カテゴリ:音楽( 17 )

 

くものすカルテット北海道ツアー2017

友人と誘い合って、「くものすカルテット」のコンサートに行って来た。
知る人ぞ知る?知らない人は全然知らない!・・・という楽団。

先日撮影が行われた映画「モルエラニの霧の中」の坪川拓史監督が、
創立メンバーのひとりで、キーボード担当。
<以下、オフィシャルWEBサイトより引用>

舞台「上海バンスキング」などで有名な劇団「オンシアター自由劇場」
出身の俳優(片岡正二郎)と、「美式天然」の映画監督(坪川拓史)を
中心に、結成して20年、当初はカルテット(4人編成)だったが、
その後メンバーが徐々に増え、現在は主に7人編成で活動。

レトロな雰囲気を漂わせた(懐かし新しい)演奏と、
独創的なライブスタイルで人気を呼んでいる。
国内外で コンサートを行っている。

全国各地の映画祭やイベントにも招かれ、全国を巡業し好評を博す。
その活動は、朝日新聞、日経新聞、NHK等でも取り上げられ、
老若男女を問わず、着実にファンを増やしながら、現在に至る。

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隣町の山のなか、「イコロ農園」でコンサートが行われた。
雨模様のなか 道に迷いながらも農園に到着!
建物の外には ピザ釜や屋外の食事や喫茶スペース?もあった。
農園ランチもすてきだろうな。
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農園のオーナーの個人宅?が会場となっていた。
1年ぶりのコンサートだ。(去年は寒い日の石蔵コンサートだったので 
まるで冷凍庫の中!…とにかく冷えた)

顔見知りの方々もやってきて コンサートがはじまった!!!
くもカルコンサートは とにかく楽しい!!!
それぞれの楽器演奏のすばらしさが やはりプロ。
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それに 思わずいっしょに歌いたくなる懐かしいような楽曲。
からだが リズムに乗って知らず知らずに 動き出す。
いつもながら ユーモアあふれる話術と笑顔、演奏者たちの
音楽を楽しむエネルギーを からだいっぱいに感じる。
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会場の熱気がすごく メンバーは汗だくのコンサートだった。
暗くなって 6時半ごろにコンサートは終わり、友だちと3人で
久しぶりに 回転寿司を食べに行った。

待ち時間には 電気店に寄り「スマホ」の不明点を質問して
一瞬で解決、やはり何日経っても解決しないときは 専門家に!

疑問が解消して 気持よくおいしいお寿司を3人で楽しんだ。
いいなあ~好きな人と いっしょにご飯を食べるのは愉しい。


「人生の最後に残るもの、それは友だち」・・・その意味 わかる、わかる。
曇り空の遠くに 見えはじめた夕焼けが きれいだった・・・
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by yuko8739 | 2017-06-27 09:47 | 音楽 | Trackback | Comments(0)  

PecoDeRubo OrKestroコンサート

先月末に、坪川監督が率いる2つ目のバンドのコンサートに
出かけた。バンド名は、「PecoDeRubo OrKestro」
(ペコデルボ・オルケストロ)とは、エスペラント語で
「がらくたの音楽」という意味。
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前に行ったのは 坪川さんの「くものすカルテット」
音楽の愉しさを こころゆくまで感じて最高だった。
来春5月には東京のメンバーたちがやってきて またコンサートがあると
いうので すごく愉しみ!

