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ゆうゆうタイム

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<   2013年 04月 ( 16 )   > この月の画像一覧

絵本「春の妖精たち」

アマゾンのサイトで本を探していたら、「春の妖精たち」という絵本を見つけた。
福音館の「たくさんのふしぎ傑作選」となっている。
福音館と言えば、昔わが子に 毎月購読していた「こどものとも」シリーズが懐かしい。
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自分用に この美しい本が欲しくなって注文した。
数日後に届いたこの本を開いて 思わずうなった。
ああ・・・なんて きれいな絵だろう。
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春の妖精たちと呼ばれる 野花たちの1年の四季と 人里に近い雑木林の1年が 1冊の本になっている。
絵は優しいけれど正確で、野の花たちを愛し、じっくりと観察しないと こういう絵は描けない。

雑木林の秋から冬、本はコナラやクリ、ハリギリ、コブシ、イタヤカエデなどの
冬芽もわかりやすく描いている。

春、雪が解け始め、落葉した木々がまだ目を出す前の寒い雑木林で、
次々に枯葉のなかから芽を出す 春の妖精たち。
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英語でスプリング・エフェメラル、春のはかない命。
キクザキイチゲやアズマイチゲ、フクジュソウ、カタクリ、キバナノアマナ、
ニリンソウなど、色も形もさまざまな美しい花たちが咲き誇る。
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地下の根や茎も詳細に描き、この花たちの命をつなぐ戦いが綴られる。
そして 虫たちの受粉を終えると種を結ぶ。


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桜が咲き、コブシが咲き、雑木林には命が満ちあふれる。
春の妖精たちの種は アリなどに運ばれ 地下の貯蔵器官に栄養を蓄え、
姿を消してしまう。

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新緑の頃、雑木林では 弱い光を長く利用する花たちの季節。
チゴユリ、ヒトリシズカ、サイハイラン、ミヤマナルコユリなど。
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暑い夏の間、春の妖精たちは 蓄えた養分を減らさないように 休眠する。
涼しい風が吹き始めると 秋の花たちが咲き始めたころに 目を覚ます。
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新しい根をどんどん伸ばし始め、分厚い雪の布団の下の 土のなかで
春に備えて 芽が動き出す。
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そして春、再び雪のなかから芽を出す 春の妖精たち・・・
雑木林のそれぞれの植物の 命をつなぐ方法がすばらしい。

だれの邪魔もせず、他のものの迷惑にもならず 我流のルールに乗って
整然と毅然と 命をつなぐ。
自然の大いなる営みのすばらしさに 感動の絵本だった。

自然の会の仲間は すでにこの本を持って要る方が多い。
しかし、この絵本は ハードカバーになっていた。

あまりの美しさに カタクリの絵を見て デッサンし、
Mさんが描いた野花の絵を 真似て描いてみたが・・・下手な私。


絵手紙と水彩は違うのだなあ・・・
まあ、我流で しばらくはやってみようかな。

絵を描いていると 難しくて 楽しくて 
つい、時間を忘れてしまう。


今日4月30日は Hさんの誕生日。
春の妖精たちの時期に あなたは生まれたのですね・・・


誕生日、おめでとう!!!
by yuko8739 | 2013-04-30 08:57 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

春を楽しむ会

自然の会と町が合同で開催したのは 洞爺湖半のT自然公園での観察会。
今後の 公園整備市民ボランティアの充実のために、
行政担当者や地方紙の記者も取材するなか 50名を超える多くの参加があった。
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集合した時刻の10時前には 肌寒い曇り空で 立っていると寒かった。
公園内を歩きだすと 少し空も明るくなり 気温も上がってきた。

歩き出すと すぐそばには いい香りの黄色いナニワズが。
Kさんが「これは 背が低いですが 草ではなく ちゃんとした木ですよ。
ジンチョウゲ科なので とてもいい香りがします」と解説。
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歩道の周囲は たくさんのカタクリがうつむいて咲いている。
まだ芽吹いていない木々の梢からは ウグイスの声!
「初ウグイスだね!」と言いながら 参加者の笑顔がうれしい。

