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ゆうゆうタイム

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カテゴリ:地域( 21 )

町が消える?ニュータウンの悲劇

私の町ではただ一軒のショッピングセンターが閉店した。
日々買い物に通った馴染みの店。
大きな声の元気な魚屋のおじさんがが、大好きだった。

この町に住みはじめた30年前は 小さな商店数店の入った
寄り合い所帯だった。
買物に行くと混雑して混みあい、押し合いへし合い歩いたものだ。
人があふれていた。

肉屋さん、魚屋さん、野菜屋さん、
新婚の頃、毎日のように重たい買い物を引きずるようにして 
途中で休み休みしながら 遠いアパートに帰ったものだ。

おいしいものを食べるのは好きだったが、さほど作れる料理が
多かったわけではなかった。
それでも22歳の新米主婦の私は、おいしいと喜ぶ顔が見たくて
買物に足しげく通った。

その後、ニュータウンの人口が増えるにつれて、
ショッピングセンターも新築となった。
2階建てのその複合施設は、1階には市内のスーパーや、
おいしい熟成肉で人気の肉屋さんや 小さいながらセンスのよい洋服店、
花屋さんや雑貨屋さん、薬局、電気屋さん、靴屋さんもあった。

2階には美容室、床屋さん、料理講習のための調理室、
会議室などもできた。
他の町に行かなくても 買物とさまざまな用事には だいたい間に合った。

そのショッピングセンターの道を挟んだ隣には、市のサービスセンターと
バス停があり、図書館分室も会議室もホールもあった。
郵便局や信用金庫もあり、町の中心にコンパクトに
必要な公共施設が集まり、日常生活に困ることはなかった。

しかし、ニュータウンは いつしかオールドタウンになる。
子育て世代が歳を重ね、子どもは他の町へ出て行くようになると、
一気に人口は減り、高齢化率が上がっていく。
この数年で 独居老人も空き家も増えた。

ショッピングセンターも 急激に変化する。
靴屋さんがなくなり、薬局も撤退し 電気屋さんも消えた。
80代過ぎてもがんばっていた雑貨屋さんも 家族の介護で閉店。

そして、昨年12月に このショッピングセンターのストアが撤退。
テナント料金が高く 赤字続きだったらしい。
この町で 日々の暮らしを支えていた店が消えた。

そのストアが消えると、バスに乗って他の町に買い物に
行かなくてはならない。
車を持ち 運転できる人はまだいいが。
それにしても「明日は我が身」・・・
私もいつまで車の運転が可能だろうか。

公共交通機関がほとんど整備されていない地方都市では、
車は「足」そのもの、バスも少ない。

車もなく、運転もできない高齢者は コンビニに行くしかない。
そういう町に なってしまった・・・
住民は署名を集めて 市に嘆願書を出している。
この町は 市の決めた「ニュータウン造成」でできた町。

一刻も早く、暮しに必要な買い物ができる店を誘致してほしい。
そのためにテナント料などの補助も 行政が負担すべきだろう。
このニュータウンで生きるために必要なのだ、買い物のできる店が!

このショッピングセンターの肉屋さんに買い物にくる人も
途方にくれた顔・・・肉だけあっても 野菜が買えない。
肉屋さんの売り上げは激減するだろう。
ついでに買い物ができるから 肉屋さんにも立ち寄るのだ。

私も先日この肉屋さんに買い物にいき、熟成肉を買ったが、
今まであった奥のストアでは 何もない食品棚が暗闇のなかで
ひっそりと静まり返っていた。
だれもいないし、なにもない。
ショックだった・・・

どういう形でもいいが、生きていくために必要な食品を売る店が
1日も早く 再開してほしいとただ願っている。
この町を 助けてほしい!
by yuko8739 | 2019-01-14 15:03 | 地域 | Trackback | Comments(0)

第6回こども食堂「クリスマス会」

今年7月にオープンした、私の町の子ども食堂(地域食堂)は、
少しづつ地域にも認知され、定着してきた気がする。
今年6回目12月の子ども食堂は「クリスマス会」だった。

