人気ブログランキング |

ゆうゆうタイム

yukotime.exblog.jp
ブログトップ

<   2013年 01月 ( 16 )   > この月の画像一覧

聴くということ

この数年、傾聴ボランティアという言葉を よく聞くようになった。
例えば 老人施設で。病院のなかで。

学校で。
被災地で。

心理的な問題を抱えている人にとっては、傾聴してもらうことには 深い意味がある。
自分のあるがままを 聴いてもらうことで 自分の奥深い感情に気づいたり 
新しい道に 踏み出せたりするだろう。



しかし、ごく普通に生きている ごく普通の人にとっても、
生きることは ときに困難で 苦しく 寂しくて 悲しい・・・

長く落ち込んだり、暗闇から抜け出せなかったり 
大きな葛藤を抱えたりすることも ある。


つまり誰にとっても 生きている限り 誰かにしっかりと聴いてもらうことは
とても大切で必要だな行為だと 感じる。

生きることが困難に思えるときに、自分の話に耳を傾けてもらえたら、
生きることの荷も軽くなり、背負いやすくなるだろう。

聴いてもらえるという行為は 聴く人がいるから可能になる。
自分が聴いてもらえる幸せを理解できるなら それで助かると思うなら、
自分も聴く人に ならなくては・・・
育ちあう人間関係とは そういうことではないか。



しかし それは簡単なことではない。
私は 学校教育のなかでも ディスカッションと同じように 聴き合うという機会を 
子どものうちから 体験させるべきではないかと感じる。

つまり小さいころから カウンセリングの基本を 体験と共に学ぶことは 
大人になる前も 大人になってからも 人と人の関係に悩むときの手助けに 
ならないだろうか。

今の若者の苦しみは 自分と他者とのコミュニケーション能力の不足に
起因することも多いのではないか・・・
携帯やスマホ、ゲーム文化は 目の前で息をしている人間を相手にしない。

国語や算数などの学習も大切なことなら、他人と共に生きるということの
カウンセリング的な知恵や原則を知ることも 生きるための基本的な学びになると思う。
私は 暮らしのなかに「カウンセリングマインド」を生かすことが
とても必要なことだと 感じている。


カウンセリングという言葉は一般的になったが、案外簡単なようでも、
『相手の話が終わるまでは 黙って聴く』
このことだけでも 実際に自分でやってみると、かなり難しいことだと 気づくだろう。

ほとんどの人は 誰かが切実な話をしていても 途中でこんなふうに言ってしまいがちだ。
「私の場合は・・・」
「私は、こう思うの」・・・  ・・・
「わかった、わかった、そのときに こう感じたんでしょ」
「そんなふうに思わないほうがいいのでは?」

これでは 話す人にとって 不快感しかない。
傾聴というのは 一般的なおしゃべりではない。

聴くべき人が聴かないで 自分のことを語りはじめたり、感情を述べたり、
批判をしたりすると、話す人にとって それはまったく意味がなくなってしまう。
 
話し始めた人は、あくまで主人公だ。
敬意を払いながら その人だけの大事な話を聴かせてもらうという形でないと、
カウンセリング的な傾聴は 成立しない。

話す人を「傾聴」するためには 聴く人の感情は横に置いておくか、後回しにすべき。
そうでないと 話す人は 自分の物語を完成できなくなってしまう。

感情を 話せなくなって(=放せなくなって)しまう。 
多分 自分の物語に いきなり幕を下ろされるような気がするだろう。
~まだ、終わっていないのに・・・~



そして 聴くときに なにより大切なことは、
『話す人が語る事柄ではなく その感情に寄り添う』ということ。
語る人が自分の感情を表わしたら、同じ言葉で返すのが肝心だ。

「混乱して 葛藤が起きて どうしていいのかわからなくなった」
「そう、ふたつの気持ちがあって、混乱したのですね・・・」

「すごく悲しくて たまらなかった」
「たまらないほど、悲しかったのですね・・・」

単なるおうむ返しに思えても、言葉は無敵で 最強なのだ。
自分が語った言葉どおりに 相手に返してもらうと わかってもらった、
聴いてくれた、と感じて 深い満足が 生まれる。

その満足は安心感となり、ひとりでは歩めなかった 心の深い場所まで行けたり 
新しいことを見つけたりする魂のエネルギーになる。
別の感じ方を獲得して、思ってもみなかった意識の転換さえ 始まる。

