ゆうゆうタイム

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カテゴリ:花( 3 )

6月の白い花

先日、友人と久しぶりにサークルの活動のあとに ランチした。
自主上映の映画「未来の食卓」への協力で、あちこち 友人とチラシやポスター、
チケットなどを配布して歩いた。 

すっかり 疲れて 昼もとっくに過ぎた午後2時半ごろに やっとランチもできる
小さなカフェに 着いた。
ゆるやかに風が入る窓際の席のすぐ外に 小さな梅のような
純白の一重の花が いっぱい咲いていた・・・



枝もふわりと垂れ下がり 茂みになって・・・たおやかに しなやかに風に揺れる。
思わず「きれい・・・」と 見とれた。


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「これは何の木ですか・・・?」と聞くと、
「梅花ウツギですよ。小さな苗木1本を植えたのに、数年でこんなに
大きく茂ってしまって・・・」とオーナーのすてきな女性が 静かな微笑。

梅花ウツギ、帰宅してネットでさっそく 調べてみた。
梅花空木と書く。
~梅に似た花を咲かせる茎が空洞になっている木~という意味らしい。

輸入種も多く、薄桃色の花や 芳香のする花もある。
でも、私はあのカフェで見た あの真っ白な花が好き。

去年は 狭い庭ながらも ナツツバキを 植えた。
この木は落葉高木で 別名はシャラノキ(娑羅樹)。
仏教の聖樹、娑羅双樹(さらそうじゅ)に擬せられ、この名がついたらしい。
これも 真っ白な花だ。

このところ、白い花に惹かれている・・・
梅花ウツギ・・・近々に苗を探そうとして 心のなかでこの木の名前を繰り返していた・・・

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朝日新聞、毎土曜日の連載エッセー 落合恵子さんの「積極的その日暮らし」
(6月26日) 「ありふれた朝の」から ~

~さして特筆すべきことはない。ありふれた朝。その中に、
1日の淡い幸福感の保証が潜んでいることもある~
と落合さんは エッセーを始める。

朝、自分の前を行く同世代の男性が曲がり角の黒いフェンスの前で 立ち止まる。
うつむき加減に咲く 純白の花をつけた細くしなやかな枝に 彼は手を伸ばす。

枝を折らないで!と思った落合さんの前で その男性は優しく枝に手を添え、
花に顔を近づけて 香りを嗅いだのだ。

花のひとつ、ひとつに顔を寄せて、ありがとうとでもいうように枝を撫でて、歩き出す。
ただそれだけ。
ありふれた朝のなかの数分間の光景・・・

そして落合さんの心の内側で 1日中 その姿が淡く輝き続けた・・・

このエッセーを読んだ私は その男性の花の匂いを嗅ぐ瞬間の その姿に
恋をしたような気分になった・・・そして 淡い幸福感。

エッセーは こう結ばれている。
~大仰な 大きな幸福とやらには慣れてはいないし、少々臆してしまう。
むしろ、誰かの仕草が引き出してくれる「生きているって捨てたものじゃないな」という
淡い充足。それでいい。それがいい。

調べてみたら 花はやはりバイカウツギ。
スノーベルという可憐な名前で出回っているようだ。
「最小不幸社会」の中の、ささやかだけど、至福の時、である~


バイカウツギが ここにも あった・・・


そして、ここにも。
朝日新聞 朝刊 声欄   梅花ウツギ  え(船山滋生)
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by yuko8739 | 2010-06-30 10:34 | | Trackback | Comments(0)

春の庭

例年なら もうウッドデッキには 春の花を植えた 数十個の花鉢がいっぱいの
季節だが 今年は寒かったのと 忙しさのせいで、まだ植え込みも始めていない。
居間から続く このデッキを 毎年花いっぱいにするのが 楽しかった。

時には 庭の花よりも熱中して 鉢の花を買い歩いた。
しかし、年を追うごとに 毎年植えつける手間と 水遣りも欠かせない1年草よりも、
植えっぱなしでも 毎年 むくむくと芽を出し、種もこぼれて元気に咲く
宿根草のバイタリティと健気さが 好きになっていく。 

今年は寒い春だったが 手間もかからずに よく育った私の庭の花たち。
福寿草にはじまり、スノードロップ、水仙、ヒヤシンス、ムスカリ、忘れな草、
エゾムラサキ、すみれ、すずらん水仙、チューリップ、淀川つつじ、八重桜、オダマキ、
野の花の ニリンソウやサクラソウも咲いた。
さまざまな 愛らしい色と形の花々・・・春の命の饗宴だ。

今年も こんにちわ!
よく元気に咲いてくれたね・・・
何の世話もしていないのに、こんなにきれいに 庭いっぱい咲いて。
北海道の庭の春は まさに百花繚乱で すべての色にあふれて 美しい限り!

