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カテゴリ:映画( 128 )

「モルエラニの霧の中」完成試写会

いよいよこの日を迎えた。

私は朝からかなり興奮気味。

巣立つわが子を 見守るような気分。

心配と安堵と、そして少し寂しいような・・・


会場は満席と聞いているが、どんな感じだろうか。

今まで9度の暖かさだったが、今朝は一気に7度下がった。

そんなことが 客足に影響しなければいいけれど。

昼前に家を出たが寒い!雪がちらつき、また冬に逆戻りした。


会場に着き、受付ブースでさっそくチラシの折り込み作業を始めたが、

1時半の上映に、12時半過ぎからお客さまが並びはじめた。

東京会場、札幌会場2か所の上映はすでに終わったが、

どちらの会場でも、故郷を思いながら涙を流す人がいたらしい。

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ほぼ満席の会場で、監督のあいさつから映画は始まった。

5年前からのいきさつを語りながら、感無量の面持ちの監督。

ユーモアを交えながらも、この日を迎える喜びに満ちた笑顔。


そして・・・映画は始まった。

7話 冬の章 水族館のはなし / 春の章 写真館のはなし /

夏の章 港のはなし / 晩夏の章 Via dolorosa

秋の章 科学館のはなし / 晩夏の章 蒸気機関車のはなし

初冬の章 樹木医のはなし /

すべてが 懐かしかった。

この撮影のすべてに 私も存在していた・・・


中間の休憩をはさんで 約3時間半。

今までも それぞれの章の撮影の終了後のミニ試写会で

すでに何回か見ているが。

しかしこうやって完成形として すべてを見終えると、

やはりこの形が この映画のすべてと思う。


感無量の思いが こみあげた。

坪川映画は 音楽がすばらしい!!!

胸に響くその旋律は アイルランド民謡の「庭の千草」など。

哀愁に満ちたメロディが 私のこころと体を満たしていく・・・


映画のラスト、映画応援団のなかに自分の名前を見つけ、

仲間たちの名前を見つけ、あらゆるこの町の方々や団体や

企業からの協力があってできた、奇跡のような映画だと感じて、

涙はとまらなくなった。

5年分の感動がこみあげた。


再び監督が登場し、市民キャスト数名も登場。

エピソードもあたたかく、なごやかだった。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

試写会が終わり、お客さまが会場を出ていく。

まるで街が主役のような美しい映画に 興奮冷めやらぬ様子。

寄付をしてくださった方、物販や記念の品を手に取ってくださる方、

賛助会員になってくださる方も多数、感謝。

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ああ、これで終わった、映画は完成した。

私の映画への奉仕も 終わった。

やり通せてよかった。

そしていつもながら思う、映画の世界はなんてすばらしい!


劇中歌「しずかな空」の歌詞が 

わたしのなかで くり返す・・・



翌朝起きたら、雪で道が真っ白だった。

たくさん咲いていたあの福寿草に 

雪は また降り積もったろうか・・・

2日めの上映会は どうなるかな。




by yuko8739 | 2019-03-24 07:37 | 映画 | Trackback | Comments(0)

W10修行は続く/もうすぐ完成試写会

先日、眼科検診のあと 検査後のぼやけている眼で写真を撮り、

帰宅してスマホの画像をPCに取り込んでみたら

なぜか、画面がさかさまになる。

えっ、なんでこうなるの?


ピクチャマネージャー(PM)で回転しても、ブログにupすると、

逆戻りしてしまう、ん?

W7では、こうならない。


PMで簡単にできるはずのことが W10ではできないのか・・・

また、ネットで調べたりして考え込んだ。

何気なく ピクチャーに置いてある上下さかさまの写真を

右クリックしてみたら・・・

なんだ、ここにあるじゃないの!!!


回転できるじゃない!逆戻りもしない、それなら簡単。

というふうに、またわからないことがひとつ解決解決した。


今までのW7とは10年近い付き合い、私とは一体化しているので、

なんの不都合もなく、なんの不可解もなかった。

画面も静かで自分仕様に設定していたので、違和感もなかった。


そういう状態に近づけようとしているが W10の使い勝手はまだまだ。

私が感じるのは、10年近く前に購入したW7のPCよりも、

なぜ最新PCのほうが ひと手間かかるのか?ということ。


PMで回転した画像は、W7ではブログにupしてもそのままだった。

それでも慣れるしかないので、ブログもW10からの投稿をはじめた。

10からW7に変える人の気持ちが 私には理解できる・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

撮影開始から約5年の年月をかけて わがふるさと映画の

「完成試写会」が3月末の2日間に行われる。

東京会場と札幌会場では、すでに試写会は終わった。

「モルエラニの霧の中」坪川拓史監督


5年前の春に、坪川監督からその話を初めて聴いた時の

驚きと感動!私は異様に興奮した、この町が映画になるの?


