めながら 
お弁当を食べた。小雨でも 気持ちがよかった。

その後、屋外に数多く設置してある「足湯」でリラックスしながら、
ケーキやクッキーなどで珈琲タイム。
何と贅沢な時間・・・足がぽっぽと温もり、無料サービスのお菓子と
珈琲とで 夢見心地。ああいい気持ち・・・
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その後 町に繰り出して お土産店でうろちょろ。
蒸したての温泉まんじゅうを買い、店先に「クジャクシダ」を見つけて 
わが庭に植えようと買ってきた。

はじめて自分の所属する会以外の自然観察会に参加して
「カルチャーショック」もあったが、いい経験だった。
定山渓の散策路は最高だったが 今度は5月に歩いてみたい。


Oさん、お誘いありがとうございました!
また、ビオトープの蛍を見に行きますね。
by yuko8739 | 2014-06-09 11:20 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)