つまり「自分の問いに 自分で答えられる」ように なるのだ。
そのことが起きたことの意味も あとで分かるようになる。

人には 人が要る。

自分ひとりでは 自分に成れない。
自分を写す鏡がなければ 自分の姿は 見えない。

そして 私たちは聴いてもらったり 聴かせてもらったりすることで、
自分の世界が高く 広く 深くなって 死ぬまで 変わっていける。

人は最後まで学び続け 自由に飛び続ける。 


私にとっては そのことこそ 生きるということの真実・・・
つまり 人生の意味だと思える。
by yuko8739 | 2013-01-30 10:02 | | Trackback | Comments(0)

風力発電の闇Ⅱ

その2
結局、使えない電力?を生み出すために 企業が膨大な費用をかけて建築や増設を
推進するのは、昨年7月1日から「再生可能エネルギーの固定価格買取制度」が始まったから。

このことの目的は、ほとんど使えない?電力の普及・拡大と、産業の育成を後押しするため。
つまり、全国民が支払う電気料金は、そのために課金されている。

日本政府は昨年7月から「自然エネルギー買い取り制度」という制度を作り、
自然エネルギーからの電力を 電力会社が高価格で買い取ることになった。

国民全てが支払う毎月の電気料金に 上乗せした金額は、
我が家では114円だが、この総額は いったいどれくらいになるのだろう・・・



環境破壊という点では 自然や景観の破壊も深刻だ。
そして、低周波による健康被害も各地で 報告されている。

騒音と振動、低周波音、乱気流(後方乱気流)、ストロボ効果などが
主な現象で、世界共通の被害。
「風力発電機症候群」という病名があるほど。

睡眠障害、睡眠遮断、頭痛、耳鳴り、めまい、吐き気、カスミ目、頻脈、
集中力・記憶力の異常、ストレス、胃腸障害、高血圧症、心臓血管の病気、
パニック発作など・・・


これまでのデータで判断しても、この地域に30基もの風車建設は
地域生態系に大きな深刻な影響を及ぼし、野鳥の渡りの中継地(E半島)と
関わる重要なルートを 遮断することになるという。

周辺には 私の住む人口密集地H町があり、学校、病院、老人施設もあり、
健康への影響が懸念される。
また、そばには大規模な養鶏業もあり、周辺の畜産にも悪影響が予想される。

自然再生エネルギーの美名のもとに、環境破壊を許してはならない。

環境諸法の理念に従って、その建設影響を科学的に把握し、
正しい情報を開示して 市民や周辺の住民にも、その是非を問うべきだと私は思う。
市のHPに ずさんな計画書を掲載して 済む話ではない。



この風力発電増設計画に関しては、私は反対運動に加わろうと思う。
Sさんの講演を聞いて そう決めた。


(講演資料などから引用あり)
by yuko8739 | 2013-01-29 12:38 | 社会 | Trackback | Comments(0)

風力発電の闇Ⅰ

先週末には自主上映の映画の会(新年会)があって、市内のコミュニティスペースを会場にして 
会代表のTさんの娘で イタリア料理講師のN子さんが、その腕を振るった。

2種のパスタやサラダ、ペンネ、鶏肉のソテーなど、どれもおいしい料理とビールやワインで、
今年の上映について話し合いながら歓談。
帰りに同じ町の仲良し3人で わが家に寄って、深夜過ぎまで盛り上がった・・・

翌日はF文庫の美術講座、「版画家 吉田博」について。
知識の泉があふれんばかりの講師のYさんの話は縦横無尽、自由奔放、
世界中を時間旅行するような 知的興奮を感じる。
おもしろくて、楽しい!

