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ゆうゆうタイム

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<   2012年 06月 ( 13 )   > この月の画像一覧

町の魚屋さん

仕事の興奮は やっと数日かけて 冷めつつある。
その後も 入院中の義母に手製のおかずを届けたり 新しく始まった仕事のための、
挨拶回りに行ったりと、いろいろと用事があった。

この頃、道内の内陸は30度近い真夏日の町が多かったが 海辺の私の町は
道内の最低気温sで23度。それでも体感気温は もっと暑かった気がするが。
真昼時のデッキのじりじりする暑さに 早く「緑のカーテン」ができないかな、と思った。

今年の緑のカーテンは ゴーヤと夕顔、フウセンカズラ、ヘブンリーブルーなど
「緑のカーテンセット」の種まきセットを買ったのだが、ずっと寒かったせいか、
2本くらいしか発芽していない、だいじょうぶかな・・・




先日、OL時代の友と会い すてきでおいしいケーキでもてなされ その後仕事で
その町にある 古くからの鮮魚店に行き 取材した。
いろいろと話を聞いて 町の魚屋さんが こんなにすばらしいとは!
私は 感激して 胸がいっぱいになった。

創業から60数年、三代目のMさんは 言う。
「昔は17店の魚屋があったけど 時代が変わり 今は2店だけに。
お客さんも 年を取ってしまった。だからこそ こういう店が必要なんですよ。
だって車の運転ができなくなったら 大きなスーパーには 買い物に行けないでしょ?」

うちの店のように おいしい魚や野菜や果物、仏壇用の花束や調味料や豆類など、 
なんでも揃う近所の店がなかったら、お年寄りは困りますよ。
生活できなくなます。
店も人も いっしょの地域で 共に生きていくんですから」
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店には Mさん家族みんなで作った惣菜も 並んでいた。
千切りキャベツと 丁寧に白アスバラの皮をむいて茹でた 野菜サラダセットは170円。
これを作っているのは 87歳のおばあちゃん。

お嫁さんは 店のおいしい鱒をフライに。
カボチャの煮物は 評判のおいしさとか。

その店M商店の魚が あまりにも鮮度がよくて おいしそうなので 
私はつい 買いまくってしまった。
生きているようなつぶらな目のアナゴは てんぷら用に さっと皮をむき、
骨切りも してくれた。

この頃 更年期を過ぎて 手の感覚が悪くなって・・・というと、
イカの皮まで きれいに剥いてくれた。なんだか、胸がいっぱいになった。

家に帰り、買った魚を いろいろと片づけた。
アナゴは明日、てんぷらに。
おばあちゃんが教えてくれたように イワシを塩ゆでして大根おろしを添えて。

あまりにもおいしそうで つい買ってしまった鱒のフライも食べよう。
それにおばあちゃんの千切りキャベツと白アスパラも。

ツボ鯛の味噌漬けと開きホッケは 冷凍に。
イカげそは 冷凍しておくと かき揚げや茹でてサラダに使える。

夕ご飯、なんだか 全てがおいしくて わくわくして 幸せだった。
私は 感動した・・・町の小さな魚屋さんの このすばらしさはどうだろう!

大型店では なによりも品数が多くて安い。 
しかし・・・対面販売がなによりいいのは こういうことではないか。
イカの皮まで その場で剥いてくれるなんて。

皮を剥いて冷凍で販売されているイカと 鮮度最高のイカを すぐ剥いて食べるのとは
わけが違う・・・
Mさんは 見事な手さばきでイカを一度も濡らさずに 皮を剥いてくれた。 

こういう幸せを 私は長い間 忘れていた、そう思った。
これこそ 地域で生きるという 本当の意味か。


安いことだけが 幸せではない。
もちろん、当たり前だが こういう小さな店は値段が高い。

しかし、シニア世代の私は 幸いにも食べる量は少なくていいから 
本当においしいものを 丁寧に食べていきたいと感じる・・・

M商店のご夫婦、そして おじいちゃん、おばあちゃん、私はまた 行きます。
おいしい魚や おばあちゃんのお惣菜を 買いに。
レジに座る 91歳のおじいちゃんの笑顔を 見に。
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こういう魚屋さんがあるということを そこで買い物できることを、
これからは 私は大事にしたいし、この町を誇りに思う。



脂の乗ったイワシは 塩ゆでして大根おろしをかけて食べた、美味。
残ったイワシ4尾は 梅干しと生しょうがと蜂蜜を入れて煮た、ああおいしい。
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そして圧巻!動き出しそうに生きのいい生アナゴは 季節の野菜と天ぷらにした。
甘くコクのある ふわりと柔らかい身・・・飲み込むのが惜しいくらいに 絶品!
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また、食べたい・・・次は あなご天丼かな。
by yuko8739 | 2012-06-30 09:24 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

燃える女?

