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ゆうゆうタイム

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<   2013年 03月 ( 16 )   > この月の画像一覧

春の仕事

PCの故障から始まった3月も、いよいよもう終わる。
この数日は 毎年恒例の氷割りや雪撒きに追われていた。
鼻アレルギーの私は くしゃみと鼻水で春を実感しているが・・・

家人は「雪は溶ける。無駄な労力は使わない」
非力で椎間板ヘルニアと左ひざの故障を持つ私が、つるはしと
スコップで作業をしている。

家を建てて30年近く、この作業のために自分用の小型のつるはしを
買って用意してある。

我が家は急傾斜の三角屋根で、そこから南面のウッドデッキにも大雪が積もる。
その雪の山をスコップで崩して 平らに ならしていく。

北側の道路沿いには 車庫前の駐車スペースの除雪で積み上げた
ひと冬分の雪の上に 除雪車が積み上げていった雪も重なる。
なかなか春になっても 日が差さない場所なので 溶けない。

この雪を 乾き始めた道路に撒く。
道路は温かいので すぐ雪は溶ける。
それを1日に何度も 何度も 繰り返す。

また、北側の道の4割ほどに雪が固まり、厚い氷になって南極のようだが、
それをつるはしで 割りやすい部分から割っていく。
作業を進めると もう氷の厚さが30cm位になり それ以上はもう割れない。

また時間をおいて 道路の熱で氷が解け始めてから 割りに出る。
つるはしを また振り上げる・・・  
こういう作業が 3月の終わりの私の仕事だ。



春を迎えるための仕事は まだまだある。
雪で隠れていたものが どんどん見え始める。

家の周りの道路にも 冬風が集めた枯草やごみなどを掃いて きれいにする。
ウッドデッキの上のゴミを拾い 枯れ枝や枯葉を片付ける。
車庫や物置の整理整頓も 春と秋の大仕事。

来週は不要な鉢なども片付けて、暖かい日には 漬物の樽を片付けて
洗って 漂泊してから干す予定。これも1日仕事だ。

それでも こういう外仕事ができる時期になって ご近所のみなさんも
うれしそう・・・花好きな女性の家では もう庭仕事を始めている。

4月になれば 我が家は 屋根と外壁の塗装工事が始まる予定。
昨年春にやるはずだったのに 塗装屋さんの都合で1年も伸びてしまった。
今年は 早く日程を決めなくては!!!

こんなふうに、氷を割る音や雪をまく音で 北海道の春は始まる・・・
by yuko8739 | 2013-03-31 11:19 | Trackback | Comments(0)

小川洋子の静けさ

以前 「博士の愛した数式」という映画を観て 感動した。
原作も読み、 小川洋子の静謐で不思議な世界に魅了された。

そして 今私は昨年暮れの川上弘美の本を一巡して 
今 再び小川洋子と出会っている。
彼女の本は まず文体が美しい。(川上弘美もそうだが)
最小限の言葉で 最大の効果をもたらす。

言葉が透き通っていて 余計なものをそぎ取ったような単純明快さ。
その研がれた 少ない言葉からあふれる静けさと 深いけれど淡い感情。
微妙な雰囲気を漂わせる 哀しくも魅力的な人たち。


読み終わったのは 「ミーナの行進」
第42回(2006年)谷崎潤一郎賞受賞
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コビトカバに乗って通学する 喘息持ちの少女ミーナ。
お屋敷に住むドイツ人のお祖母さんと息子一家、
夢のような 上流階級の上品な暮らし。

母子家庭の朋子の母親は ミーナのお母さんと姉妹。
このいとこミーナの屋敷で 母親が仕事のために学校に通う間 
朋子は共に暮らすことになる。

なんて 不思議な物語だろう。
香水と煙草の香り、美しいレースや古い骨董品などに囲まれて。
一流ホテルから料理人を呼んで 食べたこともないディナーを楽しむ贅沢。

そんな夢のようなお屋敷で 読書好きでマッチ箱の物語を紡ぐ、
いとこのミーナと過ごした日々・・・
不思議で美しく 淡い哀しさをたたえながら 物語は紡がれる。
創造という言葉の翼は 静かにそっと 広げられるのだ。