ペコデルボのコンサートは 道内ツアーとして 
札幌、室蘭、伊達、函館4カ所で 行われる。
わが町では石造りの 古い倉庫で開かれた。

この倉庫には 何度かたことがある。
数年前に 坂本長利さんのひとり芝居「土佐源治も上演した。

少し早く着いたので 近くでそばで猫の譲渡会をしていたので、
少しニャンコと遊んできた、どの猫も かわいい。

受け付け時刻になったので 倉庫「庫楽夢」に行くと、
スクリーンに 古い無声映画が映し出されていて おもしろかった。
どこの国の映画だろう、アメリカ?フランス?
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応援団の仲間や 映画撮影で顔なじみとなった地方紙の
取材記者も来ていた。
古い石造りの倉庫なので、とても寒い。

暖冬の11月とはいえ、この日は一番の寒さ?日中の気温は2度。
薪ストーブで小枝や板などを燃やしていたが 追いつかない!
受け付けを済ませて 椅子に座るが・・・寒い。

巨大ボイラーに灯油を入れて点火したが 煙がもくもく!
誰かが「ちょっと これ 危ないよぉ!」
坪川さんが「酸欠コンサートですね、ふらっとした方は逃げてください」


そうするうちに赤ちゃん連れの若い家族や 学生らしき女性たちも
やってきた。さて、いよいよ開演!
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4人編成のバンドで、坪川さんがアコーディオンやキーボード、
山川ジョルノさんはバイオリン、窪田謙策さんはパーカッションと
テルミン。くものすカルテットのギター、ヒロヤスイングさんがゲストだ。

演奏は実に楽しく、坪川さんのユーモラスな話術に 会場が和んだ。
自然にからだが動く、東欧の音楽やピアソロのタンゴ、映画音楽。
プレイヤーも音楽の波に乗って、スイング。

音楽っていいなあ~と 寒い石蔵のなかでみんなニコニコ。
応援団のスタッフで パン屋さんをしているNさんが、
会場で 焼きたてのおいしいマフィンやスコーン、コーヒーなどを販売。
食べたり飲んだりしていたら いつのまにか 寒さはどこかにいってしまった。

休憩をはさんで ゲストの竹野留里さんが 歌う。
彼女は 坪川映画の市民キャストで、高校生だ。
3歳から民謡をはじめて 受賞も数知れない?実力派。
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「チムチムチェリー」や「オーシャンセリゼ」などを歌ったが、
途中で 江差追分の出だしを歌ったが、その天才的な謡い方に
鳥肌が立ちそうだった、すごい!!!

石蔵の演奏会は夕方5時に終わって 外に出たら真っ暗だった。
私のなかに 音楽が流れていた。

ひとつの楽器を 自由自在に弾きこなせたら 
私の人生は どんなに楽しいことだろうなあと感じた。

音楽は 歓びそのもの。
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by yuko8739 | 2015-12-02 21:43 | 音楽 | Trackback | Comments(0)  

落語会とコンサート

先日午前中は 大量の草取りをして庭仕事で汗だく。
その後「三之助をみたかい」という落語の会に 友人と駆けつけた。

この落語会で2回目となるが、伝統の話芸はいつ聞いてもすばらしい。
感情を込めて語られる、庶民の暮らしのそのおもしろさ!
そして、「人には人がいる」という救い。
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その後夕方には、映画応援団のスタッフも協力しているコンサート、
「くものすカルテット2015ツアー」の最終日の会に参加。
わが坪川監督がアコーディオン奏者として所属する 音楽コンサートだ。
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会場入り口には わが映画応援団のスタッフが集まり、写真パネルの
準備や受け付けなどが行われていた。
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コンサートチケットは、1ドリンク付き。
それと、応援団スタッフが手作りした3種のメニュー「モルエラニセット」や
マフィンやピザ、冷たく甘いコーンスープも会場前で販売。
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コンサートを聴きながら、食べたり飲んだりできる。 
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お客さまも続々と入場してきた。
いよいよ、開演。
私にとっては 初「くもカル」体験だ。

後ろから 客席を通って 音楽隊!が行列して歩き始めた。
軽快で なおかつ昭和レトロな懐かしいメロディ。
クラリネットを奏でるのは、すてきな猫!!!