カタクリのなかには 水色のエンゴサク、珍しい白色のエンゴサクもある。
キバナノアマナもあったが 曇り空なので 蕾は軽く閉じられている。
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早春の妖精たちは 寒いと素早く蕾を閉じる。
これが寒さから 大事な花を守る戦略なのだ。
日が照って暖かくなると 虫たちを呼び込むために さっと蕾は開く。
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この公園には もともと このような美しい野花はなかった。
果てしない重労働の笹刈りのあと 歩道を確保し 小川には丸太で
橋を作り 排水溝を整備し「とんぼ沼」と名付けたビオトープ池まで作り。
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カタクリをはじめ 春の妖精たちを植え、夏から秋の野草を植え、
ほおって置かれた自然公園を生まれ変わらせたのは 自然の会の有志数人。
週に3日ほど 1日じゅう この公園で数人が 尊い重労働を続けた、何年間も。

その方たちは 今ではもういない。
亡くなった人、入院した方、子どもの住む都会に転居したご夫妻。

その意思を継ごうと、今行政と市民ボランティアが整備に乗り出した。
数年前には休憩所も作られ トイレもあり、流し台やガス台もある
畳敷きの部屋で 休めるようになって、ずいぶんよくなった。


昼ごろに解散して 私はおいしいラーメン店に仲間を連れて行き、
久しぶりに 5人でラーメン!

だれでもラーメンを食べると とても幸せな顔になるのだなあ・・・
みな、おいしいと喜んでくれて 私はうれしかった。



その後D市に来て Mさんと市内を流れるA川を散策することに。
川は花でいっぱいだった。
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特にイチゲが群生して満開。
晴れていたら キバナノアマナも 開いていただろう。
カタクリもところどころに。
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薄紫色のイチゲも いっぱい咲いていた。
小川の流れと春の妖精は すてきな被写体だった。
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カメラ歴の長いMさんに いろいろ教わって なかなかのショットも
撮れて、大満足!

Mさんを送り また ティータイム。
数年前に転居してきたMさんだが 不思議な ご縁のネットが広がり
きっと、ここに来るべき運命だったのね、と うれしそう。

そうですよ!心臓の手術も無事成功して また春の妖精に会えたのだから。
からだも大事にして ご縁に守られて また共にすてきなひとときを
過ごしましょうね・・・

雲行きが怪しかったが 雨にも降られずに また花たちと
すてきな時間を過ごせで 幸せだった。

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by yuko8739 | 2013-04-28 08:32 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

無垢と純真~リトル・アリョーヒンの世界~

小川洋子の奇妙な題名の小説「猫を抱いて像と泳ぐ」を読了。
読みながら強く感じていたのは 読み終えるのが もったいないいうこと。
いつまでも この美しく奇妙な小説の海に 漂っていたかった・・・
 


この題名には 少なからず違和感を感じながら読み始めたが
すぐに 心は わしづかみにされた。

虚と実の絡まり合う 独特の不思議な世界。
意識と無意識が 分かちがたく渾然と 混ざり合う世界。
そこで奏でられるのは たぐいまれな美しさの物語。


現実とは いったいなんだろうか・・・
私たち凡人は 常識という定規を持ち、狭くて窮屈な価値観で人を観る、
それも「自分」という 濃い色の眼鏡をかけて。

しかし この小説で描かれるのは 想像をはるかに超えた家族の姿、
社会の底辺で 理不尽な運命を呪うことなく受け入れ、
貧しい日常を 静かに受け入れて 生きている人々。

無垢で純真な魂を持つ人々の美しさ・・・
そんな本質を最も体現しているのが 主人公 リトル・アリョーヒンその人。

デパートの屋上で飼われ 体が大きくなりすぎて地上に降ろされることなく 
一生を屋上で生きた かわいそうな象に 不幸な生い立ちの
物静かな少年は 強く惹かれる。

そして ある偶然から 放置されたバスのなかで暮らすたっぷりと太った、
温かくて柔らかい男性と 出会う。
彼こそが少年を「チェス」という別世界へ導く 偉大なマスターその人だった。