寺田順三さんの挿絵には 目が釘付け!
この本の世界観が 実に見事に 完璧に表現されている。
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読み終わって小川洋子さんが大好きになった私は、続けて今評判の本を買った。
「ことり」、この本は、彼女の12年ぶりとなる待望の書き下ろし長編小説。
半分まで 読み進んだ。

世の片隅で小鳥のさえずりにじっと耳を澄ます兄弟の一生。
図書館司書との淡い恋、鈴虫を小箱に入れて歩く老人、文鳥の耳飾りの少女との出会い...
やさしく切ない会心作。[BookWeb書誌より]~

小川洋子は 1991年に『妊娠カレンダー』で芥川賞を受賞し、
2004年には『博士の愛した数式』で本屋大賞と読売文学賞をダブル受賞した
この本では、「小さき名もないものへの愛」を描こうとしたのではないか。

小川洋子さんという作家は、聴こえない声を聴こうとし、
見えないものを 現わそうとしているような気がする。

以下、小川洋子インタビューから引用
~この世界の片隅に押しやられて、ひっそり生きている人達も、
すごく大事な言葉を 実はささやいている。
それはすごく小さな声なんで、本当に心を静かにして耳をすませないと聞こえてこない、
例えば小鳥のさえずりみたいな...

ですから、自分のすぐそばにこんなに美しい小鳥のさえずりが聞こえているのに、
雑音に邪魔されて聞こえてないっていう日常にまみれている人に、
耳を澄ますような気持でね、
この本を開いていただけたらなって思いますね。~




声高に、大きい声を出さないと 伝わらないこともあるが、
小さな かすかな声にも そっと耳を澄ますと 世界は違ってくるだろう。

そうしながら 魂にふれて通り過ぎるものたちを 私は大事にしたい。

小川洋子さんに 静かで優しい世界を 手渡してもらう、
歓びへの予感に 胸ときめかせて・・

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by yuko8739 | 2013-03-28 22:10 | 読書 | Trackback | Comments(0)

春、見つけた!

昨日 仕事が一段落したので 午後2時過ぎに散歩に出かけた。
隣町の神社の境内に 福寿草が群生する土手があるので、
数日前から 気になっていた。

長い散歩に出かけても もうほっぺたは 寒さで痛くない。
道端の枯葉色の草のなかにも 緑色が混じり始めている。
もう春なんだね・・・君たちは 気が早いなあ。
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家を出て30分、国道沿いの歩道は 高速の車が行きかうので 少し恐かった。
数分で隣町へ入る脇道があり、その道の横に広い公園がある。
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昨年の5月初めには ここにカタクリが見事に咲いていた。
また、春の妖精たちに会える場所・・・
その向かいにある神社に行ってみると まだ小さな蕾だったけれど
確かに福寿草は そこ ここにあった!
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これから もう少し暖かくなったら ここは金色の花のじゅうたんになる。
そのあとは カタクリが群れ咲く。
写真を撮ってからは 恐い国道を通らないで 環状線沿いをずっと歩いた。

風は冷たいが 凍るような冷たさではない。
春の兆しを感じて 凍っていた大地が目覚めはじめている。
雪も残り少なくなって 野鳥たちが 鳴き交わす。

それでも いつまで歩いても なかなか私の町へ登る 山の斜面の道は遠かった。
帰れるかな・・・と少し不安になりながらも 歩き続けるしかない。

やっと宗教法人所有の「カタクリ山」を通る 山道に到着した。
ここに来ると 昔、子どもたちとここで遊んでいて 放し飼いの犬に追いかけられた
嫌な思い出が 必ずよみがえる。
あの時は 死ぬかと思った・・・誰も噛まれずに済んで 運がよかったが。


山の上にある 我が町をめざして登り始めたが、なんと 雪が深い!
ずぼずぼ埋まり、運動靴は夏仕様なので、滑ること、滑ること。
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それでも はぁ はぁ言いながら 上まで登った。
これって まるで「けもの道」?鹿のような足跡もある。

