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ゆうゆうタイム

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<   2010年 02月 ( 11 )   > この月の画像一覧

映画三昧な1日

私の町のただひとつの映画館は 北海道の地方の町としては
上映室が4つあって 新しくて なかなかきれいな映画館だ。
欠点は駐車場が 狭いこと。

この映画館では年に一度 2月に「リクエスト上映」をやっているので、
27日に 観に行った。
上映は以前から観たかった「ディアドクター」

吉田美和監督の前作「ゆれる」では、兄弟の恐いほどの深層心理描写と
役者の演技のすごさに、鳥肌が立った、揺れた・・・
若い女性監督の映画とは まったく思えなかった。

日本でも 若い女性監督が このようなすごい心理映画を撮る
時代になったのかと、感慨深く、そして感動した・・・

吉田監督は「ゆれる」でも 脚本を書いているが、本作でも原作 
<短編集「昨日の神さま」>を書き、文中の「ディアドクター」から翻案して、
脚本を書き、監督をしている。
ただ、すごい才能というしかない。

映画紹介から引用すると
~この映画は 笑福亭鶴瓶を主演に迎え、僻地医療や高齢化など
現代の世相に切り込んだ人間ドラマの秀作だ。

本作で映画初主演を務めた笑福亭鶴瓶が演じるのは、
老人ばかりの住む無医村に赴任した医師。

村人から全幅の信頼を集めながらも、謎に満ちた彼の素性――。
その医師の失踪をきっかけに 浮かび上がる彼の行動と
人物像を軸にした心理劇が展開される。

瑛太をはじめ、八千草薫、余貴美子など、若手やベテランともに
実力のあるキャストが集結した。
前2作同様、“善”と“悪”の両極では決して語れない
人間の複雑な内面を描くことに定評のある西川監督の脚本が秀逸だ~


とても いい映画だった。私がこの映画を気に入ったのは、
前作「ゆれる」ほど、観客を放置していない部分。

放り投げられて どう着地したらいいのかがわからない浮遊感がある「ゆれる」は 
それなりに観客自身が創る物語だが、この作品は 真実と偽りの2極を描きながらも 
もっと優しく やわらかだ。

病のとき、あるいは人間の最期のときに 一番必要なものは何なのかと
いうことも 丁寧に 深い洞察で描いている。
西川美和監督は 人間通である。

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善と悪のような二者択一では とらえきれないのが 人間というもの。
どちらかの間にあったり、どちらでもあったりする その不思議。
そういう人間の危うさ おかしさを描いたとき、吉田美和の手腕が 最高に光る。






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鶴瓶もよかった。素朴な笑顔と狡猾な暗さを 併せ持った男を好演。そして それ以上に 女優陣がすばらしかった!!!八千草薫、余貴美子のすばらしさは、特筆に価する。瑛太は やや力不足か、ほかのベテラン勢は すべてが よかった・・・







昼から 隣町で自主上映
観察映画第二弾 想田和弘監督の「精神」
<以下引用>
~これまでタブーとされてきた精神科にカメラを入れ、
「こころのやまい」に向き合う人々がおりなす悲喜こもごもを
モザイク一切なしで鮮烈に描いた日本発のドキュメンタリー
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精神科の世界をつぶさに観察。「正気」と「狂気」の境界線を問い直し、
現代人の精神のありように迫った。
同時に、心に負った深い傷はどうしたら癒されるのか、正面から問いかける~


狂気と正気の境目は いったい何なのか・・・
観終わって感じたのは そもそも 「境目」などというものは、
存在しないのではないか、ということ。

患者さんたちが語る・・・
「私を受け入れてもらえない悲しみ」「自分に丸をつける練習」・・・
それらは 私たちと 同じこころの有りようだ。
仲間と笑う楽しさも。

笑顔で哲学を語る 詩人もいた。

それでも 不可解な行動も理解できない感情もあり、
一筋縄ではとらえきれない 人間のこの深さや恐さ、そしておかしさ、悲しさ。

今までは自分の頭のなかの乏しい想像力で、精神病患者というものを
イメージしていた。しかし この映画を観てからは 
それは決定的に 違うイメージに変わったと思う。

私にも よく似ている彼ら。
境界って 違いって なんだろうか・・・
私は 多分 いつまでもそう問い続ける。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

夕方6:30~映画仲間の上映会。
黒木和雄監督の「竜馬暗殺」
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1974年映画同人社、
ATG[監]黒木和雄[出]原田芳雄、石橋蓮司、中川梨絵、松田優作、
桃井かおり、粟津號、野呂圭介、田村亮 ほか