今、欧米では 北斎よりも高い評価?との版画家、吉田博の版画は 
同じ版木を使って違う絵にするなど、彼独自のユニークなやり方は、
世界初のスタイルだという、すごい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そして日曜は自然の会の勉強会「風力発電」についての講演が、
実に興味深かった。

講師は野鳥の会のFさんで、2時間余りのお話は ひと言も
聞き漏らしたくないほどの 内容の濃さで、私は集中して メモを取った。

私の住む町のすぐそばに 隣町の風力発電5基が現在稼働している。
それを 今後は25基にする増設計画があり、この講演はそのことに関しての講演だった。

他人事ではない。
私の散歩道からよく見える この風力発電にいちばん近いのは 隣町や私の町。
公害の不安や心配もあり、とても無関心ではいられない。



今、原発に代わる電力ということで 自然エネルギーを利用した発電は、
政府の助成金制度から ふんだんな恩恵を受けて、日本各地で建設が推進されている。

しかし風力発電が エコで無害だというイメージで増えていくのは
とんでもないことだと この講演で強く感じた。
 
「風力発電」というものの科学的な解説から始まり、 
その後、周辺での野鳥などの実際の環境に対する悪影響のひとつひとつを
実証的に検証して 間違いのない判断をしようとするSさんの講演は すばらしかった。


風力発電の真実とは・・・

①風力が適正範囲内でなければ 発電しない。
年間を通じて 安定して発電をするものではない。
暴風だと 危険回避のために回転を止める。

②現状は電力系統の誤差の範囲内での送電。電力会社は風の強い日は
火力発電の出力を下げるのではなく 風力からの送電を停止する。

③強風(25m以上)では自動的に、ブレード(羽根)の回転が停止するが、
暴風雨で停電になると、自動制御装置が働かず、回転が過剰になり 倒壊事故が起きる。

④風力発電や太陽光発電の場合は、厳密な電圧管理装置や特殊な蓄電装置が
必要だが、現在時点では、莫大な設備投資や構造改革などが追いつかず、
解決できない科学的な問題が多い。


Sさんは 風力発電拡張計画の経緯を 説明した。
昨年10月からは環境省の改正環境評価法が成立したこと。

この風力発電の25基増設計画は、何の説明もなく いかにも唐突な方法で、
市のHPに掲載されたことが 発端だったこと。

建設会社と野鳥の会支部のメンバーは、会議や打ち合わせを重ねてきたが、
その内容は極めて不十分で、客観的な環境影響評価書には ほど遠い。

建設会社から提示された 環境影響評価準備書はずさんで、
風車建設容認が前提の内容だったこと。

そういう経過のなかで 会社側が野鳥調査を実施しないということで、
同会は独自に 昨年9月13日から27日間、建設予定地周辺で
調査を実施し、報告書を作成した。

膨大な時間と多くのボランティアの協力により、この地帯が、
驚くほど豊かな生態系の貴重な区域だということが、明らかになった。



この期間に 目視された野鳥の総数は 47513羽。
オオタカやハヤブサなどの猛禽類 845羽。
その他の小鳥類は 45885羽など。

地図上に示した図面では 建設予定地は 猛禽類と小鳥の渡りの
コースが ちょうど交差する地域となっている。

Sさんは、絶滅危惧種の猛禽類オオタカがこれほど多数目視できるのは、
稀に見る野鳥の宝庫で、繁殖地であり、狩場でもある重要な場所だという。

続く
by yuko8739 | 2013-01-28 23:46 | 社会 | Trackback | Comments(0)

和菓子と花瓶

大好きな和菓子屋さんの店先に 桜餅とうぐいす餅が並んでいた。
雪に埋もれる毎日だが ひと足先の季節に こころは飛んでいく。
その色、その形が 自分のなかの春のこころを 目覚めさせてくれる。

桜色のもち米の 艶やかさ。
うぐいす餅の なめらかさ。
惜しみつつ それを食すと あずきが香り、口福(こうふく)とは まさにこのこと・・・
c0204725_9542734.jpg



今月は 思いがけない出会いで 花瓶たちが わが家に加わった。
花屋さんで買った花瓶。
c0204725_9554092.jpg


仕事で行ったコミュニティ施設のショップコーナーで ひとめぼれした花瓶。
花を活けずに ただ 眺めているだけでも どれもすてき。
c0204725_9562129.jpg

c0204725_9564815.jpg


高価なものでなくても 好きなものを身の回りに置いて 暮らしたいなあ。
こういうものを見つけて どきっとするのもいい気分。

日常の暮らしのなかの ささやかな幸せ・・・
by yuko8739 | 2013-01-25 09:58 | | Trackback | Comments(0)

冬の散歩

冬の散歩に出かけるようになったら いろいろと楽しい発見がある。
お馴染みのヒヨドリやゴジュウカラのほかにも コツコツと木をつつく、
縞模様がチャーミングでおしゃれな コゲラとも遭遇。
c0204725_7492850.jpg