マスターは言う。
「哲学も情緒も教養も品性も自我も欲望も記憶も未来も、とにかくすべてだ。
隠し立てはできない。チェスは、人間とはなにかを暗示する鏡なんだ」

チェスというものを 私は見たことはあるが、よくは知らない。
その奥深い詩のような 神業のような対戦を 私は知らない。

それでも この物語はそんな盲のような私をさえ「盤上の詩人」と
呼ばれた ロシヤの世界的天才チェスプレーヤー アリョーヒンの世界へと
誘ってくれる・・・

そしてこの物語に登場する奇妙な人物たちは なんと魅惑的だろう!
母を亡くした少年を 愛情深く育てる祖父と祖母は 風変りだが
本質をみる人、
無口な少年の友は、夢想のなかでミイラと名付けた少女と象のインディラ。
(ミイラはのちに 現実の人物となって 少年の前に顕れる)

甘いものが好きで おやつを作り 指をべたべたさせるマスター
ホテルの「海底チェス倶楽部」で 出会った“老婆令嬢”
こころを分かつ 老人施設「エチュード」の看護総婦長。



今まで、たくさんの読書を重ねてきたが、読み終わるのが惜しいと
感じる書物は そう多くはない。

しかし物語の中盤を過ぎてから 否応もなく リトル・アリョーヒンと
離れがたい気持ちが こみ上げてきた。
どんなことも 彼と同行したい・・・

大人になっても 50cm四方の直方体に収まる小さな体、
生まれたとき唇が閉じていたため、切開手術を施され
脛の皮膚を移植したことが原因で 唇に毛が生えている彼・・・

そしてチェスという 壮大な宇宙を自由自在に漂い、無垢で純真な魂のまま
美しい詩や交響曲を奏でるような 天与の才能を持つ「異形の人」

「異形の人の純真」と書こうとして ふと感じた。
これは まるで 映画「エレファントマン」の感動に 重なるではないか・・・
彼の異形と 美しく永遠の魂に 私は雷のように打たれて 泣いた。



小川洋子さん、あなたの物語には「神の手」を感じます。
この不思議な 美しい物語と出会えたことを 深く 感謝します・・・

さて、しばらくはリトル・アリョーヒンの余韻に浸り、
次のドアは やはり あなたの物語「薬指の標本」・・・
by yuko8739 | 2013-04-27 10:49 | 読書 | Trackback | Comments(0)