春浅いあの日、牧場の1本桜で撮影がスタートした。

初めて経験した交通誘導、風が冷たかった・・・

初日のお祝いにと朝早く蒸かしてお重に詰めた、

道産子仕様のお赤飯。私の定番スイーツ、フロランタンも

前日焼いて持参して喜ばれた。


ケータリングという言葉の意味を実感した。

待機し、過酷な撮影の合間のいいタイミングで 

熱いお茶やコーヒー、甘いものをさっと出す。


それから私は5年間ほどの年月、映画応援団の炊き出し

スタッフとして参加。

春や夏、秋や冬、四季折々の自然と

街の空気を 映画は刻む。


予定通りに撮影は終わらないし、はじまらない。

昼食が午後4時、夕食が午後10時過ぎとかになる。

いつでも温かいものを食べられるようにと 

炊き出しスタッフは ずっと待機し続ける。

家でコンビニ弁当を食べて待つ家族を思いながら。


長く大変な歳月だったが 自分がこのように輝いた時はない。

思い返せば 自分の人生の大切な時をこのような形、

つまり総合芸術としての映画製作の一端を担い、

仲間と共に過ごせたことを、誇りに思う。


深い感慨に浸ってしまう。

感無量とは まさにこのこと・・・


私はなぜ このようなことをしたのか。

多少の苦労もして さまざまな調整もして

仕事を続けながら 家事や他のボランティアがあっても、

この炊き出しを続けたのか・・・


それは、映画の神さまが ずっと私を支えてくれた・・・

私はどうしても 映画というものに恩返しがしたかった。

映画は わたしの人生の教師だった。


私は読書と映画に 育てられた。

さまざまな奇跡のような映画から 人生の機微を知り、

愛の多様性、親子や夫婦の確執や葛藤、個人の尊厳、

国家と個人、戦争の悲惨、平和への願い、夢の実現も知った。

人生の機微や生きるかなしさと喜び、愛の陶酔を知った。


今、故郷の唯一無二の美しい自然や、昭和の香りのレトロな街、

そこに住む寡黙で静かな人たちの、ささやかで美しくて

不思議な物語をぜひ多くの方々に 大きなスクリーンで

味わってほしい。


さて、もうすぐ いよいよ開場です!





by yuko8739 | 2019-03-22 15:31 | 映画 | Trackback | Comments(0)

感動の「ボヘミアン・ラプソディ」

イギリスのロックグループ「クイーン」のリードボーカル、

フレディ・マーキュリーの愛と成功、そして苦悩と死、

そして肌が泡立つ熱狂を伝えてくれるコンサート!

すべてが 最高だった。

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音域がすばらしい彼の天性のボーカルに心はわしづかみにされ、
心底魅了された。やっぱりいいなあ、ロックは。
ロックとは 生きる命のエネルギーで、
生命体が持つ リズムそのもの。

そのなかにも抒情的で美しい旋律や、オペラのような
ハーモニーが陶酔感を生む多重録音、そして生きることを
励ます歌詞は人生の応援そのもの。

それは時代を超えて 魂に響き渡る!

クイーンは 誰もが欲しい言葉を誰もが聞きたい
メロディで歌ったのだ。

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私は、このバンドを詳しくは知らない。

この時期は・・・ちょうど3人の子どもの子育て真っ最中。

私は家事育児に翻弄され 社会や芸術とも隔絶されていた時期。

もちろん「クイーン」という名前は知っている。

ゲイのF・マーキュリーがエイズで亡くなったことも。

しかし、知っているのはそれだけ・・・

この映画をみて はじめてわかった。

F・マーキュリーの出自とゲイの苦悩・・・

パキスタン系でゾロアスター教を信奉する両親とも

違和感を感じていて親に反発し、孤独だった。

その後本名を改名して F・マーキュリーとして
ロックバンドの活動を行う。

エイズのために45歳で亡くなった彼の孤独と栄光が

主演男優の見事な演技で 今ここに甦った。

アカデミー主演男優賞受賞のレミ・マレックは
顔も似ていないが、次第にF・マーキュリーその人だと
感じさせる見事で自然な演技だった。

彼がゲイと告白しても元婚約者のメアリー・オースティンは 

彼の親友となり、彼を一生支え続けた。

その友情も 稀有で尊いと思う。

クイーンの名曲が 魂に響き渡る。

特に「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞は

ゲイとして生きる苦悩を 曲にしたらしい。
(ゲイの自分は 今までの自分自身を「殺した」と
表現したらしい、これからはゲイとして生きると)

なんだか彼の遺言のようでもあり・・・

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「ボヘミアン・ラプソディ」(歌詞 一部抜粋)
涙がこみあげて 止まらなかった。

ママ たった今人を殺して来たよ

彼の頭に銃を突きつけたんだ

僕が引き金を引いたら彼は死んじゃった

ママ 人生は始まったばかりなのに

僕はすべてを捨ててしまった

ママ

あなたを悲しませるつもりはなかった

もし僕が明日の今頃戻らなくても

何もなかったように 落ち込んだりしないで

もう遅いんだ 時が来た

背すじがぞっとした

いつも体中が痛い

さようなら みんな もう行かなくちゃ

君たちと離れて現実と向き合うからさ

ママ (どうせ何かが起こるんだ)

僕は死にたくない

僕なんて生まれてこなければよかったって思うことがある

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ロックシンガーを このように描いた作品で

こんなに感動するなんて!!!