家に到着して歩数を見たら 7400歩あまり。
写真を撮りながらのぶらぶら歩きで 約1時間半。
なかなか楽しい 散歩だった。

明日はコースを変えて 海に下ってみようかな・・・
by yuko8739 | 2013-03-26 10:53 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

トマトの味噌漬けとドーナツ

昨年夏から冬にかけて 隣町の農家 Hさんから無農薬野菜を分けてもらって ずっと食べ続けた。
何を食べても 幸せを感じる とびっきり新鮮なあの味・・・
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秋になって、ハウス内の野菜も終わりかけて、トマトも 赤くならずに
青いままで 枯れそうになっていた。
私は 亡くなった父の好物だった トマトの味噌漬けを作ろうと思った。

私は不要だという青いトマトを4kgほどもらい、塩で下漬けして その後味噌と
ザラメ少しと焼酎で漬けておいた。
前年の手作り味噌が残っていたので、それを使って漬けたので、多分 
とてもおいしいだろうと思っていた。
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昨年は トマトの皮が厚いので 味がしみ込まず あまり味がしなかったが、 
今年になって 食べてみたら 少し塩気は強かったけれど 最高に おいしい!!!
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もったいないので たまにしか食べないが、あつあつのご飯に乗せると、
味噌の香りとトマトのかすかな酸味が たまらない・・・
64歳で亡くなった 父の笑顔を思い出しながら 食べている私。

こういう どこにも売っていない おいしいものを手作りするのが 
私の趣味なのだなあ・・・

忙しい1週間がやっと終わり、日曜日は家族のために 朝からドーナツ生地を仕込み、
家族ランチのために 雲のような ふわふわドーナツを 揚げた。
みんなで おいしいとパクパク!
その後、散歩と昼寝・・・ようやく のんびりと過ごせた私。 
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忙しさのあまり 自然の会の講演会が 頭からすっぽり抜けていた。
でもたまには 家族と自分のために 日曜日丸1日、家にいるのも悪くない。

私が散歩に行っている間に 孫ちゃんたちが 果樹園の帰りに寄って、
残っていたドーナツを 貪るように?食べていったようだ、それもまた よし。

婿は ときどきK果樹園に 通っている。
今の時期、果樹園のリンゴの木の剪定などで出た不要な枝を 薪にするために 
もらいに行っているのだ。 

さて、仕事も終わったし 福寿草を見に隣町まで長い散歩に出かけよう!
by yuko8739 | 2013-03-25 12:37 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

自主上映「東京原発」

この映画は、昨年11月に上映を予定したが、あの暴風の大停電により開始15分で、
上映中止になり、今年は再度上映に挑戦したという いきさつがあった。

監督も来場してくださるのに、チケットの売れ行きが伸びなかったら・・・・などと、
いろんな心配もあったが、それでも 思ったよりも多い入場者数だったと思う。
遠くから 駆けつけてくれた方もいた。


2回目の上映を 観客席で私も観た。
以前は試写会で観ているが、二度目でもゲタゲタ笑えて、ぞくっとする・・・
なんて不思議な映画だろう!
上映後の監督トークも いい感じだった。


この映画のきっかけは「ヒーロー映画」を作りたかったから。
自治体のトップが 強靭な意志を持つ 行動の人なら・・・
ということから発想し どうせなら とてつもないことをやらかしたい。
そういうことから、「東京に原発」というアイディアが浮かんだという。

しかし、原発のことは 誰も 何も 知らない。
インパクトのあるテーマであるためには 原発の真実を 中学生にもわかるように 
説明しなければならない。

それで山川監督は 本屋で原発関係の本を買い、そのことを 簡単に
しかし 正しく説明できるまで 読み漁ったらしい。

「あの頃だって 本屋に行けば 映画に出ているようなことは 
調べられたんだよ。でも だれも知ろうとしなかったわけです。
それが 3・11につながったんですよ。
想定外だなんて ふざけるな!と 僕はTVに怒鳴っていました」



映画が上映された日の大手新聞の記事に「MOX燃料仏から搬入」の記事があった。
MOX燃料とは まさにプルトニウムそのもの。
それを MOX燃料と言い換えても、正体は変わらない。

