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ゆうゆうタイム

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<   2014年 02月 ( 16 )   > この月の画像一覧

干しエノキとリンゴ、海の幸いろいろ

以前よく作っていた おいしいパウンドケーキを焼きたくなった。
これはもう 20年以上も前に 子ども文庫の仲間Kさんから教えてもらったレシピ。

でも、これを作るのには レーズンやドライアップルなどを
ラム酒に1ヶ月漬けたものを 事前に用意しなければならない。

ということでレーズンはどこにでも売っているが 干しりんごは
ほとんど売っていないので、自分で作ることに。

さっと下煮したりんごは 居間の石油ストーブの上に 
オーブン用の網を置いて干すと、具合がいい。
反省・・・干し過ぎるとポテトチップス気味になるので、厚めに切った方がいい。
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干したりんごは もちろんそのまま食べて おやつにしても美味。
しかし私はパウンドケーキの夢を見て、今はレーズンとラム酒のなかで
りんごを眠らせている。
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ストーブの有効活用で、いい感じにすぐ干せるので エノキダケも4袋干した。
2日足らずでできあがり、バッグに入れて冷凍した。
干しエノキは 驚きの甘さとコクが出る。
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かき揚げや野菜炒め、スープ、ハンバーグの種にもみじん切りにして
少し入れてもおいしい。

これをさっと油で炒めるか揚げるかして 肉や魚のソテーの
ソースの香りづけにしても 美味だった!(以前どこかのホテルで食した)
からだにもいいし、干しエノキは万能です!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

先日 母に頼まれて 母の友人に会いに少し遠い町まで 出かけた。
行く前に母が煮魚を食べたいというので スーパーで買い物をした。
その店の鮮魚コーナーは 新鮮で安いと評判がいい。

母のケアハウスで食事は出るが 部屋には自分の食べたいものを
作るための小さな台所もあるので、魚屋さんで どのカレイにしようかと眺めながら 
つくだ煮やおかずなども調達。

こうやって 83歳の母には 食べたいものを自分で作ったり、
選んだりして おいしく食べようという「元気」があることはいいなあ・・・
私も幸せな気分になる。

あまりの活きのよさに 私は自分の町の漁港で獲れたマガレイを
選び、そのうえスケトウダラの生タラコと根昆布も買い、
後日 2月の海の幸は 抜群の鮮度で幸せな食卓だった。

手のひら以上の大きさのマガレイは しっとりと甘く。
腹には大きな卵を持っていた。
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根昆布はさっとゆでて 千切りにして 黒酢と澤田の醤油を垂らした。
こりこりとした触感が ああ、たまらない。

生タラコは 子和えに。
雪の下キャベツや人参、シメジや小松菜などとさっと煮て、
これも ご飯にはよく合うおかず。
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前にTVで見て 作ってみたら美味しくて 今myブームなのが、
蒸し大豆のディップ。

この日はそのディップ(蒸し大豆をつぶしたものにレモン汁と
すりおろしニンニクをちょっと入れて、塩とマヨネーズで和える)で、
生の千切り人参とコーンと茹でアスパラを和えたら おいしかった。
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前にも息子は「この白いのはおいしい!これなに?」というので
「当ててごらん」というと、「鶏肉でしょ?」
確かにそんな味がするかも・・・

レタスの葉にくるんでも おいしかったし、冷ややっこに乗せて
これを乗せてから 青シソやかつ節をかけて醤油をたらしてもイケると思う。
もしかしたら和風にも 洋風でも使える万能ディップかも・・・

大豆は前の日に水につけて置き、圧力鍋で5分、そのまま放置して
10分でできる。冷ましてからブレンダ-で細かくして冷凍保存すると便利だ。


さて、ラム酒のなかで ゆっくり1ヶ月寝て目が覚めたら
レーズン君とアップルちゃんの出番だよ!
深い香りでバタたっぷりのパウンドケーキに 変身しようね!
by yuko8739 | 2014-02-28 14:09 | おいしいもの | Trackback | Comments(2)

2月をこえて

やっぱり2月の奥には 春への扉が隠されていた

寒さの峠をすぎて 扉の向こうの光の小箱が開く

あたたかな陽気に 雪の上のカゲロウたちも喜んで ジャンプ



雪が融けて 水の流れる音がする

ちろちろ
ぷてぃ ぷるん ちゃぷん
しゃあー

春の扉の向こう側に そんな音がきこえる 

目を閉じて 耳を澄ます

なんてすてきな音だろう・・・

こころも とけてしまいそう


厳寒の2月の奥から ゆっくりと起きあがる たくさんの命と共に

わたしも光のなかに すっくと 立ち尽くす

そうすると この星のすべてが 生きる歓喜が

大波のように 寄せてはかえし

風に運ばれる花びらのように 

わたしも 舞いあがる
by yuko8739 | 2014-02-27 09:13 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