仕事の件数も減ったので、と6月初めに私は思った。
~今後は 少し仕事が 楽になるだろう~と。
しかし、形が違うので 慣れるまでが 少しは大変かな・・・

ところが・・・来月号の再開のために 20日前から一気にやること押し寄せた。
数日前はPCの前で 朝9時から夕方6時まで 動きもせずに仕事。

頭だけが異常に興奮して(多分血液が充満して)私の脳は真っ赤だったろう。
からだを全く使わないのに 集中しすぎて めまいがするほど。
版下の形に合わせて 文章をすべて作り直すのが 大変な作業だった。

私は原稿に合わせた割り付けが可能なのかと思っていたが、割り付け=形に合う原稿を
要求されて、書いたものをすべて再構築しなければならなかった・・・
原稿の30%をカットするって???それは苦行に近いこと。

頭のなかで 文字が 言葉が飛び交い 何をどう繋げるのかと 四苦八苦で身もだえ。
悩み抜き 書き直し 繰り返し・・・
すでに送ったすべての原稿を 書き直さなければならない。

食欲も全くなく、昼も食べなかったが お腹も空かない。
夜は 頭を使い過ぎたために 激しい頭痛に襲われた。
多分、締め切りの遅れも(認識の違いがあった)も頭にあり 急ごうと思ったので 
集中の度が 過ぎたのだろう。

少しは大変だろうとは思っていたが、これほど大変とは・・・
割り付けを 自分でやるのなら ずっと楽だったと思う。

今まで20年以上も 自分ひとりでやっていた仕事が 相手のいる分業の形になると、
これほど大変だとは 思わなかった・・・

今日も、2回目に送った原稿のすべてを 書き直し。
朝から今まで全く休まず、やはり昼も食べずに もう夕方4時。
いくらなんでも 来月からは こんなバカなやり方をしなくても済むと思うが・・・
これでは からだ(頭)が もたない。


こんな過酷なことを 続けなくてもいいよ、もう辞めたら・・・?
そういう声も 心のなかから 聞こえてくるけれど。

しかしこの地獄の作業は この興奮は きっと他の作業では得られないもの。
私にとって 文章を書くという天国と地獄は ひとつのものだから・・・



ああ、爽やかな6月の風に乗って 高原の我が町に キビタキのすばらしい鳴き声が
響いている。初夏のこの美しい1日を ただ頭だけをフル回転して費やすのか・・・

もったいなくて、ひと段落した夕方、留守電にして散歩に出た。 
青い空に 森の緑が 美しい。
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白いアジサイのような イワガラミ?の花・・・
外来種のコウリンタンポポ(紅輪タンポポ)が 真っ赤な色で、群生している。
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ケキョ、ケキョ、ホ―ケキョとウグイスが 鳴いている。
今までは寒かったから 今頃 君は鳴く練習をしているんだね・・・
上手だよ、きれいな声だよ、うまく鳴いているね。
うんと鳴いて いい恋人を みつけるんだよ。

バイカウツギの大きな木に 大好きな 白い花が満開だった。
きれい・・・ひとまわり歩いて小一時間、やっと人心地が 戻った。
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すべきことを なす。
自分にしかできないことが ある。
それは そうだけど。

7月1日に この通信が発行になったとき、達成感は清々しいだろうか。
私は小心者なので クレームが何より恐ろしい・・・
多分「魔の月末&恐怖の月初め」となるのではないか。
ああ、昔の嫌な経験が よみがえる・・・


在宅の人が4泊の旅行で留守なのに ずっと私は仕事だなんて!!!
がっくり・・・鬼の居ぬ間に いろいろと 楽しもうかと思っていたのに。

これからも 月末は仕事の囚われ人になりそう。
 
頭だけ「燃える女」って なんかヘンなの!
不健全だなあ・・・

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by yuko8739 | 2012-06-25 21:56 | 社会 | Trackback | Comments(0)

子どもの居場所で

今日、DV被害の子どもたちが集まる家に 遊びに行ってきた。
このボランティアを始めて 2年と2か月が過ぎた。

始めはぎこちなかった私だが、今は多くの子どもたちと顔見知りとなり 
いっしょに遊ぶなかで 培われた絆があることを感じているし 
その絆を信じたいと願っている・・・


自分の子育てのなかでも 孫を身近で見ていても そしてこのDV被害の
子どもたちとのふれあいからも 常々感じることは「子どもは大人の自由にはならない」ということ。

大人の固定観念に縛られた思惑など なんの役にも立たない。
こどもは 究極の「遊びの天才」だ。

子どもの興味は常に動き、ひとつところに留まらない。
次々と新しい発想や喜びが 子どもを突き動かし 魂が満足すると 
からだ全体で爆発的に悦びを現わす。
まさに「自由人」!!!
なんて すばらしいのだろう・・・