冬空の思いもかけない青さのなかに 透き通った月が ふわりと浮かび。
向田邦子さん、「大根の月」ですよ・・・
c0204725_7463967.jpg


遠くには 頂上付近に雪を抱く山々のすそ野が ゆるく広がっている。
一カ月以上も続いた 辛い真冬日が終わり ようやくいつもの気温に戻った。
c0204725_747150.jpg

誰の足跡もない公園の雪原をこいで 自分の足跡の曲線を 振り返るのは楽しい。
怪我のために 一生不自由になった膝でも 雪深い場所をはぁ、はぁと息をきらして
早足で歩くのは いい気持ち、まるでキタキツネになったみたいで。
うっすらと 汗ばむからだが心地よい。
c0204725_7472957.jpg

c0204725_748392.jpg


南向きの土手には もう 雑草の緑色がちらほら。
もうすぐ 春になるよ、うれしいなあ、と小さな声が 聞えるみたい。
1月の北海道の雪のなかからも 春の息吹きが すでに生まれている。



ずっとこの町で 生きてきた。
よそは知らない。
海の見えるこの高台の町で 風に吹かれながら また生きていく。

ちがう景色は見なかったけれど 旅にも そんなに出なかったけれど。
私はこの景色と共に ここで生きて 死んでゆく。 

周りを絶景の海で囲まれた 坂の多い小さな町は こよなく愛すべき場所。
自然と命を育む  私の美しいゆりかご・・・
c0204725_748449.jpg

c0204725_749670.jpg




悦びも哀しみも 身の内に大切に抱きながら 
この地で 春の光に向かって また歩き出す。
by yuko8739 | 2013-01-24 11:04 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

こころはきずつく

ほんとうに にんげんのこころは やわらかいのだなあ

どんなことも こえてきて 
たいがいのことには へこたれないけど
なんさいになっても にんげんがふるびても きずはつくのだなあ

ちょっとした むじゃきなひとことに
たあいのない めーるのいちぎょうにも
ときには ことばがないことにも

そんなつもりでないのは わかっていても 
いたいよ、とこころは たやすく きずついてしまう

みずのはいった ふうせんだまのように 
はりのひとさしで こころのふうせんは はれつする

ちがうこころをもつ にんげんどうしだから しかたがないとしても
どれだけふかく こまやかなこころくばりを していても 
わたしもきっと はりをさす

さして いる・・・

かなしい にんげん
にんげんは、かなしい いきもの



でもそれでも やぶれたこころは だれかのてあてで またよみがえる
いやされて あたためられて さいせいするために 
こころのきずは あるのかな・・・ 

ひととひとが ふかくつながるために 
こころのきずにも いみが あるとしたら



そうおもうだけで こころのきずは いたくなくなるような

ふうせんは われないような

わたしは わたしだからいいと おもえるような


そんなきもするから ふしぎで・・・




ひとのかなしみに けいいをはらうにんげんに
わたしは なりたい・・・
by yuko8739 | 2013-01-20 13:09 | | Trackback | Comments(0)

娘の引っ越し

早起きの夫は8時過ぎに 娘のアパートへ。
食事担当の私は 赤飯を蒸かし 2日がかりで煮込んだおでんを煮返し、
鶏手羽元のから揚げや ブロッコリーのサラダ、3種の漬物と煮豆など、
お祝いメニューを持って 娘の新居へ。

昼には 孫たちだけがいて まだ引っ越し屋さんは 到着していなかった。
お腹が空いたという孫たちに 持参した引っ越しランチを食べさせた。
その後 家に戻ってひと休みするという夫もやってきて 昼食を食べ、
婿も急いで赤飯などを食べ 3時にアパートで管理人の立会いに出かけた。
c0204725_0374275.jpg

c0204725_0382820.jpg



2時半ごろから 引越し屋さんも到着。
部屋の養生等をしてから 玄関を開けっ放しにして 荷物の搬入開始。
娘も しばらくして仕事から帰宅したが、とにかくすごい荷物・・・
果てしなく運ばれる荷物の山に ただ、ただ ため息。
c0204725_0392514.jpg

c0204725_0413757.jpg


でも やるしかない・・・荷物の搬入には、5人ほどの人手で3時間かかった。
2階やロフトは あとにして まずはじめは台所。
冷蔵庫も到着したので クーラーに一時保存した食品を 次々にしまって行く。