思春期の入り口に立つ君へ

いつか、こういう日が来るとは思っていた。



赤ちゃんは いつまでも赤ちゃんではいないし、
子どもは いつまでも 子どもの顔のままではない。
蜜月時代は どんなものでも 確実に終わる・・・


私にとっては 初めての孫ちゃん、10年前に生まれた君は もう5年生になった。
この時期といえば 思春期前期真っ盛り。

親にも言えない秘密を数々抱え、急激に日々大人へと変わる
自分のからだとこころを持て余す時期・・・
同じ道を歩いてきたから、私にもわかる。

あんなに ほわほわのマシュマロみたいだった 大きな赤ちゃんが、
今はダサイと言われるのを 何よりも恐れる。
服装にもこだわる。

親を攻撃し、私と散歩をしていても クラスメートと出会うと、
走って 逃げるようになった。


恥ずかしいのだろう。
多分、なにをしても しなくても恥ずかしいのだ、自分が。
なかなかうまくできないのだ、人との距離も 関係も 
優しさの表現も 難しいから。

なぜか、苦しいのだよね。
ひどく孤独な気が するよね。

辛い時期なんだよ、大人への階段を上るって。
間違いや失敗も 多く起きる・・・

私は思春期に 自分と向き合う作業を 物を書くという行為からはじめた。
新聞や本や映画は 人間や芸術や感情や世界を知るうえで 
大切で 欠かせない体験だった。

多くの感情を 学ぶことができた。
それでも自分自身は なぜかひとりぼっちで 悲しかったよ・・・

そうこうするうちに女の子なら 胸がつぼみのように膨らみ始め。
男の子は おちんちんに毛が生えてくる。
この変化はどうしようもなく 子どもたちを戸惑わせる。

思春期の子が なにか呆然とした表情なのは こういうことがあるからかな。
自分をどうしたらいいのか、わからなくなるんだね。
自分を 持て余してしまうんだね。



今、君はママの弟、Sおじさんに 夢中だね。
「少年は 大人の男に憧れる」
俺も あんなふうになりたいなあ・・・
君の声が 聞こえるようだよ。

泊まりに来ても 私のベッドで寝なくなった。
窮屈なのに Sおじさんのベッドで 寝ている。

ずっとくっついている、お風呂もSと入る。
同じ色の服を着たり・・・同じことをしたがる。

君が生まれたころから Sは君をとても可愛がった。
私といっしょに JRで7時間もかけて 君に会いに道東まで出かけたね。
君は赤ちゃんの頃から ばぁばとsおじさんが大好きだったね。

小さいころの幸せな思い出は 生涯を貫く「幸せの種」となる。
その種を蒔きながら 君は幸せな人生を きっと歩けるよ。



ばぁばとSおじさんは 困難なときも、悲しいときも これからも
ずっと君のそばにいるよ。
君が ヘンテコリンな思春期の少年でも ちっともかまわない。

どんな君でも いい。
ゆっくりと歩きながら、辛い思春期を ちゃんと乗り越えておいで。

手間を省いてはだめだよ、急がなくてもいいんだ。
大事な階段は ゆっくり登るんだよ。

それが終わると いつか 大人の世界に辿りつける。
大人って いいよ~楽しいことが いっぱい!
ここまで来たら、もうだいじょうぶ。

辛いことがあっても 思春期の嵐を乗り越えられたら 
大概のことには 耐えられる。
大人になったら なんでも自分のことは 自分で決められる。
自分だけの責任で ひとりで立って 好きな道を歩けるからね。


そのときには また大人として 手をつなごう。
そうしたら 君の赤ちゃんだった頃の話をしてあげよう。
絵本に夢中だった私と君。

センダックの不思議な怪獣と 踊ったこと。
手袋を買いにいった子ぎつねと さらさら月夜の雪野原を 
青い影を作って 歩いたこと。
はらぺこ青虫と いっぱいお菓子も食べたこと。

夜、いっしょに寝ながら いつも小さな君と話は尽きなかったね。
川の散歩や キャンプの夜の興奮も。
君と過ごした どんな一瞬も 私の宝物。



そして いつか君と別れても・・・私たちにも いつか別れはやってくる。
君は昔ベッドのなかで 目をキラキラさせて こう言ったっけ。

「ばぁば、でも また会えるんだよ!
ばぁばとそうたは 天国でまた会えるんだよ。
ばぁばが先にいっても、そうたも 同じところに行くからね。
そしたら、ず~~~っと いっしょだよ!
ばぁばと ずっといっしょに遊べるんだよ!」

私は 泣いた。
うれしくて 泣いた。
ちょっと先に行くけど ちゃんと ばぁばを見つけてね!


あっちに行っても 君の魂のなかに すぐ戻ってくるから。
だから君は 決して迷子になんかならない。
ひとりぼっちでもない。

幸せの種をいっぱい持った すてきな大人になりなさい。

そして、生きるんだ、
自分の問いに 自分で答えるために。
by yuko8739 | 2013-04-25 09:57 | 家族 | Trackback | Comments(0)

春のおぼろ月

GWで仕事の締め切りが 前倒しになるので 頭はそのことでいっぱい。
いろんなことが押し寄せたり、予想外のことも起きて なかなか日中は
忙しくて ウオーキングができなかった。

