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THIS IS IT

昨日 マイケル・ジャクソンのDVDが発売された。
「THIS IS IT」
2009年7月に行われる予定だった公演のリハーサルを
おさめたドキュメント動画だ。

昨年6月26日に 50歳で亡くなった彼の いわば「最後のプレゼント」・・・

このDVDを 観たいと思っていたら 今日 息子が買ってきた。
(彼はマイケルの昔からのファンだ)
50歳という年齢が 全く 信じられない!
彼の姿を 親子3人で観ながら 徐々に 胸がどきどきと高鳴り、
どんどん マイケルの世界に のめりこむ。
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ポップ界の伝道者のような きらめく彼の姿・・・
リズム ビート 歌声 TV画面に映る 彼の最後の姿。
スリムで しなやかで 手足が長くて 本当にカッコいい。
全盛の頃と さして変わらない動きに 私の眼は釘付けだった。

世界中から応募した 若いダンサーにも 引けをとらない、
ダンス、ダンス、ダンス!ムーンウォークも健在だ!
(これを観ると いつも不思議で たまらない。
なぜ あんなふうに 人間は動けるのだろう・・・)

あの軽やかさ、あのノリの良さ、まるで 彼のからだは、ビートそのもの。音楽の神さまが精巧に作ったマシンのように正確で美しい。

2ビートのリフレインが 徐々に高まる 
大好きな「ビリーー・ジーン」の興奮。
歌とダンスがコラボする究極の形。
彼と共に からだが自然に ビートを刻む・・・
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世界中を癒す 美しい映像と歌声 「ヒール・ザ・ワールド」
この曲は 9・11後のアメリカで ジョンの「イマジン」と共に
繰り返し 流れた曲だとか。

10年ぶりのコンサートにかける 彼の渾身の想いが、
リハーサルから 伝わってくる・・・マイケルの天才を 感じた。
ファンのために 決して妥協は しない。

しかしスタッフや共演者との なんとあたたかで すてきな関係!
まるで ひとつの家族のように 共に分かち合い 笑い合う・・・

彼の輝く笑顔を見つめながら、この充実こそ 彼の幸せの時間。
そう 感じていた・・・
世界最高のエンターティメント!!!
涙が こみ上げた。
このコンサートを マイケルに やって欲しかった・・・ 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

幼少期から 実父に 激しい暴力を受けて育ったという彼。
好きな音楽で 巨万の富を得て 成功しても、
どこかで「足りない」感じを 持ち続けた人ではなかったか。

不安や寂しさを 消すことができなかったのではないか。
「父のような大人」への嫌悪から 「ネバーランド」を作ったのか・・・
 
自分の心にも ネバーランドを 持ち続けて、
ピーターパンで いたかったのだろう。

満たされず 傷ついた幼少期のために、大人になることを、
幸せになることを 彼のこころが 拒否したのかもしれない。

多くのゴシップが 彼の周りで 消えることはなかった。
私たちは 次第に 奇妙な彼の噂や裁判の話ばかりを 聞くことになった。 



しかし 人に接する彼は 歌やダンスの熱狂からは 遠い。
物静かで シャイで・・・

世界の未来のために 環境破壊の恐ろしさを 以前から訴え、
世界中の恵まれない人々への連帯を 愛を 歌った彼。
LOVEと 彼が口にするとき その言葉は まさに
祈りのように 真剣なものだったのかもしれない・・・



天上の彼に やっと安らかな眠りは 訪れただろうか。
彼は 今、愛に包まれているだろうか。

~君は happyになれたかな?
みんながそうなるために 僕はダンスして 歌ってきたんだよ~
マイケルのそんな魂の声が 聞こえる気がする・・・


マイケル、あなたのご冥福を 祈ります・・・
どうか 安らかに お眠りください・・・

あなたの最後の贈りもの この感動的な「THIS IS IT」で、
最後に あなたの魂に 触れた気がした。

あなたは永遠のスターです。
その鮮やかな姿が 消えることはない。
本当に ありがとう・・・ 


(いつでも 音楽を言葉にすると もどかしい。
音楽は 言葉では表現できないと実感する)


 
by yuko8739 | 2010-01-29 00:25 | 音楽 | Trackback | Comments(2)

てぶくろ

昨日、てぶくろを もらった。
とてもうれしかった。ひと針、ひと針編んだ 手編みで
配色もよく かわいい 刺繍がついている。 
長さもあって 手首も温かく 指先が使えるようになっていて 便利だ。

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Sさんの目が 優しかった・・・
「これ 欲しい?あげますよ。また編むから いいの・・・」
ちょっと 胸がいっぱいになった。