なんと楽しい音楽隊! 
わが坪川監督はアコーディオンを 自在に操る。
ああ、いいなあ~初めからその音楽に魅了された。

コンサートがはじまると 唄とヴァイオリンの片岡正二郎さんの話芸や
伸び伸びとした歌声、坪川さんとのとぼけたコントなど、
パフォーマンスが なんとも心地よく。

それでいて その演奏のすばらしさに心打たれた。
コミカルタッチながらも 演奏はエネルギッシュで 最高だった。
選曲もセンスよく、各パートの力量もいかんなく発揮。

なんだかとても「肯定感のある音楽」のように感じて、
とてもHappyな感じになった私。
「いいよ、いいよ、それでいいよ」
「なんでも いいよ」そんな感じのメッセージを 受けたように感じた。

音楽を聴きながら そんなメッセージを感じることはそんなに多くない。
バンドのメンバーがそれぞれに個性的で その個性や生き方を
にこにこと 時には情熱をもって表現できる幸せを 
私はそんなふうに 受けとめたのかもしれない。 

いいなあ、こんなバンド。
猫のいる音楽隊は、いいなあ・・・

手が痛くなるほど手拍手して、からだは自然にビートを刻み、
音のなかにいる快感を堪能した。 
音楽って いいなあ~~~

軽食をつまみ、アイスコーヒーをいただきながら 
最高に楽しかったなあ!!!
私すっかり「くもカル」のファンになっちゃっいました!
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by yuko8739 | 2015-08-30 10:59 | 音楽 | Trackback | Comments(0)  

感動の“CATS”

今まで 映画は数えきれないほど。
演劇は 数えられるくらいは観てきたが。
昨年11月に どうしても観たくなり 友を誘ってランチ付きの劇団四季の
「CATS」鑑賞ツアー(日帰り:旅行会社主催)を 申し込んだ。
 

人生に出会った 大好きな忘れがたい歌、
私がいつも口ずさむ曲 NO1の「Memory」を聴きたかった。


そして2015年2月、いよいよCATSの日!
JRで約1時間半かけて 札幌駅に到着。
2月とは思えない春のような陽気で、厳寒のはずがなんと5度!

外に出ても ぽかぽかでコートが暑苦しいほど。
集合は 道庁前の赤れんがテラスの2階、昨年8月にできたレストラン。

ブュッフェスタイルでのランチは 11:00から。
同行の友たちと4人で 窓の大きな個室風のテーブルで
1時間半かけて おいしいランチを堪能した。

ステーキも やわらかで美味。
野菜を使った料理も多種あって おいしかった。
ミニカップに入ったジュレやケーキなど、スイーツが最高!
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その後 タクシーで北海道四季劇場に。
ロビーも混み合って 季節外れの気温のせいか熱気で汗ばむ。
ツアー申込みの際に S席にしたので とても見やすそうだ。 

さて、劇場の周囲には ゴミ捨て場を模した舞台美術が最高にエキセントリック!
私たちがいかにも ゴミ捨て場にいるよう。
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横の壁のゴミのなかから なにやら猫が顔を出して 客席をみている!
はっとした瞬間から もう私はCATSの世界に引きずり込まれていた!

ああ、この体験をどうやって伝えたらいいだろうか。
この世に 言葉や音楽やダンスや歌があるということの意味は 
こういうことなのだろうか・・・

そう感じるほどに 私は陶酔した。
すぐ隣は通路だったが その通路を風のように駆け抜ける猫たち。
舞台の上に くり広げられる美しい饗宴!!!
人のからだの動きとは こんなにもしなやかで 美しいものか。
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そして、ダンス!ダンス!ダンス!そして歌!歌!歌!
基本はクラシックダンスなのだ、きっと。
このゴミ捨て場の猫たちの物語に、ダンスの動きが命を与え、
歌は心情に寄り添いながら響き、こころは高まり 解放されていく。
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回転舞台は 生きる歓びの賛歌そのもの!
まるで鳥肌が立つような仕掛けやライティングの見事さ!
演出の手腕にも 深くこころを打たれた。
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今まではこのような演劇に 縁がなかった。
ミュージカルは 映画で満足していたが。
実際に目の前で繰り広げられるこの魅惑の世界に 私はこころを
わしづかみにされた。

こんなすばらしい世界を なぜ今まで知らなかったのだろう・・・
知ろうと しなかったのだろう。
もっと早く この魅力と 出会っていたら!