一緒に見た友だちも、こういう映画は初体験。

でもこの数年見た映画のなかで最高の映画だったと言う。

誘ってもらって、見てよかったと感動していた。

こんな感動を こんなコンサートを見逃すなんて

もったいない、未見の方はすぐ映画館へ行くべし。

コンサートの圧巻の感動を 是非映画館で体感してほしい。

映画の帰りに ひとりのおしゃれなシニア女性が 

私に話しかけてきた。
(映画が終って拍手したのは私ひとり!)

この映画をみるのは5回目で、F・マーキュリーのことを
話すと もう止まらなかった彼女。

でもよくわかる、私だって何度も見たい!!!


by yuko8739 | 2019-03-01 16:10 | 映画 | Trackback | Comments(0)

祝祭/2月の旨いもの

夢をみた・・・まるで 祝祭のよう。

たくさんの人々が 色とりどりの洋服や帽子をかぶって

広場に集まっている。

5年もかけた ふるさと映画が完成したから

そのお祝いだろう・・・

映画作りを応援してくれた この町のみんなの笑顔がまぶしい。

幸せな笑顔が 広場にあふれている。

青い空には 色とりどりの風船がいっぱい・・・

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そんな夢をみた。

実際に「モルエラニの霧の中」という映画は 
撮影開始から5年後のこの春にようやく撮影が完了し、
編集作業がもうすぐ終わる。

いよいよ3月には 完成試写会が行われる。

寄付した方々には 試写会の招待券が送られている。

この町では3回、札幌と東京では1回の完成試写会が行われる。

監督から この話を聞いた日からもう5年の歳月が過ぎたのか・・・

なんだか、夢のよう・・・

炊き出しやケータリングなど 年間数回の撮影には 

自分のすべてを 捧げてきた。

きっと試写会では まともに見ていられないと思う。

号泣するかもしれない・・・恥ずかしいが。

私は 映画から多くの宝物をもらって生きている。

映画は総合芸術、芸術のすべての要素が結晶する。

文学、物語(脚本)、音楽、美術、カメラ、そのすべてが

紡ぐ物語によって 私は別な世界に運ばれる。

そこで夢をみる、感動する、泣いたりする。

いつまでも色褪せない永遠を この胸にとどめておける。

すばらしい映画に出会うと 子どものように魂が弾む。

幸せが ひたひたと波のように魂に満ちてくる。

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2月はインフルエンザや大寒波もあったが、
旨いものもいっぱい食べた。

長崎のアジで なめろうを作った。

生姜や青ジソ、自家製味噌などを混ぜて美味!

寒い海の贈りもの、根昆布をさっとゆでて酢醤油で。

これが 海の香りと歯ごたえが なんともいえない。

またまた、わが港で獲れた活きのいいイワシ。

すぐにイワシの南蛮酢を作る。

セロリとシソの香りが イワシのコクのある脂とマッチ。

最高のひと品。

生の岩海苔を買って、佃煮に。

これも海の飛沫の香り・・・自然を感じるおいしさ。

ふわふわで しっとり厚みのある手づくりの小揚げを買ったので、

こっくりと黒砂糖を入れて煮ておいた。

翌日、わが家の沢庵を乗せて いなり寿司を作った 。

最高においしかった!


by yuko8739 | 2019-02-19 20:33 | 映画 | Trackback | Comments(0)

自主上映「女を修理する男」

昨年にノーベル平和賞を受賞した、コンゴの婦人科医師、

デニ・ムクウェゲ医師の命がけの治療と 性暴力被害から

立ち直るための女性たちの困難と涙を描いたドキュメンタリー
を見に行った。

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映画をみて、言葉を失った。

5歳とか、7歳とか、赤ん坊までが性暴力の被害者となっている。

これは 現実の「戦争」なのだろう。

内乱と言っても 戦争なのだ。

そうでなくては このような残忍なことが

人間にできるわけがない、絶句。

戦争だからこのような狂暴で 女性の人生のすべてを奪うという

暴行がこれほど多く横行するのだろう。

凄惨な大量殺りくの村、性暴力を受けて生き残った女性たちには

何も残らない。

親も殺され、村八分にされ、学校にも行けず

暴行により妊娠した子どもを やむなく出産する。

性器を刃物で傷つけられた多くの若い女性や幼児は 

手術をしても ときに命を落とす。

2度と性交もできず、結婚もできず、生きていくすべがない。

これほど残酷な仕打ちがあるだろうか・・・

からだもこころも 徹底的に破壊されるのだ。

ムクウェゲ医師は脅迫を受け、一時はヨーロッパに移るが、

コンゴの女性たちはお金を貯めて 彼の旅費を作り

戻ってほしいと運動を始めて彼は戻ってきた。

命の危険を感じながらも これまで4万人以上の

レイプ被害者を治療し、精神的なケアを続けてきた。

たびたび国連で 女性の人権を訴え昨年は

ノーベル平和賞を受賞した。

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彼は国連などで 数年前から強く訴えてきた。

コンゴの性暴力は 性欲ではなく一種の武器だと。

世界で70%のレアメタルの産出地帯のコンゴ東部では 

このレアメタルの算出地域の獲得をめぐって

内外の激しい部族紛争が絶えない。

集団殺戮と性暴力で徹底的に村を破戒し、レアメタルの算出地区を

住民から奪うことが コンゴ内戦の実情なのだ。

レアメタルを デニ・ムクウェゲ氏は「紛争鉱物」と呼ぶ。

そして「レイプがコストの安い『戦争の武器』として使われている」と危機を訴え続けてきた。

私たちの使うスマホやパソコンなどの製品を作るために

不可欠な鉱物を巡って、コンゴでは多くの人が命を失っている。

コンゴ紛争が勃発して20年、コンゴでの死者は
540万人にのぼる。

報道もされないその事実を 今一度心に強く刻みたい。

悲惨な性暴力を産む元凶が 先進国優先の経済活動なのだ。

そのことを日本のマスコミが繰り返し 広く正確に
報道することを望む。

先進国に生きる私たちは、コンゴ産出のレアメタルを使わない、

という形で 紛争に手を貸すことを避けられるが、

(アメリカでは一部の企業の製品にそのような表示があるという)