この人は 自分の持っているものを 
こんなふうに 誰にでも 差し出す人・・・

仕事で知り合った Sさん。
76歳で 胸に抱いていた夢を実現した。
~地域の方々が 気軽に訪れる 憩いのカフェを作りたい~

多趣味で みんなから「できないことがないくらい」よくそう言われる
多才なSさんだが 年齢を重ねてできることが、少なくなっていく・・・
登山やウォーキング、スキーなども。
しかし 夢は 諦めなかった。

「外に出かけて ボランティアをすることは もう無理なの。
でも家のなかでなら 自分にも まだ何かできると思って・・・」
夫や娘の深い愛情と理解、友人の応援や協力に 背中を押された。

ひとりではできない店の運営は、年下の親友Wさんに 
パートナーを お願いした。
快く承諾してもらって 胸に秘めていた夢を ふたりで スタートした。

自宅を多少改装した このカフェでは 食事もできる。
定食やラーメン、うどんやそば、独居の老人が食べに来る。
サラリーマンも お昼にやってくる。

安価なメニューが安心で みんなうれしそうに 長居しておしゃべりしていく。

そんなお客さまの様子を見つめるSさんとWさんは  
最高のコンビ。時おり うれしそうに  微笑み合う。

~こんなふうに 思っていたとおりのカフェになって よかったね~
~喜んでもらえて うれしいね、がんばろうね~
そんなふたりの 心の声が 聞こえてきそう・・・

友情のすばらしさが 胸を打つ。
ふたりは 分かち合っている。
  ふたりの 美しい 微笑み・・・

(人生の 最後に残るのは「友情」
ふと 河合隼雄さんの言葉が よみがえる・・・)


76歳という年齢を 私は思う。
自分が76歳になったときに このような輝きを 持てるだろうか・・・
人の喜びを 自分の喜びに できるだろうか・・・

与えることで 与えられる。
そんな人生を 実践できるだろうか・・・


Sさん、また あなたのカフェに行きます。
料理上手なあなたの 最高の「お袋の味の定食」を 
また楽しみに 食べに行きます。

あなたとWさんの ふたりの姿をみつめながら 
私は 考えようと思います。

いろんな言いわけをせずに 自分の歩く道というものを・・・
それは なにか? それをどのように 実践するのか?
ヒントは あるはず、必ず あるはず・・・

生きている限り 自分にしかできないことが きっとあるはず。
私は あなたの生き方に 深く打たれました。
感謝しています・・・


Sさんのてぶくろを見つめながら そんなことを思っていた・・・
by yuko8739 | 2010-01-26 09:34 | ボランティア | Trackback | Comments(0)

Mさんの庭で・・・

24日(日)に 隣町で 「冬の自然勉強会」に参加。
講師は わが愛する自然の会「NWC」の代表 Kさん。
スライドを使いながら 3つのテーマを解説。
「美しい野の花」「花ときのこ」「命の水と◎山」・・・

野の花のスライド上映を観ながら 穏やかなKさんの語り口で 夢想する。
春の野山を ゆっくり深呼吸して歩きたい。
無性に そんなふうに 歩きたい。
早く 春にならないかな・・・

kさんの話のなかで 聞いたこともない地中の
「アーバスキュラー菌根菌」という言葉があった。

多くの場合、陸上植物の根はその組織内に入り込んだ菌類と
恒常的な共生関係を築いている。
このような根を菌根 といい、代表的なものが この菌なのだ。

この菌は4億年前の地球に すでに存在していたと聞いて驚いた。
海中の藻類などが 陸上に移るときにも 
この菌の「どんな植物とも相性がよく どんな植物にも
養分を与える」という性質が 植物界の形成に 大いに役に立ったことだろう。

なんだか聞いていて その頃の地球のイメージが湧いてきて、
ドキドキした。アーバスキュラー菌根は すべての植物を助け、
ネットワークでつながっている。
自然とは なんて すてきなんだろう・・・

そして ショックだったこと ひとつ。
秋によく 野原で見かける 美しい野ぶどうが
あんなに美しいのは アブや蠅などが寄生して
産卵するせいらしい!!!驚いた~
(そのメカニズムが知りたい)

自然界とは まか不思議で 人智を超えた驚異の世界・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その後、この町の「私の夢のオアシス」M・Kさんのお宅を訪問。
M・Kさんとは NWCの会員仲間。
会の記念誌発行がご縁となって 親しくさせていただいている。

数年前に 札幌から この街に移住してきた。
それは それは 美しくて すてきなMさんの家と庭は 感動的!
季節ごとに ずうずうしく 私は何度も訪れてしまう。

春、夏、秋、冬と どの季節もすばらしい。
アカゲラやシジュウカラなど野鳥がいっぱい。エゾリスも来るという。
Mさんのご主人の作った カエルの泳ぐ池(ビオトープ)も 最高。