そんな子どものそばにいて ちょいと遊びをサポートしてやり 
子どもと悦びを共にすることは 例えようもなく幸せだ。
子どもと遊んでもらうのは いいなあ・・・

ああ、本当に楽しかった。
多分 大人がそんなふうに(ほとんど完璧に)幸せだと その波長は子どもに伝わり、
そのことがいっそう喜びを 増加するのだろうと思う・・・

つまり これが幸せの循環というものか。 
笑いもうつるが 幸せもうつる気がする。 

ここで子どもたちとシールを張ったり かくれんぼをしたり 何かを作ったりもする。
ただ、今日のような 想像力を総動員する「ごっこ遊び」は 最高におもしろい。

今日は 初めて小1のT君が 絵本を読んで、と言った。
彼が選んだのは 私の大好きな絵本 センダックの「怪獣たちのいるところ」
うれしかった・・・ここには 絵本に興味を示す子が少ないようで 寂しかったから。

それでも いつもここで こんなに楽しいことばかりとは 限らない。
ここには 2歳くらいから小学高学年の子どもたちがやってくる。

思春期前期の年齢の女の子は 難しい。
不機嫌だったり、いじわるしたり、無口だったりする。

ちょうど 子どもと大人との間を行き来して 揺れる時期・・・
自分を持て余す つらい時期。
こういう時期の子どもたちには できることは少ない。

ただ、そっと私はここにいるよと、心のなかでメッセージを送る。
自分にもあった「難しい時代」を 私は思う。
多くのものを憎むなかから 愛することを学んでいくのかもしれない。


今、思春期前期にいる彼女たちには 心のなかで こう話しかけている。
 
~お父さんの暴力のせいで ずいぶん辛いことが多かったね・・・
遠いこの町に逃げてきて 親戚も知り合いもいない
大人の都合で引越しばかり、転校ばかり 
もう、大人になんて なりたくないかな・・・

大人は嫌かな・・・でも子どものままでも いられない。
お母さんを しゃんとさせなくちゃ、弟や妹の面倒もみなくちゃ
きっとこころのなかには たくさんの思いが あふれている・・・

でも、ここにいるときは 安心してね
なにをしても いいんだよ、ここでの少しのルールさえ守れば。
私は ちゃんと ここにいるからね

また、迎えに行くね
ここで会おうね、また土曜日に~
by yuko8739 | 2012-06-23 23:39 | ボランティア | Trackback | Comments(0)

日本という国

電気が足りない、足りないと 政府も電力会社も みな同じことを言う。
そして 東電は電気代を値上げする。
今頃になって 東電を存続させたのが 間違いだったという役人もいるが、
今頃そう言っても 遅い。

そして ホントに電気は 足りないの?
多分、それは嘘だと 私は思う。

震災後に 企業が慌てて増設した自家発電などの使える電力を 使える電力として 
計算に入れないのは なぜだろう???

もともと 原発がすべて停止しても 電力は不足しないと断言しているのは
京大の小出裕章さんだ。
著書のなかで日本の火力発電量について、国のデータを元にして 解説している。

ここまできても なお 国民感情からこれほど乖離して 原発を再稼働させる理由はなにか?
それは 電気が足りなくなるからではないと思う。
なにか 違う理由があるとしか 思えない。

そもそも地震王国日本に 原発を建てることが間違いだったのに、
昨年の震災での原発事故を経て 今になっても なぜ政策を変えられないのだろう。
そんなことに 怒りを感じるある日、TVを見た。


核燃サイクルは 一部の科学者の妄想とアメリカへの意地から暴走し、
60年経った今でも実用化できないままで 巨額の費用を食い続けている。
(6月17日放送 NHK ETV特集
~不滅のプロジェクト 核燃料サイクル 半世紀の記録より~)

妄想と意地から始まったのは 核燃サイクルだけではない。
あの戦争も 妄想と意地から 始まったのだ。
日本という国は いつも妄想と意地だけで 突っ走るのか、なんと幼稚な・・・ 

世界中探しても、この核燃サイクルが実用化された例は どこにもない。
核燃サイクルで生み出される プルトニウムの核の軍事利用こそが 
日本の究極の目的だと推察する人は多いが、その技術ももうすでに失われている。

2011年までの45年間で 核燃料サイクルに投じられた金額は 少なくとも10兆円に
上っており、その原資は税金と電気料金からだという。

核燃サイクルは、止めるのにも膨大な費用と10年以上の年月が かかるらしい。
それでも、動かせない施設に 国民の血税を無駄に費やし続けていいのだろうか?
使用済み核燃料は どうするのだ、これから。