今日は 玄関に庭の花を飾った。
自分の庭の花を飾るのは アパート暮らしをしていた頃の「夢」だった。

小さくても 花を育てる庭が欲しかった、そういうことに 憧れた・・・
私にとって それは「家庭の幸せ」そのもののように 思えた。

しかし花の咲く家が 幸せの象徴ということでもなく。
むしろ、家のなかのさまざまな悲しみや 切ない気持ちを 
庭の花たちが どんなものよりも 癒してくれると 今は感じている・・・
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明日は「ぽけっと」の6月の誕生会なので、
6月生まれのNちゃんが好きな チーズケーキを焼いて持参する。
ボランティアスタッフとこどもたちで 計11人分のケーキだ。

花を飾って幸せな気分・・・そしてチーズケーキを焼くいい匂いが
家のなかに立ち込める。
レモンをたっぷり入れるのが 私流。
レモンの皮の金色の香気が オーブンから漂う。

冷やしてから切らないと、こんなふうに 切り口がぽろぽろします。
みなさんチーズケーキを切るときは、気をつけて!味は?最高でした!
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そのあと 必死に あめ色たまねぎを炒めて 
yuko流の特選ポークカレーを作る。
豚肉の柔らかいこと、カレールーの なんというコクと野菜の甘さ。

夜は 映画の会議(反省会とチケット清算)なので、カレーを作っておく。

花とチーズケーキとカレーの いい1日だった・・・
幸せで おいしい1日。
by yuko8739 | 2010-06-05 00:15 | | Trackback | Comments(0)

花のしあわせ

昔からというより まだ幼い頃から 花が大好きだった。
ふきのとうが、南斜面の雪のなかから顔を出すと 
春の入り口が 開くような気がして こころが弾んだ。

1本のたんぽぽでも すみれでも、つくしでも よもぎでも 野にある自然のものは
すべてなつかしく、美しく うれしい感じがした。
野の花も 庭の花も どちらも好きだった。

長屋のような集合社宅に住んでいた幼い頃に、よくご近所の庭から
きれいな花を盗んで 何回かは 母に叱られたことがある。
誰にも見つからなかったと思っていたが、今思うと みんな知っていても 
黙っていてくれたのかも しれない。
のんびりとした いい時代だった。

大人になっても、子どもと野の花摘みをしながら散歩するのは最高のしあわせだった。
自然は限りなく不思議で、謎めいて私を誘う。
今でも、鳥や蟻やおたまじゃくしを ずっと見ていても 飽きることがない。
好奇心で私の心は 満たされる・・・


自分の家を建てるときに 夢と現実は違うことに 気づいた。
家人の通勤の利便性や 子どもの通学路の安全やバス停までの距離を 
考えないわけにはいかなかった・・・

かくして 森のなかの小さな川のほとりに広い庭を持つ家が欲しいという
私の夢は消えた・・・自然や虫が嫌いな家人は 「そういう場所に家を建てるなら 
ひとりで住みなさい」 ・・・

かくして 今は住宅地のなかの 小さな敷地の小さな庭・・・
それでも あれこれ好きな花を植えては 喜んでいる。
野草もいろいろ植えてきたが、狭い庭ではなく 野の花は野で楽しもうと
思うようになった、「野の花は やはり野に置け レンゲソウ」・・・


ご近所にも 友人にも 花好きが多いので、苗をもらったり、花の株分けを
してもらったり 育て方なども 教えあったり 花仲間はいいものだ。

居間から続く広いデッキに 花が見えないのは寂しいので、
春になるとせっせと 庭以外にも デッキのために 数十個の鉢に花を植えこむ。
玄関先にも 吊るしたり 置いたりして 楽しんでいる。


だから私は 花屋さんも大好き!
時間を気にしなくていいのなら、何時間でも ずっと花を見ていたい・・・

先日、仕事で花屋さんに出かけた。
昨秋にパリとロンドンで 花修行をしたオーナーのHさんの話がおもしろくて
時間を忘れて聞き入ってしまった。とてもすてきな いい時間だった。
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Hさんは この町の他の花屋さんでは 決して見られないような薔薇を 仕入れている。
ため息の出る おしゃれなその色 その形 その香り・・・
まさに「色香」というのは この薔薇たちのために あるような言葉。
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薔薇は 一刻 一刻 時を 身のうちに宿らせて 変化する。その変わりようを 見ていると 花は何かを語りかけてくれる。ひとつの種類の薔薇でも 1本1本の個性の違いを 強く感じるという。。



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うーん、深くて すごい世界・・・

驚いたのは、アレンジなどで 何も考えなくても 花が自然に自分の位置を選ぶような
不思議な瞬間や感覚があり そして 手は勝手に動くらしい。
今もアレンジなどでは ほとんど考えるということはしない。
手が勝手に動くという。

その花屋さんで 写真をたくさん撮った。
今は 外は雪景色なので せめて 花の写真を楽しみたい・・・

花だって やっぱり1本、1本なら 人間だってひとり ひとり。

自分にご褒美として Hさんの店で すてきな花瓶と薔薇を買った。
う~~~ん、すてき。
こういうことが とても幸せな 私・・・

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by yuko8739 | 2010-02-24 23:08 | | Trackback | Comments(0)