フランスで発生したヌーベルバーグ(新しい波)が、日本の新しい映画作りに影響したの
がATG(アートシアターギルド)だろうか。
芸術主義的な 非商業的な映画製作を低予算で製作するATGは
日本の映画史に多大な影響を与えた。

この作品もそういう映画だ。
黒木監督が 時代劇の形を借りた、エネルギッシュな青春群像。
モノクロの ざらついた画面が印象的。
後期の穏やかな反戦映画とは 真逆の印象の映画だ。

70年代のATGの熱さ、その時代性を感じて これらの映画を観た方々には、
記念碑的な 映画だろうと思う。
しかし そうでない者にとっては なかなか難しい。

感覚的かつ前衛的な映画の典型だと思う。
後期の鎮魂のレクイエム、反戦映画の監督とは 思えない作品群に、
黒木監督の二つの顔を見る思い。

生涯の盟友 原田芳雄は この映画が黒木作品初主演だ。



重い映画を 1日に3本。
我が人生 初めての経験。
   ふぅ ちょっと 疲れたなあ・・・
by yuko8739 | 2010-02-28 23:38 | 映画 | Trackback | Comments(0)

花のしあわせ

昔からというより まだ幼い頃から 花が大好きだった。
ふきのとうが、南斜面の雪のなかから顔を出すと 
春の入り口が 開くような気がして こころが弾んだ。

1本のたんぽぽでも すみれでも、つくしでも よもぎでも 野にある自然のものは
すべてなつかしく、美しく うれしい感じがした。
野の花も 庭の花も どちらも好きだった。

長屋のような集合社宅に住んでいた幼い頃に、よくご近所の庭から
きれいな花を盗んで 何回かは 母に叱られたことがある。
誰にも見つからなかったと思っていたが、今思うと みんな知っていても 
黙っていてくれたのかも しれない。
のんびりとした いい時代だった。

大人になっても、子どもと野の花摘みをしながら散歩するのは最高のしあわせだった。
自然は限りなく不思議で、謎めいて私を誘う。
今でも、鳥や蟻やおたまじゃくしを ずっと見ていても 飽きることがない。
好奇心で私の心は 満たされる・・・


自分の家を建てるときに 夢と現実は違うことに 気づいた。
家人の通勤の利便性や 子どもの通学路の安全やバス停までの距離を 
考えないわけにはいかなかった・・・

かくして 森のなかの小さな川のほとりに広い庭を持つ家が欲しいという
私の夢は消えた・・・自然や虫が嫌いな家人は 「そういう場所に家を建てるなら 
ひとりで住みなさい」 ・・・

かくして 今は住宅地のなかの 小さな敷地の小さな庭・・・
それでも あれこれ好きな花を植えては 喜んでいる。
野草もいろいろ植えてきたが、狭い庭ではなく 野の花は野で楽しもうと
思うようになった、「野の花は やはり野に置け レンゲソウ」・・・


ご近所にも 友人にも 花好きが多いので、苗をもらったり、花の株分けを
してもらったり 育て方なども 教えあったり 花仲間はいいものだ。

居間から続く広いデッキに 花が見えないのは寂しいので、
春になるとせっせと 庭以外にも デッキのために 数十個の鉢に花を植えこむ。
玄関先にも 吊るしたり 置いたりして 楽しんでいる。


だから私は 花屋さんも大好き!
時間を気にしなくていいのなら、何時間でも ずっと花を見ていたい・・・

先日、仕事で花屋さんに出かけた。
昨秋にパリとロンドンで 花修行をしたオーナーのHさんの話がおもしろくて
時間を忘れて聞き入ってしまった。とてもすてきな いい時間だった。
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Hさんは この町の他の花屋さんでは 決して見られないような薔薇を 仕入れている。
ため息の出る おしゃれなその色 その形 その香り・・・
まさに「色香」というのは この薔薇たちのために あるような言葉。
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薔薇は 一刻 一刻 時を 身のうちに宿らせて 変化する。その変わりようを 見ていると 花は何かを語りかけてくれる。ひとつの種類の薔薇でも 1本1本の個性の違いを 強く感じるという。。



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うーん、深くて すごい世界・・・

驚いたのは、アレンジなどで 何も考えなくても 花が自然に自分の位置を選ぶような
不思議な瞬間や感覚があり そして 手は勝手に動くらしい。
今もアレンジなどでは ほとんど考えるということはしない。
手が勝手に動くという。

その花屋さんで 写真をたくさん撮った。
今は 外は雪景色なので せめて 花の写真を楽しみたい・・・

花だって やっぱり1本、1本なら 人間だってひとり ひとり。

自分にご褒美として Hさんの店で すてきな花瓶と薔薇を買った。
う~~~ん、すてき。
こういうことが とても幸せな 私・・・

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by yuko8739 | 2010-02-24 23:08 | | Trackback | Comments(0)