沖縄の現実「標的の村」

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2012年度テレメンタリー年間最優秀賞、
第18回平和協同ジャーナリスト基金奨励賞
第4回座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル大賞
ギャラクシー賞テレビ部門受賞、
平成25年 民間放送連盟賞 九州沖縄地区 報道部門最優秀賞
2013年 日本ジャーナリスト会議 JCJ賞、
山形国際ドキュメンタリー映画際2013年アジア千波万波部門正式招待作品 など。

<基本情報>
新型輸送機オスプレイ配備や、ヘリパッド建設に反対する沖縄県東村・
高江の住民たちの姿を追ったドキュメンタリー。
2012年9月のオスプレイ配備の際、普天間基地ゲート前に座り込み
22時間にわたり基地を完全封鎖した人々と、強制排除に乗り出した
警察との攻防を映し出す。
さらに、本土復帰を経てもさまざまな痛みを強いられる
沖縄の戦後史をたどっていく。
カメラが捉えた住民たちの姿に、真の平和と安全の意味を考えさせられる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私たち、沖縄以外の日本人は 沖縄のことを何も知らない。
知らされていない。
こういう優れたドキュメンタリーを見ると そのことを強く感じる。
そして思う。

日本という国は、日本人は 沖縄を犠牲にして 踏みつけにして、
そのことを意識せずに、そのうえで 生きているのだなあ、と。

オスプレイのことは新聞で読んで知っているつもりだった。
それ以前の沖縄北部の村で このようなことがあったとは・・・

このドキュメンタリーは2012年9月の配備前夜、
人々が普天間基地ゲート前に集結し座り込み、
おおよそ22時間も基地を完全封鎖した一部始終を、
地元・琉球朝日放送の報道クルーが激写したものだ。

この映画の監督は、琉球朝日放送のディレクター 三上智恵さん。
<以下HPより 一部抜粋して引用> 
10月1日オスプレイ配備を前にした沖縄の抵抗はかつてなく激しいものでした。
普天間基地を封鎖するという県民の怒りの渦中にあって、座り込む方も、
排除する方も、そして報道する側も泣きながらという修羅場そのものでした。

ところが、気がつくとこれは全国ネットには全く載っていませんでした。
正確には、QAB(琉球朝日放送)とテレビ朝日だけが、大山ゲート始めすべてのゲートを
封鎖した前代未聞のライオットを放送したことになります。

辺野古と高江をずっと取材してきた私達にとってオスプレイはこの17年の欺瞞の
象徴であり、普天間を封鎖するほどの怒りは充分想定していたことでした。

どうやって逮捕者が出ないよう、また出たらそれをどう報道するのか
シミュレーションをしながら迎えた事態でもありました。
だからこそ、複数のカメラマンと取材者を配置して一部始終を捕えることができたのです。

でも、結果的にはその意味をきちんと報道するメディアが放送局は特に少なかった。
その記録を世にきちんと提示する義務があると思い直し、素材をプレビューするのさえ
胸が詰まる映像でしたが歯を食いしばって向き合い、46分バージョンを作りローカルで放送しました。

すると、直後にその映像がネットにあがり、一人歩きを始めます。
アクセス数あっという間に3万を超え、基地問題のドキュメンタリーという地味な内容にも
かかわらず、DVDで欲しいという依頼が報道部に殺到。

全国放送されていないために、そのDVDを使って上映会や勉強会をする方々が
後を絶たないという状況が生まれました。

テレビドキュメンタリーの劇場映画化はANN系列でも初めての試みで
いろいろと越えねばならぬ壁もあり、テレビ朝日始め多方面の
みなさまのご理解ご協力なしには成立致しませんでした。
この場をお借りして深く感謝申し上げます。

91分に編集しなおした「標的の村」テレビではお見せできなかった
シーン、テレビでは味わえない長いカット、そしてまたテレビ局の機動力無くしては
捕えられなかった普天間基地のゲート前に身を投げ出した人々の生々しい怒りと悲しみ、
有形無形の暴力今、まさに進行中の沖縄の基地を取り巻く現状を、
是非大きなスクリーンで見届けて下さい。

この島と、国の、不幸な関係をもうこれ以上次の世代に丸投げしたくはない。
そんな思いで制作致しました。
そのためには、全国も皆さんのお力が必要です。どうか劇場に足をお運び頂いて、
91分間おつきあい下さい。
2013/06/26
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ゲート前で排除されるのも 警官として排除するのも
同じ「うちなんちゅ」、座り込みを続ける人も 取材する方も、
すべて沖縄の人々・・・