どう考えても 日本の原発は「トイレのないマンション」と言われて当たり前。
使用済み核燃料の処理ができないまま、ただ たまっていく。
放射性危険物をためないためには 原発を止めるしか 道はない。



そして・・・また私は6月18日の朝刊を見て、唖然とした。
「米情報 避難に生かさず 原発事故直後 政府が汚染図放置」

やはりこの国は こういうときでさえも 国民の命や安全ではなく「別のもの」を
守ろうとしたのではないか・・・
いくら情報が錯そうしていたとしても あまりに酷い話ではないか。

こういう話を 子どもに どうやって説明できるのだろう。
命や安全を守るのは 国の義務だろう。
憲法にも 違反する行為ではないのか。

このために どんなに多くの人が避難する途中で、避難先で 大量の放射能を浴びて
被ばくしてしまったことか・・・考えるだけでも 身の毛がよだつ。

まさに、そのときに最も必要な命に係わる情報を 生かせなかったのはなぜか。
事実関係や経緯については 徹底的に究明して 明らかにしてほしい。
誰がどんな理由で このような情報を公表しなかったのか 知りたい。



この国のしていることは 間違いばかり。
徹底的におかしいのは 生命の軽視と国民の意思から乖離した 国策の遂行だ。

そして 国民の血税を 意味もなく無駄に使い続けている。

日本という国の未来は どんなだろうか・・・
by yuko8739 | 2012-06-22 23:29 | 社会 | Trackback | Comments(0)

霧雨運動会

太平洋側の港、我が町の昨日の気温は13度とか。
昨夜から ひと晩がかりで仕込んだ煮しめを重箱に詰め、塩麹の漬物も入れて
早朝から赤飯をふかして、スイカとサクランボを保冷バックに入れて 持参した。
(我が家の赤飯は 家族が好きな 北海道スタイル?の甘納豆(金時豆)入り)
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海霧と風で、濡れた体に風が吹きつけ 体感気温は10度以下、たぶん7度くらいだったろうか。
こんな日に、マゴちゃんたちの運動会が 行われた。

先週土曜日にも 市内の半数の小学校の運動会が行われたが 悲惨だったようだ。
ほぼ昨日と同じような天候のなかで行われ 雨がひどくなり 途中で運動会を
中止にした学校も 多かったらしい。


昨日も、海霧と風で とにかく寒かった・・・雪でも降りそうな寒さ、と言ったら大げさだろうか。
見物の家族は 毛布やタオルケットにくるまり、果てはダウンコートまで着込んでいたし、
それでも雨で濡れてくると 寒かった。

グランドでは風を防ぎようもなく、周りの人もみな、寒い、寒いと繰り返していた。
我ら道産子は 寒い地方に住む者の特性として 屋外が寒いので 
部屋を極度に暖かくする習性がある。「暖かいのは ごちそう・・・」と。
だからみな 意外に 寒さには弱いのだ。

いよいよ ラジオ体操も始まり、競技がはじまった。
マゴちゃんが元気に走ったり、よさこいを踊ったリ、スタンツや騎馬戦、
学年リレーなどを この場で この目で見るために 終日この寒さに耐えた。
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観客のためのトイレは 長蛇の列。
いったん校内に入れば ひととき風も雨もなくて ほっとする暖かさ・・・


そういう最悪の天候のなかで 我がマゴちゃん 小4のそうたは、 
念願の徒競走で 1位の栄誉に輝いた!!!

ばぁば(私)が この日のために 2か月前に買った運動会の必須アイテム
「アキレス・俊足」が よれよれになるまで 走る練習を重ねた結果かな?

誇らしく美しい少年の笑顔を 私は遠くから見つめていた、寒さに震えながら。
プログラムは次々と進んだが 午前中が終わるまで 果てしなく長く感じた。

傘を差し、いったん家に戻った家族が 冬物のジャンバーを持って 
また 戻ってきたが ウインドブレーカーの上にそれを羽織ると 少し寒さがやわらいだ。

それでも小2のはなは、半袖半ズボンで 学年リレーや運命ゲームに参加。
なんだか、寒くてかわいそうで、見ていられないなあ・・・ 
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何度もトイレに通い 風邪気味で 鼻も詰まってきた。
やっと昼になって マゴちゃんたちが戻ってきたが もう限界。
冷たい飲み物は 誰も飲まず。スイカも 出さなかった。
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やっと震えながらごちそうを手早く食べ終え すぐ息子たちの車にヒーターをかけて、
避難した。ああ…温かくて幸せ。もう車から出たくない。
はなは 食事前から唇が紫色になり 体の震えが止まらない。
暖かい車のなかでも はなの手が いつまでも氷のようで心配だった・・・


