ゆうゆうタイム

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カテゴリ:家族( 116 )

血縁という絆

先日、入院中の息子のことを とても心配してくれている妹から
こんな言葉を聞いた。
毎週欠かさず妹夫婦は 病院に息子の顔を見に行ってくれている。

「心配で 顔を見ずに行かずにはいられない。
普段会わなくても、生まれた時からみているからね。
3人とも、みなかわいい、甥っ子も、姪っ子も。

会いに行って、顔色みて、よくなっているのを
自分の目でみて安心する、それだけ。
なにもしていない。
親のほうが どんなに大変か・・・
私たちは なにもできない。

普段は会っていなくても、こういうことがあるとすごく心配、
ある程度回復するまで いつも心のなかに そのことが消えなかった。
これが 血縁のつながりなのかもしれないね。
家族や親せき、いてくれるだけでありがたい・・・」

そんな言葉を聞いて こみ上げるものがあった。
思わず 涙がこぼれた・・・

いくらそばに住んでいるといっても 妹とは毎日会うわけではない。
趣味も気質も 全く違う。
スポーツ大好きの動的な妹と 本や映画など芸術好きで静的な私。
でも食べものの好みや社会的な感覚は 似ているかもしれない。


思い返すと、私が初産の時は 母が幼稚園教諭だったので
お産扱いができなかった。
病院から夫の実家に行ったが、アパートに帰って来た頃
妹が会社を休んで 家事の手伝いに来てくれた。

私たちはふたりで 生まれたての赤ん坊(今は入院中の息子)を
じっと見つめていた。
赤ん坊が訳もなく夜泣きすると 私と妹とふたりで困り果てた・・・
なんだか、そんな昔のことまで思い出した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

子どもの頃は 決して仲がよい姉妹ではなかった。
大人になってから 仲良くなった。

それぞれの家で さまざまなことが起きた。
家族というのは いつも平安なわけはない。
修羅場もあり、愛憎激しく交差するし 事件も起きる。

受け入れがたいことが起きたとき、感情が高ぶったとき 
どうにか姉妹で語り合い 聴き合いながら生きてきたのかもしれない。
そんなふうにして 痛みや苦しみを どうにか
乗り越えられたのかもしれない。

なにかあったときに 必ず助け合い、支え合うのは
やはり「血縁」の絆だろうか・・・
この絆は ほんとうにありがたい。

今回の息子の病気でも そのことを強く深く感じた。
この妹が そばにいなかったら・・・
そう思うと ぞっとする。

道外から帰郷して 私の家のすぐそばに住むことを決めたのは妹。
それからもう 30数年が過ぎた。
そばに住んでからは ふたつの家族は いつもいっしょに出かけた。
夏のキャンプも焼き肉も 新年会も何かのお祝いも
いつもいっしょだった、まるで大きな家族のように。

私と妹の子どもたち5人は そんなふうに育ってきた。
今はお互いの子どもも 大きくなった。
わが家では 孫の時代も もう過ぎていった。
だが、妹の孫ちゃんと遊ぶのは楽しい!

ふたつの家族で出かけて みんなで過ごしたあの幸せな時間、
笑顔あふれる楽しいひとときは 永遠に宝物・・・

妹よ、ありがとう。
すぐ近くに 居てくれて。
姉妹で共に生きることを 選んでくれて・・・

これからも いっしょに歩いてください。
by yuko8739 | 2018-10-11 15:19 | 家族 | Trackback | Comments(0)

娘と孫とランチ&洞爺湖ドライブ

普段は忙しい娘だが、この日は休みをとった娘とサッカー少女の
孫ちゃんを、大好きなお刺身定食の店に連れていった。
前から この店に娘や孫ちゃんと行きたかった私。

行く前に、隣町の大好きなパン屋さんで絶品食パンとバケットなどを買い、
店に着いたのは13時過ぎだったので店は空いていた、ラッキー!
私と娘は お刺身定食と焼き鳥、サッカー少女は ボリュウムたっぷりの豚丼。
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お刺身はマツカワガレイやイカ、ヒラメやツブ貝、
孫ちゃんの豚肉は、生肉を炭火であぶり おいしいタレをまとってツヤツヤ。
どちらもとてもおいしかった!!!3人で大満足。
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そこから向洞爺に向かった。
青空のもと、湖面を眺めながらのドライブは 道の両側から美しい木々の緑が
緑のトンネルになっていた!青空も見え隠れして うっとり!
でも気温は21度、夏の気温ではなく秋の風・・・
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洞爺湖水の駅そばの いつも行く有機無農薬栽培の無人販売所で、
新鮮で甘くて酸っぱいトマトやきゅうりなどを 大量購入。