塗装屋さんは ほかの仕事と掛け持ちなのかな?
車を移動して 待っていても来ない日もある。

ずっと窓も開けられずに シールをしたまま 外に出ると 
足場にぶつかりながら 暮らしている。
ちょっと息が詰まる感じ・・・

体がなまるので 久しぶりに夜のウオーキングに 出かけた。
やっぱり冬と違って 気温が違う。
暖かくて風もないので 汗をかいた。

そぞろ歩く夫婦や ランニングしている若い女性。
夜でも運動している人が いる。
みな 自分と会話をしたり 自分と戦っている。



ふと夜空を見上げると ほんのりオレンジ色のおぼろ月。
歩きながら お月さまをときどき見上げて 一句ひねった。
~この町を慈しみつつ月おぼろ~

この夜のお月さまに ぴったりな俳句になった。
言葉で遊ぶのが好きな私には こういう散歩も楽しいな・・・

カメラで このお月さまを写せたらよかったのに。
by yuko8739 | 2013-04-24 10:34 | Trackback | Comments(0)

春の妖精たちⅡ

自然の会総会を終えて 私たち仲間は U自然公園に向かった。
春の日差しのなかで 今年初めて 春の妖精と呼ばれる野花たちに出会う。
感激の数時間を 悦びとともに味わった。

その後Mさん宅で 急きょコンビニおにぎりで ランチとコーヒータイム。
そのあと Hさんが発見した M町の奥、紫色のキクザキイチゲの群集ポイントに
出かけたら、カタクリはつぼみが多かったが、なんと さまざまな紫色のイチゲが万開!c0204725_012415.jpg

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美しい・・・
春の妖精たちに 酔った。
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以下wikより引用

スプリング・エフェメラル(Spring ephemeral)は、春先に花をつけ、
夏まで葉をつけると、あとは地下で過ごす一連の草花の総称。
春植物(はるしょくぶつ)ともいう。
直訳すると「春の儚いもの」「春の短い命」というような意味で、「春の妖精」とも呼ばれる。

夏までの間に 光合成を行って 地下の栄養貯蔵器官や種子に栄養素を蓄え、
その後は1年後の春まで 地中の地下茎や球根の姿で過ごす、という生活史を持つ植物。

そのような早春の野草が 落葉樹林の林床にはいくつもあり、
森林の林床は、春先にとてもにぎやかになる。
このような一群の植物を スプリング・エフェメラルという。
by yuko8739 | 2013-04-22 00:10 | Trackback | Comments(0)

春の妖精たちⅠ

長い間、夢に見ていた瞬間が とうとう私に訪れた・・・


日曜に 自然の会の総会が開かれた。。
総会はわずか30分あまりで 無事に終了し、さすが野の花好きの仲間ばかり!
そのあとで、さっさと車に乗り合いながら、U自然公園に今季初の自然観察に心うきうきと出発。

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公園に到着して すぐにカタクリの群生が出迎えてくれた。
ああ、長く寒い冬を越えて 今、こうして野の花たちに会えた・・・なんだか 胸がいっぱいになる。

Mさんが 言う。
「生きてて よかった・・・」
「本当に・・・」
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ピンク色のカタクリ、白や薄紫のキクザキイチゲ、黄色のキバナノアマナや
ネコノメソウ、水色のエゾエンゴサク・・・青空のもとで
なんと美しい 自然の命のひとときの饗宴。

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君たちに会うために 辛くて長い冬を越えて 私も今ここに立っている。
どんなことよりも こうして春のまっただなかに 存在できることが 私の幸せだ。

風は甘く、遠景には 雪を頂いた山々・・・
シジュウカラやカワラヒワの声が響く公園を めぐり歩き、深呼吸する。
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このように可憐で 美しい「春の妖精たち」と出会える奇跡を、
造化の神に こころから感謝したい。

すべてのものが、ありがたかった。
風や雲、空も巨木も、木々の芽吹きや ネコヤナギのふくらみも、
足元の草の青さ、響き渡る野鳥の心にしみいる美しい声も。
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5年前、この公園内に パークゴルフ場を造る計画が 持ち上がった。
私たちの会では 皆が必死に署名を集めて 建設反対運動を展開した。

反対運動が成果を上げて  結局この公園は無事だった。
もしそうなっていたら 花の饗宴も 野鳥のさえずりも 今とは全く違うものになっていたことだろう。


続く
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by yuko8739 | 2013-04-21 22:59 | Trackback | Comments(0)