斜陽への旅 再び

太田 治子さま

あなたの本を読み終えました。
そして 今 再びNHKの「斜陽への旅」を観ました。
そして やっとこの「斜陽」という本の本質に 意味に、
私は たどりついたような気がしています。

私は太宰の一読者として 十代の頃より「斜陽」という小説が、
太田静子さんの日記を元に書かれたものだと知っていました。
斜陽は大好きな作品で、今も読むたびに最後のかず子の手紙に
泣いてしまいます。


今回 太宰と静子さんのかかわりを 深く辿ることで実感したことがあります。
それは 一人の人間と人間が この世に生きていて 
深くかかわったからこそ 生まれた物語なのだということでした。

互いに自分の言葉を ときに武器のように使いながら、
二人は さまざまなものと戦ったのですね。
世間、道徳 そして つまり自分自身とも・・・

あなたの「明るい方へ」という本を読みました。
父と母の両方に引き裂かれそうな場所に立ちながら、
あなたが生きてこられたことに、
そして そのことを本にできたことに、深い敬意を感じます。

確かに「斜陽の子」として生きることは、生易しいことではなかったでしょう。
世間という修羅、そして 経済という現実は 
あなたをどん底まで追い詰め、苦しめたことでしょう。


豊かな家庭で なに不自由なく、芸術の心を羽ばたかせて
自由に伸び伸びと育った静子さん。

彼女が「斜陽」後は 無理解と偏見と経済の困窮や孤独のなかで 
戦後の混乱した社会を、母子ふたりで生き抜いたことを思うと、
涙がこみあげます・・・

どれほど辛い人生だったのかと思うと共に、この方だからこそ
生き抜いてこられたのだと、思わずにはいられないのです。

斜陽のあの胸を打つ かず子の最後の手紙を 太宰の遺言、祈りとして 
お二人は 生きてこられたのですね・・・
それは まさに 行方を照らす ひとつの光だったことでしょう。

あなたの本の題名は「明るい方へ」
そうです、この本のラストを「死」で完結するはずだった太宰を、
明るい方に導いたのは、静子さんとそのお腹のなかにいた 
あなたなのですね・・・

太宰が静子さんを道連れにしなくて 本当によかったと 
私は思うのです。

静子さんが辛酸のなかで、生き抜いたこと。
そして あなたも母と共に、苦しみを超えて 大人になったこと。
母の没後26年で 作家として こうして父と母を描けるようになったこと。

そのことを 私は「幸い」とよびたい。

そして 治子さん、
愛と芸術のために生まれた人間は 世界に そういないでしょう。
しかし、あなたは まぎれもなく そういう人なのですね・・・
選ばれた 特別な人 なのです。

選ばれた特別な人には 試練が多いものです。
あなたの心に 今なすべきことが終わった安堵と平安があることを、
今、私はこころから祈っています。

そして これからのあなたの創作活動に 幸あれ!


一冊の本をめぐる 太宰と静子さんの物語に 感動いたしました。 


治子さん、ありがとう・・・
by yuko8739 | 2010-02-20 11:00 | 読書 | Trackback | Comments(0)

本の話

悲しみはいつか自分の体の一部になる
(NHK ラジオ深夜便の言葉=ブログ「定年再出発」より)


2月16日 朝日新聞
~「ゲド戦記」翻訳 清水真砂子さんが最終講義~から

清水真砂子さんは 児童文学の名翻訳者として広く知られている。
(私は大好きな「ゲド戦記」シリーズを読んで 深く感動したが、
そのときに 清水真砂子という翻訳者の名前も 深く胸に刻まれた)

彼女は 34年間勤めた 青山学院女子短大を 今年3月末に去るという。
このたび 最終講義で学生達に 語りかけた。

「子どもの本にかかわる人は、うんと大人で、うんと子どもでなくちゃいけない」
(瀬田 貞二さんの言葉を引用=児童文学者、翻訳者、指輪物語やナルニア国物語の
翻訳など)

「子ども時代の読書は『人生の予行練習』」

「すぐれた子どもの文学は、苦しくても生きてごらん、大丈夫、と
背中を押してくれる」

「現実には 、求めても光を得られないことがあるかもしれない。
それでも『どうせ』と 子どもに言わせてはいけない。
言えば楽になるけれど、希望を放棄させるということは、
最もモラルに反すること」


「子どもの本がしてきたように、この人に出会えたから
自暴自棄にならずに済んだと思わせる一人に、
この世につなぎとめる一人に なってほしい」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