自然の樹木や 野草でいっぱいの庭のすばらしさ・・・
そばには 町なかなのに 鮭の登る川も!
河川敷の広さと そこに立つ巨木・・・

夏は 風に木の葉がざわめく あの音がいい。
水の流れる音も いい・・・心を癒す さまざまな音や色、香り・・・
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Mさんの家は 著名建築家が設計、施工した。
そして・・・住宅雑誌にカラー写真で 何ページも特集されるような、見たこともない 夢のような住宅なのだ・・・

特注の広いガラス窓から 庭を一望。
薪ストーブの燃える 窓辺。
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外の自然と家のなかが 優しく つながる。
豊かで 深い 時間・・・

そんなMさんの庭とお宅を訪問して また写真を撮りたいと
お願いしてあった。
快く承諾してくださったので 訪れて 驚いた!!!

Mさんが 超豪華 トリプルAランクの ものすごい「ごちそうランチ」を 
用意してくれていた。お弁当でも買おうと 思っていたのに・・・
「いつも言ってるでしょ、私って 料理が下手で。簡単なものしか 出さないの!」
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嘘です・・・最高のランチ。お料理もデザートも すべておいしく 美しく・・・
器もきれいで 愛らしく。
Mさんご夫妻と 会話が弾み なんという楽しさ!
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時おり 窓から 野鳥観察。
「あら また アカゲラがおなかいっぱいで 寝ちゃったよ~」

ああ・・・からだもこころも 溶けてしまいそうな しあわせ。
立ち去りがたい私に、蒼い夕闇が たちこめて。


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ご主人が 外の庭に埋め込んだ電球を つけてくださった。
どこか 山のなかの おしゃれなホテルにでもいるよう・・・
日常が この特別な場所では 非日常になる。
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帰路 車の運転をしながら Mさんのお宅と庭が いとしくよみがえる。
アカゲラ君 また会おう・・・
Mさん、すてきな時間を、幸せで満ち足りたひとときを心から ありがとうございました・・・

また 春の風にふかれながら 野山を歩きましょうね。今度 お礼に 私の手作りケーキを プレゼントしますので、立ち入り禁止だけは ご勘弁ください!

こんなにすてきな格別の場所に 行けるなんて。
ずっと 居させて もらえるなんて。
そして 帰る我が家も ひとつだけの my home。
平凡で 猫の額の庭だけど。
私の思いが 宿る場所。
ここも たっぷり 温かい・・・

帰る場所がある しあわせと、訪れる場所のある しあわせを、
受け入れてもらえる しあわせも。
 私は ずっと そのことを思っていた・・・
by yuko8739 | 2010-01-25 22:38 | Trackback | Comments(0)

映画好き 集まれ~

23日(土) わが映画の会 ◎◎シネマクラブ 主催
第一回「シネマ懇談会」を開催。
初回は 会結成のきっかけとなった 黒木和雄監督特集。

始めに NHK ETV特集『戦争へのまなざし~黒木和雄の世界~』を 上映。
この番組は 自分でもDVDで持っていて 今まで 何度も観ているが、
また こうやって大きなスクリーンで じっくりと観てみると 
何度 観ても すばらしくて 感動する・・・
 
その後 黒木監督と同窓のS代表に 宮崎県小林高校時代の
思い出を 語ってもらった。

黒木作品が大好きな メンバーkさんによる 黒木作品の解説。
「竜馬がゆく」「祭りの準備」などの初期作品から 『反骨の前衛作家』 
「TOMORROW 明日」「美しい夏キリシマ」 「父と暮らせば」
遺作の「紙屋悦子の青春」などの作品から 『誠実な反戦作家』 という 
黒木監督の持つ 二つの顔について解説。

最後に 参加者の自己紹介など。
05年11月に 会のメンバーふたり(私とMさん)が 監督の招きで
東京 府中の日活撮影所で、新作 「紙屋悦子の青春」を撮影見学した
思い出を語った。 (私は そのときの写真を持参)

黒木監督の 優しくて穏やかな笑顔が 私の胸に深く
今も刻まれている・・・

この作品の当地での自主上映には 必ず 来てくれると約束した
監督は 翌春の4月に 突然 脳梗塞で亡くなった。 
  この作品は 遺作となってしまった・・・

懇談会の後は 場を変え 居酒屋で懇親会。
再び 黒木作品への思いを 語ったり 初期の作品「竜馬がゆく」
の上映を 検討したり。

クリント・イーストウッド作品についても語ったが、それぞれ
好きな作品が違うのにも 驚いた。

私は断然「ミリオンダラー・ベイビー」
(イーストウッド、ヒラリー・スワンク、モーガン・フリーマン、
3人共に 最高だった)

次には「ミスティック・リバー」
(ティム・ロビンスの演技が すばらしい!)