午後からは そうた自慢の「よさこい」最前列にいたので 写しやすくてよかった。
衣装をつけた ダイナミックな群舞が なんとすばらしいのだろう!
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「はぁ~ヤーレン、ソーラン、どっこいしょ、どっこいしょ!」という
道産子DNAをくすぐる歌と歌詞が 子どもたちの群舞と重なって、感動ものだった。

午後からは 時短気味にしたが 結局3時半ごろになって 
ようやく片づけが 終了した。

いつも運動会の日は 我が家のデッキで恒例の炭焼きパーティをするのだが、
それもできなかった。とにかくストーブを消さずに 部屋のなかにいた。

夜になっても 寒さがよみがえり 体調が悪かった。
こんな寒さのなかの運動会は もしかしたら 初めてかもしれない。


北海道はこの頃 農作物の生育が心配なほど 気温が低い。
気温が上がっても またすぐに 下がってしまう。

6月も中旬なのに 寒い日々が続く。
リラの咲くころは いつも 決まって寒いが これは異常な低温だ。


この寒さで すっかり体力を使い 疲れはてたが、
でも、輝かしい 君の徒競走1位の喜びは ちゃんと胸に刻まれたよ。

あの寒さのなかで よく半袖、半ズボンで走ったね!そうたよ、はなよ。
ばぁばは 君たちのそんな姿を見て 感動しました・・・ 
by yuko8739 | 2012-06-17 10:23 | 家族・親族 | Trackback | Comments(0)

映画「内部被ばくを生き抜く」上映

私の所属する自主上映の会で 7月1日に鎌仲ひとみ監督(六ヶ所村ラプソディー、ミツバチの羽音と地球の回転など)の 新作「内部被ばくを生き抜く」を上映することになった。

昨年の大震災と原発事故をふまえて、今年1年間は 反原発をテーマにした映画や放射能に
関する映画を上映することを、会で決めていた。

鎌仲監督には 2月に先の上映「ミツバチの~」で来ていただき、
ミニ講演会と打ち上げの会でも楽しく歓談した。
そのときに「今ドキュメンタリー映画の編集まっただなか、忙しい!」と言っていたのが 
この映画だ。

この映画にも出ている 広島の医師、95歳の肥田舜太郎さんは、
広島市への原子爆弾投下により 自身が被爆しつつ、直後から被爆者救援・治療にあたった。
以来被爆者の診察を続け、被爆の実相を語りつつ核兵器廃絶を訴えている。

どうやったらこの「内部被ばくの時代」を 私たちは生き抜くことができるのか。
最前線で格闘する4人の医師に聞いたドキュメンタリーだ。

肥田舜太郎さんをはじめとして、諏訪中央病院名誉院長でチェルノブイリ連帯基金代表、
日本イラク医療支援ネットワーク代表、鎌田 實さん。
東京大学アイソトープ総合センター長 児玉龍彦さん。
そしてチェルノブイリで臨床医45年の スモルニコワ・バレンチナさんらが登場する。

監督の鎌仲さんは「私は放射能汚染を受けた現場で生きる世界中の人々の
取材を通してデータにはならないが、現場には確実に被害を受け苦しんでいる
人々がいることを 身を持って経験した」と語っている。

会場は入場者100人程度の規模だが、是非多くの方々に見て、考えてほしいと願っている。
どういうことも 知ることから始まる。
今の日本のマスコミは 情報のすべてを報道しているわけではない。

わからないことを知り、学び、専門家の意見を広く聞き、
明日の世界を創る人間として 正しい方に向かって 自らが機能したいと私は願っている。

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by yuko8739 | 2012-06-14 11:48 | 映画 | Trackback | Comments(0)

七夜物語

朝日新聞に連載されていたときも 毎日この小説を夢中で読んだ。
次の日が 待ち遠しかった。
ときに ファンタジーの冒険に 心臓はどきどき。ときに深い感動で涙ぐみ、
川上弘美の魔法に 心地よく癒されたのが「七夜物語」(ななよものがたり)・・・
7日間の夜の物語。


~以下、引用 連載前の川上弘美インタビュー~


川上さんは
「もともと児童文学が大好きで、いつか子供が主人公の物語を書きたいと思っていた。
最近、長編をようやく書けるようになって、いよいよ書いてみようと思った」と意欲を語る。
「私の小説の中では一番小さな主人公」だという。

 さよは、母親と2人で暮らしている。お母さんが大好きで、お母さんもさよが大好き。
だけど、お母さんにはちょっと不思議なところがあって、テレビとバナナが嫌い。
出版社に勤めているから本が嫌いなはずはないのに、なぜか図書館も嫌いだ。
その理由が、さよにはわからない。
本が好きなさよは、図書館でお気に入りの本を見つけるのだが……。