水の駅の裏手で湖の写真も撮ったが、強い風のせいで波が荒く、
なんだか怖いくらいの白波が立ち、海のようだった。
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娘のドライブは さすが慣れていて軽快!
途中で、サビタ(ノリウツギ)の花と洞爺湖のきれいな写真も撮り、
孫ちゃんのリクエストで「レイクヒルファーム」にも行くことに。
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7月末にもここに来たが 暑いせいか花たちの元気がなかったが。
この日は、雨が降ったあとのせいか 店前の広い庭には花があふれていた!
駐車場は夏休みのせいか 相変わらず満車状態で家族連れが多い。
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ジェラードなどを受け取って、裏手のチェアに座り、
ミルキーなアイスを味わう幸せ・・・
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羊蹄山がくっきりと美しく、芝生の緑に映えるさまざまな色や形の
花々が咲く様子が うっとりするような美しさ!
平和で心地よく 幸せな風景だった。

その後 温泉街でお菓子を買って帰宅。
12日のお墓参りのことなどを 娘と打ち合わせた。
by yuko8739 | 2018-08-08 09:29 | 家族 | Trackback | Comments(0)

DV被害者交流会/母のケアハウス夏祭り

夢のような札幌の1日が過ぎて、翌日はDV被害者との交流会。
2日後には、母の住むケアハウスの「夏まつり」と家族懇談会。
スケジュールが立て混み、少しゆっくり休みたい気分。

家に居て室温が30度以上になった日は、デッキに広げた
大きなパラソルでベランダの強烈な日差しを遮り、
室内ファンを回して 暑さに耐えた。

でも昨日から一気に気温は下がり、気温は24-17度。
なんだか肌寒いほどだった・・・


DV被害者交流会は、市内の絶景の灯台や夜景名所を
ボランティアガイドの参加もあり、貸し切りバスで廻った。
参加は40名ほどの参加者がそろって 市内のホテルで
お弁当を食べながら ビンゴで盛り上がり、
子どもたちも とても楽しそうだった。

夕焼けの時刻を目指して 道の駅周辺の親水エリアで
夕陽を見る予定だったが残念!雲が出てしまい、
落日も隠れて、空には淡いばら色が少し見え隠れするのみ。

暗くなってきてからは海上の大橋を渡り 豪華客船の船着き場に行く。
ここから見る夜景は 私も初めての体験。
この町の夜景は 見る場所で全く違う顔を持つ。
すごくおもしろかった。
風のない港の水面に夜景の光が写り しみじみと美しかった。

小さな子どもたちも、こんな時間にお母さんと岸壁に立って大興奮!
笑い声と歓声が響いていた。

最後に、最高の夜景を見られる小高い公園に着いて、みな思わず
「きれい!」「すごい!」「はじめて見た」と大感動。
港と大橋、工場夜景が完璧なコラボで 眼前に光のファンタジー。

フェリーが大橋の下を進んで 港の外に出ていった。
船はやっぱりロマンを感じる。
虫や蛾が集まるなかでも いつまでも見ていたいような
すてきな夜景のいい時間だった。
(なんとカメラを車に置き忘れ、絶景夜景を撮り損ねる、残念!)