この日私は接待係、同じ班の仲間たちとみんなで ランチの部屋や
天井に様々なクリスマスの飾り付けをした、ちょっとわくわく!
いつだってクリスマスは、最高だ!
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この日のメニューは、煮込みハンバーグとピラフ、
サラダ、卵スープ、クリスマス仕様のかわいいケーキとみかん。
クリスマスツリーを飾り、サンタ帽をかぶり、
クリスマスソングが流れるランチの部屋には、煮込みハンバーグのおいしそうな匂い!
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ランチ開始の11時30分には 続々と子どもたちがやってきた。
あっというまに40席のテーブルは満席に。
この日は高齢者と子どもたちが半々で 約50名ほどが参加の予定だった。

子どもたちが多かったので 受け付けも混雑し、
食べはじめる前にはかなり騒然としたが 食べはじめると静かになった。
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サンタ帽の私は、「どう、ハンバーグはおいしい?」
「ピラフの味はどうかな?」
「来てくれて、ありがとう」
「食べたあとで遊ぶ部屋で サンタからプレゼントがもらえるよ」
笑顔で声かけした。

「ハンバーグはすごくおいしかったよ!」
「きてよかった、また来るね」
「ケーキもおいしい!」と、にこにこ笑顔の子どもたちやお母さん。

私が個人的にこの会に誘ったDV被害者の子どもTちゃんを、
友人が連れてきてくれたので、ランチを出して隣に座った。
「今日は、いっぱい食べて楽しんでいってね」
1年生のTちゃんは、うれしそうににっこり。
数日前に誘ったら、来たいということで楽しみにしていたようだ。

ゆっくりときれいに、何ひとつ残さずに食べてくれたTちゃん。
その後で遊びの部屋に行って サンタからプレゼントをもらい、
少し遊んで反省会にも同席し、午後2時半頃に家まで送っていった。

帰宅して、Tちゃんのお母さんから
「娘が、今日はすっごく、すっごく楽しかったと言っています。
ありがとうございました」とお礼メールがあった。
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食後のプレイルームでは大きな窓いっぱいの日差しのなかで、
小学校の先生が見守りボランティアとして こどもにゲームなどを教えてくれる。
風船バレーをする子どもたちは汗だくで大笑い!高齢者は座ってカルタや「豆つまみ」

お客さまがみな笑顔でランチをおいしそうに残さずに食べてくれて、
子どもや高齢者が同じ部屋で楽しむのをみていると、
私はしみじみと自分の夢が実現したことを、感じる。
こんな場所が、私の町にできたのだと。

子どもの笑顔は「値千金」
私の大きな幸せのひとつが、子どもの笑い声を聞くこと。

来年は、ひとりひとりともっと深くつながりたいと願っている。
by yuko8739 | 2018-12-19 10:17 | 地域 | Trackback | Comments(0)

2018年11月子ども食堂

今年7月からはじまった子ども食堂(地域食堂)は もう5回目。
町のショッピングセンター2階の調理室と会議室、
そしてさまざまな交流ができるホール「遊びの部屋」など
3つの部屋で行っている。

5か月が過ぎて、不慣れな広いキッチンにも みんなだいぶ慣れてきた。
いつもSさんが、季節ごとの美しいテーブル飾りを準備してくれる。
今回は、紫陽花のドライフラワーや吾亦紅、黄色い銀杏の葉、
雪だるまのオブジェなどを テーブルのセンターに
とてもすてきに 飾ってくれた。
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11月のメニューは クリームシチュー、肉野菜炒め、サラダ
デザートはりんごとお菓子屋さん提供のシュークリーム。
さっそくじゃがいもやニンジン、玉ねぎの皮をむき、
ふたつの鍋でシチューを仕込む。
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一方で 肉野菜炒め用のもやしやキャベツ、人参などを準備。
シチューを煮こみながら、炒め鍋で肉野菜を炒める。
野菜サラダも作らなくては・・・

けっこう煮こんだり、何度も炒めたりと手間のかかるメニューだったし、
ガスレンジではないので、電磁調理器は火力が圧倒的に弱い。
食堂開始時刻の11:30間際に ギリギリセーフ!
ちょっと ひやひやした。
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ランチの数はだいたい30食と決まっていたが、この日は予約だけで
43食ということで ランチ数もいつもよりも多い。