泣きながら 叫びながら 組んだスクラムを外すまいと 素朴な問いを続ける。
「どうして ここで静かに暮らせないの」
「どうして 誰に何を聞いても わからないの」

「説明もしてくれん、どうしてかもわからん、しょうがないから
もう座り込むしかないじゃろが。それしか できん」
理不尽なことへの怒りが、爆発する。

そういう住民を 国側は告訴する。
権力のあるものが 権力を持たない個人を裁判にかける、みせしめのために。
(アメリカ各州では このような「スラップ裁判」を禁じている)

~参照:「スラップ訴訟」とは、「恫喝訴訟」とも呼ばれる。
公に意見を表明したり、請願・陳情や提訴を起こしたり、
政府・自治体の対応を求めて動いたりした人々を黙らせ、威圧し、
苦痛を与えることを目的として起こされる報復的な
民事訴訟のことを一般的には指す。

現実には、嫌がらせを主な目的に権力を持たない弱者に対して、
自治体や政府が住民らを委縮させる事を狙って提訴される裁判だ~  


普天間基地ゲート前に集まった人々は 泣きながら、警官に言う。
「あんたらも同じでしょうに。こうしてここに立っているけど
同じ沖縄人だもの、こころは同じでしょ。
座り込みを排除するのは嫌だと 上の者にいいなさいよ」

南の島でこうして 基本的人権は抹殺されている。
問うことも 知ることも許されず・・・
沖縄においては、白人の差別意識は敗戦時から続いているのだろう。

ベトナム戦争時の訓練のために ベトナム人とよく似た沖縄の人々を
集めてベトナムの村の住民に見立て 襲撃する訓練までしていたとは!
そして あの枯葉剤まで使われていたとは! 
(沖縄で服務中に枯葉剤に被曝したとして健康被害の補償を求める
米国退役軍人の証言などから この事実が明らかになった)


このように沖縄は 日本の敗戦を背負い続けている、今もなお。
私たちが抱くオスプレイの恐怖は 絵空事にすぎない。

ウチナンチューの怨念が ひしひしと伝わり、心臓の鼓動が高鳴り、涙がこみあげた。
会場では 多くの参加者が 涙をぬぐった。

上映後のトークにも 愕然とした。
「基地と性暴力を許さない女たちの会」共同代表、高里鈴代さんによると、
日本陸軍は 沖縄全土に述べ144か所の慰安所を設置していた。

朝鮮や台湾、沖縄、九州の女性たちが慰安婦にされた。
戦後はアメリカ軍によるレイプ事件が多発。
ベトナム戦争下には 年間千件もの事件があり、今も続いている。

はじめて知った144か所という慰安所の数には 驚いた。
軍隊と性暴力が 分かちがたく結びつくのは構造的な問題なのか。
どちらも 人が人として存在することを認めず 人間を破壊する。

重い真実に 深いため息をついた。
知らずに生きることは 罪深い。

しかし、状況を変えるのに 署名くらいしかないのだろうか・・・
by yuko8739 | 2014-02-24 12:58 | 社会 | Trackback | Comments(0)

温暖化講演会と沖縄ドキュメンタリー上映会Ⅰ

23日は冬の勉強会と、午後からは 優れた沖縄のドキュメンタリー映画、
「標的の村」の上映とトークの会に参加した。

午前中は自然の会の代表Kさんの講演。
1部は パネルを見ながら 近くの花の山で見られる野草などの解説。
美しい花の写真に 心なごむ。

第2部は 地球温暖化についての講演だった。
KさんはPCで図や絵を中心にして、わかりやすく解説した。
ほとんどの基礎資料が IPCC(国連195カ国参加の
「気候変動に関する政府間パネル」)からの引用だったと思う。

現在の私たちの豊かな暮らし方が どれほど激しい勢いで
温暖化を進めてきたか、そのことの深刻さを 深く実感する解説だった。
そしていつも私自身が感じている「矛盾」と、今日も対峙した気がする。



小さいころ アメリカのTVドラマをみて いつも目を見張ったものだ。
一家に2台も、3台も車があり、朝昼晩好きな時間にシャワーを浴びる。
広い台所には 見たこともないさまざまな家電製品が並んでいた。

風呂もない社宅で暮らし、周りの家には自家用車などない私の暮らしとは、
全く別ものだった、天と地ほどの隔たりがあった。

そういう「世界でトップの豊かさ」を目指して 進んできた敗戦国日本。
親世代は戦後の日本の復興をその肩に背負い、アメリカ人の夢のような暮らしに
少しでも近づくために 科学や経済を進歩させたと思う。