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母の施設の「夏祭り」はもう16回目。
母は、この施設の開所時から入居している。
父を亡くして 健康不安から60代で入居したが、
もう16年も経ったのだ・・・

施設入居者が高齢化して、今では車椅子の方も増えた。
それでも少しでも 多くの入居者に喜んでもらおうという
スタッフの熱意と愛情を感じる。
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楽しい歌や演芸が終ると、食堂で「お祭りメニュー」
焼き鳥、焼きそば、ホタテご飯のミニお握り、明石焼き、
スイカ・・・キンキンに冷えたノンアルビールがおいしかった。
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母もニコニコと機嫌がよくて楽しそう。
まだ、大腸がんの術後の体調は 完全に戻ってはいない。
だが退院したころは どうなるのかととても不安だったが。
今ではだいぶ 改善してきている。

それでも原因不明の(手術の影響だと思うが)体調の悪さを怖れて
外出さえも 自信がないそう・・・
しょうがないのかな、もう少し体調がよくなることを 祈るしかない。
87歳の母にとっては 手術というのは過酷な体験だったと改めて思う。

家族懇親会も終わり、妹とふたりで帰路に着いた。
気温が、1日で信じられないくらいに下がった。
長袖でもいいくらいの涼しい夏・・・
by yuko8739 | 2018-08-05 14:28 | 家族 | Trackback | Comments(0)

母の手術その後

医師の予定よりもずいぶん早く退院した母は、住まいのケアハウスに
帰って来たそのときから、一気に体調が悪くなった。
病院にいたときとはうって変わって、声も小さくなり、
歩けなくなり、お風呂もひとりで入れなくなった。

食欲もなく、ほんの少ししか食べられない。
私と妹は、退院の数日後にお昼を用意して3人で食べてから、
母の衣替えや居室を掃除したが 母は顔色も悪く
ほとんどベッドに寝ていた、退院したのにまるで病人。

私は冷蔵庫やキッチン回りと洗面所を片付け、妹は母の衣替えと、
部屋の掃除機をかけ、その後に妹が母の入浴を介助した。
数時間かけて掃除や片付けをしたが、1日では終わらなかった。

すっかり夕方になった帰路の車のなかで、私と妹は暗い気持だった。
手術は成功して 病院ではあんなに元気だったのに。
退院した母は 別人のよう。 


大きな手術で相当に気を張っていたのが、それが退院して 
一気にほどけたのか。
医師の予定よりもずいぶん早く帰ると言い張り それも悪かったのか。
明るい笑顔の母に戻れるのだろうか・・・

私と妹は、見たこともない母の様子がショックだった。
自力で歩けないなんて・・・
87歳には 手術ということがそれほどダメージだったのか。
さまざまな思いが浮かび、眠れなくなった。
不安でいっぱいになった。

ひざの悪い私では 母の介助もままならない。
掃除や片付け、料理などはできるので、好きな手料理など持参して 
母のケアハウスに通おうと決意。

数日後、母が歩行器で歩く練習をしていると聞いた。
少しは気持ちもからだも 前向きになってきたかとうれしかった。
母の大好物の麺類をゆでて キュウリや錦糸卵を用意、
大根の煮物やキャベツ炒めなど 実家風のおかずを持参して
母と一緒に食べた。

母はパジャマから洋服に着替えて 座って私を待っていた。
パジャマ姿でベッドに横になっていた前のときとは大違い。 
声も大きくなり 歩いて食堂に行けるようになったとか。 

「もう心配しなくていいよ、もうだいじょうぶだからね、
来なくてもいいからね」と母は言うが、一気に体調は戻らないだろう。
多分、以前の状態に戻るのには 時間がかかると思う。

それでも、退院直後のまるで病人だった母から 一歩前進か。
焦らずに、母の思いに添って見守りたい。

そして・・・1日でも1時間でも長く 私の母でいてほしい。
by yuko8739 | 2018-06-17 10:02 | 家族 | Trackback | Comments(0)

母の手術終わる

朝8時過ぎに家を出て 妹と母の病院に向かう。
病室で母と会話し、準備を終えた母を手術室に送る。
「目が覚めたときに、そばにいてね」と母はいいながら
9時半にオペ室に消えた。