「チェンジリング」が いいという人もいた。

 
自主上映をすることも大事だけれど もっと自分たちが 
楽しめる活動をしよう という意見もあって 「大賛成!!!」

チケットを売ることばかり考えるのは どうなのだろう・・・
それだと けっこうしんどい。
~しなければならない~という なかば「義務」的な 
活動ばかり 多くなるのは あまりよくないのかもしれない。


札幌などで上映している いい映画を みんなで観に行ったり
その帰りに 自然のなかで キャンプして 一晩中シネマトークしたり、 
そういうことも すごく楽しいのでは ないのか・・・

せっかく 映画好きが集まっているのだから、
いい映画で いい時間を。
いい語らいを! 
そして いい人生を!!!
by yuko8739 | 2010-01-24 22:19 | 映画 | Trackback | Comments(0)

百貨店が消えた日

多分、大都市を除く 地方の町では 同じようなことが 起こっているに違いない。
地方は このように 変化しながら 衰退していくのだろう。
大都市に住む人には 決して理解できないことだろう。
この 寂しさと 悲しさ どうにもできない現実は。

なんでもある町と ひとつしかないものが消える町とは まったく違う。
この町の 118年の歴史と思い出も 消えた・・・

2010年 1月20日 
この日 私の町から 百貨店が消えた・・・
かけがえのない なくしものをしたようで 放心している。

夕方のTVニュースで 百貨店の最後の様子を放映していた。
シャッターが 下りはじめても 店長をはじめ スタッフの方々が
深々と 頭を下げ続けた・・・

ついさっきまで、朝から出かけて5時近くまでこの店にいた。
妹と立ち去りがたく 涙を流しながら ふたりで買い物し、
名残惜しく 何度も振り返った店の 正面玄関の映像が TVに映っている・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

開店時から 駐車場は満車状態で 近隣のどの場所にも
車が止められなかった。
私はさまざまな場所を探し回り、やっと駐車できて、
そこから歩いて この店に着いた。
気温は7度で 大寒の気温とは思えない暖かさ。
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店内は ものすごい人の波だ。
お正月前の食品コーナーのように 店内は混んでいる
妹を探して やっと会えたので ふたりで1階の靴売り場に。
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セールのためか よい品物が 驚くような価格だった。
何度も履いてみて 心地よく 窮屈でなく それでもセンスのよい靴を
妹といっしょに 数足選んだ。

次に紳士服売り場で 家族のパジャマや靴下を買う。

大好きな食器売り場に行って 呆然とした。
もう ほとんどの品物が なかった。
和食器も 洋食器も 寝具売り場にも もうほとんど何もない・・・

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白いふきんと タオルを数枚だけ買った。
よく切れるK屋の包丁も 愛用している室内履きも、もう 何もなかった。

ふいに 寂しさが 波のようにこみ上げる。
もう 終るのだ。
この店は もう 私が知っている店ではない。
これが 悲しくて 辛い 最後の姿・・・

昼には妹と7階のレストランで 「広東風焼きそば」を食べた。徐々に セールの興奮が 悲しみに変わっていく。明るく話していないと 涙ぐみそうで。

7階のレストランの広い窓から 町が一望できる。
この窓辺に座り 何度 町を眺めただろう。
この町の あのあたりで 私は生まれた。

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7階から地下の食品売り場に降りるとき、アクセサリーバーゲンのある売り場の、トンボ玉のネックレスが 目に付いた。いつも欲しくて でも眺めるだけの トンボ玉。

そのなかに ひときわ目を引く 紅い玉のネックレス。これは なに?「海底サンゴです。オニキスとサンゴのネックレスですよ」欲しいなあ・・・そう思った。


あまりにも きれいな紅色に 心ひかれた。
デザインも いろいろで 可愛くて 楽しかった。
寂しいとき 悲しいときは 紅い色が欲しい・・・

最後の日の思い出に 買おう。
そう 思った。

妹と お揃いみたいに買った サンゴのネックレス。
とても うれしかった。
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最後に 地下の食品売り場に。
私がこの店で 最も多く訪れた場所。
おいしいものが いっぱいある 幸せな場所。

エレベーターで降りて また ショックだった。
肉も魚も もう ほとんどのものが ない!!!
ショーケースが 空。
もう 何も買えない・・・

レジで 「永い間 ありがとうございました」と頭を下げたら、
不意に 涙がこみ上げた。
我慢していた涙が ぽろぽろと 頬を伝う。

1階のフロアで 妹と去りがたい思いで 立ち尽くした。
去るべきか とどまるべきかと。
でも とどまって シャッターが下りるのを見たら、
私たちは 号泣するかもしれない。