今私の家でも 小型車だが車も数台ある。
シャワーも好きな時間に使えるし、家電の種類も多くなった。

昔母の時代にはなかったハンドミキサーやブレンダ―、
ホームベーカリーなども ごく普通のキッチン家電として普及している。

土地や家の広さは はるかにアメリカには比べようもないが、
近代化ゆえの豊かさということを ある程度日本は手に入れたと実感する。

しかし数十年でそうなった今、温暖化のためにこのように
自然が狂暴化してしまったら、こういう暮しは見直さなければならない。
続けられない。
持続可能な暮らしを 否応なく選択しなければならない。

団塊世代より少し遅れて生まれた私は 今の生活がずいぶん便利で
贅沢でになったと実感するし、今と昔を 比べることができる。

しかし、一度味わった贅沢を、といっても「個人のCO2排出量が世界でトップの
アメリカ」よりは ぐんと低い排出量の日本なのだが、手放すのは容易なことではない。
やっと、ここまで来たのだから。

そして いまだ世界の多くの地域の豊かさをしらない途上国が、
必死で経済の発展を目指すことにも NOというのか?
それをしなければ、地球は壊れると。

一方で 豊かさを甘受している先進国があり もう一方で食料にも
事欠く途上の国もある。
中国やインドのように 国の勢いが急カーブを描いて上昇している国も。

どんな国にも 同じようにCO2の排出削減を課すことは 不平等ではないか。
自分たちが手にしたものを 他の国の人には もう地球が限界だから
手に入れることはできない、と言えるのだろうか。

私のなかで 常に矛盾があるのは そういうことだ。

そして 世界のなかの「持てる国」が、より多くのCO2排出を担うとしても、
一度手にした豊かさや便利さを 手放すことは 本当に可能なのか・・・

もちろん多少の努力でできることは すでに実践している。
寒さの冬に厚着して ストーブの目盛もなるべく下げている。

無駄に車を使わないで、用事は一度の外出でまとめて済ます。
この頃私は 水道もジャージャー出さない。
心のなかでいつも「春の小川」を歌いながら 水はチョロチョロ出す。
このように個人でできることは これからももちろん続けていくが。

でも、もっと大きな規模のCo2対策を 政府主導で強力に進めるべきではないのか。
必要もない公共事業を見直して削減するとか、大きな無駄があると
指摘されているすべての縦割り行政を見直すとか、
国が方針を定めれば できることも多いのではないか。



こう書いて、私はしだいに絶望していく。
どんなに個人が努力しても 広大な面積を持つ中国やインドなどの経済活動の上昇は
止まらないだろうし、だれも止められないだろう。
そうなるとCO2の排出量は これからも急カーブで上昇していく。

次世代にとっての異様で過酷な現実が 目に見える。
水不足や食糧危機、台風や暴風雨、ハリケーン、豪雨や豪雪、
自然災害で よりいっそう世界中で死者が増えるだろう。

SFで描かれる地球滅亡の姿が 迫ってくる。
聖書の「終末」が リアルだ・・・

このまま進むと やはり人類は滅亡するというシナリオしか見えない。
どんな叡智も そのことを阻止することは できないのだろうか。

哲学や文化、芸術の輝き、多様な自然と豊かな命、
そういうものがすべて消えるのか、命あふれるこの奇跡の星で。

私はいつも ここまでくると絶句してしまう。
かなしいなあ、地球が 人類が そんなふうになるなんて・・・

文明って なんだろう。

生きるって なんだろう。
by yuko8739 | 2014-02-24 00:37 | 社会 | Trackback | Comments(0)

続・日本はどこへ

2月21日 朝日新聞朝刊 オピニオン
(インタビュー)米国から見る安倍政権1年 
米国在住の作家・冷泉彰彦さん

昨日、夜になって 何度も読み返したこの記事。
一番胸に迫ったのは、冷泉氏のこの指摘。

日本の教育には決定的に欠けていることがあります。
社会、政治問題について『自分の意見を持つことの重要さ』を
教えないということです。



(以下、一部抜粋して引用)

政権が発足して1年が過ぎ、靖国神社参拝や中韓両国に関する言動から、
安倍晋三首相の目指すものへの懐疑と警戒が欧米でも強まっている。

政権再交代から間もない昨年1月、この欄でインタビューした
在米作家の冷泉彰彦さんに再び聞いた。
首相の振る舞い、そして首相を支える日本の民意は、
「米国の目」にどう映っているのか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今の日本は5年、10年単位の思考が欠けている。
想像力の欠如ゆえだと思います。


「靖国参拝と国家主義的な言動に対する危機感が、日本では薄すぎます。
ダボス会議の発言を報じた欧米メディアを見ると、
安倍首相への印象がかなり悪化していることが分かる。

ロイター通信の社長が自ら書いた記事では、中国政府高官の
『安倍首相はトラブルメーカー』という発言が紹介されています。
引用とはいえ、安倍首相こそが『面倒を起こす人』という含意が感じられます」