先日 井上ひさし著「宮澤賢治と語る」という本を読み終えた。
賢治の童話を じっくり読んでみたくなった。

私が好きなのは「よだかの星」
賢治の遺書と言えるような「アメニモマケズ」には
いつも 胸がいっぱいになる・・・

賢治の祈りのすべてが 臨終間際に書かれたこの詩に込められている。
短い37年の人生は あまりにも哀切・・・ 

彼の思想の根底には「みなの幸せのために 犠牲になるなら 自分が・・・」
そういう思いがあったという。

賢治は科学者でもあったが 芸術家で 宗教家でもある。
このトライアングルを統合して生き、魂をふるわせる音色で言葉を奏でた人は、 
日本では 彼以外にいない。



今読んでいるのは・・・
NHK ETV特集「“斜陽”への旅〜太宰治と太田静子の真実〜」で描かれた
太田治子著「明るい方へ」~父・太宰治と母・太田静子

太宰作品のなかでも 私が特に好きな小説が「斜陽」だが、
この小説の誕生のきっかけとなった 太田静子の存在や、
太宰が作家の本能的な性(さが)で 彼女の日記を小説にする過程など、
克明に描かれていて 興味は尽きない。 

今 本は 太宰がどうやって 静子の日記を手に入れたか、
その核心部分に 触れようとしている。
なんだか 読み終わるのが もったいないような・・・



もう一冊 おもしろそうで買ったのは、
ハヤカワ文庫 ロアルド・ダール著「あなたに似た人」
~鬼才ダールが描く 幻想とユーモアと恐怖をちりばめた珠玉の15編~
アメリカ探偵クラブ賞最優秀短編賞受賞の傑作~
これも早く読みたい・・・


2階の部屋の入れ替えから始まった「片付け病」に はまっている私は、
捻挫を克服すべく?家のなかの気になる箇所を片っ端から、
片付けて 整理整頓している。
今は 一階の部屋に移行して あれこれ整理整頓している。

まるで 昨年末の大掃除の続きを 今やっているようなもの。
今日は台所の天井までの棚をすべて片付けて、整理整頓。
ロールカーテン4枚もはずして 苦労しながら浴室で洗い すっきり!

けっこう このすっきりは癖になる・・・

どこか胸の奥では「たつ鳥 あとを濁さず」そんな言葉が 響く。
自分が いつか 「たつ鳥」に なるときに、あまりあわてたくないと 思う。
小さく暮らす。
整理して 暮らす。
自分が この世から いなくなるときのために、 
そんなふうに暮らしていこうと 私は 今 密かに願っているのかもしれない。


夜になると 読書の愉悦に浸っている・・・
これは 誰にも犯されない 私の精神の自由な羽ばたき・・・
by yuko8739 | 2010-02-17 23:06 | 読書 | Trackback | Comments(0)

しょうがのつくだ煮

以前 M・Kさんの家で おいしいものをいただいた。
ちいさな器に 佃煮風のなにか。
「何だと思う?」Mさんの目が 笑っている。

食べてみて すぐにわかった、生姜だった。
香りが良くて しゃりっとした食感もちゃんと残って おいしかった。
おにぎりにも、お茶漬けにも 美味しいという。 

生姜の佃煮。どうやって作るの?
~生姜を千切りにして 醤油とみりんと砂糖で煮る。
汁がなくなるくらいまで煮詰める。
昆布も入れて、最期に白ゴマをたっぷり入れる~らしい。

とてもアバウトな作り方だけれど、どうにか作ってみよう、おいしかったから。
高知産の高級生姜を Mさんからいただいたので それで作ってみた。

分量がわからないので、とにかく適当にやってみた。
おいしくできなかったら、もったいないなあと思いながら・・・
それでも はじめ 生姜は強く香りすぎて不安になったし 調味料は何度も調整した。

なんでも「いい加減」が 難しい。
いいかげんでも うまく作れるのなら それは本物だ。

そして できあがった。
我が家の昆布は 糸昆布なので 溶けてしまったが それはそれで 粘っておいしい。
う~~ん、上出来。ネットで「生姜の佃煮」と検索したら 鰹節やきのこ類を入れる人もいた。
好きなものを 加えてもいいのかもしれない。

ひとつ、おいしい箸休めのレパートリーが増えた。
Mさん、ありがとう・・・
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by yuko8739 | 2010-02-15 11:00 | Trackback | Comments(0)

バレンタイン


今年1月4日から 2月にかけて約一ヶ月、捻挫の足の不調に悩みながらも、
長年の夢だった 2階の息子達の部屋の 入れ替えを敢行した。
(昨年夏ごろから計画し 秋には家族に 私の希望とプランを伝えてあった)