鳴りやまないカーテンコール、拍手、何度も挨拶にやってくる
すてきなCATS!!!
ああ、あなたたちは最高です・・・
1匹の茶トラの猫が私にすり寄り、汗ばむ手で 握手して去った。

ああ、CATS!!!
最高の1日、感動の舞台。

私は帰り道に、決めていた。
孫たちにこの公演を プレゼントしようと。

小さいころのCATS体験は、こころに どんなに大きな感動と、
夢の翼を与えてくれるだろう。

また、みんなで行くよ!24匹のCATSに会いに。
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~以上は私が買ったCATSのパンフ写真より~
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メモリー MEMORY

デイライト 夜露を払い
花は甦る ひまわりのように
待とうよ 夜明けのかなたから
あらわれる 明日を

メモリー 仰ぎ見て月を
思い出を辿り 歩いてゆけば
出逢えるわ 幸せの姿に
新しい命に

メモリー 月明りの中
美しく去った過ぎし日を思う
忘れない その幸せの日々
思い出よ 還れ

街の灯は 消え去り
夜の終わりが
古き日は去り行きつつ
夜明けが近づく
デイライト 夜明けとともに

新たな命を 日はもう昇る
この夜を思い出に渡して
明日に向かうの
木漏れ陽は輝き
光があふれる
花のよう朝が開く
思い出は去る

お願い 私にさわって
私を抱いて 光とともに
わかるわ 幸せの姿が
ほら見て 明日が

by yuko8739 | 2015-02-21 16:52 | 音楽 | Trackback | Comments(0)  

Nella Fantasia(ネッラ・ファンタジア)

数年前に買った、ケルティック・ウーマンのCDに、この曲が入っていた。
美しい曲・・・「ミッション」という映画のなかで流れた曲だと、覚えていた。

ジェレミー・アイアンズとロバート・デ・ニーロが主演する
南米を舞台にした、キリスト教の布教の映画だった。
イグアスの壮大な滝が、印象的だった。
もう1度 この映画もみたくなった、大好きなふたりが共演している。

確かにこの映画で、この美しい旋律を耳にした。
そして先日NHKBSの再放送「サラ・ブライトマンのラスベガスのショー」でも、
この歌が歌われた。

世界で最も美しい声、と言われる彼女の声で歌われたこの曲は、
本当にすばらしくて、恍惚感を感じる。


ここからはPCが大活躍!
Nella Fantasiaという曲は、やはり映画「ミッション」で使われた曲。
イタリアの名音楽家エンニオ・モリコーネ作曲の楽曲の、
『ガブリエルのオーボエ』(Gabriel's Oboe)にイタリア語の詞をつけたもの。

サラ・ブライトマンが何度も繰り返し頼みこんで、この曲に歌詞をつけることを
作曲者に許してもらったという、エピソードがある。
その後、多くのアーティストがこの曲を歌っているらしい。

歌詞の意味は、ジョン・レノンの「イマジン」のイタリア版とか。

Nella Fantasia(ネッラ・ファンタジア)~私の心のなかでは~

心のなかで、私は正しい世界を思い描いてみる
誰もが平和に正直に暮らせる世界を
私は、常に自由な心を夢見る
空の雲のように自由な
人間味に溢れた心を

心のなかで、私は明るい世界を思い描いてみる
夜でさえもそれほど暗くない
私は、常に自由な心を夢見る
空の雲のように自由な

私の心のなかには、友達のように
街から街へ吹きぬける 暖かいそよ風がある
私は、常に自由な心を夢見る
空の雲のように自由な
人間味に溢れた心を

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前から気になっていたことが、あっというまに明らかに
なるのは、PCがあってこそ、ありがたいものだ。

こういうことを調べようと思ったら、ひと昔前なら図書館に
行かなければならなかった、いい時代だと思う。

いろいろとnetで調べてみると、 この曲が好きな人も多かった。
歌詞の日本語訳を書いていたり、この曲を多くの歌い手が唄う様子を
聴くことができるように ブログに設定している人もいた。

私も遅ればせながら、リンクを張るという設定に挑戦!
どうでしょうか?