11:30には 続々と地域のお客さまが押し寄せた。
いつも孤食で過ごしている高齢者の方が こういう食の交流の
場所を とても喜んでくれている。
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また、子どもたちも喜んでランチを楽しみ、残さず食べてくれて、
帰りには 遊びのホールで大きな声で騒ぎまくる。
顔なじみになった子どもたちも居て、この食堂も
この町に ずいぶん定着してきた様子。
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来月は12月、クリスマス会だからね!
またみんなで来て 食べて遊んでいってね!
by yuko8739 | 2018-11-19 10:37 | 地域 | Trackback | Comments(0)

北海道地震と停電その後

地震の停電後に2回くらい買い物に出かけた。
いつもの店では 直後には全く置いていなかった納豆や豆腐が
少しだが入荷した。

牛乳やヨーグルト、パンはやっぱりなかった。
開店時には少しだけ入荷するのかもしれないが、時間が経つと
もう手に入らない。

店内は節電のため照明を落としているし、なにもない陳列棚を見ると、
気持ちも落ち込む、魚類や肉類は手に入った。

地震から5日経った11日、近くのコンビニに行ったが
お目当てのものは やっぱりなかった。
コンビニ店内で「どこへ行ってもトイレットペーパーがない」と
困っている女性がいた。「ここにもないの?」

この町のコンビニもストアにもトイレットペーパーがないという。
子どもさんが熱を出してしまって トイレットペーパーもなくて
困り果てているようだった。 

思わず「うちには買い置きが いっぱいありますから、
お譲りしましょうか? 私の車についてきてくださいね」
そう言うと とても喜んでわが家まで来た。

家から16個入りのTペーパーを持って来て渡すと、
何度もありがとうございました、と繰り返して
ほっとした顔で帰っていった。

こういうことで 困っている人もいるのだなあ・・・
地震はもう5日前のことだが、小さなことでも
できる限り助け合いたいものだと感じた。
もし自分が反対の立場なら とてもうれしかったと思う。


余震もときどきあり、そのたびに恐ろしさがこみあげる。
自分が常に揺れているような感じ。
その感覚が取れない。
本当の余震もあるので、びくびくしてしまう・・・

昨日、友人と外でランチを食べた。
電気がついて 幸せだと感じた。
おいしいランチまで食べられたことは 望外の喜び!
ささやかな日常が とにかくうれしい・・・

厚真の発電所は損傷がひどくて 火災のあとの温度上昇により
内部の修理も難しいらしい。
本格的な復旧を終えるには 12月までかかるという。

いつもお米を買っている農家さんと電話で話したが、
地震の際は自家発電装置を動かして 冷凍庫、冷蔵庫は無事だったとか。

ただ、近所の農家では最盛期を迎えていたとうもろこしの出荷が
できなくなり、固くなったとうもろこしは売れなくなった・・・
畑を潰すので 好きなだけ知人に持っていってもらったという。

生産者は こうして1日出荷できないだけで収入を失う。
停電とは死活問題なのだと 強く感じた。
物流の持つ力を まざまざと感じた秋だった。
田んぼの稲がもう黄金色になり 稲刈りの時期が近い。
10月に入ると 我が家の米も新米になる。

米だけでなく どうか林檎や葡萄もじゃがいもも葉野菜も、
すべての農産物、畜産物、魚介類が 豊富な自然の恵みを得て
健やかに、たくましく苦難を乗り超えることが できますように。

命の大地に 歓びの季節がまたやってきますように。

被災された方々が 再び生きる力や勇気を取り戻せますように。 

神さま、我が大地に祝福を!
by yuko8739 | 2018-09-12 13:19 | 地域 | Trackback | Comments(0)

2018北海道地震と停電2

9月7日
朝になっても 停電は解消しない。
停電は長くて1週間というニュースの言葉に 絶望する。
自宅の冷凍冷蔵の食べ物は すべて廃棄するしかない。
食べるにしても 限度がある。

こんなことが起きるとも知らず 車のガソリンも少ない。
給油は多分無理だろう。
ショッピングセンターもコンビニも すべて店は休業。

わが家はガス風呂だが点火方式は電気なのでシャワーも使えない。
息子は大鍋にお湯を沸かして それだけで頭と体を洗った。
「鍋シャワーもなかなかいいよ、」というが。

でも もし停電が1週間も続くとしたら・・・
それが最大の恐怖となった。
ろうそくも尽きるし、スマホの電源も落ちる。
全く情報が入らない・・・
(スマホの充電が 町の施設や避難場所でできると知ったのは
停電が回復してからだった、今後ラジオは必ず買う!)