家具やベッドなども新年早々新調して、普段は 自分の居場所にできる部屋を2階に確保。
娘一家が来たときには 気兼ねしなくてもいい客間に使う予定。

計画を実行するために 長い時間をかけた。
まるで引越しのように 押入れや納戸を徹底的に整理整頓して 約1ヶ月かかった。
そんなふうにして やっとできた2階の部屋に 
12日の夕方から T市に住む 娘一家が初めて 泊まりに来た。

翌13日は 家具店に行き フロア用のラグや小さなテーブル、
マゴちゃんたちの絵本保管のために 木製のボックスを購入し、
『ばぁば図書館』ふうに。

婿が まるで自分の家のことのように 一生懸命働いてくれて 
本当に ありがたく うれしかった。
彼のおかげで 車庫のゴミを処分できて 気がかりだったことも解決した。

娘一家の別宅、別室のように 居心地のよい部屋になった・・・
夜も ゆっくり眠れたようだ。

それでも 7歳の兄 颯太は 寝るときは 必ず私のベッドにもぐりこむ。
2日間 小1時間のベッドタイムトークができて 楽しい・・・
小さいときの思い出話に ふたりで盛り上がる。

パパやママとではなく ばぁばとでなければ できない話、
通じない話があることを、私はうれしく思う。
それは 私たちは 不思議な時間や 深い喜びに彩られた2度とない時間を、
共にした「仲間同志」だから・・・

それは 年齢や血縁や 性別さえも超えてしまいそうな絆。
もしかしたら 人間には あらゆること、あらゆるものを越えて なお、
「友達」と呼ぶしかない関係が 成立することが あるのではないか・・・

いつか、この子たちが大きくなっても 私と過ごした かけがえのない時間を、
なつかしく思い出してくれたら どんなにうれしいだろう・・・
そのときに 自分はもう いないとしても。



翌14日は バレンタインデー。
我が家に 娘は板チョコや生クリームなどを持参した。
生チョコトリュフや、5歳の娘のために かわいい型抜きのさまざまなチョコを作った。
チョコが溶ける甘い香りは チョコ好きの私の鼻をくすぐる。
ぺカンナッツの砂糖がけで 生チョコをコーティングしたら これがまた おいしかった。

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私は捻挫の足が痛むので エクレアを作る予定を変更して、
おいしいけど簡単な レモン風味のマドレーヌを作った。
久しぶりに オーブンでお菓子を焼く。
バターとレモン、その香りは 幸せの香り・・・


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どちらも おいしくできて 娘は父と兄に プレゼントと共に手作りの生チョコトリュフを手渡した。
うれしそうに食べた父は「すごく おいしい」とにっこり。


娘といっしょにお菓子作りをするのは ずいぶん久しぶりのことだった。
3月末には 娘一家はT市からこの街に 転勤で引越ししてくる。
今度から いっしょに お菓子も作れるようになるのだ・・・

そう思うと うれしさがこみ上げた。
同じ町で これから 娘といっしょに 楽しもうと思う。
娘が結婚してから いつも数年で 転勤を繰り返してきた。
生まれ育ったたこの町に住むのは 9年ぶりだろうか・・・


夕方 家人は娘と孫を車でT市まで送り いっしょに焼肉を食べるからと
出て行った。行ってらっしゃい・・・My Happy Valentine

 
by yuko8739 | 2010-02-14 18:42 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

マンデラ氏の「不屈」

インビクタス   
 私を覆う漆黒の闇
 鉄格子にひそむ奈落の闇
 私は あらゆる神に感謝する
 我が魂が 征服されぬことを

 無惨な状況においてさえ
 私は ひるみも叫びもしなかった
 運命に打ちのめされ 血を流しても
 決して屈服しない

 激しい怒りと涙の彼方に
 恐ろしい死が浮かび上がる
 だが 長きにわたる 脅しを受けてなお
 私は何ひとつ 恐れはしない

 門が いかに狭かろうと
 いかなる罰に苦しめられようと
 我が運命を決めるのは 我なり
 我が魂を制するのは 我なり


(ウィリアム・アーネスト・ヘンリー著)
<INVICTUS インビクタスとは 不屈、不敗を意味するラテン語>

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2月5日 イーストウッド監督の新作を 公開初日に観た。
1994年 南アフリカ大統領に就任したマンデラ大統領の
人種差別を超えて「ひとつの国」を目指す熱い思いと、
その思いに応えるラグビーチームの主将との絆。

誰も知らなかった実話を 感動的に描いている。

スポーツが苦手な私でも クライマックスの決勝シーンでは
手に汗を握った。胸の鼓動が どんどん高鳴る・・・
スポーツという形でしか なし遂げられないことがあるのだ、
この場合は まさにそういうことだった・・・