「CNNの単独インタビューでも安倍首相は
『習近平政権だけではなく、過去20年、中国はずっと拡張主義だった』と
答えた。

これでは、中国と関係修復するつもりがあるのかと受け止められる。
こんな報道が象徴しているように、安倍政権は一つのイメージに
はまり込みつつある。それがどれほど日本の国益を損なうか、
分かっているのでしょうか」


「対日戦では多くの米国民の血が流れましたが、その結果、
日本は民主化し、日米が共存共栄する平和な太平洋が実現した。
ジョン・ダワー氏の言うように、日本は『敗北を抱きしめて』
まともな国になったはずでした。

ところが戦後70年近く経つ今、中国に『日本は戦後の国際秩序に反している』
などと言わせる隙を作っている。
米国が主導して作り上げた戦後の国際秩序だというのに、
後から入ってきた中国の共産党政権が主役面して正義を名乗るなど、
米国政府は許し難いはずです」

――靖国参拝に「失望した」という米政府のコメントで、
米大使館のフェイスブックが炎上しました。

「安倍首相は反米に傾く人たちに支持されていると見られかねないでしょうね。
実際、ネット右翼的な人たちの間では中韓だけでなく、
米国も気に入らないという雰囲気が生まれている。

堂々と孤立の道を歩め、というような。
安倍首相はそんな支持層に引きずられるところがあり、
日米関係の資産を過去半世紀なかったような形で傷つけています」


――右が靖国、左が反原発に向かうならば、真ん中は?
 「中間的な層が実は多数派ですが、この真ん中はいわゆるノンポリなんです。
価値判断など面倒なことにかかわりたくないという巨大な空白があるんですね。
是々非々で判断する中間層というのが日本にはない。
ふわっとしたノンポリという立場があり、それが巨大なのです」

「日本の教育には決定的に欠けていることがあります。
社会、政治問題について『自分の意見を持つことの重要さ』を教えないということです。
自分の中に核になる考え、抽象的な原理原則を持ち、それに基づいて政策への
賛否を決めるという当たり前のことを、公教育で一切教えていない。
大きな問題です」


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by yuko8739 | 2014-02-22 10:56 | 社会 | Trackback | Comments(0)

日本はどこへ

日本は、どこへ行こうとしているのか。

大きく国が 揺らぎはじめている。

そのきしみが 日ごとに大きくなっている。


第二次世界大戦、日本軍国主義が世界を席巻し 多くの民の多大な犠牲の
果てに 世界に誇る平和憲法を私たちは手に入れたのだと 私は思う、
尊い多くの屍の上に築かれた 輝く宝物だ。

高邁な理想、つまり平和憲法は「誇り」だ。
だれが なにを言おうと、そのことは 永久に私の誇りだ、決して 手放さない。

だが、圧倒的多数として政権を握ってしまった安倍首相の独走が 今、止まらない。
秘密保護法しかり。道徳教育しかり。

挙句に こともあろうに憲法を変えなくても 解釈改憲を既成事実に
するのだと?

それなら 憲法は要らない。
そこまでするなら 国の形が変わってしまう。
ひとりで 解釈変更をするというのか。

安倍人事でNHK経営委員となった 作家の百田尚樹氏や
某大学教授、長谷川三千子氏など、安倍首相自身もだが、
彼の盟友たちの暴走も 止まらない。

日本人としての常識が 本当に彼らが口にするようなことで いいのだろうか?
国民は あれほど感情的な愛国主義者を 認めるのだろうか。
悪いのは すべて日本以外の国なのか。

自虐史観をいつまでも引きずるのか、という人間に言いたい。
私は自虐などということを意識したこともない。
なにも 引きずってもいない。
ふるさとを愛しているし 誇りにも思う。

しかし、日本がやった間違いや、犯した罪、そのことはなかったことにはならない、
軍国主義の国として侵略し 殺戮し 裁かれたことも。

なぜ戦争を始めたのか、なぜもっと早く戦争を終わらせなかったのか 
その問いに 誰も責任を持って答えない。
それが 日本という国の正体だ。

震災で 福島原発の事故が起きても だれも責任をとらなかった。
嘘の発表を重ね、汚染マップを隠した。
だれの責任か 今もよく分からない、そういう国だ。


自己陶酔型の安倍首相は 大声で叫ぶ。
今は確実に 若者を中心として ポピュリズムの時代になった気がする。

貧しい若者が飛びつくのは 子どもじみた同じ言葉を 大声で叫ぶ指導者だ。
いつの時代も経済が行き詰まり 失業者が増えて 若者が貧しければ
戦争への道が 静かに整えられる。