こんなに収納場所があるキッチンにも どんどんモノが吸い込まれていく・・・
それでも まだまだ 引越し屋さんの移動は続く。
 
いくら薪ストーブの家だとしても、-5度の厳寒の真冬日に
玄関や居間の地下収納を 開けっ放しにしての引っ越しは 寒いこと!
寒さに弱い私は 真冬日の引っ越しは すごく辛いなあと実感。

夕方になって 家から戻った夫が 手伝いを始めた。
6時頃に 全ての荷物を運び終えて 業者さんが引き上げていった。

その後は 空いた段ボール箱をたたみ、どうにか座れる場所をつくって やっと夕食。
引っ越しのお祝いにと、建設会社のSさんが持ってきてくれた 手打ち蕎麦を茹で、
赤飯や薪ストーブで温めたおでんなどで 引っ越し祝いをした。
c0204725_0433056.jpg


冷酒で乾杯!新築おめでとう!いい家が建って よかったね! 
薪ストーブでだいじょうぶか、と内心心配していた家人も、
「薪ストーブって ずいぶんあったかいんだなあ」と うれしそう。
c0204725_0444452.jpg


お祝いの冷酒で 婿と乾杯!ほろ酔い気分で帰宅した私・・・
引越しが どうにか終わって よかった、よかった。

アパートの掃除も手伝うよ~~~!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

翌日、娘は出勤なので、9時半ごろに小型の石油ストーブを持参して
掃除名人の妹と アパートの掃除に出かけた。
油汚れの強い 台所レンジ周辺や換気扇、湯沸かし器などを 
妹はさっぱりと きれいにしてくれた。

私は台所の壁、居間の壁を拭き、浴室のドアや壁などを 掃除した。
夫も来て 掃除機をかけたりしてくれたし、婿もゴミなどを片付けて 
最後に 浴室の高い棚や壁を拭いて きれいにした。

掃除に集中していたら あっという間に昼になり 冬休みが終わった孫たちは 
3学期になり初登校から 真っ赤なほっぺたで帰宅。

外は最高気温がマイナス5度、夜はマイナス8度とか。
雪も降っていて 掃除が一段落したので 妹は帰り 婿と孫と私は新居に行き、
おいしいお弁当を買って 4人でランチ。

私はまた 台所を片付け始めたが、3時を過ぎたら また疲れがピークに。

2日間、夢にうなされる?くらいに 私がやらなければ、と思ってがんばった。
娘がずっと仕事で休めないことで どうにか 母として娘を助けたかったのかもしれない。

とにかく ハードな数日だった。

これからは 極力「モノ」を減らしながら 「我が家」での暮らしを 堪能しなさい。

家は「手入れ」が必要です。

人の手をかけないと 家はすさんでしまう。

人も 家も 手をかけることが大切。

手をかけるということは 愛情をかけるということ・・・

家族を守ってくれる家を 大事に守って 暮らしなさい。


新居完成、おめでとう!末永く 幸せに・・・

(そうた、はな、ロフトで冬の星座観察しよう!ついでにUFO探しもね!)


c0204725_047116.jpg


c0204725_0472215.jpg

c0204725_0463484.jpg

ぼくたちも 引っ越したよ~
c0204725_0574086.jpg


by yuko8739 | 2013-01-18 23:53 | 家族・親族 | Trackback | Comments(0)

引越し準備

娘のアパートでは 荷づくりが始まっっている。
4部屋のアパートだが、とにかく荷物が多い、つまりモノが多いということ。

私が新築の家に引越しをした頃に比べて 荷物の量は数倍あるのでは。
ちょっと呆然としながらも 私は時代の変化を そういうことからも 実感していた・・・

台所で 食器棚を片付けながら その寒さにも驚いた。
海風が直接当たる北西の台所や浴室には 居間のストーブの温かさがなかなか来ない。
開口部分の半分に 壁があるせいだろうか・・・
c0204725_8331276.jpg

c0204725_8333650.jpg



娘一家は真冬の海からの強風を受けながら こういう寒さのアパートで 
3度の冬を越してきたのか・・・
浴室のボイラーが凍結して使えなくなり 取り換えたこともあった。