遠い岬の自然の仲間からラインが入り午前4時に通電と知る。
えっ?と驚く、隣の市でもi町でも通電した。
なぜ 私の町には電気が来ない?

市内でも 昨夜遅くに通電した町があるらしい。
同じ町にも 通電区域もあると聞くと納得できなかった。
なぜ、私の町は停電のままなのか?
トイレに苦労するたびに そう感じて徒労感・・・

また、暗い夜がやってくる。
ろうそくも少なくなったし、どうしよう・・・
3時から冷凍庫の とけかかったエビやイカ、
冷蔵庫の野菜で 天ぷらを揚げた。
ひき肉も溶けていたので 白菜と肉団子の中華スープも作った。

また薄暗い部屋で夕ご飯を済ませ、後片付けを終えた頃、
午後5時27分に いきなり電気がついた!!!!!
「うわあ~ついた、明る~い!」と叫んで家族で喜び合った。
幸福感に包まれた。

TVでニュースをみた。
土砂崩れや札幌市の液状化の地域の被害には 言葉もない・・・
ただ、ただ生きていることに感謝して 祈るしかなかった。

北電の社長の会見をみて「非常にレアなケース・・・」
そんなことを言う場合だろうか?怒りがこみ上げた。
家庭だけの困難では すまない。

全道停電とは どういうことかわかっているのだろうか?
北海道は全国一の生産地、農業や産業はいったいどうなる。
停電のせいで ガソリンが港にあっても ガソリンを運べない。
配送業者は 信号がないと危険で走れない。

搾乳機にも電気がいる。
牛の乳は 休みなく絞らなければならない。
絞っても 廃棄するしかないのか。

今はとうもろこしの最盛期。
運べないから ただ放置する、朝もぎの絶品とうもろこしを。
道内だけに 停電の被害はとどまらない。

今後、本州で学校給食の牛乳は 不足するかもしれない。
経済損失は熊本地震を上回る5兆円を上回る可能性もある。

生産者へのこの損害はどうなるのだろう。
北電の泊原発では 震度2で電源喪失した。

非常電源を作動して 安全は確保されたようだが、
もし今以上の震度なら どうなっていたか・・・
より近くの震源ならば どうなった?
恐怖に 鳥肌が立つ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ガソリンの給油制限が解除されたスタンドで 9日に給油。
買い物に行くと、店には納豆や豆腐のケースががら空き。
パンも1個もない。
野菜と果物も すべては揃わない。
乳製品も皆無。
魚介類と肉は どうにか販売していた。

死者は11日現在、41人に上っている。
亡くなられた皆さまに こころよりお悔やみを申し上げます。
また、被災者さまには こころよりお見舞いを申し上げます。

復興の日を目指して これから共に歩きましょう・・・
1日も早い復興を願っているが 台風の豪雨に続いた
震災の影響は 多分長期化するるだろう。
余震も含めて 不安だが・・・

この悲劇や5兆円の損害を超えて 
私たちは どんなことがあっても 生きるしかない。
by yuko8739 | 2018-09-10 12:28 | 地域 | Trackback | Comments(0)

2018北海道地震と停電1

9月6日午前3時8分、
家が突然大きく揺れた。
あまりに大きな揺れに 一瞬で目が覚めた。
はじめての大きな地震! 
その瞬間は 家が壊れて私は死ぬのかな、そう感じた。

しかし揺れは収まり 息子が2階から駆け降りてきた。
「だいじょうぶ?すごかったね・・・びっくりした」
「だいじょうぶ・・・」

ショックが収まって 電気をつけようとしたら停電だった。
「またすぐに電気がくるよね?」
私もそう思った、いつもそうだから。

余震も続き そのたびにドキドキして 慌てたが。
そのうちに余震と余震の間に うとうとした。

夜型の私は 本を読んだり文章を書いたりするので、
2時間くらいしか寝ていなかった。 
そのうちに知人や本州の友人、妹などから次々にラインが入る。

寝ぼけながらもひと言、ふた言を返信するうちに もう眠気は去った。
外は真っ暗、TVもラジオもないので 情報はすべてスマホから。
震度も震源も すぐに分かった、震度7 震源地は厚真町。