世界の常識や良識に恥じない言説を 安倍氏に強く求めたい。
美しい日本にするためには 安倍氏よ、あなたが変らなくてはならない。

恥という言葉の意味を 知らなくてはならない。
日本は被害国ではなく、加害国なのだ。

都知事になった舛添氏は 立憲国家や民主主義、憲法の意味を、
「国民の自由のために 国家を縛るもの」として それに対して
間違った認識を持つのなら 安倍首相にも反対すると先日表明した。

学者として 間違った解釈には 黙っていられなかったのだろうか。
大いに 間違いを指摘してほしい。
憲法は 政府を守るためではなく 国民の自由を守るためにあると。

このままでは 国際社会のなかで ますます日本は孤立するだろう。
それが進めば どういう結果となるのか。

国の間違いの尻拭いや後始末をさせられるのは、いつも国民なのだ。
そのことを考えると、不安でたまらなくなる。

世界は まちがいなく日本に軍国主義が台頭してきたと 困惑している。
それで 本当にいいのか?

「過去に眼を閉ざす者は、未来に対してもやはり盲目となる 」

日本は いったい どこに向かっているのだろう・・・

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by yuko8739 | 2014-02-21 23:44 | 社会 | Trackback | Comments(0)

脳は盲目!

先日、脳の不思議や謎を 最新科学でアプローチするTV番組を見た。
それを見て 大いに驚嘆すべきことを知った。

昔から 恋は盲目というが これって「古い原始的な脳」が
出会って0・5秒で 好きになる相手を決めているのだという。
なんと0・5秒で!!!

それだから 理由などないままに 惹かれあう。
まさに「恋は盲目」ではなく、「脳が盲目」なのだ。

もしかして男女の問題のすべての原因は、これなのか!?
自分の理性(新しい脳)が判断して決めるのではなく 知らないうちに
古い脳が一瞬でそう決めて そう行動してしまう。

それなら問題や事件は 数しれず。
離婚や浮気、本気の恋や不倫も 星の数ほど発生する。

そして!恋をすると 脳内快感物質アドレナリンも、大放出。
理性など 勝てるわけがない、一種の麻薬なのだもの。
もともと 人間はそういう動物なのだ。

恋というのは 結局は生殖行動のはじまりなのだから 
この行動がすべてに優先するのは 動物なら当たり前か。

こう書くと なんだか人間の高邁な思想や哲学、
科学の進歩さえも 古い脳の0・5秒の「判断」の前には 
なんだか 色褪せちゃうなあ・・・


しかし番組の最後で 脳の多くを損傷し 回復は難しいと
された高次機能性障害の少年が回復していく過程を見て驚き 
そして 胸を打たれた。

意識を取り戻し、母を認知し、感情も取戻し 歩けるようになり、
障がい者のリハビリ資格を取るという 夢のために歩み始めている。

脳は必死でシナプスを伸ばしながら 別の回路を作り、
機能を回復できるのだなあ。

そして 外からの刺激で 脳はどんどん活性化する。
人間の脳というのは すごい!!!

決して希望を捨てずに 息子を見守り 信じて待つ母の愛が
彼をここまで回復させたのだろうか・・・なんと偉大な母の愛!


そして 若年性アルツハイマー型の痴呆症の女性の数年間を追った
シーンには 涙をこらえることができなかった。

自分もいつか そんなふうになるかもしれない。
いつそうなるのかは わからない。

そうだとしたら 完全に脳が委縮してしまうまでの数年間を、
私はどうやって 過ごすのか。
どうしたいのか。
されたいのか。

とにかく 最後まで人間として接してほしい、
あの「ユマニチュード」の方法で。

このことは私の人生最後の そして最高の希望だろうと思う。
by yuko8739 | 2014-02-17 09:24 | 社会 | Trackback | Comments(0)

生チョコとマフィン、そしてラーメン仕込み

昨夜 バレンタインのために生チョコを作り 冷やしておいた。
今朝は 大好きなブログを見ていて そこに写真つきで載っていた
「マーマレードマフィン」に心を奪われてしまった。
発作的に「すぐ作れる!」と思い、材料を量り、道具を並べた。

ところが 肝心のマーマレードがない!!!
しょうがなく 町内唯一のショッピングセンターに行き マーマレードを買ってきた。

さっそく味見したが 手作りのマーマレードとは ほど遠い代物で。
でも、これしかないのでしょうがない。

2日後に食べるラーメンの材料の豚骨や鶏ガラ、豚ばらブロック肉などの
解凍具合を見ながら、バタバタしながらマフィンを焼いた。
できあがった!味見して う~~~ん???