この歌をはじめて歌った サラ・ブライトマンの天使のような歌声
聴こえたでしょうか・・・

by yuko8739 | 2014-07-10 10:21 | 音楽 | Trackback | Comments(2)  

カタクリ山とコンサート

隣町の山奥で10年ほども笹刈りを続けて 自然の会の仲間が増やした
カタクリ群生地の通称は「カタクリ山」

4月にしては気温が驚くほど上がり、20度以上になるというので、
開花が一気に進むと思い 友を誘ってそのカタクリ山を見に行った。

7月初めのような気温に ぼおっと大気が緩み、山の桜も咲きはじめ。
キタコブシやあらゆる場所にヒメオドリコソウやワスレナグサ、
タンポポやヨモギの若芽、ツクシなど。

庭の梅やレンギョウ、早咲きチューリップ、どこもかしこも一気に春に様変わり。
短いコートを着て出かけたが 暑くて必要なかったくらい。

山を分け入り、いつもの砂利道を行く。
畑や果樹園、牧場や搾乳小屋?もあり 小川の縁には キクザキイチゲ。
道端のカタクリも満開状態。

新芽の芽吹く美しい季節となった林のなか 1本道は続く。
ああ、咲いている!
遠目にも 薄くピンク色が広がっている。
この気温では 暑がりのカタクリは ちょっと切ないかなあ・・・
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友は驚嘆の声!
「すごい、すごいね、こんなに広がっていると思わなかった。
笹を刈るだけで こんなになるなんて!!!」

群生した林のなかの小道にも カタクリの花やつぼみがいっぱい。
その他には エンレイソウ、ナニワズ、フッキソウも。
ああ、天国のよう。
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毎年11月はじめに、午前中数時間の作業を 仲間10数名と続けてきた。 
今はもう 信じられないくらいに笹は激減して この林はカタクリで埋め尽くされた。
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寒い林のなか、防寒着を着て腰をかがめながら カマで笹を刈ったのは、
夢のような この風景を想像できたから。
今は思った以上のすばらしい群生地となった。

この場所はカタクリが終わると 次は優雅なシラネアオイの群生地となる。
なんとすてきだろう・・・

うっとりと春の妖精を眺めてから 先日行った見晴らしのよいカフェでランチ。
新メニューのサンドイッチをオーダーした。
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オムサンドとヒレカツサンド、ユリ根のチキンスープ、マリネ、
そして珈琲とプリン、とてもおいしかった!

それから あるコンサートに出かけて行った。
自由席なので 行列ができるほどの混みよう。
60年代~70年代の懐かしいポップスが 見事な交響楽団の演奏と自由なアレンジで。

迫力ある生音楽の素晴らしさや 歌の力、歌詞のすごさに感動しきり!
からだが 思わず動いてしまう・・・リズムを刻むのは なんと楽しいこと。

魂に届くように響く カウンターテナーの歌声に、涙があふれた。
やっぱり私は 歌詞があいまいな今風の歌は じれったい。
欲求不満になる。

今日の岩谷時子さんの歌詞は 最高だった。
歌詞が美しく鮮明で 曲のリズムに呼吸のようにぴったりと合う、
彼女でなければ紡げない。
天才を感じる、さりげないけれど宝石のような歌詞の数々。