日本では そのような方法で紛争鉱物を避ける企業は存在しない。

壊れてもいないのに スマホの機種変更をすることは、
コンゴの紛争や殺戮、無残な性暴力を助長することに

つながるということを、私たちは強く認識しなくては
ならないだろう。

全ての後進国の紛争や悲劇の本質は 

先進国の経済活動と 切り離せない。
なんと残酷なことだろう・・・


by yuko8739 | 2019-01-29 23:45 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画「サウルの息子」をみて

2015年制作のハンガリー映画。第二次世界大戦中のアウシュヴィッツ=
ビルケナウ強制収容所で、ゾンダーコマンドの囚人であるハンガリー人の
男サウルに起きる一日半の出来事を描く。
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(以下wikより一部引用)
ゾンダーコマンドとは、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが
強制収容所内の囚人によって組織した労務部隊である。
主な仕事はガス室などで殺されたユダヤ人の死体処理だった。

外部への情報漏えい防止のため、ゾンダーコマンドの囚人は
3か月から1年以内ごとに ガス室に送られて殺された。

40代のネメシュ・ラースロー監督は、この「ゾンダーコマンド」に関する
本(ゾンダーコマンド隊員の証言を収録した本:「灰の下からの声」
「アウシュヴィッツの巻物」としても知られる) を見つけ、本作の着想を得た。

共同脚本家ロワイエとネメシュ監督は 調査に数年を費やし、
その中で歴史学者から助言を得て2010年より脚本の執筆をはじめ、
2011年に初稿が完成した。

2015年、第68回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で初上映、
グランプリを受賞。第88回アカデミー賞では外国語映画賞、
第73回ゴールデングローブ賞でもハンガリー映画としては
初となる外国語映画賞を受賞。
その後も世界中の映画祭で数えきれないほどの賞を獲得。

「シンドラーのリスト」や「戦場のピアニスト」など
強制収容所を描いた作品は 世界中で製作されているが、
他のどんな映画とも 全く違う作品だった。

独自の撮影方法と語り口で 説明を一切廃した焦点の合わない画像と、
主人公サウルの顔のクローズアップだけが 延々と続く。
正方形の画面に戸惑っているうちに、いつしかサウルに自分が重なっていく。
他にはない独自性と個性を持つ映像が、世界中で絶賛されている。


最初は、とまどうばかり。
情況が よくわからない。
カメラの焦点が合わず、なにが起こっているのか見えない。
そのうちに、この収容所で シャワーを浴びるためと
裸でガス室に送られ、殺されるユダヤ人の死体処理や
片づけをしているのが サウルの仕事とわかってくる。

ここでも床に転がっている死体には カメラは焦点が合わない。
ただ、焦点が合うのは 主人公の顔のクローズアップのみ。
カメラは阿鼻叫喚のガス室周辺の様子も ピントが合わない。
ただ、労務者たちは機械のように 効率よく殺された人を片づける。

混乱のなか、手振れするカメラの動きに次第に自分が取り込まれていく。
そして観客は主人公と一体となる。
この地獄のなか 無言で無感覚にならなければ、生きていけない。
そのサウルがあるとき、ガス室で生き残った少年をみる。
すぐに医師は口をふさぎ、息をしていた少年を殺す。

その子の遺体を サウルは執拗に追う。
医師には、知っている子どもなので正しく埋葬してやりたいという。
しかし、その頃同僚たちは密かに武力蜂起の準備をしていた。

ガス室の殺戮が間に合わないほど 多くのユダヤ人が運ばれてくる。
穴の前で 次々とユダヤ人が銃殺される銃声が響く混乱のなかで、
ただ、サウルは少年の遺体を探し、自分の寝床に運び、
埋葬のためのラビ(宗教指導者)をさがす。

サウルはいう「息子を正しく埋葬してやりたいんだ」
同僚は言う「なにを言う、お前に子どもなんかいないだろう!」
ここでまた 私たちは混乱する。
サウルに こどもはいない?
誰だ?この子は?


無力蜂起に協力もせず、サウルは埋葬してくれるラビを
狂信的に探し続ける!どこにいる?息子を埋葬するラビは!