やっぱり忙しいときに こういうことはすべきではなかった。
焼きあがった直後に 妹が来てふたりで食べてみたが
正直な妹は おいしいとは言わなかった、やっぱり・・・ 
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見た目は美味しそうだが 粉を混ぜすぎて サクサク感なし。
重た~い マフィンになってしまった。


その後、ラーメンの仕込みに取りかかる。
玉ねぎ、キャベツ、人参、長ネギ、ニンニク、ショウガ、
豚骨と鶏ガラ、スルメ、煮干し、昆布、りんご、などを大鍋に投入。
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ゆ~~~っくり アクをとりながら いい湯加減ですなあ・・・
数時間は そのまま火にかける。
その間に 焼き豚作り。
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豚バラブロック肉を フライパンで少し炒める。
そこに長ネギの青い部分と生しょうがを入れ、酒1:醤油1:水1の
割合で味をつけて たまに上下をひっくり返しながら 静かにことこと煮る。

あっという間に夕方になり、あわてて 冷やしておいた生チョコを
カットして ココアにまぶした。
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用意しておいた かわいい紙袋に生チョコを入れて 封をして
ワンコや模様のついたシールで飾り、メッセージカードもつけてラッピング!
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バレンタイン用に作った 可愛い生チョコが家族3人と婿と孫1号で、5袋完成。
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夕食後に ラーメンスープもいい感じ。
夜9時過ぎてから すべてのスープ材料を取り出して味見、う~ん、甘い。
野菜や骨から いい味が出て なにも入れなくても こんなに甘い。

焼き豚はぶ厚く切らないと 崩れてしまうほど柔らかい。
減塩チャーシューなので、澤井商店の醤油をたらり。
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それから 大量の鰹節を投入して 再び濾す。
そこに焼き豚の煮汁と醤油や塩を 味見しながら加えていく。
蜂蜜をたらりと入れて また火にかけてコトコト、ひと晩置く。

明日になると、また熟成が進む。
経験からすると 2日目以降がぐんとおいしさUP。
日増しに熟成してスープがより甘くなり、匂いもいっそう食欲を刺激する。

さて、明日は仕事と男女平等参画の講演会。
日曜の午後6時、yukoラーメン開店に 娘一家がやってくる。
明日は 味付け半熟卵を作ろうっと。

完成極上醤油ラーメン!!!
唯一無二のわが黒艶ラーメン・・・うまし。
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by yuko8739 | 2014-02-14 22:52 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

心は待っている

~言葉は生きる支えになる。
日本人はどこか言葉で自分のこころが切り刻まれるのを恐れている。
でも心ってまだまだ言葉になることを待っていると思う。
『愛してる』だって、口に出せない人が多いでしょ~
きたやま おさむ 精神科医・作詞家~
朝日新聞2月8日(土)beより引用


私は、北山修さんのこの言葉に 深く心が動いた。
~心は言葉になることを 待っている~
そう、心は待っているのだ、ずっと。

言葉にしないで 言葉にならないままでは 心はとり残されてしまう。
そして、固まる。
塊りのうえに また固まっていく。
そして 自分の感情も言いたいことも いつか行方が分からなくなる。

よく 人は言う。
「どうせ言ったって わからない」

でも 勇気を出して言ってみたら?やってみたら?
なにかが起こるかもしれないのに、なにもしないの?

どうせばかりだと すべてが固まってしまう、自分だけの世界に 閉じ込もる。
閉じ込められる。
大事なことは引っ込めないで 言葉にする努力をすべきではないか。

間違って受け取られたら、そのときは 訂正すればいい。
言葉は永遠ではない、訂正すればいい、言い替えればいい。
何度も繰り返せばいい。

自分の心を手渡すのには 細心の注意や最善の努力をすべき。
諦めてはならない。

心を言葉にするには 自分で築いた壁を取り払わなければならない。
相手の言葉を 正確に受けとる覚悟も必要だ。

心は 待っているのだ、言葉になることを。
自分もそうなら、きっと相手の心も そうかもしれない。



昔、カウンセリングのWSで学んだことが 鮮やかによみがえる。
~うまく言えなくてもいい。上手でなくてもいい。ただ、声を出すだけでいい。
「うまく言えないけれど、」と 話し出すといい。
「えーと、どういえばいいかな」そう口に出すといい。