停電になって 一番困ったのはトイレだった。
断水に備えてお風呂に水を張り、その水をバケツで汲んでトイレに使った。
しかし水は勢いよく流さなければ うまく流れない。

コツがわかるまで バケツで何杯も重たい水を汲んだ。
幸い我が家はトイレと浴室が近いので 助かったが。

6時過ぎると 目が冴えて起き出した。
余震は、続いていた。
そのたびに 体が恐怖でこわばる。
ガスや水道は使えたので 朝ごはんも作った。

その後は スマホにかじりついて情報を検索。
「ユーチューブ 地震」と検索して ニュース動画も見られた。
この小さな画面だけが頼りだったが 電池の容量は減っていく。

被災地域厚真町の土砂崩れ映像をスマホで見て 息を飲んだ。
茶色い土砂崩れの山肌が連なり、衝撃的だった。
いったい何だろう、この土砂崩れは!!!

山のすそ野に建っている家が 崩れた土砂に完全に飲み込まれていた。
そのときには亡くなった方は数人だったが、時間の経過につれて
亡くなった方が 増えていく。
いたたまれない気持ちだった。

それにしても家が泥流に飲み込まれ 家族や親族の姿を
探し続ける方々はどんな気持ちだろうと ただ涙がこみあげた。
そして避難所の方々には 食べものや水は提供されているのか。
この停電の最中でも?不安が増す・・・


それにしても 全道が停電と知って 驚いた!
一か所の発電所が故障しただけで このような事態に陥るのか?
東日本大震災の教訓は?あれから何年経つのか。
費用が掛かっても リスクは分散すべきだろうに。
前代未聞の北海道すべての停電に 怒りがこみ上げる。

電気の使えない時間は長い。
スマホの電池が減っていく・・・
夕ご飯は、冷気を失いつつある冷蔵庫や冷凍庫の解凍気味の
食材をなるべく使って調理した。

暗くなると仕事ができないので 午後3時ころから夕ご飯の支度。
4時半までには夕食を済ませて 薄暗いなかで茶碗を洗った。
テーブルにはたった2本のろうそく、暗闇が部屋を覆う。

無水鍋で大量のご飯を炊いたので 夕食後に非常食のつもりで
大量のお握りを握っていたら 娘が職場から帰宅途中に立ち寄った。
娘の台所は電化なので、ご飯も炊けず お湯も沸かせない。

握ったお握りすべてと仕込んでおいた味付け卵を 
夕ご飯にしなさいと、全部娘に持たせた。
単身赴任の婿がたまたま休暇で帰省中だったのは よかったと思う。

街路灯もなく 外も真っ暗。
闇夜に 星々が美しいので息子と散歩に出た。
不安や恐怖、息詰まる感じから解放されたかった。

わが町の漆黒の夜を 初めて体験した。
鳥肌が立つくらいに 星々のきらめく銀河が美しかった。
災害の苛烈さと この夜空の心ときめくすばらしさ!
どちらも 同じ自然だった。

銀河はさまざまな大小の星に彩られ 宇宙の神秘を実感。
誰もいない闇夜に 息子とふたり・・・
帰り道、墨を流したような暗さのなか息子は街路樹にぶつかった。

母子で笑った。他愛もないそんなことが救いだった。
息子と見た銀河を 私は生涯忘れないだろう。

ときおり コンビニ目指して車がやってきては、閉店と知って帰っていく。
散歩から帰宅して 息子は
「やることがないので 早寝するかな・・・」

私は余震を怖れながらも 懐中電灯で本を読んだ。
by yuko8739 | 2018-09-10 10:18 | 地域 | Trackback | Comments(0)

2018町会の夏祭り

こども食堂も盛況のうちに終わり、ほっとしていた。
梅仕事も終えて 今週は自然の会の理事会と週末は町会のお祭りだ。

家を建てて アパートから引っ越してきたのは30年も前。
ここには町会独自のお祭りがあって 子どもたちは大喜び。
子ども神輿やさまざまな手作りの夜店。

焼き鳥や焼きそば、おでん、フランクフルト、フライドチキン、イカ焼き、
綿あめ、くじ引き、ジュース、お菓子、ビンゴや花火・・・
子どもの元気な子供みこしの声が響きわたった時代はもう終わったが。