 「さよは、ごまかしたり自分にうそをついたりするのが嫌いな女の子。
この年頃というのは微妙で、大人のにおいはしないけど赤ちゃんでもない。
純粋に子供でいる時期。その子供が今までにない『何か』に出会って、
どう変わっていくかを書いていきたい」

さよの両親は離婚していて、離れたところにいるお父さんに
会いたくなってくる年頃でもある。
同級生の男の子仄田(ほのだ)くんも両親の離婚で、お父さんと
おばあちゃんたちと暮らしている。
2人は本が好きなので図書館でよく会う。
彼らを不思議な世界へと誘うカギは、どうやら、さよのお気に入りの本にありそうだが。

「その本のタイトルが『七夜物語』なんです」と川上さんは、こっそり教えてくれた。
「さよが大好きな『七夜物語』が入り口となって、さよと仄田くんは
不思議な世界に入って行き、七つの夜を体験します」

川上さんは、小学4年生のころの自分自身をできるだけ思い出しながら書いていくという。

「子供は大人の変なてらいもなく斜に構えることもなく、存在としてとても
希望に満ちたものだと思う。
もちろん、けっこううそをついたり、いいかげんだったりもするが、
そういうことを差し引きしても子供は希望のある存在。
よく生きられる可能性をもった存在であり、そのエネルギーを持っている。
それがすばらしい。子供ってこんなに強かったよね、
こんなに繊細だったよねと思い出しながら書いていきたい」

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大好きな絵本作家、酒井駒子がこの小説に 挿絵を描いていた。
物語と絵のふたつのコラボに魅了されて 毎日見入ったものだった・・・
本が出たら 真っ先に買って ゆっくりと通して再読したいと思っていたが、
加筆され 上下2巻の本になってとうとう5月30日に出版された。

すぐに注文して 先日手元にこの本が届いた。
川上弘美のデビュー作が未読だったので その本「神様」と、昨年の震災を受けて
書いた「神様2011」も併せて注文した。

すぐ読み始めたのがデビュー作「神様」
「七夜物語」の原点が そこにあるというレビューがあったから。
なるほど、不思議な物語だ。

まだ読み終わってはいないが 熊が出てきたり 河童もいたりと まか不思議な
物語の展開のなかで それでも生きる哀しみの色が 虹色にきらめいて・・・
私の好きな匂いを この人は持っていると感じる。

なんだか こういう物語を 私も書きたかったのではないか、そんな気もした。
不思議だ・・・

「神様」2冊を読み終えたら とっておきのおいしい料理をいただくように、
「七夜物語」を 楽しもう。


私は児童文学が とても好きだ。
エンデ「はてしない物語」とル・グィン「ゲド戦記」トールキン「指輪物語」が、
私のベスト3か。
すべて 大人になってから読んだ。

優れた児童文学は 深く人間の本質を描き 魂に作用する。
この3作は 自分の生き方を重ねながら、問いながら読み 何度も 何度も泣いた。

子どもにもわかる言葉で書かれてはいるが、大人にとっても必要な 人生の真実を 
純粋な形で描いているのが 児童文学だと私は感じる。


ファンタジーや児童文学というジャンルを ひとくくりにして こういう
宝石のような物語を拒否したり、受けつけない人もいるらしいが、
なんと もったいないことだろう・・・


ふしぎ大好きな私は どんな物語の海にも 船を出す。

船は 見たことのない はてしない場所に 私を運んでくれる・・・

まさに そこは私の魂が必要とする場所なのかもしれない。



だから 人生で読書の悦びだけは 決して手放したくはない・・・


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by yuko8739 | 2012-06-11 10:37 | 読書 | Trackback | Comments(0)

植生調査

昨日私の町では 朝から寒い霧雨だったが、今日は自然の会Mネットの「植生調査」がある日。
野草の花には わずかな知識があるだけの私だが 調査というのはどんなことをするのか、
Mさんが行くというので興味があって いっしょに参加することにした。

いつものMさん、HさんとMHYコンビで待ち合わせして 先日ある人に紹介された 
ご飯屋さんで3人ランチしてから A岬のふもとにあるメンバーFさんの「ネイチャーハウス」に集合した。 

参加の9人は2班に分かれて地図とペンを持ち A岬の海沿いの道の両側の植生を調べて歩いた。
気温は13度くらいで 海岸なので海風も強い。
あちこちに飛散するゴミを拾いながら 植物の名前を地図に書き入れながら歩いた。

ハマヒルガオ、ハマニガナ、コウボウムギ、そしてハマナスの群生。
美しいハマナスの花が咲き始めていた。バラ科なのでこの花は よく香る・・・
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シロヨモギ、ハマエンドウ、ヨモギ、ツルウメモドキ、ミミナグサ、シロツメメクサ、
アカツメクサ、ツルウメモドキ、ススキなど・・・
不明な植物も多かったが 調査票にはあっというまに 数10種もの植物の名前。