これなら どんなに暖かい家が 欲しかったろうなあ・・・
そんなことを感じながら 食器類を詰めていった。

昼ご飯は すぐそばの新居に行って
「もう、あのアパートに 帰りたくないね~~~」
「何もない家は きれいでいいよね!」
と言いながら、快適な広い居間で おむすびランチ。
c0204725_8341641.jpg

婿は車の免許の講習で隣町に出かけ 娘は風邪のために病院に出かけ、
残ったのはマゴふたりと私だけ。

3人で せっせと荷造りに励んだ。
腕力が異様に強い怪力の孫たちは 荷詰めした段ボール箱を 
どんどん積み上げ、ばぁばは 降参・・・
c0204725_8345977.jpg

あっという間に 段ボール箱は山となり、外は薄暗くなってきた。
疲れが じわじわとやって来たので、私は5時前ごろに 孫を残して帰宅。




台所のものは ほとんど荷詰めしたので 娘は食事の支度は不可能だ。
夕ご飯を食べようか?と 誘ったらやってきて 6人で楽しく鍋を囲んだ。

娘は連日勤務で 引っ越し当日も休めない。
だが 婿が張り切ってがんばるだろう。

おめでたい新居への引っ越しの日は、婿と孫たちのために、赤飯を蒸かし、
おでんや鶏のから揚げを作って 昼には届けようと思っている。

娘はその日は 2時までの勤務だ。
さて、寒~~~いアパートで過ごすのは もう終わり。



これからは 薪ストーブの暖かい家が 待っている!

c0204725_8394274.jpg


君たちも引っ越しだよ~
c0204725_8395767.jpg

by yuko8739 | 2013-01-17 08:25 | 家族・親族 | Trackback | Comments(0)

Mさん退院おめでとう

Mさん、8時間以上もの大手術から すでに60日が経ったのですね・・・

最初の辛い、辛い30日が過ぎて からだの回復を少しづつ 
感じることができたのが、次の30日間だったでしょうか・・・

Mさん夫婦は 自宅の居間に 音楽を聴くための機器を希望したので、
日にちを段取りして、私は音楽の喜びを「宅配」する、いとこのS・Kさんを連れて 
この日は Mさん宅を訪問することになっていた。


行く前にHさん宅に寄り 焼いたスポンジ生地に、生クリームなどで
飾りつけなどをして おやつのキャラメル風味のロールケーキが完成。
窓からアカゲラを激写したり、野鳥の楽園は 眺望もよくてやっぱり居心地がいい。
c0204725_9313486.jpg

c0204725_9315711.jpg


c0204725_932118.jpg


午後から音響機器のチェックに来たSちゃんとHさん夫婦と4人で、Mさん宅へ向かった。
シニア6人が集い Mさんの家の居間で さまざまな音楽を さまざまな機器で聴き比べた。



この日のために、 Mさんのために退院祝いのアレンジの花を頼んでおいて持参。
事前に 大好きなフローリストに メールの長い文章でMさんのことを
詳しく説明して 手術成功と退院のお祝いの花を お願いしてあった。

前日に花を受け取りに行った私は 驚いた。
そのアレンジメントフラワーは 自然派のMさんにぴったり。
自然の風情もあり、春へ向かう希望や夢もあって・・・

Mさんは、庭の花たちにも似た 自然な花のアレンジにとても感動したようだ。
「私、人生で初めて!こんなに すてきな花をもらったのは。
どうして私の好きな花が わかるの!」と喜びいっぱいの笑顔。
c0204725_9501019.jpg


花を贈った私とHさんは、とても幸せだった。
長々と Mさんのことを説明したから、きっと それが
花屋さんのこころに届いて 響いて すてきな花になったのだろう。
c0204725_9502778.jpg


Mさんの癒しになり、からだとこころの回復に役立ちますように。
そう考えて いとこのSちゃんは さまざまな機器と音楽を用意してくれた。
なんと優しく 音楽は 空間を満たしたことだろう・・・
c0204725_935364.jpg
 
c0204725_9361848.jpg


c0204725_9365099.jpg

それを聴くMさんの顔が柔らぎ こころがなごむ感じが 伝わってきた。
音のない世界と 音のある世界は こんなにも違うのだろうか、
そのことを実感として 私は感じた。