しかし これはスポーツの映画ではない。
イーストウッド監督は こう語っている。
「指導者が目標を達するために、どれだけ想像力豊かになれるかを描いた」と。

「『グラン・トリノ』は、年をとっても学ぶことはあるというメッセージ。
『ミリオンダラー・ベイビー』も本当はボクシングじゃなく、父娘の愛の話。」と言う。
(2月5日 朝日新聞 夕刊より抜粋)


イーストウッドのこの言葉に 私は最高の知性を感じる。
彼は物語の本質を 鋭く正しく キャッチできる人。
そして それを 格調高く 静かな美しいタッチで 正確にフィルムに定着できる人。
決して 彼は 声高に叫ばない、それが 私の好みだ。

私がこの映画を観て 最も胸打たれたのは 冒頭の詩。
人権活動家として人種差別撤廃運動をしていたマンデラ氏は、
政治犯として27年間もの永い間、ロベン島の刑務所に収容されていた。

独房の孤独と苦しみのなかで 彼が胸に抱き続け 支えとしたのが、 
英国の詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩、冒頭の「インビクタス」だ。
高らかに 胸に響く鐘の音のような 意思に満ちた感動的な詩・・・
マンデラ氏の27年は この言葉と共にあったのだ・・・

マンデラ氏は 確かに 類まれな豊かな想像力を持っていたが、それだけではない。
胸に描いた自分の夢を信じる 強い意思を持っていた。
そして 何よりも 憎しみから開放されるためには かっては敵だった人間をも
赦す強さと 信じる勇気が必要なのだと 彼はわかっていた・・・ 

最後に特記したいのは モーガン・フリーマンのすばらしさ。
マンデラ氏は 以前から「映画化するなら自分の役は 彼に演じて欲しい」と願い、
モーガン自身も そのことを熱望していたそうだ。
ふたりは友人同士らしい。

そして この映画の製作者でもあるモーガン・フリーマンが、
イーストウッドに 監督を依頼した。

今まで モーガン・フリーマンが演じてきた 数々の名演を 私は思う。
「ドライビング・ミス・デイジー」
「ショーシャンクの空に」
「ミリオンダラー・ベィビー」(イーストウッド監督作品では 私のNO1!)
この3作品は 甲乙つけがたい 忘れられない彼の名作。

「インビクタス」にも共通する モーガン・フリーマンの役の特性は・・・
豊かな知性と感性、そして 誠実な人間の美しさ、希望を失わない強さ。
真実を まっすぐに見つめる心。

マンデラ氏を演じた あなたの大輪の花のような笑顔の なんという美しさ・・・
しみじみとした 佳作です・・・

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by yuko8739 | 2010-02-07 14:07 | 映画 | Trackback | Comments(0)

T・Kコレクション

先日、野鳥の楽園のような アカゲラの来る隣町のKさんのお宅を訪ねて、
思いがけず 豪華なランチまでいただいた。

そのとき、Mさんのご主人のTさんが 
「多分 アカゲラは頭がいいので 好物の脂身を置いておけば
どんな 庭でも 来るはずですよ」と言う。

「でも ただ 脂身を置いても カラスがくわえて持って行ってしまう。
カラスが持っていかないように アカゲラのくちばしが
うまく入るような うちのような餌入れがないと 来ないかもしれないね」

私がうらやましそうに Kさんの庭の アカゲラを見ていると、
「作りましょうか? 餌入れ、作りますよ」と言ってくださった。
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心のなかで ヤッホーと叫びたいほど、うれしかった~

あんなに大きくて おしゃれな黒、白、赤の鳥 アカゲラが
我が家の小さな 小さな庭にも やって来るかもしれない!!!
うれしくて ドキドキした・・・



それから数日後・・・餌入れができましたよ、とメール。
私は うれしくて 先日のお礼に ケーキを焼き またKさん宅へ。

キャラメル風味のロールケーキは とてもおいしいと喜んでもらえて 最高に うれしかった。
「また、いつでも作りますよ~~~~~♪」


ご主人が 「はい、これですよ」と差し出してくださった
餌入れを見て、 私はびっくりした。
な、なんと アカゲラの形の「餌入れ」なのだ!!!


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すばらしい・・・感動した。
木工が趣味と知ってはいたが こんなにすばらしい餌入れを・・・
ちゃんと黒い網がスライドする。簡単に 脂身を入れたり出したりできる・・・
そして なかを掃除もできる。

なんと心のこもった作品だろう・・・すばらしい。
本当にうれしかった。



さっそく今朝、餌入れを 木にかけようとしてベランダの戸を開けようとしたら・・・
連日の厳寒、気温-7度~10度のせいで 凍って開かない。
何度も 熱湯をかけたが 無理だった。
(こういうことをすると また余計に凍ってしまってまずいことに!)