通り過ぎるだけなら ハマナスとハマヒルガオくらいしか 眼に止まらないが、
よく見てみると、なんと多くの植物がここで懸命に 生きていることか・・・

道路から少し丘に登ると 紅い鳥居の神社があった。
リンゴの花のような可愛らしい花が満開の木があって、その名はエゾノコリンゴ(蝦夷小林檎)だそう。
まさに野生のリンゴの木だ。その横には黄色い小さな花をつけた木、とげがあるので
ヒロハヘビノボラズ(広葉蛇登らず)名前がとてもユニークだ。

植生調査をしながら 海岸に落ちているゴミを拾ったが あっというまに40Lの不燃ごみ、
可燃ごみ数個がいっぱいに。それでも拾いきれないゴミが まだまだ残っている。

ここは7月からは 海水浴場やキャンプ地として賑わう海岸だが、ゴミの量のすごさには驚いた。
海浜植物が可憐な花をつけているそばに、缶コーヒーやペットボトル、紙おむつや漫画本、
たばこの吸い殻、空の発泡スチロールの箱など 拾っても、拾っても追いつかない。

その後 Fさんが自宅隣に建てて つい最近完成した「ネイチャーハウス」は、
貝類学会の会員のFさんが 世界中から蒐集した数万点?にも上る貴重な
貝類のコレクションや野草の花の写真などを 展示している。

ひと休みして 珈琲やおやつをいただきながら 植生調査の結果を話し合い 
初対面の方もいるので自己紹介など。今後は 自然系の会の打ち合わせや会議などにも 
このハウスを気軽に使ってほしいというFさんのうれしい申し出に、みな喜ぶ。
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天気が良ければ この岬の眺望はすばらしくて Fさんが岬に作った庭も 見学したかったが、時間切れ・・・すっかり夕方になってしまい あわてて帰宅した。

次回7月の調査にも 参加したいなあ。次はどんな花に出会えるだろう。
ネイチャーハウスのウッドデッキで 炭焼きランチも いいのでは…?

(ドジな私は 出かけるときに玄関にデジカメを忘れて、この日の画像なし・・・トホホ
と思ったら 親切なMさんが その日のうちに写真を数枚送ってくださった。
Mさん、ありがとう・・・)
by yuko8739 | 2012-06-10 09:14 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

梅干し

数年前までは NHKの「今日の料理」を参考にして 毎年この時期には 
梅干しを漬けていた。
息子が「カリカリ梅」が食べたいと言えば それを仕込んだこともある。
それでも できあがったら あまり食べなかったけれど。

梅干しは ある程度の塩分にしなければ カビが浮く。
それを防ぐために焼酎を入れると なんだかおいしくない。

というわけで 梅干し作りは やめてしまった。
薄味の梅干しに 慣れていった、ただし 化学調味料や
蜂蜜や砂糖入りは厳禁だが。


昨年、「森のイスキア」佐藤初女さんのワークショップに参加した時に、
おむすびの実習があった。
そのおむすびの梅干しは 初女さんに習って 北海道の主催者が
仕込んだ梅干しだった。

その帰り道、会場の支笏湖畔から新緑の道を車で走りながら 
私は初女さんの真ん前で ちょっと緊張しながら握った 
自作のおむすびを食べた。

酸っぱい・・・そして しょっぱい。
それが このおむすびの梅干しの味だった。
ふっくらと固めに炊いたご飯を 優しくそっと握ったおむすび。

おいしい、なんておいしい・・・
伝統の梅干しで握った 初女さんのおむすびのおいしさに驚き、
目が覚める思いがした。

このおむすびの具は 梅でなくては成立しないように感じた。
WSの2日間の初女さんの面影を思い浮かべながら、私はこみ上げる思いと
涙を止めることができない。

おいしい、おいしいと こころのなかで 繰り返した。
爽やかな風のように 口のなかには 梅干しの酸味が 
いつまでも残っていた。
おいしい・・・このおむすびを作るためには 梅干しを漬けなくては!



昨年はそう思いながら 忙しい日常を後悔しながら 
梅仕事の時期を逃してしまった。
今年は 漬けてみよう、少しだけでいい。家族は食べないかもしれないから。

そして つい先日、カウンセリングの仲間Tさんと話していて、
梅干しの話になり、昨年大切に漬けた梅干しを 味見させてくれた。
Tさんの梅干しは 紫蘇を入れない「白梅干し」だった。

ふっくらとした皮の柔らかな白梅干しを ひと口かじる。
口のなかに ふわりと梅の香りと酸味が広がった。
梅だけの味・・・その残り香が 清々しさが いつまでも消えなかった。
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塩分は10%だという。決めた!
今年は 私もこの梅干しを漬ける。

Tさんの梅は 無農薬有機栽培の梅だった。
「この梅だと 皮がやわらかいの」・・・
同じ梅を 同じ店で買おう!