私たちは日々 このようにソフトな言葉に ついだまされがちだ。
プルトニウムを入れた容器(キャスク)を運ぶトラックは 今も日々 首都高を走っている。
まるで「東京原発」のシナリオのようなことが 今まさに起きているのが 現実なのだ。

上映後の舞台に 大きな拍手が沸いた。
会場から出てくる観客は 頬を紅潮させて 「おもしろかった、ありがとう」
「また、この映画を何度でも観たい」「こんな映画をまた作ってください」
「どきどきしました、こんなにおもしろくて ドキッとする映画もないです」
そんなことをいう方が 多かった。


会場を片付けてから 打ち上げ会に向かった。
もう9時半を回っていたが みなお疲れさまとビールで乾杯!
山川監督は この映画の脚本も書いている。
ノベライズ本は もっとおもしろいよと薦めていた。

ここ10年ほど監督はしていないが シナリオは書いているという。
周防監督や高橋伴明監督、崔陽一監督らと組んで 助監督をしたころの
思い出も 尽きないようだった。

「Shall we ダンス?」の裏話などを とても楽しそうに語った。
本当に 映画を愛している人なのだなあ・・・

この社会派エンターティメントの見事な才能を 
また新しい映画で生かせますように!!!

夜9:30から始まった打ち上げ会が終わって帰宅したら もう夜中の12:00!
12時間以上も スタッフはがんばっている・・・
by yuko8739 | 2013-03-24 19:39 | 映画 | Trackback | Comments(0)

さようなら「最高の離婚」

3月21日 ドラマ「最高の離婚」が終わった。

結婚について、あるいは離婚について 誰かと共に生きるということ、
そのことの愛憎、相克、混沌を 笑いという砂糖をまぶして食べやすく。
 
旬の役者たちのリアルな演技も よかったし。
さすが 坂元裕二の脚本!
結婚と離婚の深層や本質を 見事に描いたドラマだった。

未熟で幼稚な30代の男女の 結婚と破たんを描く「今どき」のドラマだったけれど、
今や未熟さは どの年代の どんな人のなかにも存在する。

だから 年齢に関係なく 結婚している男女は このドラマの主人公や 
多くの登場人物のように、日々滑稽に 「結婚と離婚」を 繰り返しているのだろう。
そうでなくては やっていけないのだと思う。
こころは いつでも いつまでも 同じではない。

相手への憎しみで こころが燃えたぎり、自分まで炎上してしまうこともある。
なんでもない仕草や 空を仰ぐ横顔や うしろ姿の肩のあたりに ふとした 
どうしようもない愛しさを 感じてしまうこともあるだろう。

みな、自分のこころさえ よくわからない。
こころだけは 平凡な日常を離れて ころころと変わり 空を飛んでゆく。

捕まえられない自分のこころだから 誰かを捕まえていたくなるのかな。
そのほうが簡単だからと、灯里(あかり)さんも言っていた。

そういう灯里(あかり)さんの、最終回のなんと安心した笑顔。
自分の本心を 押し殺し、閉じ込めていた頃の孤独や不安から やっと解放された。
あれほど憎んでいた母親とも 穏やかに屈託なくかかわることができる日常を
やっと 手に入れたのですね、よかった!




だれだって 自分のこころと正対するのは 難しい。
こころに傷があるときは なおさら・・・・
自分巡りや自分探しをしても いつまでも見つからない。

でも「相手」という鏡があれば 「自分」は見えやすい。
自分探しは ひとりではできない。
そして 鏡のなかの自分となら 正対できるのではないか。

始めは 隠れていた自分でも そのうちにおずおずと こっちを向いてくれるだろうか。
鏡のなかの自分と 眼と眼が合ったときから 自分の物語が始まるのか・・・



結婚とは 傷つけ合いながらも 自分の知らない自分に会う旅そのもの。 
だから甘くもないし 混沌に迷うし 行方も分からない。
旅の終わりとは どんなことだろう・・・終わりはあるのだろうか。

結婚とは 前よりも少し違う自分に 会えること?
いつか 自分も変わったのかもしれないと 自覚できること?