この地区で 手作りの夜店を出している町会は他にはない。
内容は変化はしたが、よく続いていると思う。
今後の課題は、作り手の高齢化だろう。


このお祭りの手伝いを今年も頼まれたので 当日9時半から地区の
ショッピングセンター調理室を借りて、焼きそばの野菜を切って事前に炒めたり、
冷めた野菜や豚肉を 3人分づつに袋詰め。
いったん帰宅して 町会の広場に午後4時集合。
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私は焼きそば担当なので 今日の暑さには参った・・・
このところ、1ヶ月くらいは雨と曇りの寒い夏。
湿度は高いが 気温は最高で20度前後。

だがこの日は一気に気温が上がり、26度となった今日、
昼前から お日さまも顔を出した。
この気温で焼きそばや焼き鳥など、炭火のそばでの仕事は暑いが、
夕方からは幸いに風も出て さほど暑さは気にならなかった。
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鉄板の上で 肉を炒め、野菜を炒め ほぐした6食の焼きそばを
炒め それを6個のパック詰めにして 紅ショウガを乗せる。
この作業のくり返しで 合計140食!!!

だんだん要領や手順もよくなり、後半はかなりのスピードアップ。
あっというまに6食づつの焼きそばが次々とできあがった。
できあがった焼きそばは パック詰めして保温ボックスに入れる。
午後6時を過ぎると 食券持参で「焼きそば下さい」とお客さまも来店。

夜店や抽選、ポップコーン、生ビールやジュースなどのスタッフには、
ビールや焼きとりなどの「特権」も!
隣では 焼き鳥のタレのいい匂い!
生ビールは最高の味!
忙しく動きながらも ごくごくとビールで喉を鳴らす。
やっぱり夏はビールと焼きとりだね!!!
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ようやく焼きそばが終わった!
おめでとう!といいながら 鉄板の上のラスト焼きそばを
全員でニコニコとつまみ喰い、これが最高においしかった~
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ポップコーン班もがんばっていた。
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焼き鳥も1200本すべてが完売。
町内会の人たちがベンチに腰掛け、抽選も終わって、
次は楽しみにしているビンゴ!真剣な眼で 数字をめくる大勢の人々・・・
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そのうちに次々と声が上がり 賞品も続々とget!
町会の夏祭りは 笑顔とおいしい夜店メニューで大盛況だった。
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こういう地域の愉しみが ずっと続きますように・・・
by yuko8739 | 2018-07-22 12:26 | 地域 | Trackback | Comments(0)

いよいよ子ども食堂オープン!

数年前から願っていた・・・「私の町に子ども食堂を!」
同じ思いを抱くたくさんの大人達が協力して その夢が実現した。
昨日、わが町の子ども食堂が いよいよオープンの日を迎えた。

前日に担当の仲間と共に買い出しをして、ふらふらしながら
重いお米5kgや鶏もも肉4kgなどを調理室に運び、
時間をかけて作成したレシピと作業書?を確認し、
使用前の食器なども 洗っておいた。

帰宅してからも、興奮しているせいか?寝つきが悪かった。
翌朝9時までに集合したが、この日初参加のボランティアの方々もいて、
名前もわからず 分業が多少混とんとして 勝手のわからない調理室で
道具を探したり あたふたした。

無駄な動きも多かった気がする。
でも初回なので それはしょうがない。
次回からの反省に生かそうと思う。

初回メニューは子どもが大好きな「鶏のから揚げ」、
わが家のメニュー「もやしサラダ」
これは野菜高騰に対抗して、私の考えた安価でおいしく簡単なサラダ。

もやしと豆苗、人参の千切りをさっとゆでて、中華顆粒だしと
ごま油と塩で味付け、クラゲやワカメ、カニカマ、ゆで鶏など
何でもあるもの、好きなものを混ぜる。

この日はカニカマを入れ、トマトを添えた。
味噌汁は豆腐とわかめ。
調理が進み、この日のために準備したトレーを並べ、
次々とできあがった料理を盛り付けるc0204725_1216482.jpg

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食欲をそそる大きなから揚げ、もやしサラダも彩りがきれい。
11:30のオープン前に すでに数人の方が入口に並んでいた。