そして 雪がすごい!
我が屋は90度の三角屋根。雪がザザーッと落ちては積もり。
落ちては 積もり。多分 100cm以上の積雪だ・・・

それでも せっかくの「アカゲラ仕様」の餌入れを 木にかけなくては!
息子のデカ長靴をはき、てぶくろ、マフラー完備で、ゆっくりと。
雪のなかを 埋まらないように ゆっくりと。

ときどき ずぼっ! ああ 埋まる~と叫びながら 高低もわからなくなった
庭に 足を踏み入れて おそるおそる 進んだ。
木の低い箇所にかけると 近所のノラ猫に襲われるので、
私の身長では やっとこれが最高という高さに 紐を引っ掛けた。

アカゲラがいなくても アカゲラそのもの・・・の餌入れ。
なんだか うれしい この形やこの色。
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Kさん、本当にうれしいです・・・
もし・・・本物のアカゲラ君が来なくても 私はこの木のアカゲラ君でも、 
充分に 満足です、幸せです・・・
これが 記念すべき「T・kコレクション NO1」
次は かわいい 木のニャンコをもらえるかもしれない・・・?
これからのT・kコレクション???が とても楽しみな私です・・・
by yuko8739 | 2010-02-05 16:59 | 自然・季節 | Trackback | Comments(0)

味噌の仕込み

大寒の今頃は ちょうど味噌の仕込みの時期。
20数年前から 私は手作り味噌を作り続けている。
なぜなら おいしいから。それ以外の理由はない。

この味噌を食べたら、市販の味噌はもう食べられないと思うくらい、おいしい。

今、食べているのは 1年前の2月9日に仕込んだものだが、
また新しく仕込む容器が要るので、昨日 味噌を別な容器に小分けして入れ替えた。

そのたびに少し味噌を味見してみるが、どの容器の味噌もおいしくてうっとり!
(因みに私が仕込む味噌は3つの容器に各8kgで計24kg)

味噌汁に浮いた麹は 浮き麹と呼ばれ 手作り味噌のおいしさの象徴らしいが、
始めはこの浮き麹が苦手だった家族も、今では慣れて平気になった。
香り高くて 我が家の味噌汁が一番だと、私は食事のたびに幸せだ・・・
まるで「手前味噌」の 言葉どおり。

なぜ 麹が浮くのか・・・?調べてみると(引用)
<麹は熟成を経て中身がしっかりと糖化され、自然な甘みが味噌に溶け込む。
米の回りの殻は残り、味噌汁にしたとき 米こうじが浮いてくる「浮き麹」となる>

<味噌汁に花が咲いたように米麹の粒が白く浮き上がり、
舌に乗せると雪のように溶けるのが「浮き麹の味噌」の特徴>

不思議なのは、妹も同じように味噌を仕込んでいるが、
できた味噌の味は 微妙に違う。

それはその人、その人の手に持っている乳酸菌が 違うせいかもしれない。
漬物などでは、よくそういうことがあるらしい。
麹菌とか乳酸菌とか 生きものは とても不思議だ。


仕込みは難しくない。
私は一度も失敗したことがないし、何度も作り方を教えているが、
レシピどおりにすれば 失敗する人はいない。
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大豆を煮てフードプロセッサーで細かく砕き、それに煮汁と塩きり麹(塩と麹を合わせたもの)をよく混ぜる。
耳たぶくらいの柔らかさにして、味噌玉を作り、焼酎で消毒した容器に味噌玉を打ちつけるように入れていく。(空気が入らないようにするため)
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最後にふたの代わりに、焼酎と塩を振り、ラップをかけて秋まで寝かせる。日が直接当たらない温度変化の少ない場所、廊下などに置く。夏の暑さで発酵が進み、ふたを開けるといい香りがするようになる。

待ちかねて 9月頃になったら味見してみる。
黄金色に輝くような味噌が、眼を覚ますのだ。
このように 台所にも「実りの秋」がある・・・


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数年前から私は、北海道産の有機無農薬大豆と道産米の「きらら」から
作った米麹、そして天日塩を使って味噌を仕込んでいる。
この味噌仕込み材料は私の町の「友の会」で購入している。

それまでは道内の麹店から市販の麹と大豆を注文していたが、
仕事がきっかけでこの会の味噌仕込み講習会を知った。
この会の 有機材料を使うと味噌の甘みが増したような気がする。

私は治産地消を目指しているので味噌も道産子。
お米も道南米だ。道南の「ふっくりんこ」が好みだ。
柔らかさが特徴のお米なのだが それを硬めに炊くと 
粘りが出ておいしい。