相手のためではなく 自分のためでもない。
今まで見たことも 味わったこともない「場所」に、いつかは辿り着けるのだろうか・・・



自分を変えていくという勇気さえ持てば すべてを 自分の手のなかに掴めるのかもしれない。
手のなかに掴んだものは 自分の幸せでは ないとしても。
相手の幸せかもしれないけれど それで自分も幸せになれるのかもしれない。
それだって 充分にあり得ること。

だから私たちは目印や地図?が欲しくて ときどき 青空を仰いだり 
星に願ったり するのかな・・・


みつおクン、ゆかチャン よかったね!!!
自分というものから 少し離れると 日常にも「奇跡」は起きるんだね・・・


最終回、1つだけ残念だったのは、あのエンディングダンスがなかったこと。
う~~~ん、残念!!!

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by yuko8739 | 2013-03-23 10:10 | ドラマ | Trackback | Comments(0)

せつない女神Ⅱ

こんな歌詞を見つけた。
歌詞だけでも 中島みゆきは、こんなにすごい!

彼女の言葉(歌詞)には 物語がある。
人が生きて 存在する孤独と哀しみが 物語となり 情景となる。
想像力を刺激する 圧倒的な情景が 浮かび上がる。

歌のひとつひとつが とてもドラマティックだ。
この歌などは 森羅万象 輪廻転生 まるで宮沢賢治の世界・・・

<昔から雨が降ってくる>
昔、僕はこの池のほとりの1本の木だったかもしれない
遠い空へ手を伸ばし続けた やるせない木だったかもしれない
あの雨が降ってくる
僕は思い出す 僕の正体を
昔から降ってくる 懐かしく降ってくる

昔、僕はこの海の1匹の魚だったかもしれない
話しかける声を持とうとした寂しがる魚だったかもしれない
あの雨が降ってくる 僕の正体を
昔から降ってくる 懐かしく降ってくる

昔、大きな恐竜も 小さな恐竜も
あの雨を見あげたろうか 同じ雨にうなだれたのだろうか 
あの雨が降ってくる
昔から降ってくる

昔、僕はこの崖の極みの 一粒の虫だったかもしれない
地平線の森へ歩きだした 疑わない虫だったかもしれない
あの雨が降ってくる
僕は思い出す 僕の正体を
昔から降ってくる なつかしく降ってくる
あの雨が降ってくる
なつかしく降ってくる



そして女のなかにある女性と母性を そのふたつの混沌の真理を歌にすると
こんなふうになるのだろうか。
女である私は ちょっとどきっとして はっとして 
そして 哀しくなった・・・ 


<私の子供になりなさい>
涙を見せてはいけないと 教えられたのね
そんなことない そんなことない そばに誰かいるのか次第
男は女より泣きたいことが多いから
あなたが泣くときは 私は空を見よう
あなたが泣きやめば ふたりで空を見よう
もう愛だとか恋だとか難しくいわないで
わたしの子供になりなさい

誰にもほめてはもらえない石の下の石
そんな日もあるそんな日もある 明日は明日のために来る
男は女には言わないことが多いから
疲れているのなら だまって抱いていよう
おそれているのなら いつまでも抱いていよう
もう愛だとか恋だとかむずかしくいわないで
わたしの子供になりなさい
わたしの子供になりなさい

もう愛だとか恋だとかむずかしくいわないで
わたしの子供になりなさい
わたしの子供になりなさい

by yuko8739 | 2013-03-21 10:36 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

せつない女神

先日、震災から半年後に 宮城でライブを開いた桑田佳祐が
朝日新聞のインタビューに答えて こう言っていた。

「すべての歌は、悲しみがベースになっているんじゃないか」
~悲しみを大声で叫んだものがロックンロールである~
と誰かが言っていましたけど、なるほどな、と思うんです。
悲しいとき、節をつけて叫んでみるとかね、
そういうことが音楽の正体なんじゃないかな」