塗装工事/叔母の見舞い

GWを前にして、前倒しの仕事も増え 所属する会の監査や総会など、
連日 外出が続いている。
明日は 自然の会の総会、夜は町会の総会・・・

家の塗装工事は 雨や雪が降った今週初めは 2日ほど工事不能・・・
それでも3日めから 下塗りやコーキングは終わり、今日は高圧洗浄だった。

築25年目にもなると サイディングのあちこちが傷んで 
数か所は 張替えが必要とのことで手配してもらった。

こうしてどんな仕事でも「職人魂」を持つチームが連携して
事前に手当てをすることで 家も長持ちするのだろう。

念入りなチェックをしてくれる丁寧なプロばかりで ありがたい。
挨拶などもきちんとしていて 腕のいい職人さんたちは きりりとすてきだ。



昨日は 施設に入居しているアルツハイマーのおばを、母と妹と私と3人で見舞った。
施設の居間で 私たちを見ると 叔母の顔がぱっと明るくなった。
久しぶりなのに、忘れていない…思わすそう思って うれしかった。

何も置いていない(多分置けないのだろう)、叔母の殺風景な部屋に入り 4人でおしゃべりした。
お土産に買ってきた ケーキのなかから 叔母はうれしそうに真っ赤な苺のタルトを選んだ。
「私、こういうのが好きなの」そうだね、赤いのがきれいだから。

以前より ずいぶん声も大きくなって やせ細っていたからだも
ふっくらとなって 元気そうだった。

夫への反発から 食事をとらなくなって それが原因で入居した施設だが
ここで叔母は 心の平安を取り戻したのだと思う。

あんなに夫唱婦随で理想の妻だった叔母が 今は大きな声ではっきりと
自分の意思を表現している。嫌なものは 嫌なのだ。
すべてが伯父の言うなりだったが 今は自分を持っている叔母。

心の奥深くに しまい込んでいた夫への反発や抵抗は 理性という重しが
なくなって 表に現れるようになった。
そのことを思うと ひと昔前の妻とは どれほどの辛抱だろうと思う。
いや、今もなお・・・  ・・・

そして声も大きく 幾分ふるまいも粗野になって・・・
でも、おばちゃん、それでいいんだよ。

それで いいんだよ。
病状は確実に進んでいる。
過去やあの世にまで 話は飛んでいく。

共感しないと、むきになる、不快な顔をする、反発する。
残念だけれど 話し続ける言葉の半分くらいは 意味不明だ。

それでも 私をかわいいと言い 母を忘れずに「姉さん」と呼ぶ。
叔母はいつも 私や妹を可愛いというのだ。

もしかして 生まれた頃の私を、赤ん坊の私を、抱いてくれた 
そのままの優しい心で 今も私を 見つめてくれている。
それを忘れずに いてくれる。

「欲しいものは なんでもやるからね。
だって かわいいんだもん、娘みたいで。
食べたいもの、何でも作ってやるからね。
欲しいものなんでも 帰りに 持っていきなさい」
いつも そう言う人だった、病気になった今も それは同じ。

そう、元気なころ叔母は いつもおいしいご飯を作ってくれたし、
デパートに行くと なに欲しい?とすぐに聞いた。
いいからと断っても いつも何かを 買ってくれた。

私の子どもたちにまで お年玉をくれた。
叔母の料理はいつも 優しくて お母さんの幸せな味がした。


おしゃれで すてきな洋服をいっぱい持っていた叔母は とてもきれいだった。
お気に入りの金色のイヤリングが 染めていないグレイのパーマヘアに よく似合った。

今はただ、切りっぱなしのショートヘア。
入れ歯を外すので 困りはてた職員が 入れ歯を預かっている。
だから下の歯が ほとんどない。
それでも いい。

叔母の眼は キラキラ光って あんなに大きな声で笑っている、楽しそう・・・ 
これで いいんだよね、叔母ちゃん、
もしかしたら 心は前よりもずっと、ずっと鳥のように自由かもしれない。

家庭や親、女性という役割からも離れて ふわりと そしてあくまでも頑固に
深くて 広い世界を 飛んでください。
人生の今を 生きて 楽しんでください!