どちらも ご飯を食べる原点の幸せを、私に運んでくれる・・・
いつも思うのは「北海道はおいしい」ということ。
米も魚も、肉も牛乳も 野菜も果物も すべておいしい。

そして、そんなおいしい食卓に 花のような浮き麹の味噌汁が、
滋味深い甘さで 香り高く 寄り添ってくれる・・・


今日は節分。
数年前から 恵方巻きも抵抗なく 我が家に定着した。
1年に1回くらい 巻き寿司のことを思うのは いいことだと思う。
巻き寿司には 小さい頃の思い出も よみがえる・・・

さて、味噌の仕込みが終ったら、しいたけとかんぴょうを煮よう。
今日は伝統の太巻き寿司や、鉄火巻きやシーチキンやかにかま、
自家製たくわんなどで、さまざまな細巻き寿司も作ろう!

今日の気温は-7度、夜は-10度とか・・・びりびりと寒い!
それでも庭のヒヨドリは 元気に鳴いている。 
  さて、「鬼は~外!福は~内!」
by yuko8739 | 2010-02-03 14:51 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

無縁社会の無縁死

昨日1月31日のNHKスペシャル「無縁社会~無縁死 3万2千人の衝撃~」
すさまじい孤独死に 絶句した。

今このときも やりきれない孤独のなかで、
すべての「縁」を失い、ひとり自分の死の始末の
手配をする人々。「無縁死」を恐れる独居の人々・・・

見終わって 胸に苦しい 塊のようなものが 残った。


有縁の人に見守られ 悼まれ 祈りのなかで 尊厳に満ちた死を迎えることは
誰もが 最期に望むことだろう。

しかし 生きているということさえも 忘れられている人がいる、という現実。
その骸は 名前をつけられることもなく 無縁仏となっている事実。


しかし この現象は 誰にでも 起こりうること。
故郷から離れたり 離婚したり 子どもが遠くにいたり 会社が倒産したり、
親兄弟のために働き続けて非婚だったり、そういうことが 無縁死とつながってしまう。

親族との絆「血縁」が壊れ 故郷から離れて 都会で生きれば「地縁」は薄くなり、
会社の人間関係は構造改革で崩れ 終身雇用も夢となって「社縁」もなくなる。

その結果、誰にも知られず、引き取り手もないままに亡くなっていく人が
急増していく。その数 年間3万2千人・・・この衝撃!
そんな「新たな死」の軌跡を 番組は丹念に追った。

人は ひとりで生きられるのだろうか・・・

私は 自問する。

自分は ひとりで 生きられるか。

ひとりで生きて ひとりで 死ねるのか、誰ともつながらないままで。


この国、この社会が作り出した この底冷えのするような風景。
これはいったいなんだろう・・・無縁のお骨が どんどん積み上げられてゆく。
そして 「誰も 知らない」 

無縁死を処置する商売「特殊清掃業」が 急速に増えていく。
血縁は どこにいった・・・地縁は?
会社の仲間も 幻想だったか。

ひとは生まれるときも 死ぬときもひとりだけれど、
生きているあいだは 分かち合い 支えあい 誰かと笑ったり、
泣いたり けんかしたり しなければ 生きられないのに。

番組の最期に 救われるエピソードひとつ・・・

血縁 地縁 社縁のすべてを失って 故郷から離れて暮らす人がいた。
その男性が 隣家の姉妹の少女の声かけが きっかけで
互いに親しくなり、 それ以後は 「家族」のように
かけがえのない人として 共に過ごしたと。

無縁社会を生きる人を 少女の無垢なひと言が 救った。
人は 血縁でなくても 地縁や社縁がなくても
ささいなきっかけで 互いに 「大事な人」になれるのだ・・・

このエピソードは 新しい絆について 深い示唆を与えてくれる。
しかし 無縁の人の隣に 天使が必ずいるとは限らない。
だから 無縁死という現象には 社会の病理として 政治的な対応が急務だ。

絶対に 人間は こんなふうに 死んではならない・・・
人と人が つながる社会を 身近なところから 
強く意識していきたいと 思った。



かって マザーテレサはこう言った。
「誰でも 死んでゆく人には そばにいて 共に祈ってやる人が必要です」と。

「この世で最大の不幸は、戦争や貧困などではありません。
人から見放され、「自分は誰からも必要とされていない」と感じる事なのです」と。

「世界で一番恐ろしい病気は、孤独です」と。

今、日本に必要なのは マザー・テレサなのだろうか。

宗教以外に なにが このような死を救えるのだろう・・・


 
by yuko8739 | 2010-02-02 00:21 | 社会 | Trackback | Comments(0)