私も そう思う。
もしかしたら文学も絵画も およそ芸術というのは 悲しみをどのように描くか、
表現するか、それが すべての正体ではないか。

そして悲しみを描きながら、すべての芸術は 不思議なことに 
悲しみを癒す力を 持つ。
そのゆえに 芸術というものは神々しく 奇跡のようなもの。

人の身近に起きた悲しいことは「悲しみ」
その悲しみから少し離れたり 時間が経ったり 何かが終わっても 
かなしさの本質が残る。

生きていると 心の底に降り積もるやるせなさ、切なさ、行き違い
どうにもできない人間の感情、かなしみを こんな言葉で現す女(ひと)がいる。


途に倒れて誰かの名を 呼び続けたことがありますか
人ごとに言うほど 黄昏は優しい人好しじゃありません
別れはいつもついてくる、幸せの後ろをついてくる
あなたは憂いを身につけて 浮かれ町あたりで名をあげる
眠れない私はつれづれに わかれ歌今夜も口ずさむ(わかれ歌)

悲しいですね、人は誰でも 明日流す涙は見えません

故郷へ向かう最終に乗れる人は急ぎなさいと 
優しい 優しい声の駅長が 町なかに叫ぶ
ふりむけば空色の汽車は 今ドアは閉まりかけて  
明かり灯る窓の中では 帰り人が笑う
走り出せば 間に合うだろう
飾り荷物を振り捨てて 町に 町に 挨拶を
振り向けば ドアは閉まる(ホームにて)

私の帰る家は あなたの声のする街角 冬の雨に打たれて 
あなたの足音を探すのよ、
あなたの帰る家は 私を忘れたい街角 
肩を抱いているのは 私と似ていない長い髪

こころが街角で泣いている ひとりは嫌いだとすねる
ひとり上手と呼ばないで 
こころだけ連れてゆかないで
私を置いてゆかないで
ひとりが好きなわけじゃないのよ

雨のように素直に あの人と私は流れて 雨のように愛して 
さよならの海へ流れてゆく
(ひとり上手)

夜は浅く 逃げる者には 足跡だらけの月明かり
比べるものが悲しいものも この世にあると 月明かり

風は走る 風は走る 今来た道を抱き寄せる
 
悲しみをひとひら かじるごとに子どもは、 
悲しいと言えない大人に育つ
(誘惑)

ふられ ふられて溜息つけば 町は夕暮れ 人並み模様
子守唄など歌われたくて とぎれとぎれのひとり唄歌う
明日は案外うまくいくだろ 慣れてしまえば 慣れたなら
杏(あんず)村から 便りが届く
昨日おまえの誕生日だったよ
(杏村から)

眠り薬をください、私にも、子どもの国へ 帰れるくらい
私は早くここを去りたい できるなら鳥になって

僕はどこへ行くの 夢を泳いで 夢を見ない国を訪ねて

今誰もいない夜の海を 砂の船が行く


こんな宝石のような詩を書く人、その人の名は中島みゆき。
昭和の歌姫として 永く 永く歌い続けている人。
彼女の歌を真剣に聴くようになった今 すごい言葉を紡ぐ人だと驚いている。

そして星のようにまたたくその言葉が 最も美しくfitするメロディを
自ら選んでいる、まさに天才から生まれた、というしかない歌の数々・・・


ずっとジョージ・ウインストンのピアノを聴いていたが、
今は ときどき中島みゆきの切ない歌詞に胸を打たれて なかなか離れられない。
口ずさめる歌は とても心地よい。

それもすべて名曲中の名曲、それも激しい歌ではなく 私の好みの
優しく切なく美しい彼女の唄ばかりを いとこが蒐めてくれたおかげだ。

彼女は 私とほぼ同じ年代で 北海道出身、故郷がいっしょだと
いうことは なんともいえないつながりを感じる。 
まるで 雪の匂いのするこころとからだを 持っているような・・・

彼女の詩(歌詞)については さまざまな人が熱狂し、
本を書いているほど。
なんて魅力的なのだろう・・・この哀しみは。

まさに中島みゆきという歌い手は 哀しみに言葉を与え
メロディとドラマを与える 稀代の魔法使い・・・


そして 哀しい人は 深い人。

足りない人は 与える人・・・
by yuko8739 | 2013-03-19 23:46 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

デジいちget!