そしてついに 子ども食堂オープン!!!
待っていたお年寄りも子どもたちも うれしそうな笑顔で続々とテーブルに。
おいしそうな特大から揚げ4個のランチ、味噌汁も漬物も堂々と並ぶ。
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地域の人たちが 見知らぬ同士でも こうして和気あいあいと
同じテーブルに座り、同じランチを食べる。
これが私の願っていたこと。
うれしい思いが しみじみとこみあげた・・・
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冬からの長い道のりを 思った。
会場を決め、行政の賛助金申請、献立作り、衛生管理の学習など
ときどきの会議が 頭をよぎった。

会場には報道人の取材や市長の訪問もあった。
ランチのあとではボランティアの小学校教師や大人が見守るなか、
遊びの部屋で 子どもたちがかけまわる元気な声が響いていた。
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よかった・・・
こういう場所ができて 本当によかった。
6時間立ち続け、歩きまわり 調理し続け、すべてが終わって反省会と
掃除を終えて帰宅して爆睡・・・

ども食堂のスタッフ全員の働きと努力に 深く感謝したい。
ありがとう皆さん、そしてまた次の子ども食堂で会いましょう。

どんな小さなことでも ひとの手が関わらなければ 
こういうことは実現不可能。
ましてや、30人分の調理も受け付けも、遊びボランティアも
すべて自分以外の「誰かのために尽くす」という
意識がなければ 到底かなわないこと。

8月の子ども食堂は暑い夏に 夏カレー!
野菜いっぱいのとびきり旨い 夏カレーを提供しよう。

ひとつひとつの課題をクリアしながら、メンバーが仲良く協力して
増々すてきな子ども食堂として 進化していけたらいいなあ。

湯浅誠さん、昨年8月にあなたの講演を聞いてから
1年経たないうちに 私の町に念願の子ども食堂(地域食堂)が 
オープンしましたよ! 
by yuko8739 | 2018-07-16 11:10 | 地域 | Trackback | Comments(0)

自然の会交流会/母にあんドーナツ

このたびの集中豪雨で甚大な被害を受けた皆さまに、

こころからのお見舞いを申し上げます。

また、復興の道のりが順調に進みますように、

こころより祈念いたします。

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先日、以前から楽しみにしていた自然の会の交流会が行われた。

理事のFさん宅は、隣町の岬のふもと。

あいにくの雨模様だったが、Fさん宅の大きな窓のある、
広い車庫で炭焼き交流会が行われた。

私は、前日に仕込んだレモンたっぷりのレアチーズケーキを持参。

買いものなど、この会の準備をすべて担当してくれたのは、
なんでも笑顔でやってしまう、Fさんの奥さまのTさん。

手伝いのために早目に集合したら、霧雨の庭には
さまざまな薔薇や白と濃いピンクの2色の
ゲンペイウツギの花がいっぱい咲いていた。

野菜を切るなど手伝いをして、車庫のなかの炭に火が入った。

参加の方々も集まり、ノンアルビールで乾杯!

いい感じに豚肉、牛肉、エビ、イカ、ホッケなどいい匂い。

野菜も炭火で焼くと 甘くて絶品。

とうきび、玉ねぎ、ピーマン、ナス、キャベツもおいし~い。
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みんなと一緒ににこにこ食べるって、なんておいしいのだろう!

なんて愉しいのだろう!
こんなふうに 自然大好きな仲間と共に過ごす時間は最高。
それぞれが個性豊かに生きて、互いに尊重しあえること。
それがとてもうれしい。

私は、私の町でもうすぐスタートする「こども食堂」について、
パンフを持参して その話も聞いてもらえたのがうれしかった。

おいしい炭焼きのあとでホールのレアチーズケーキをカット。

冷たいチーズケーキは レモンの香りいっぱいでふわりと美味。

メロンやみかんもおいしかった、もうおなかがいっぱい!
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みんな幸せな顔・・・これからの夏のイベントなども楽しみだ。

帰りに すばらしい薔薇の庭を持つEさんの家の庭を見学。

霧雨が降っていたが、庭中がさまざまな種類の薔薇でいっぱい!