大量殺戮と武力蜂起の不穏な混乱状態でサウルは何度も
殺されそうになりながら、一心にラビをさがす。
他のことは何も考えない。

武力蜂起の最中で サウルたちは森に逃亡する。
サウルは 布に包んだ子どもの遺体を抱えながら 
ゾンダーコマンドの仲間と必死で森を駆け抜け 川を渡って逃亡する。
いつしか、サウルの腕から流れ落ちて 子どもの遺体は川に流されてしまう。

ラスト、隠れた小屋の入り口で 村の子どもの姿を見て 
はじめてサウルは笑う。
なぜ、サウルは笑ったのか・・・
そして最後は・・・


謎だらけの映画、意味不明、理解不能。
そう思う人も 多いだろう。

しかし、この地獄のなかで 親子の愛にすがりついて、
他の一切はかまわず そこだけで彼は「正気」を保ったか。
自分には 子どもはいないとしても。

自分もすぐ殺される身で ガス室の死体や
血液や糞尿などの汚物を掃除し 手足のない解剖遺体を
みて暮らすことに 人間が耐えられるわけはない。

人は、人でなくなるのは簡単だろう。
かなしいことに 人は慣れてゆく。
ただ、どこの子かわからないけれど サウルは息子と信じた。
自分を父と 信じたのだ・・・

息子には正しい埋葬を、そう願うのはあたりまえのこと。
それが異常な行為となるのは その場が狂った暴力と
死の蔓延する世界だから。


サウルの笑顔の意味は なんだろう。
混乱と究極の喪失のあとで 川に流れた少年が
生きて戻ったと 錯覚したのか・・・ 
監督はいう。
「観客に その解釈は任せたい」

以下、WIKより
The A.V. ClubのA・A・ダウドは映画に「A-」の評価を下し
「『サウルの息子』は強制収容所という生き地獄に
絶望だけでなく本当のドラマを見出す稀有なホロコースト・ドラマである」
「『サウルの息子』は労苦に人間性を、行動にアイデンティティを見る。
それは、数字に還元されてしまうような何も持たない男が、
主に無意味な悪の巣窟で何らかの意味を見出すことによって、
彼自身を取り戻す様を見つめる」と、映画の独創的な視点を讃えた。
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by yuko8739 | 2019-01-10 13:13 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画「ウインド・リバー」をみて

今年春のアカデミー賞授賞式で この映画のことを知って以来、
ずっとみたかったが、やっと12月5日からレンタル可能となった。

2017年第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で
監督賞を受賞。主演は「ハート・ロッカー」のジェレミー・レナーと、
「アベンジャーズ」シリーズのエリザベス・オルセン。

ネイティブアメリカンが国策として追いやられた、
ワイオミング州の辺境の極寒の町、雪深いウィンド・リバー
その町で 若い女性の遺体が発見された。

遺体の第一発見者は 地元のベテランハンターコリー・ランバート。
現地に派遣された FBI新人女性捜査官ジェーン・バナーは、
マイナス30度にもなる厳寒の気候のなか 慣れない雪山捜査は難航する。
ハンターのコリーに協力を求めて 共に事件の真相を追うが……
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冒頭から、家畜を守るためにオオカミやピューマを狙撃する
コリーの緊迫感がひしひしと伝わる。
一歩間違えば 自分が死んでしまう緊張。
雪一色の大地のなか、保護色の白い上着を着たコリーは
厳しい自然の掟のなかで 戦う男の姿そのままだ。

白一色の自然のなかで コリーは裸足の足跡を発見し、
血を吐いて凍死している若い娘を見つける。
彼女はマイナス20度の夜に 裸足で逃げて力尽きたようだ。

この気温では激しい呼吸で肺細胞が凍り 吐血して死んでしまう。
いったい 誰に追われて逃げたのか・・・
のちに彼女は 強姦されていたこともわかる。

厳寒のウインド・リバーに薄着で現れた捜査官ジェーンは、
地元の人々から、お荷物扱いされるが 
コリーと雪山をスノーモービルで駆け回って操作するうちに、
次第に真相に 近づいていく。
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主演のジェレミー・レナーが 特にすばらしい。
コリーも 自分の娘を同じように失くした辛い過去を持つ。
原因は不明だが、そのために夫婦は離婚し、
幸せな過去は もう戻らない。

夫婦は互いに 自分の孤独のなかに埋没して生きている。
多くを語ることはない中年のハンターが、女性捜査官に
亡くした娘のことを 淡々と語るシーンには
深いかなしみを かきたてられた。

また、遺体で発見された若い女性の父はコリーの友人だったが
娘を失くして絶望する友に、コリーは自分の体験を伝える。
「悲しみから逃げてはダメだ。
逃げると悲しみは消えない。
受けとめるんだ。
そうでなければ、亡くなった娘との幸せな思い出さえも失ってしまう」

そして「なにもない町」の麻薬中毒の怒り狂った若者たちにこう諭す。
「世界を憎むか、自分の怒りの感情を憎むか。どっちだ?
世界を変えるのはむずかしいから、
俺だったら 自分の感情を変えるほうを選ぶ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ボーダーライン」「最後の追跡」で、
2年連続アカデミー賞にノミネートされた
脚本家テイラー・シェリダンが、前2作に続いて
辺境の地で起こる事件を描いた自らのオリジナル脚本をもとに
初監督をした。
この映画は 全米4館でスタートし、その評価の高さから
クチコミで話題を呼び、6週連続トップ10入りという
ロングラン大ヒットを記録。

カンヌをはじめ 世界中の批評家に絶賛された。
ウインド・リバーに暮らす主人公コリーを演じたレナーは
「今回の役柄は父親として共感できる部分が多い。
複雑で深い心情だった」と語る。