数年前から 憧れだったデジタル一眼レフカメラを 
具体の形に選ぶまで どれほどの年月がかかったことだろう!

思えば 優柔不断な私は 時間があればあるほど悩み。
リコーCX1は、何も考えずに1cmまで接写できるし。
光をうまくとらえると 我ながら なかなかすてきな写真も撮れた。
しかし、いつもやりきれない思いがあった。

「なぜ写真は 眼で見たようには 写らないの!」
コンパクトデジカメという機械の限界と人間の眼のすごさの違いを いつも感じてしまう私。

しだいに こう思うようになった。
「自分の眼で見たような写真を 撮りたい」と。

若いころはカメラ狂いで 昔は狭い社宅のなかに暗室を作り 現像もしていた父。
朝日新聞の写真コンテスト?で入賞したこともある。
祖母が角巻きのなかに小さな私を包んで、降る雪を見つめている写真だ。

なかなか風情のある いい写真だと思う。
そんな父の血を 受け継いでいることを どこかで願っている私は だからカメラに
惹かれるのかなあ・・・


一眼レフカメラを欲しいと感じて もう何年が過ぎたことだろう・・・
ときどき発作のように カメラを調べたり、価格も調べたり。
netの評判を 長々と読みふけったり。

超初心者なので レンズはどうする?
私が写したいのは なに?
どれを選べばいいの?
どのレンズが どう写るの?

Nikon D90という名機に憧れたが、非力で手が小さい初心者の私には 使いこなせそうもない。 
とにかく小型で 軽いタイプを選ぼうと思った。
そう思いながらも 買っても使いこなせなかったら どうしよう・・・などなど、うじうじと思い悩み。 

なにせ、初心者はカメラ言語からして チンプンカンプン。
被写界深度って なに!
露出は 絞りとシャッター速度で決まる。
絞りが小さいほど 私の好きな「背景ぼけ」の写真になるって?

昔、昔に買ったNHKの「デジタル一眼レフ撮影術入門」という本を
再度引っ張り出して・・・またレンズで悩み。

昨年暮れに 新しく本も買った。
私のブログのお気に入りに登録している「今夜もeat it」のカメラマンの方が書いた本。
~「デジタル一眼レフ」手軽できれいなテーブルフォトの撮り方教えます~


この手に Nikonを持てば どうにかなるかな・・・とやけくそになり。
買おうと思った昨年12月初めに 運悪く治らない風邪で カメラのことは またぶっ飛んだ。


そして、たまたま先週、仕事の帰りに立ち寄ったK電気で 
私の欲しいNikonが 格安セットで販売されているのを発見!

なになに、パンフに出ていた標準レンズがついて カメラバックがついて、
SDカードもついて、液晶の保護フィルム付きだって?

それでK電気のnet価格と同じ、5万円弱だった。
なに、型落ちといえども これはいいんじゃないの。
価格comで 安い店を探していたけど ここで いいんじゃないの?

ようし、女は度胸!
おばさんだって やっちゃうよ~~~というわけで 私も。

小型のNikonですが・・・
多分 使いこなせるまでは 時間もかかるだろう。
手軽なリコーCX4に つい手は伸びてしまうかも。

でも、おばさんにだって「わくわく どきどき」は必要なのです。

そんで、私買っちゃいます!
明日3月吉日から、私もNikonユーザーで~~~す!
by yuko8739 | 2013-03-16 20:57 | カメラ | Trackback | Comments(0)

映画「福島 六ヶ所 未来への伝言」

大震災と原発事故から2年め 3・11の前日、3月10日に、
写真家 島田恵さんが初監督をした映画「福島 六ヶ所 未来への伝言」の上映が行われた。
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彼女は 青森県六ヶ所村に20数年間通い、12年間住み続けた。
そこは 全国から原発の使用済み核燃料が運ばれる場所。
再処理工場が本格稼働すれば 原発が1年で放出する放射能を、1日で放出するといわれている。