昔の曲は 音と言葉が 恋人のように分かちがたい。
それによって イメージが鮮明で 口ずさめる曲となる。
久しぶりに音楽の感動に満たされた いい時間だった。 

カタクリとコンサートのすてきな1日だった。

by yuko8739 | 2014-04-28 09:42 | 音楽 | Trackback | Comments(0)  

Yesterday

先日、NHK「SONGS」という番組の再放送を観た。
ポール・マッカートニーが出演していた。
ポールは 私のスーパースターだ。

その番組のなかで、彼のこんな言葉に出会った。
(Yesterdayについて 今年彼が語った言葉)

「当時はわかっていなかったけれど、今考えると
母のことを歌っていたのだと思う」

 
その言葉に ふいに胸を打たれて 涙がこみあげそうになった。
あの美しくて せつない永遠の名曲は 母を亡くした14歳の少年の
深いさみしさから 生まれた曲だったのか・・・


14歳だったポールにとって 母を失うかなしみは 
その後の生涯を通して 大きなこころの傷だったろう。 
1年後に 同じようにジョンも 交通事故で母を亡くす。

母を亡くしたふたりの孤独な少年は 同じ喪失感で 絆を深めただろうか。
そしてその絆から 彼らの音楽は生まれ、飛び立った、羽をつけて。
世界じゅうに。



私はビートルズが好きで 若いころに 分厚い伝記も買って読んだ。
そのなかで 彼らがロックバンドを始めた少年のころに、
エルビスを聞いて「自由な明るい気持ちを 取り戻した」
そして「夢中になった」と書いてあった。

エルビスの歌は ポールとジョンの母を喪うかなしみも 癒したことだろう。
ビートルズを聴いた 小学生の私にも 同じことが起きた。

こころが解放されて 元気になれる。
気持ちがいい、昂揚感、開放感・・・ときには 深く癒された。
ビートルズの歌と自分の魂が ひとつになった。

あのとき きっと私の人生に 音楽というものが ふいに現れたのだろう。
彼らの音楽は 多分私が死ぬまで 私と共にあり、
失われることなく 甘美で 永遠だろう。




彼らの音楽は ときにかなしく うつくしく ふかい世界から響いてくる、
私を誘うように。


そして Yesterdayは 母を想う歌・・・

by yuko8739 | 2013-11-16 20:33 | 音楽 | Trackback | Comments(0)  

映画の会アンプテスト会

音楽マイスターのいとこが 自主上映の映画の会で使うために、
小規模上映用のアンプを オークションで調達してくれた。
そのテスト上映会を 昨夜地域のコミュニティスペースで行った。

彼が選びオークションで入手したのは やはりD〇〇〇N。
日々私が聴いているアンプも この機器だが、
100インチのスクリーンに このアンプの豊かな表現力を味わうのに
映画「アバター」はぴったりだった!

みな、「まるで、映画館にいるみたい!」「すごいね」と 音響マイスターの選択を称賛。
私が持参したアニメーション、ソビエトのユーリ・ノルシュテインの幻想的な作品
「霧につつまれたハリネズミ」(10分)も鑑賞。
夢のような 詩情あふれる作品だった。


皆が、大満足で「これから会員限定で、内輪の上映会なども開けるね」と
新しい企画もはじまる予感。
小規模上映会も とてもいいと思う。

上映後にコーヒータイムなどで、観た作品について語り合うのは
映画好きにとっては、とても幸せな時間に違いない。

常に不特定多数に向けての自主上映ばかりでは ポスター貼りや
チケットを売ることに へとへとなので 楽しみもなくてはサークルは続かない。

昨夜、いとこが選んだD〇〇〇Nや小型スピーカーなどの音楽を聴いた数人が、
すぐにも「音楽の宅配」を 望んで いとこに頼んでいた。 


会の代表Tさんは「参ったなあ、自分も長くジャズを聴いてきて
いろいろと工夫したり 機器にもこだわってきたつもりだけど、
こんな音が出せるなんて!負けちゃったよ・・・」

ということで なんと翌日、(つまり今日)自宅に来てもらい音響機器を
チェックしてもらい、D〇〇〇Nを購入することを すでに決めていた。

 
女性のメンバーふたりも すぐにも自宅に オーディオ設置を希望していた。

私はちょっと鼻高々で 内心自慢の「音楽マイスター」でした・・・


この機器で この音楽を聴いて 欲しくならないわけがないもの!

by yuko8739 | 2013-05-02 08:48 | 音楽 | Trackback | Comments(0)  

せつない女神Ⅱ

こんな歌詞を見つけた。
歌詞だけでも 中島みゆきは、こんなにすごい!