さよなら 私の夢の居場所・・・若い頃は叶わなかった「夢」も
今 この年になって やっと 手に入れられるのに。
いつまでも 夢の続きが あると思っていたのに。

おしゃれは 人生を楽しむ いい方法だったから、
すてきな服と この店で 何度も どきどきしながら出会った・・・
しかし 明日は もう この店がなくなる。
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私は 妹に「帰ろう」と言った。
「最後まで居たら もっと寂しくて 悲しくて 大泣きしてしまうよ・・・」 

妹よ、今日は ふたりで過ごせてよかった。
深い感慨で 耐えがたい悲しみを共にして 涙を流し ため息をつき。
それは とても よかった、共感できる相手がいて・・・
ひとりでは 悲しみを 語りあえなかった。


今度は 札幌へ行こう。
ゆっくりショッピングして おいしいものを食べて 映画も観て
ホテルに泊まろう・・・いろんな夢を また いっしょに見よう。

今度は 違う場所で 夢と出会う。
よりどころを 見つける。


ありがとう・・・
この店が 永い間私の人生を 同伴してくれた。
家族の歴史、喜びや悲しみに いつも寄り添って。


悲しさのなかに 紅いサンゴ玉が 明りのように 胸に灯っている・・・
by yuko8739 | 2010-01-20 22:54 | からだ | Trackback | Comments(2)

ほっきご飯

ほっきは 冬が抱卵の時期で 栄養が蓄えられる。
また 冷たい海水で身がしまっておいしいというので、
冬の今の時期が 旬らしい。

ほっき貝は 正式には「うばがい」の仲間で
「北寄貝」と呼んだり 書いたりするのは、
北海道のアイヌ語源から 由来した名前らしい。

北海道 苫小牧市が ほっきの漁獲高が日本一。
道産子には 馴染みの深い貝が ほっき貝だ。

この貝は だしがよく出るので どんな料理にしても おいしい。
私が子どものころは 母は ほっきカレーをよく作ったそうだ。
今、ほっきカレーは 苫小牧の名物になっている。

甘い刺身や かき揚げもいいし、ゆでてマヨネーズと和えた
ほっきサラダもおいしい。
家族全員が大好きなので 私は ときどき 「ほっきご飯」を作る。

ほっき貝を剥き 砂に注意しながら洗い 
いいだし汁で小揚げを煮て ほっきが硬くならないように、
最後に ほっきを入れて すぐ火を止める。

生のほっき貝は 身が黒っぽいが 熱を加えると 
目の覚めるような 鮮やかな紅い色に変わる。
その変化は 魔法のようで いつもおもしろくて 見とれてしまう。

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その煮汁でご飯を炊き、最後に具を混ぜて 出来上がり。

今夜は ほっきご飯と ポテトサラダ、ふのりの味噌汁と
自家製 大根とカブの粕味噌漬けというメニューにした。

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おいしくできて 大満足!
やはり 地産地消で 旬のものは 味わいひとしお。
家族みんなが お代わりをして 喜んで食べてくれた。

ひと手間かけた 手作りのうち(家)ご飯こそ、 究極の 家庭の幸せなのかもしれない・・・
by yuko8739 | 2010-01-20 00:42 | おいしいもの | Trackback | Comments(2)

百貨店が消える日

明日、私の町の百貨店が 最後の営業となる。
道産子に「さん」付けで呼ばれるほど 愛された百貨店だ。

北海道の地方都市では ここ数年次々と 百貨店が消えている。
町の中心だった駅前通りなども 寂しい限り。
そして またひとつ 私の大好きな 大切な町の歴史が消える・・・


小さい頃、百貨店の屋上は 夢の場所だった。
百貨店には 父も母も ちょっとおしゃれして出かけたようだ。
写真の私も ワンピースにカーディガン。

といっても たいそうなランチをしたわけではない。
多分、ラーメンとか そんなものだ。
しかし ワンピースの私は フルーツポンチを食べている!
それが とても 楽しみだった・・・

今思っても 店内の記憶はあまりない、私は 子どもだったから。
大人になってから そこは また別の意味で「夢の場所」になった。

若い頃は 高すぎる洋服は 買えなかったけれど 少し無理をしても、
入学式や結婚式のスーツは ここで買った。
仕事をするようになった私は 少しづつおしゃれにも開眼していく。

スタイルはよくないので すてきに見える服を選ぶのが 
とても難しいが、ここでなら どうにか 自分がどきっとする 
洋服とも 出会えた。

自分のお給料を少しづつ貯めて 百貨店で 好きな洋服を買うのは
楽しかった・・・
着心地がよかったり、さわり心地がよかったり ラインがきれいだったり、
生地がよかったり、高い洋服には わけがあるのだと この店で 知った。