この再処理工場をめぐる人々の暮らしに寄り添いながら カメラマンとして六ヶ所村の人々を
活写してきたのが 島田恵さんだ。
写真を写すだけではない。

村の人々と同じように この村で農作業や郵便配達をしながら、彼女は生計を立ててきた。
チェルノブイリ事故のあとで 島田さんは青森県六ケ所村の使用済み核燃料の問題を
取材するために ついに村に移り住んだのだ。

「六ヶ所村を最も長く取材した人」として知られている、その島田恵さんが初めて映画を作った。
六ヶ所村の映画を撮影していたその時に あの地震が起きた。
その後、地震や原発事故のショックで 茫然自失。
何も手につかない日々。

しかし、自問しながらも自分の使命を再確認し 福島の人々の苦悩を撮影して
この映画ができたのだという。

私はこの映画を観て 何度も胸にこみ上げた。
故郷を失い、生業(なりわい)としていた仕事を失う。
それは どういうことか。

故郷では 子どもを外で遊ばせることもできない。
子どものために安全な地方に避難する母と子、夫や父親と遠く離れて。
それは どういうことか。

故郷か それとも安全な場所か 暮らしはどうなるのか。
からだを引き裂かれるような 苦しみだろうと思う。
どうやって どちらかを選ぶのだ。

すべてを与えてくれた ふるさと。
なのに、今 すべてを奪うふるさと・・・



六ヶ所村で 再処理工場の誘致の際に 果敢に反対運動をした六ヶ所村の漁師は 今言う。
「みな、わずかな金に丸め込まれたのよ、はした金にな、」

今、父と子は頑強な体で漁に出て 丸々としたマダラを獲っても 
すぐ 海に捨てなければならない。
海は 福島に続いている。
マダラは放射能に 汚染されている。


ああ、国の施策がどうしても間違いだとわかっていても 
国民は なにもできないものなのだろうか。
すべて金がからむ施策が 貧しい地方では必要悪だというのか。

いったんことが起きると命も、故郷も、仕事や仲間など、
その地域の価値あるものを、すべてを失うのだとしても? 
人間が生きるとは こういうことのためではない。

これは また ひとつの国だけの問題ではない。
今も福島原発から出続ける放射能が この地球を汚染し続けている。


島田恵さんの訴えたいことが あふれるように胸に響いた映画だった。
この映画を作ってくださって ありがとう。

そしてこの映画の冒頭に流れた唄が 強く 深く私の胸に響いた。
これは映画の支援者でもある、加藤登紀子さんの唄だ。 


~今どこにいますか~
今どこにいますか
寒くはないですか
おなかは すいてませんか
眠る場所は ありますか

誰かと手を つないでますか
暖かな火は ありますか
誰かを胸に 抱いてますか
青い空を 見上げてますか

大きな悲しみは 嵐のように突然訪れるけど
夢じゃない 何もかも本当のことだから

今日1日を 生き抜きましたね
明日のために 眠りましょう
かなしみはあなたの胸で 大きな愛に変わるでしょう

できるだけのことをして
それでも足りなくて
悔しさに泣けてくる
どうしようもないことばかり
地団太踏みながら

泣きたければ 泣けばいい
大きな声で 歌えばいい
みんなで笑い合えばいい
子どものように 転げまわろう

明日は来る
必ず来る
太陽はまわってる
できることを ひとつずつ
またひとつ つみあげて

泣きたければ 泣けばいい
大きな声で 歌えばいい
みんなで笑い合えばいい
子どものようにころげまわろう


私は 泣いた。何度もその歌詞に 泣いた。 
島田さんは 上映後に語った。
「私たちは子どもたちに命のバトンを渡すことができるのでしょうか・・・」


打ち上げの会で 島田さんの素顔に触れた。
明るくて率直で 楽しい女性だった。
私たちは大いに盛り上がり 大事なことを続けようと言いあった。
諦めないことを 誓い合った。

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ドキュメンタリー映画
「福島 六ヶ所 未来への伝言」
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              口座名 六ヶ所みらい映画プロジェクト 
by yuko8739 | 2013-03-14 21:19 | 映画 | Trackback | Comments(0)