持参した新聞を丹念に読んだが、それでもまだ11時。
なかなか時間が経たない。
次は持参した本、G・オーウェルの「1984年」を読む。

全体主義国家の恐怖をリアルに描いたこの本を、今は毎晩読んでいる。
NHKのETV特集「100分でメディア論」で 高橋源一郎が推薦した本だ。

本を読んでも 母の手術が気になる。
ディルームにはTVや人の声、看護師と患者の話など、
病院の日常には さまざまな騒音が。


昼になり、売店で妹とサンドイッチを買って食べた。
外に出たかったが、手術患者の家族はオペ室のそばで
待機しなければならない。
窓の外には 新緑の山とくっきりとした青空。

87歳の母の手術は 長引いた。
午後になっても 一向にオペ室から出てこない。
ただ待つという行為の長さ、虚しさ。無力。

やっと午後4時過ぎに ナースから終ったと告げられ、
医師の説明を受けた。
前の大腸がんの手術の癒着があり 開腹手術となって
時間がかかったこと。
切除した患部も見せてくれた。
母の大腸はきれいだったが 小さな紅い腫瘍があった。

ICUに入った母と やっと面会できた。
麻酔はほぼ抜けているらしく?眼は開いているし 話しかけると頷く。
それでも心臓?が痛い、痛いと訴え続けた。
普段は 泣きごとなどいう母ではない。

麻酔から完全には 覚醒していないのかもしれない。
今までほとんど見たことのない 弱くて痛みに苦しむ母の姿だった。
87歳の母が これだけ大きな手術を受けたのだから
相当に辛いだろうと実感した。

「よくがんばったね。終ったね。
痛み止めもして効いてくるからね、これからきっと楽になるよ。
ひと晩は辛いけど、明日になったら だいぶ落ちつくよ」
そう言いながら 母の手を握る。

母の手は驚くほど強い力で 私の手を何度も握り返した。
ナースに もう時間ですと言われ「じゃあ、帰るからね」というと
いやいやと首を 横に振る。
手を強く握って 離さない。

娘たちと 離れたくない・・・
そんな母の心細さ、不安、痛みが伝わった。
明日、また来るからね。

そういって母と別れてデイルームに行くと どっと疲れがこみあげた。
自分では意識していなかったが 強く緊張していたのだろう。
足も痛み、めまいがしたので妹と帰宅した。
からだが ふわふわしている。

めまいがするので 夕食の支度もパスしてもらった。
好きな山菜で 自分だけの夕食をとり 
ソファで横になったら いつのまにか寝てしまった。

夜中過ぎに 目が覚めた。
長い1日だった。
手術が成功して 本当によかったと思う。
早期発見も 手術が可能な体力もありがたかった。
母は運がいい、そう思う。

痛みに苦しむ母はかわいそうだが 代わってやれない。
ICUにいる間が 最も辛いだろう。
87歳の母が ここまで耐えて病気と格闘している。
その姿を 魂に刻みたい。

命を明日につなぐために すべての命は今このときを闘っている。
そのことの困難と尊さを 思う。
母の一刻も早い回復を 私も命がけで祈ろう。

私に この命を与えてくれた かけがえのない母よ、
痛みのない体や平凡な日常に 早く戻れますように・・・
by yuko8739 | 2018-05-23 01:53 | 家族 | Trackback | Comments(0)

母の日特製弁当と花束

3日前にお菓子を焼いて、2日前にはフキ採りに行った。
「母の日手作り弁当」の煮しめのために・・・

当日は、エビやイカ、真鱈のフライを揚げて、赤飯を蒸かし。
うどはきんぴら風、漬物や酢の物も添えて。
煮しめはたっぷりと。
なかなかおいしそうな「母の日弁当」が完成した。
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13日の午後までに仕上げて 
どちらもケアハウスに住む ふたりの母に届けた。

翌日には大腸がんの手術のために入院する母は、
美容院に行っていて、お昼を食べ損ねたそう。
私がお弁当を持っていくと すぐに食べはじめた。
(母へのメッセージ)
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「赤飯おいしい、煮しめもいい味、酢の物も最高」と喜んだ。
「お菓子は 病院に持っていって少しづつ食べるね」とにっこり。

義母からも うれしいTEL。
あまりにお弁当がおいしそうなので 夕ご飯まで待てなくて 
4時ごろから ゆっくりと自室でお弁当を食べたらしい。
しみじみ すべてがおいしかったと伝えてくれた。
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さて、これで2018年母の日の役目を 終えた。
やっとゆっくり ひと休み・・・