シェリダン監督は、「悲劇から前に進む」ということを、
キャラクターを通して模索したかったという。


犯人捜しのサスペンスでありながら、アメリカの辺境を舞台に
先住民族ネイティブアメリカンが抱える闇や差別、
置き去りにされた者の慟哭、消えない人間の悲しみと孤独を
深く描ききながら 私たちに告発する。

静かなウインド・リバーの自然のなかで
起きた殺人事件とその根源に横たわる「偏見や差別」を
深く考えさせる、見事な作品だった。
by yuko8739 | 2018-12-11 11:28 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画「ロングロングバケーション」をみて     

雪が降り、気温が下がり真冬日のような日に映画をみに行った。
認知症の夫と末期がんの妻の話。(シネマトーラス自主上映)
すてきな夫と妻は、人生の最期をこんなふうに過ごしたのか・・・

ヘミングウエイを熱愛する夫は元大学教授、
人格も気質もすばらしい男性。
社交的な妻は人や会話が好き、ユーモアたっぷりの前向きな女性。
とてもいいコンビネーションの夫婦だと思う。
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互いに深く愛し合い、どちらかが欠けた人生は考えられない。
大人になった子どもたちにはなにも言わずに、ふたりは旅に出る。
認知症と末期がんの夫婦だ。
子どもたちは慌てふためくが、親譲りの古いキャンピングカーに乗って。
ふたりは出ていく。(このキャンピングカーの名前が映画の原題)
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妻は夫が熱愛するヘミングウェイの住んだ家を目指して進む。
認知症の夫が なんとか車を運転する。
キャンプ場の夜、ふたりで子どもたちの幼かった頃のスライドを上映する。
懐かしい思い出にひたりお酒を飲む。
このスライドのなかの「過ぎた時間」こそは 夫婦のかけがえのない宝物。
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主役のD・サザーランドがいい味を出し、英国女優ヘレン・ミレンの
豊かな感情表現は名演だった。
ときに夫は粗相をしたり、最愛の妻を浮気相手と勘違いしたりする。
しかし人生の終わりにも ユーモアは救いの宝石のように散りばめられる。

一時の浮気をしても 夫が愛しているのは妻なのだし、
怒りにまかせて 妻は夫を施設に置き去りにするがすぐに連れ戻す。
旅ならではのできごとも 軽妙に描かれる。


懐かしいポップの名曲に乗せて 
ボストンからキーウエストまで アメリカの老夫婦は
キャンピングカーで南下したが・・・

だが、ラスト。
妻の決断には一瞬で現実が立ち上がり 我に返る思いがした。
私は自ら問い、問われる思いがした。

私だったら どうする?
それしかなかったのだろうか、他の選択は・・・
そんな問いが 消えずに残る・・・

互いなしには生きられない2人にとっては、
こうなるのが幸せだろう。
これが最高のラストシーンか・・・

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映画を見て 日本の老夫婦を考えてしまう。
日本は超高齢化の現実を これから迎えなくてはならない。
100歳を超えて元気な老人も増えているが、
だがしかし、すべてのことを手厚く介護されずには 
生きられない人もいる。

特に認知症は社会的には 一般化されつつあるが、
愛するがゆえの家族の苦悩も 深いだろう。

アメリカ人とは気質も全く違う。
日本の高齢の妻(80代以上?)の多くは
男尊女卑の国日本の稼ぎ頭の夫に従い、長い確執の暮しに耐え、
思いを口には出さず 溜めて生きている。
 
ユーモアが救いになるとは 到底思えない。
ユーモアには相手を思う「知性」が必要。
誰もが使える「技術」ではない。
シャイな日本人は 身体的なふれあいも なかなか難しい。

現実の日本の老夫婦の闇はより深く、
互いにより孤独であるように感じる。
決定的に日本人に欠けていると私が感じるのは 
会話の能力に乏しく、特に「相手の話を聴けない」ということ。

そのことを大切なこととも思わずに、聴く力を磨く努力をせずに
老いてしまうと、老夫婦は会話のない人生になる。
相手の快不快に 気づかないまま 理解もなく、通じ合わない
鈍感な夫婦になってしまう。

特に会話をせずに 自分の感情を妻にぶつけることしか
できない老いた男性は、みじめで孤独な最期になるに違いない。
 
そして自分の未来は どうなるのか。
最期の時には、何を選びたいだろう。

そして最期の時は 私は誰と過ごしたいだろう・・・
by yuko8739 | 2018-12-01 10:10 | 映画 | Trackback | Comments(0)

2018自主上映「沖縄スパイ戦史」

先週末に私の所属する、自主上映の映画の会で沖縄の映画を上映した。
私は沖縄の「戦争マラリア」については知っていた。
だが終戦時の沖縄で陸軍中野学校の「秘密戦」が行われ、
北部では島民を巻き込んですさまじい「裏の戦争」が
続いていたことを この映画で初めて知った。
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その作戦に動員されたのは、まだ10代半ばの少年たち。
銃を持ち、故郷の山にこもって米兵たちを翻弄した。
その彼らを「護郷隊(ごきょうたい)」として組織し、
そのスキルを持ち込んだのは、日本軍の特務機関、陸軍中野学校
出身のエリート青年将校だった。