Mさんに手製のケーキや鮭の飯寿司、漬物やイカの粕漬けや
来る前に焼きあがったパンなど、わが家にあったものを持参したら とても喜んでくれた。
c0204725_9373078.jpg



機器のセットを選び、持参したケーキと珈琲で 楽しく会話が弾んだ。
Mさん、本当によかった。
こんなに 元気になって。

Mさん、ついつい居心地の良さで また長居してしまい、ごめんなさいね。

また、春が来たら いっしょにお弁当でも持って 野の花を見にいこうね!
自然のなかで 野の花を眺めるのが 最高に幸せな私たち。

Mさん、元気になって 生きて帰って 本当によかった。

いい音に包まれて暮らしましょう。

自然のなかでも 人生のいい時間を また 共に過ごしましょう・・・ 

c0204725_9493285.jpg


c0204725_10145331.jpg


by yuko8739 | 2013-01-15 09:00 | 仲間 | Trackback | Comments(0)

癒しの花を

Tさん、あなたは どんなに大きなものを うしなったことでしょう。
私には今 あなたにかける どんな言葉もありません。
なにもできない私ですが、その哀しみに寄り添ってくれるようにと、
あなたに 花を贈ります・・・


c0204725_23342646.jpg


カウンセリングの会に行きはじめて、あなたとはじめて出会ったのは
二十数年前のことだったでしょうか・・・

あなたは 深く静かで カウンセリングの真髄を 見の内に 
抱いているようでした。

年に数回 エンカウンターワークショップに参加するようになって、
あなたと共に参加して 出会った気づきの瞬間は 今でも胸に鮮明です。
こころの風景って こんなふうに激変するのか。

なにか不思議な幸福感、周りが美しく すばらしく見えて 
生きている今が例えようもなく「かけがえのない」ことに 気づきました。

人を聴くことや 思いを言葉に出して 聴いてもらうことの深い意味を 
私はその場で そういう形のなかで 実感したのでした。
そして そこには必ず あなたがいました。

「人はひとりでは 自分になれない」・・・
そのときは 理解できなかったこの言葉の意味が 今では自分の実感となり、
人生の謎を解く鍵となりました。
人生の意味が わかりました。




それから20年以上のときが流れた今も あなたは 
私のカウンセリングマインドの象徴のような存在です。

月に一度でもあなたに会うと 自分が解き放たれて
自由になった気がしました。

否定されない自分、否定されない場所、
それがあなたに会うことの 大きな意味でした。

相手の言葉を カウンセリング的に受けとめる、私の学習の場でもり、
カウンセリングの学びを 実践するための時間でした。

肯定されるひとときは どんなに心地よかったことでしょう。
人が丸ごと肯定されることなど、普段の生活では ないことですから。

私は あなたからとの会話から 明日への希望や勇気、
深くて大きなパワーを いつもいただきました。
あなたと会って帰る時は なぜか いつも笑顔がこみあげるのです。



そんなあなたは数年前から かけがえのない大切な身内の方の
重い病気の看病を 続けてきましたね。
自分のできるすべてのことを あなたは誠心誠意の真心で 
続けたことでしょう。

思い通りにはならない 運命の過酷さに耐えながら、
身を切られる痛みを ずっと感じ続けたことでしょう。
 
身内とは まさにその字の如く 自分のからだの一部に違いありません。
わが身の一部を あなたは 亡くしてしまった。
その喪失感・・・悲しみ。

時がすべてを癒すとしても 時はなかなか 去ってはいかない。
悲しみの極みで 時は留まりますから。


2013年 それでも新しい年が明けました。
私は あなたを 思っています。

悲しみを超え、凍える冬を超えて 光の春はやってくるでしょう。
いつもの林に 福寿草やカタクリが 咲くでしょう。

萌え出る春のなかで 春の妖精たちを眺めながら
また、 あなたと共に歩けることを 私は願っているのです。

この厳寒の雪のなかで 踏み出す一歩は 春へと続いています。
そしていつか うしなった人は あなたの身の内に戻り 
あなたの魂に 同化するような気がしてなりません・・・

私は今 祈っています。

この花たちがあなたを癒し、春へと誘ってくれますように・・・


c0204725_17503859.jpg


by yuko8739 | 2013-01-13 23:25 | | Trackback | Comments(0)