食器好きな私が ゆっくり見て 目の保養をするのは
和食器や洋食器のフロア。

お皿や器の数々、漆塗りの箸、すてきなご飯茶わん。
そして コーヒーや紅茶の繊細な磁器のカップや
カットのワイングラスや花瓶に いつも うっとり・・・

大好きなエプロン売り場、パジャマ売り場。
7階の催事場にも よく行った。
買えなくても 高級家具や毛皮 宝石なども 見るだけでおもしろかった。

毎回大人気の「うまいもの市」 日本各地のおいしいものがいっぱいだった。
混んで 歩くのも不自由だが 活気がうれしかった。

地下の食品売り場も 大好きな場所。
あそこの売り場の この食品・・・我が家の定番の食べ物が いっぱい!
隅々まで 知り尽くして 迷うことなく買える この安心も
もう 明日で終る・・・

我が家のタオルやバスマット、羽布団や枕など
ファブリック用品は すべてこの店のもの。

キッチンの包丁も 出汁をとるかつお節も この店で。
調味料や香辛料、東京のお菓子も この店で。
バレンタインの動物型のチョコも。
松花堂弁当も。

この百貨店で 秋には最後の「ふくろう文庫 特別展」を開いた。
それも もう最後だった・・・
この町の文化や産業と 密接につながっている百貨店だったのに。

この店の 今までのさまざまなシーンが 脳裏に浮かぶ。
すべて くっきりと クリアなイメージだ。
失うことになって どれほど自分にとって大きな存在だったか、
それがわかった気がする・・・

寂しいという言葉では あらわせない。
くやしくて、 見捨てられたようで、 町がしぼんでしまうようで、
腹だたしくて、路頭に迷うようで、もう行く場所がなくなるような・・・
もう 再び とりもどせない。

明日、私はこの店に 最後のお別れをしてこようと思う。
町の歴史と共にあった店、私自身の人生の歴史と共にあった店、
いわば 人生の同伴者の最後を 見送ろうと思う。

さようなら、そして ありがとう・・・
永い間 幸せを ありがとう・・・
  残念で 悲しくて なりません・・・



  
by yuko8739 | 2010-01-19 23:49 | からだ | Trackback | Comments(0)

女正月

~1月15日の小正月(こしょうがつ)のことを 女正月という。
早い所では 11日を女たちが 正月の挨拶(あいさつ)回りを
する日だという所もある。

福島県会津地方では、16日を仏の正月あるいは女の正月とよんで、
女たちが1日中仕事を休み、遊ぶ日とされている。

いずれも元旦(がんたん)を男の正月と意識したのに対応して
生じた名称である~辞典より引用~



お正月は 何かと忙しい女たちのために、
ひと休みするのが「女正月」なのだろう。

私たち4人の 子育て&ランチ&温泉仲間のTさんが、
12日 まさに「女正月」に 招待してくれた。

私は 前の日に ケーキを焼き 当日は 飯寿司やイカの粕漬け、
にしん漬けなどを持参して いそいそと 出かけた。



20代や30代の子育て時代は 中年になったらヒマが
できるのかと、思っていたが、とんでもなかった・・・

子育てが終っても それぞれが それぞれの仕事に就いて
忙しくなり みんなが揃って 会うことは 少なくなった。

だから 思いっきり話すために 年に何回か 温泉に泊まったり
するのかもしれない。
そうでもしないと 会えないし ゆっくり話せない・・・

親が病気になったり、子どもが怪我をしたり、
仕事で休みの都合が つかなかったり。
用事があったり 時には 自分の具合も 悪かったり。

いつでも 会いたいし 話したいのに なかなか 
いつもは揃わない仲間が Tさんの家に集まった。




招いてくれたTさんは お料理が好きで おもしろくて とても優しい人。
この人を嫌いな人など 世の中に いないのではないかと思う。
長女気質は 私とよく似ている。
もう 34年のつき合いだ。

34年前に 彼女と仲良くなったきっかけも 料理だった。
まだ そんなに親しくなかった私を 彼女が夕ご飯に
よんでくれたのだ・・・

私は ちょっと緊張していた。
彼女はとんかつを揚げてくれた。

誰かが作ってくれる 心のこもった料理が こんなにおいしいなんて!!!
そして 誰かと 仲よくおいしいと食べるご飯が こんなに幸せだなんて!!!