こういうテーマの映画だから観客は少ないだろうと予想していたが、
なんと、予想以上の観客が次々と来場。
狭い研修室で 椅子を足しても、足してもまだ足りなかった。
初回上映の入場者だけで 100人を超えた。
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映画には私の知らないことも多く、一瞬も見逃すまいと映像に見入った。
監督は女性二人、「標的の村」や「標的の島」などで、沖縄の
現代の闘いを描き続ける三上智恵さん、そして学生時代から
八重山諸島の戦争被害の取材を続けてきた若き俊英、大矢英代さん。

沖縄の人たちが口をつぐみたい最も深い闇を こうして
映画にしてくれたこと、
みんなに広くこの事実を知らせてくれたことを、
本当にこころから感謝したい。

戦争末期の沖縄の人々は 同じ村に住みながら
互いにスパイとして告発し 殺し合う地獄もあったという。
それはすべて 陸軍中野学校の諜報活動の一端だった。

謀略で人心を惑わせ 互いの憎しみをたぎらせることもあり、
スパイの容疑をかけられて 多くの人が処刑された。
スパイ教育を少年たちに徹底し、米軍の捕虜になってさえ
収容所内でもさまざまなやり方で 攻撃かく乱した。 
また軍の秘密基地で労働させた少女まで スパイとして処刑しようとした。

すべて日本の軍隊の目的「国体護持」のため。
兵隊は、決して人々を守らない。
国を守るという名目で なんでもする。
殺人、虐殺、マラリアの島に 軍刀で脅しながら強制移住させる。
人の命をどう思っているのだろう・・・

1944年、アメリカ軍上陸が予想される沖縄に 陸軍中野学校卒業生が
大量に配置されたが、波照間島にも正体不明の山下(偽名)がやってきた。
最初こそ物腰穏やかで子供たちにも親切だったというが、
その正体を現したのは沖縄戦が 始まったときのこと。

突如、平服から軍服姿になった山下は、島民を集めると
「日本軍の命令だ!」と、島民を波照間島から西表島に
強制移住するように指示を出した。

しかし、西表は当時マラリアの発生地域として恐れられていた島。
移住に反対する人がいれば、刀を抜いた。
恐怖の中、ジャングル生活で食べものもなく川の水を飲む生活・・・

波照間島の住民1590人のうち、1587人がマラリアに感染し、
477人が死亡した、これが「戦争マラリア」と呼ばれる事件だ。

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沖縄の悲劇の生存者たち、その苦難の刻まれた顔を見て 
その証言を聞きながら 怒りとかなしみがこみあげて 
何度も涙が流れた。 

よくぞこの困難を乗り越えて 生きていて下さった。
そして、証言して下さった。
ありがとう・・・
映画を撮った ふたりの女性監督、ありがとう。

映画は、これだけでは終わらない。
まさに今、万世諸島で進められている自衛隊増強とミサイル基地配備、
さらに旧日本軍の残滓をはらんだままの「自衛隊法」のなかの
「野外令」「特定秘密保持法」の危険性を 鋭く糾弾している。


この映画を軽んじてはならない。
「これが、戦争だ!」
若松孝二監督も「キャタピラー」の上映会で言った、
「これが戦争だ!」と。

戦争になれば こういうことが再び繰り返される。
私の身にも、あなたの身にも。
それは 逃れようのない事実、真実。

こういう映画を上映できて よかったと思う。
たくさんの方々に見ていただいたことを 深く感謝している。
by yuko8739 | 2018-11-20 10:11 | 映画 | Trackback | Comments(0)

「モルエラニ」クランクアップと最後の炊き出し

4年半、映画応援団のメンバーとして「映画の王国」に献身した私・・・
それは自分自身が試されるような ハードな日々だった。
それでも がんばった以上の達成感がある。
充実した祝祭のようだった、我が炊き出しの日々よさようなら!

2018年10月15日、16日の2日間、ロケ場所となった水族館のそば、
前回も借りたS町会館に 4人が13時に集合。
どういうわけか前夜から私は風邪気味で 不調だった・・・
寒気とくしゃみ、鼻水がひどくて頭が重い。

それでもへたっていられないので、風邪薬を飲んでがんばった。
この日の夕食メニューは、脂の乗った旬のさんま60尾を生姜で煮る。
付け合せには粉ふきイモ。
汁物は、きのこ数種類を入れた秋のけんちん汁と漬物。
集まってすぐに 米三升5合ほどを研いで準備。
すぐさんまを20尾づつ 圧力鍋で炊く。
15分高圧をかけて、それを大鍋に移し 再度20尾も同様に。

大鍋に、全てのさんまを入れて煮汁を煮詰めていく。
生姜と醤油の甘辛い香りに 食欲が増す。
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一方では、けんちん汁の具材を用意。
エノキ、マイタケ、シメジ、ごぼう、人参、小揚げ、こんにゃく、
大根、豆腐、しみ豆腐と豪華なけんちん汁だ。