彼女の言葉(歌詞)には 物語がある。
人が生きて 存在する孤独と哀しみが 物語となり 情景となる。
想像力を刺激する 圧倒的な情景が 浮かび上がる。

歌のひとつひとつが とてもドラマティックだ。
この歌などは 森羅万象 輪廻転生 まるで宮沢賢治の世界・・・

<昔から雨が降ってくる>
昔、僕はこの池のほとりの1本の木だったかもしれない
遠い空へ手を伸ばし続けた やるせない木だったかもしれない
あの雨が降ってくる
僕は思い出す 僕の正体を
昔から降ってくる 懐かしく降ってくる

昔、僕はこの海の1匹の魚だったかもしれない
話しかける声を持とうとした寂しがる魚だったかもしれない
あの雨が降ってくる 僕の正体を
昔から降ってくる 懐かしく降ってくる

昔、大きな恐竜も 小さな恐竜も
あの雨を見あげたろうか 同じ雨にうなだれたのだろうか 
あの雨が降ってくる
昔から降ってくる

昔、僕はこの崖の極みの 一粒の虫だったかもしれない
地平線の森へ歩きだした 疑わない虫だったかもしれない
あの雨が降ってくる
僕は思い出す 僕の正体を
昔から降ってくる なつかしく降ってくる
あの雨が降ってくる
なつかしく降ってくる



そして女のなかにある女性と母性を そのふたつの混沌の真理を歌にすると
こんなふうになるのだろうか。
女である私は ちょっとどきっとして はっとして 
そして 哀しくなった・・・ 


<私の子供になりなさい>
涙を見せてはいけないと 教えられたのね
そんなことない そんなことない そばに誰かいるのか次第
男は女より泣きたいことが多いから
あなたが泣くときは 私は空を見よう
あなたが泣きやめば ふたりで空を見よう
もう愛だとか恋だとか難しくいわないで
わたしの子供になりなさい

誰にもほめてはもらえない石の下の石
そんな日もあるそんな日もある 明日は明日のために来る
男は女には言わないことが多いから
疲れているのなら だまって抱いていよう
おそれているのなら いつまでも抱いていよう
もう愛だとか恋だとかむずかしくいわないで
わたしの子供になりなさい
わたしの子供になりなさい

もう愛だとか恋だとかむずかしくいわないで
わたしの子供になりなさい
わたしの子供になりなさい

by yuko8739 | 2013-03-21 10:36 | 音楽 | Trackback | Comments(0)  

せつない女神

先日、震災から半年後に 宮城でライブを開いた桑田佳祐が
朝日新聞のインタビューに答えて こう言っていた。

「すべての歌は、悲しみがベースになっているんじゃないか」
~悲しみを大声で叫んだものがロックンロールである~
と誰かが言っていましたけど、なるほどな、と思うんです。
悲しいとき、節をつけて叫んでみるとかね、
そういうことが音楽の正体なんじゃないかな」