また 会いに行くよ。


桜が咲いたら 花吹雪の下を 腕を組んでいっしょに歩こう・・・
by yuko8739 | 2013-04-21 00:34 | 家族 | Trackback | Comments(0)

静かで哀しい物語

小川洋子の本を 読み続けている。
「ミーナの行進」
「ことり」
「密やかな結晶」

彼女の物語は とても不思議・・・
コビトカバに乗って 通学する喘息持ちのミーナ。
人間の言葉ではなく 独自の言語を持ち、小鳥のさえずりに 耳を澄ます兄と弟。

徐々に「消滅」が進む島で 記憶を失わない恋人を「記憶狩り」の
秘密警察からかくまう 小説を書く女性。


そして今は 孤独な生まれの少年が バスのなかで暮らすチェスのマスターと出会った。
「猫を抱いて 象と泳ぐ」

物語のすべては ディテールが繊細で 細密で。
まるで映画の脚本のように ひとつ、ひとつの微かな思いや 
何気ない日常の動きにも 作者の敏感な視線と思いの スポットライトが当たる。
まるで舞台のよう・・・

そうやって 丁寧に組み立てられ物語は 魂のとてつもなく深い闇を 厳かに照らす。
静かで優しく、哀しい かすかな光のよう。



私たちが生きる ごく普通の暮らしのなかにも こういう
味わいの感情は、確かに 存在している。

絶望と希望の大波の狭間の すきとおった蒼い泡のように、
救われれようもなく 飛び散ってしまう さまざまな感情。 

結局 自分は 自分以外のものになれないということ。
そのことは 究極に運命的で かつ果てしなく哀しい。

生きていく道というのは 誰もが そのようなものかもしれない。
どんなに自分が さまよう小さな子どものようであっても、
不思議な物語の哀しさや孤独に出会うと、救いさえ ほのみえる気もする。

日常にべったりと張りついた自分の自我も どこかで昇華される気がする。
芳醇なワインに酔うように、小川洋子の世界に酔う。

救いはなくても そのひとときは 癒される。
本を読むということ以上に このような作用を 私に与えてくれるものは
多くはない。   

出会えて よかった。
彼女の物語の錬金術に しばし 我を忘れる。
静かで 深くて 哀しい物語の本を 毎晩開いている、羅針盤を探すように。


私という船は どんな港を目指しているのだろう・・・
by yuko8739 | 2013-04-17 23:24 | 読書 | Trackback | Comments(0)

春の愁い

ときどき、ブログには書けない自分の思いに 圧倒されることがある。

自分のめざすことができない自分が 嫌になる。
どうしてこんな自分なのか・・・

すべきことがわかっていても できない自分が嫌になる。
自分が嫌いになると 次第に こころが固くなる。
自分はすべきこと すべてから 逃げたいのだろうか。

反省がばかりで それに埋もれて がんじがらめになる。
何をすべきか わかっていても なにもできない。

自分自身さえも こうやって不自由なのだから、
ましてや他人を どうこうしたいなんて 思うほうがおかしいのだなあ。

それでも生身の私は おかしいことでも願わずにはいられないし、
おかしいことでも してしまったりする。

後悔しても あとの祭り。
そういう繰り返しに 意味はあるのか、ないのか。

いくら願っても変えられないのだ、自分も 他人も。
淡い 絶望。


自分の体に縛られて 魂はため息をつく。
からだを失ったときには 魂は自由になるの?



どんなに自分というものが 自分の思うとおりにならなくても
多分 生きている限り この自分として 生きていかなくては ならない。

自分が そういう自分として 生きていること。
その哀しさを 孤独を 痛みを ひとり抱きしめる・・・


春の夜に、
泣いているような雨音を 聴きながら。


「恍惚と不安と ふたつ 我にあり」



自分を 超えたい。
by yuko8739 | 2013-04-16 22:22 | | Trackback | Comments(0)