具材を全て切って、2つの大鍋でけんちん汁が完成。
さんまは醤油で煮たので 今日のけんちん汁は味噌仕立てに。

午後5時半には 40人分の夕食を完成.
ロケ現場の水族館の休憩所に運んだ。
卓上ガスコンロも用意して 汁物を温める。
だが、撮影が長引いて 誰も来ない・・・

昼も撮影が延びて、午後3時過ぎに昼の弁当を食べた人や、
食べなかった人もいるらしい。
それなら夕ご飯は いったい何時になるのかな・・・

夕方も過ぎて外は真っ暗、さすがに外は寒くなってきた。
そのうちに7時を過ぎて 数人づつ夕ご飯を食べにくる。
汁を温めて ご飯をよそい さんまを皿に乗せて漬物も出す。
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バラバラと手が空いた人が来て 夕食を食べていた。
そのうちに 女優の大塚寧々さんとマネージャーさんが
撮影を終えて 食事をとりにきた。
私たちの作ったご飯を ちゃんと食べてくれた。

そのあとで、千歳に向かう寧々さんに すてきな花束を贈呈して
みんなで見送った。
きゃしゃな寧々さんは「すごく寒いですね・・・」と夜の寒さにびっくり。

見送ってからまた数人づつが ご飯を食べに。
揃って食べないので 私たち炊事班も合間に食べた。

全ての食事が終って 片付け終えて また会館に荷物を運んだ。
娘宅に寄ってから帰宅。
午後10時前に帰宅して 風邪がひどくならないことを祈りつつ、
明日、最後の撮影日のために 夜中までかかってフロランタンを焼いた。

焼き終わるともう12時半、すべてを片付け、
明日の炊き出しの用意をして 寝たのが深夜1時半過ぎていた。

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16日 最終日
なんとか風邪もひどくならないようで、ほっとした。
朝、隣町の農家さんから新米を買いに行き、トマトなどをもらった。
サラダの付け合せにしよう!

帰宅して、お祝いとしてお赤飯を蒸かした。
最初の撮影日にも こうやってお祝いの赤飯を持参して喜ばれた。
最後の日も、同じくそうしようと決めていた私。
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Nさんは、バナナケーキを焼いてきてくれた。
そして前日の残りごはんで五平餅?も作ってくれておいしかった。
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赤飯をお重ふたつに詰めて、13時に会館に。
すでにみな集まって 昨夜の鍋などを洗っていた。
最後のメニューは カレーライスとサラダ。
私はさっそく 玉ねぎ20個を切って炒めた。
大きな中華鍋で炒めたが油馴染みが良くて、使い勝手のいい鍋だった。
だんだん玉ねぎがあめ色になる。

野菜を切ってさて、煮こみ始めた。
あめ色玉ねぎのおかげで ルーは焦げ色でおいしそう!
Nさんが鶏肉4Kをカットして ニンニクとカレー粉をまぶしてから
粉をつけて炒めて 鍋に投入。

ルーも入れて だんだんおいしそうなカレーに!
夕方に、この会館で撮影する市民スタッフ数名にカレーを提供。
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ご飯も大量に炊いたわりには 水加減もよくできた。
映画出演に 緊張しているみなさんだが、
「こういうカレーが一番好き」とお代わりしてくれる人も。
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水族館の撮影が終わり、会館の部屋で会議をするシーンの準備がはじまった。
一気に大量の資材が搬入され、スタッフ10数人がバタバタ。
私たちは台所に立ったり、廊下にいたり。
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監督もやってきて、撮影の打ち合わせとリハーサルをくり返す。
緊張が高まっていく・・・
「本番スタート!」の声に 身動きもせず息をひそめてじっと待機。
それを何度も繰り返す。
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時刻はもう午後10時を過ぎているが スタッフの誰も食事をとっていない。
やっと本番の撮影が終ると 次は2階で小松政男さんのシーン撮影。
同じく、リハーサルと本番のくり返しが延々と続き・・・
終わったのが深夜12時頃、小松さんに花束と拍手!

機材を撤収して テーブルにカレーやサラダを出す。
差し入れのケーキや 続けて行う「打ち上げ会」のおつまみも。
ビールなどで乾杯し、坪川監督の感謝の言葉・・・
「だれひとり欠けても ここまで来られなかった。
本当にありがたく感謝の気持ちでいっぱいです」

小松政男さんも挨拶、
「はやく完成した映画をみたいです。
こんなふうに映画を作る この町の人たちの協力に感激しました。
撮影完了おめでとう」
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赤飯も出して 食べてもらう。
市民キャストで小松政男さんの奥さま役の桃の枝さんとおしゃべり。
女優?さんなのに、とても正直で率直なお人柄に好感が持てた。
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1時間ほどで散会。
片付け終えて 2時頃に朝帰り。
なんだか、たったの2日間だったけど ぼおっーとした。
いろいろと片付け終ったら もう早朝3時を過ぎていた。
なかなか寝付かれなかった。

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翌日10時半には開館に出かけ、すべての道具を片付け。
掃除機をかけ、拭き掃除も完ぺきに終えた。
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急きょ帰宅してから 隣町に向かい 自然の会会議に出席。

夕方帰宅しても からだが動かなかった・・・
誠心誠意尽くしたのだという実感。
ああ、終わったのだ・・・

私のかけがえのない時代が こうして終わった。 

非日常のお祭りが こうして終わった。
by yuko8739 | 2018-10-19 12:27 | 映画 | Trackback | Comments(0)