彼女のうちから帰る途中 夜道で 胸にこみあげた。
Tさんの優しさが 身にしみて 涙が こぼれそうだった。
とんかつが 私とTさんとを結んだ。
そして 私たちは 深くて永い絆を育てていくことに・・・

多分・・・今 わかることだが あのとき 私のなかに 
人を信じて 共に生たいという願いが 芽生えたように思う。

住んでいたAPには 友達がいなくて 私は初めての子育てに
戸惑う孤独な23歳の母親だった。
それは 胸がいっぱいになるくらい うれしいできごとだった。
私も こんなふうに お料理で 人を幸せにしたい・・・

その思いは 今でも 全く変わらずに 私のなかにある。
私が もてなし好きなのは 長女気質の性格もあるが、
多分 こんなことも 関係しているだろう。 


あのときから 34年・・・Tさんの松花堂弁当が 私の前にある。
紅鮭塩焼き、卵焼き、筑前煮 かぼちゃのフライ レンコンのカラシメンタイ詰め、
イカ刺し しめ鯖 エビ かにサラダ なめことみつ葉の味噌汁・・・
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いつも さりげなく人を温めるTさんの その心尽くしのお弁当を、ちょっと胸が熱くなる思いで 私はいただく。
おいしい・・・
からだとこころにしみわたる おいしさだ。

私たちには いろんな時間が 流れた・・・
思春期 子どものことで悩み 共に泣き 眠れぬ夜もあり 多くの喜びも 共有した。
夫への愚痴も 言い合って・・・
ただ 安心な場所がそこにあった。



「Give & Take」の意味を 私はいつも 思う・・・
Giveが 先なのだ。

まず先に 大きく「贈る、さしだす」 それから (もしそうできるなら)
少し「いただく」
そういうふうに 生きたいと 常に願ってきた。 


しかし、こんなふうに 先に、
もっと もっと先にも、
すでに 私は いろんなものを もらっているのかもしれない。
抱えきれないほど いっぱいのものを・・・

そのことに 気づかないまま 手渡されているのかもしれない。

それを 私は返そうと しているだけなのだろうか・・・

 
by yuko8739 | 2010-01-14 00:20 | | Trackback | Comments(0)

私のチャングム

1月2日、新年会の夜に 捻挫した私。
病院が開く4日を 待ちこがれて駆け込んだ。
骨に異常はなく 捻挫だとのこと。
湿布薬と痛み止めの飲み薬をもらって帰宅した。

数日経っても、痛みは なかなかひかない・・・
車の運転で アクセルを踏むときに 痛む。

そのころ ちょうど友人のkeiからTEL
「どうして早く来ないの。痛みには 鍼(はり)が よく効くよ。
楽になると思うけど・・・」
彼女は 1昨年から 「しん灸院」を開いている。



彼女は08年春に、57歳で 卒業式を迎えた。
3年間の学生生活と 家事を見事に両立し、
専門学校の しん灸科を卒業した。

もともとからだの仕組みに関心があり、自然治癒力を高め、
薬を使わずに 痛みを軽減する東洋医学に 興味があった。

パート勤務で働きながら 自分の役割を模索していたが、
専門学校のしん灸科を 60代で卒業した方がいることを知り
俄然 勇気が湧いたという。

一念発起し、猛勉強を始めて 04年12月に受験して合格し、
翌春に 入学。
3年間、睡眠を削っての苦学は 涙なしには聞けないくらい・・・

そして・・・念願の国家試験に合格した。
そんなkeiが 自宅を改装して しん灸院をオープンしたのが
08年の初夏のこと・・・

もともと、長~~い付き合いの 友達のひとり。
仲間うちでは keiのセンスのよさは 群を抜いている。
彼女なら さまざまなデザインの分野で 仕事ができるかも? 
そう感ることも しばしばなのだ・・・

着るものは もちろん、家具や食器、ちょっとしたインテリア、
すべて とても洗練されて すてきなのだ。
そんな彼女が 「癒し」をテーマにして しん灸室を作った・・・


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私は 多忙のあまり keiの診療には 今までなかなか行けなかった。
しかし 捻挫の痛みがよくなるのなら・・・

早く治るなら どこへでも行く!
そんな思いで keiの診療室へ。
静かで 温かな治療台の上で、からだの話やつぼの話。






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いつもより やけに優しい?(失礼・・・) keiの声・・・
ゆったりと癒されて、お灸の蓬の香りに 夢見心地・・・

郷愁を呼び覚ます香気が、私のこころとからだを包む。
なんとも 気持ちが安らぐ。

最後に 全身の筋肉を ゆっくりと 確認してくれる。
優しく触られることが こんなに気持ちがいいなんて・・・

「このことを 私は『チャングム』と名づけているの。
王さまの失明を治そうとして、チャングムが一晩中背中を
さするシーンがあるの。
あれから 命名したの」とkei。

あっ それは 昨日観たシーン!
今、毎日夫婦で欠かさず チャングム鑑賞をしている私は びっくり。

ふたりで 流行に遅れて 今頃「チャングムのファン」に
なってしまったのだが、なんと 昨日が 
王さまの背中をさするシーンだった!