その夜、自主上映映画の会議で まさにその店のオーナーの家に集合した。
梅のことを聞いてみると 自分で漬けた梅を味見させてくれた。
彼女の梅干しは 伝統の赤紫蘇入り、塩分は15%くらいだった。
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それもまた なかなかおいしくて まさに初女さん風の梅干しだった。
う~~~ん、やっぱり この店のこの梅を買って 
自分のために梅干しを漬けよう。

添加物の入らない伝統の味は もう手作りするしかないのだから。
今年は 初女さん、あなたの梅仕事を見習って 私も再開します。

そして いい塩梅(あんばい)に仕上がった梅干しを入れて 
あなたのおむすびで 暑い夏を乗り切ります。



あなたは また初夏の支笏湖に 来てくださるのですね・・・

http://www.geocities.jp/yuki_no_isukia/
by yuko8739 | 2012-06-09 10:33 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

よほどの縁

昨日、カウンセリングの集いで 感動的な言葉を聞いた。
Tさんが ある人の話をしてくれた。

脳梗塞の妻を 自宅で10数年間介護している 男性の話だった。
こうなったのは「しかたがない」そう思っていたという。
誠実な男性は 多分自分の限界を超えるほど努力して 妻の介護を続けていた。


しかし あるとき 薬師寺のお坊さんの言葉を 聞いた。
話をするお坊さんが そのとき会場に集まった多くの人に こう語りかけたという。
~今ここにこうしていることは 「よほどの縁」で こうなっている~と。

そのとき 目からウロコが落ちるように 男性は感じたという。
はっとした。
「よほどの縁」・・・ ・・・
妻とのこの介護生活は「したかがない」のではなく「よほどの縁」なのだ。

多分、このときに男性の心の在りようが 劇的に変わったのだろう。
今では その「よほどの縁」を よりどころにして 生きている。

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よほどの縁
なんと 美しい言葉だろうか。

私の日本人としての感性に フィットするこの言葉は すうっと身にしみた。
西洋人の「運命」というのは 切り開いたりするものだが、「縁」とは そこに在るものだ。
私は この話とこの言葉を聞いて 涙があふれそうになった。

私たちは 家族という 逃れられない しがらみと共に生きている。
血縁という絆は 解けはしない。
だから・・・というより それでも 苦しみや葛藤の果てに この言葉を掲げてみればどうだろうか。

よほどの縁・・・縁はあるものだから 人が何をしても 消えたり無くなったりすることはない。
深い感慨が生まれ 尊い場所に歩いていけそうな気がする。
愛憎の絡み合う複雑さをも 少し違った愛しさで 眺められるのではないか。

複雑さゆえに 愛おしく。
ほどけないこの形こそ、「よほどのご縁」なのか・・・と。
そして そうして こころにこの言葉を 静かに置いておくと・・・
荒れるこころは しだいに凪いで いくだろうか。 

人生は 一度きりだから・・・



こうして会う人、話す人、思いを共にする人、忘れがたい言葉をもらえる人、
笑いあえる人、泣き言を言える人、泣ける人、抱きしめたい人

遊びたい人、花をいっしょに見たい人、うれしいといえる人、愚痴ることができる人、
おいしいものをいっしょに食べたい人、食べさせたい人、食べさせてくれる人。
私といることを 喜ぶ人・・・

今、この時を共に生きる人。
明日は知らない、来年もわからない。
それでも 今。
今を生きるときに 隣にいる人。

すべて「よほどのご縁」ではないのか・・・
そうでなければ この広い世界で 出会うことはないだろう。

あなたと 出会ったこと。

生きていく今を 共に歩くということ。

同じ空気を吸い、空を仰ぎ、 柔らかな雨に打たれ かすんだ月を見上げる。
花にほほ笑み 自然のありさま すべてに感動して。

そして 私を憎む人も 嫌う人も。
唯一無二の歓びと苦しみを くれる人。
今生(こんじょう)の試練さえ 深い絆かもしれない・・・


今、今を生きる 私とあなた。
どんなあなたとでも よほどのご縁で 結ばれているのだとしたら・・・


そうだとしたら 私は ひとりではない。


多くの 数えきれぬ よほどのご縁が 私を守ってくれている、きっと。


どうしようもないときにこそ この言葉を 支えに生きよう。


Tさん、ありがとう、いつも私に必要なすばらしいものを 手渡してくれて・・・
by yuko8739 | 2012-06-08 09:26 | | Trackback | Comments(0)