とてもすてきな音楽を聴くmyスペース(東屋)もあり、

庭中を案内してもらい、広い作業部屋も見せてくれた。
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土地が広いと、こんなふうになんでもできるのだなあ。
我が家のような町の分譲住宅地とは全く違う。

「好きなこと、やりたいことを実現する」ことができる。

薔薇園のような庭と趣味のスペースがうらやましかった。

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先日は、母の好きなあんドーナツを仕込んで、
母と娘宅と友人宅に配って歩いた。

母に頼まれた買い物もして ケアハウスの母に届けた。

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高校同期会の記念写真を見せて、母とおしゃべり。

母は「あんがいっぱいだね!」と喜んでドーナツを食べていた。

この日は 以前より声が元気で大きかったのでうれしかった。

先日、なめこで「なめたけ」を作ってみた。
おいしかったので大根おろしとゆでた三つ葉と和えたら、
すてきな箸休めに。

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by yuko8739 | 2018-07-11 08:25 | 地域 | Trackback | Comments(0)

2018子ども食堂始動

今年3月から 私は地域の子ども食堂の設立メンバーになり、
会議に数回参加してきた。
行政側の補助金獲得のために 会長や副会長、事務局の方々が
申請書類を何度も苦労して書き直し、プレゼンの準備をした。
その苦労が実り、補助金がもらえることが決まった。

メンバーのなかでイラストの得意なKさんがポスターやチラシを
デザインし、プロがより目立つポスターに手直しした。
完成したポスターや賛助会員募集のチラシも 先日の会議で
メンバーに手渡された。

こうして数年前から夢みていたことが現実になるのだと思うと とても感慨深い。
基本的には子ども食堂なのだが、高齢者も多いニュータウンだから、
「地域食堂」となる。

だれでもが来ていい場所、おいしいランチをいっしょに食べる場所。
そこでゲームをしたり 宿題を教わったり。
高齢者から 伝統遊びを教えてもらう子もいるかもしれない。
そんなふうに みんなの居場所に なればいいなあ・・・

動き出すなかで さまざまな問題は仲間たちとクリアしていきたい。
動きはじめなければ 何が問題か見えてこないだろうと思う。

私は7月半ばのオープン日調理班のメンバーになった。
これから私たちは1年間のメニューを考える「献立会議」を開く。
ポスター貼りや賛助金のお願いにも まわろう。

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昨年夏に08年の「年越し派遣村村長」、そして「反貧困ネットワーク事務局長」で、
貧困問題の著書も多い、湯浅誠さんの講演を聞いた。
そのときの湯浅さんの言葉が 私の胸から離れない。
「その地域で、できる人が できることを 少しづつやる」

きっと、自分の住む町で(その地域で)できることがある、だれでも。
思えば、子育ての時代は学校PTA活動や地域子ども文庫などで
この町の多くの方々と係ってきた。
しかし子どもが大きくなり手が離れると 私は自分の町から出て
多くの活動に参加した。

映画の自主上映活動や DV被害者支援の子どもボランティア、
故郷を舞台にした映画応援団や自然関係の活動も増えていった。
しかし昨年の湯浅さんの言葉が いつもこの胸に響くようになった。

「その地域で できる人が できることを 少しづつやる」
私は、私の住むこの町で 何かできたらと思うようになった。

もちろん社会活動は多様だから、隣の町にも ときには遠方にも
出かける。
範囲を特定してできる活動のほうが むしろ少ないだろう。
それでも 自分の住む町でなんの活動もしないのは さみしい。

この地域で人生の大半を 生きてきたのだ。
強い風の高台のニュータウンは空が近くて 若い世帯と子どもが多く、
豊かな自然に恵まれた 活気にあふれる街だった。

たくさんの子育て世代(同一世代)が住んでいたが いつのまにか、
その時代は過ぎていった。
親たちはいつの間にか年をとり 町は全国でも有数の高齢者地区に。
子どもは減り、3つの小学校が統合された。
・・・やはりこの町には 新しい絆が欲しい。

子どもも高齢者も 誰ともつながらない町はさみしい。
地域食堂の意味が理解されて、より必要となれば 
今は月に1回だが 増えていくかもしれない。
或いは食事のない日には 地域カフェもいいのではないか。

湯浅さんは「名前を呼び合う関係作り」が大事だと言った。
○ちゃん、△君、□さんと 地域食堂で呼び合う。
そのことが基本だと。

そんな係わりを求めて 歩き出したい。
笑顔で 名前を呼び合う場所に 私も居たい。


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by yuko8739 | 2018-05-18 08:37 | 地域 | Trackback | Comments(0)