言葉が導いて連れて行ってくれる、どんなところにでも。
そういうことができる人を「人生の達人」というのです。
黙っていては いけない。  

言葉にすると 自分を辿ることができる。
道しるべのように 言葉が自分を導いてくれる~

そう伝えてくれたO先生の姿が 今でも鮮明だ。
今年も賀状をいただいた。
賀状には 美しい筆字で 「あるがまんま」は「ことば」でした、と。


私が常々感じていることだが・・・
私の周りの人たち、特に男性たちは、自分の感情を言葉で現わすのが苦手なようだ。

会話に慣れていないのか、会話なんて嫌いという人もいる。
温かく通い合う心地よさを 欲しくはないのか。

そういうことは 面倒だろうか。
だから「ふろ、めし、ねる」になるのだろう。

言葉が命を持つためには さまざまな感情を 自分自身のなかに
蓄積することも 大事なのではないかと思う。

本も読み 映画も見て 自然のなかでも 感動したり 震えたり 泣いたり、 
絶望したり、独り言を繰り返したり・・・

私自身は10代のころは ほとんど他人とはかかわらずに自分の世界に
閉じこもりがちだったが、読書と映画や自然や音楽は 私の内部を満たしていた。
それらは歓びだったし、私のなかは いつも言葉であふれていた。


大人になって30代で出会ったカウンセリングWSで さらに深い学びがあった。
カウンセリングでの数年間の経験が 自分で閉じていた心の扉を
内側から開けることに 役立ったと思う。
  

感情を言葉にすることは 恥ずかしいことではない。
自己開示することで むしろ感情が生き生きと出入りする風通しのよさや、
居心地のよさを 強く感じるようになった。

そういう経験をしたことで 私の場合はあるがままの自分でいい、あるがままがいい、
そういう思いにつながり、それが生きる土台になったと思う。
どんな自分でも 恥ずかしくないのは いいものだなあ・・・

 
私の思いに 反対する人がいても 
「あなたは そう感じるのですね・・・、」 
私とは違うのですからね、そうですか・・・そう思える。

私を憎み、嫌になる人がいても 
「とても 残念です・・・」
でもいつか 仲良くなれるかもしれませんよ、気持ちは変わりますからね。
そう思える。 
もう怖くはない。  

それでいい。
みんな違うのは あたりまえだから。


~みんな違って みんないい~
心は待っている。
そんな世界を・・・


by yuko8739 | 2014-02-13 10:47 | | Trackback | Comments(0)

お雛さま

仕事で出かけ、ある店で愛らしい豆雛を発見。
飾ってある棚の前を通るたびに その小さなおひなさまをじっと見てしまう。
いくらかな・・・1000円?

「これしかないの? これください!!!」
今日、何十年ぶりかで 我が家に小さなお雛さまが仲間入りした。

父と母が長女の私に買ってくれた 昭和の段飾りのお雛さま。
子どもが小さかった頃に 友達に誘われて「木目込み講座」に通って作った立雛。
そしてTさんの友達が 我が家の和服の端切れで作った 貼り絵のお雛さま。

私の大事なお雛さまは たくさんあるが こんなに小さなお雛さまは
はじめてだ。手のひらに すべてが乗る。
くすぐったいほど小さくて、笑っちゃうほど かわいい。

この豆雛は 何でできているのかな。
土鈴のような素材、つまり土のようだ。

三人官女は まるで大きな大豆のサイズ。
うずらの卵のような男雛と女雛が 笑っているのが 
なんともいえず いいなあ・・・

今日は2月にしては暖かい0度の気温で 青空と雪の降り積もった畑や山々が、
美しい。帰りに車を止めて 写真を撮った。
遠くには 洞爺湖畔の有珠山が、遠くからもくっきりと見えていた。
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大好きなアップルパイを買って 帰りに寄った友の家で ついおしゃべり。
珈琲とパイはベストマッチ、ついつい長居してしまう。楽しかった。
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帰宅して 嵐のように動き回って夕食の支度。
夕ご飯を済ませて 今ほっとして この豆雛を眺めている。
3月に雛まつりというものがあって、うれしいなあ。

桜餅、お雛さま、桃の花・・・日本の女子(昔)で よかった。
紅い毛氈を見て 春のわくわくを感じて、お雛さまのお話に
耳を澄ます少女が、私のなかにも居る。

こういう伝統の行事が 季節を彩ることを 魂の深い歓びとなることを、
祖母や父や母が 私に教えてくれた。

 
小さい女の子にとって お雛さまというものは かけがえのないもの。
それは親の愛の化身でもあるだろうし、、もうひとりの自分のような 
生きているみたいな 不思議にリアルなお人形。


~あのね、お雛さまは 夜になるとみんな動いて 遊びまわるの。
  ひと晩じゅう遊んで疲れて 朝になるとまた 動かなくなるの~
私は 小さい頃はそう思っていた。
お雛さまの秘密は 自分だけが知っているのだと。

ひな祭りが終わって 和紙にくるまれ 木箱に入れてまた1年も押し入れに
しまわれてしまうお雛さまは なんだかかわいそうだった。

お雛さまは 夜ひっそりと遊びまわる。
もしかしたら 今も・・・

さて、今年 この豆雛は 私にどんな話をしてくれるのだろう。
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by yuko8739 | 2014-02-11 20:47 | Trackback | Comments(0)