つい私は、myブームのチャングムの エピソードに興奮気味。
~これって シンクロニシティ(共時性)???~
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鍼灸のおかげで 劇的に 捻挫の痛みが半減。
「こころが素直で からだも素直だから よく 効くんだね・・・
効き過ぎて ちょっと 恐いけど・・・」
これって 褒められてるの・・・?

私は 感激した。
東洋医学への敬意、
そして我が友への 深い感謝をこめて、
彼女のことを 私はこれから こう呼ぶ。
「私のチャングム~~~」と!
by yuko8739 | 2010-01-12 09:27 | Trackback | Comments(1)

前回の私のブログ「ありきたりは役に立たない」に、
さまざまな反応を いただいた。

コメントも いただいたし、
Sさんより 大変心に響く内容でしたと、
うれしいメールも いただいた。



私は 年の初めに 私の「あるがまま」を そのまま
受け取ってもらえた喜びを 書いたつもりだった。

そして 自分が そうしてもらって はじめて
他人には そうしていなかった自分に 気づいた・・・


多少 カウンセリングの原則を 説明的に書いてしまったが
それは 理解していただいたように思う。

ここで 誤解があるかもしれないことを ひとつ 
書き足したい思いが 湧いてきた・・・


例えば、友人が ありきたりなことを言っても、
それは 私を思い 気遣う愛情から出た言葉なのだということは、
私は 充分に わかっている。

それによって、友人たちの誰とも 関係が悪くなったりしたことは ない。
信頼感も 変わらない。
友情が損なわれることなど 決して 決して ない。


ただ・・・長く カウンセリングのワークショップなどで 
研修を積んできた自分の経験から 自分が欲しい言葉や 
欲しくない言葉が すぐにわかる・・・
(感情に添う!事柄につかない!と いつも厳しく鍛えられたから。
学んできたから)

「快 不快」には 敏感なのだと思う。

友に対して 深い愛情を感じて、信頼はしていても、
~この言葉は 私の欲しいものではない~と 感じることは ある。
ちょっと 違うよと 言いたいことも ある。

「私 ちょっと 傷ついたよ・・・」と 数日たって やっとの思いで、
伝えたこともあるし、違和感はあっても 何も言わないことも 多い。

まあ、いいか・・・と 自分の感情が 自然におさまることもあるし、
不思議なことに 本当に どうでもよくなることもある・・・
私は 嫌なことは忘れやすく、うれしいことは よく覚えている人間なのだ。
人間は なまもの=生身だから どんどん意識が変わるのは当然。

前のブログに書いた 「妻のあなたが しっかりしないと・・・」と
言った友とは 今もずっと 仲良しだ。
彼女がそのときに 私のことを心配して 心を痛めていたことを
私は 百も承知なのだから・・・

それに有形、無形のさまざまなものを 今までずっと
私は彼女から もらっている・・・

つまり・・・ありきたりな言葉は 役には立たないし、
それを聞いたことで 自分が 多少傷ついたとしても、
そのことが原因で 長く培った人間関係や友情が 
壊れることなど 決してない、私の場合は。

相手が どんな思いで いるのか ・・・
それが理解できないほど 私は幼稚ではない。

それでも・・・充分に???大人の私でも 大きい声で
違うよ~!それは 全然違うよ~!と 発作が起きるように、
叫びたいことも あるのだ。

そして 受容してくれそうな友には そのことを伝えてしまう・・・
多分、甘えているのだろう。
甘えさせて もらえるのだろう。
つまり 私にとっては そういう人は 「かけがえのない人」

大人だって 時には 甘えたい・・・

河合隼雄さんいわく
「大人とは 適切に依存できる人」


私の依存や甘えが どうか 適切でありますように・・・
そう 願うばかりだ。
適切か そうでないかは 他人の判断だろうから。


誰だって こころのなかには 甘えん坊の赤ちゃんの自分も、

反抗期のティーンエイジャーの自分も 
 
恋に夢中の 20歳の自分も

人生に疲れている中年の自分も いるし、

疲れを知らない 自分もいる。

つまり なんでもあり!!!


今までの 全ての自分の人生が、
まるでバームクーヘンのように、木の年輪のように、
積み重なって 『私』は創られている。

すべては 私のなかに。
問いも 答えも・・・

だから 自分のなかに ときには 甘えん坊の赤ちゃんがいても 
別に 不思議ではない・・・

「それで いいのだ」

赤塚不二夫さんのように すべてを肯定しよう。

それで いいのだ・・・
by yuko8739 | 2010-01-09 14:40 | | Trackback | Comments(0)