私も そう思う。
もしかしたら文学も絵画も およそ芸術というのは 悲しみをどのように描くか、
表現するか、それが すべての正体ではないか。

そして悲しみを描きながら、すべての芸術は 不思議なことに 
悲しみを癒す力を 持つ。
そのゆえに 芸術というものは神々しく 奇跡のようなもの。

人の身近に起きた悲しいことは「悲しみ」
その悲しみから少し離れたり 時間が経ったり 何かが終わっても 
かなしさの本質が残る。

生きていると 心の底に降り積もるやるせなさ、切なさ、行き違い
どうにもできない人間の感情、かなしみを こんな言葉で現す女(ひと)がいる。


途に倒れて誰かの名を 呼び続けたことがありますか
人ごとに言うほど 黄昏は優しい人好しじゃありません
別れはいつもついてくる、幸せの後ろをついてくる
あなたは憂いを身につけて 浮かれ町あたりで名をあげる
眠れない私はつれづれに わかれ歌今夜も口ずさむ(わかれ歌)

悲しいですね、人は誰でも 明日流す涙は見えません

故郷へ向かう最終に乗れる人は急ぎなさいと 
優しい 優しい声の駅長が 町なかに叫ぶ
ふりむけば空色の汽車は 今ドアは閉まりかけて  
明かり灯る窓の中では 帰り人が笑う
走り出せば 間に合うだろう
飾り荷物を振り捨てて 町に 町に 挨拶を
振り向けば ドアは閉まる(ホームにて)

私の帰る家は あなたの声のする街角 冬の雨に打たれて 
あなたの足音を探すのよ、
あなたの帰る家は 私を忘れたい街角 
肩を抱いているのは 私と似ていない長い髪

こころが街角で泣いている ひとりは嫌いだとすねる
ひとり上手と呼ばないで 
こころだけ連れてゆかないで
私を置いてゆかないで
ひとりが好きなわけじゃないのよ

雨のように素直に あの人と私は流れて 雨のように愛して 
さよならの海へ流れてゆく
(ひとり上手)

夜は浅く 逃げる者には 足跡だらけの月明かり
比べるものが悲しいものも この世にあると 月明かり

風は走る 風は走る 今来た道を抱き寄せる
 
悲しみをひとひら かじるごとに子どもは、 
悲しいと言えない大人に育つ
(誘惑)

ふられ ふられて溜息つけば 町は夕暮れ 人並み模様
子守唄など歌われたくて とぎれとぎれのひとり唄歌う
明日は案外うまくいくだろ 慣れてしまえば 慣れたなら
杏(あんず)村から 便りが届く
昨日おまえの誕生日だったよ
(杏村から)

眠り薬をください、私にも、子どもの国へ 帰れるくらい
私は早くここを去りたい できるなら鳥になって

僕はどこへ行くの 夢を泳いで 夢を見ない国を訪ねて

今誰もいない夜の海を 砂の船が行く


こんな宝石のような詩を書く人、その人の名は中島みゆき。
昭和の歌姫として 永く 永く歌い続けている人。
彼女の歌を真剣に聴くようになった今 すごい言葉を紡ぐ人だと驚いている。

そして星のようにまたたくその言葉が 最も美しくfitするメロディを
自ら選んでいる、まさに天才から生まれた、というしかない歌の数々・・・


ずっとジョージ・ウインストンのピアノを聴いていたが、
今は ときどき中島みゆきの切ない歌詞に胸を打たれて なかなか離れられない。
口ずさめる歌は とても心地よい。

それもすべて名曲中の名曲、それも激しい歌ではなく 私の好みの
優しく切なく美しい彼女の唄ばかりを いとこが蒐めてくれたおかげだ。

彼女は 私とほぼ同じ年代で 北海道出身、故郷がいっしょだと
いうことは なんともいえないつながりを感じる。 
まるで 雪の匂いのするこころとからだを 持っているような・・・

彼女の詩(歌詞)については さまざまな人が熱狂し、
本を書いているほど。
なんて魅力的なのだろう・・・この哀しみは。

まさに中島みゆきという歌い手は 哀しみに言葉を与え
メロディとドラマを与える 稀代の魔法使い・・・


そして 哀しい人は 深い人。

足りない人は 与える人・・・

by yuko8739 | 2013-03-19 23:46 | 音楽 | Trackback | Comments(0)