夕食を食べにやってきた息子が、真鱈のフライや煮しめや酢の物、
漬物など母の日弁当のおすそ分け?を たいそう喜んで食べていた。

夕ご飯のあとで 急に娘と孫2号がやってきた。
そして、3人の子どもたちから、「母の日」の
花束と靴下などプレゼント!うれしかった。
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すてきな扇子も。


母の日には 私は毎年すっかり娘モードで、母への愛情弁当作りに
精を出すが、私も3人の子の母でした・・・

翌日、雨上がりに洗濯を干してから デッキで母の日花束を
記念撮影。  
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庭の花たちも 青空がうれしそう。
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by yuko8739 | 2018-05-14 08:08 | 家族 | Trackback | Comments(0)

母の日の弁当を仕込む

多分、北海道のGW過ぎというのは こういう気温なのだ。
冷たい雨が続いて・・・山の桜もあっというまに ほぼ消えた。
木々の淡い新緑と桜の薄桃色の調和こそ、
この季節の絵のような 最高の眺めなのだが。

やっと雨が上がり母の日が近づいて母たちへの手作り弁当の
「煮しめ」用に、友とふたりでフキを取りに行った。
あちこち見て歩いたが 低温続きのせいで フキはまだ小さい。
毎年取りに行く川沿いの定番の穴場に行ってみると、大きなフキ発見!

友は躊躇なく どんどん川沿いの笹薮に進んでいったが、
私はダニ恐怖症なので、深い笹薮には絶対入らない。
それでも1時間程度で けっこうな量のフキが採れた。
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帰り際 車を止めた場所には 野三つ葉がいっぱい。
さっそく香りのよい三つ葉を採った。

帰りに 隣町の神社に寄ってみた。
カタクリは少し 咲き残っていた。
もうすでに 青い実をつけたカタクリも。
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帰宅してフキを煮て皮をむき 煮しめの材料などを買い出しに。
魚屋さんで 小さな生エビを見つけたので 
三つ葉と生エビ、玉ねぎでかき揚げを作ったら絶品。

野原の三つ葉は 香りが断然に強くておいしい。
フキのゴマ油炒めも作ったが 息子が喜こんで食べた。
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夕ご飯のあとで 煮しめの出汁を取り、仕込んだ。
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何度も味見をして 夜には白カブやきゅうり、キャベツなどで
塩麹を入れた漬物を漬けた。
お菓子も焼くので こうやって完成までには2~3日かかる。

赤飯と煮しめ、エビとマダラのフライ、白カブの漬物、
きゅうりとワカメとカニカマの酢の物など。
デザートは母たちの大好物「フロランタン」
母の日弁当の準備は 着々と進む。

また、喜んで食べてくれるかな・・・
by yuko8739 | 2018-05-13 10:25 | 家族 | Trackback | Comments(0)

母とランチ/紫のイチゲ

母に届ける煮魚やグラタンを焼いて 炊きたてあつあつのもち米を、
丸めてぼた餅を作り、娘宅に寄り、急いで母のケアハウスに向かった。
母の部屋の冷蔵庫に食べものをしまい、ぽかぽか陽気のなか隣町までドライブ。
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風もなく暖かくて なんていい気持ち、まるでGWのあとの春爛漫のよう。
3人でいろんなおしゃべりをしながら 春はいいね!!!
幸せな気分だった。

目的の店「天馬」はお客が満席、さまざまな注文が飛び交う店は騒然。
カウンター席に座ったが 母は迎えに行ったときから 調子が悪そう。
食べられるかなと心配したが、待ち時間が長かったのでお腹も適度に空いたよう。
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好物の刺身やきれいに並んだ小鉢など 見た目もすてきなお刺身定食に
母の箸が進んだし、娘もおいしいと喜んだ。
すっかり満足して おいしかった、食べられたね、と笑顔で店を出た。
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帰りに 紫のキクザキイチゲの秘密の場所に 寄ってみた。
暖かすぎて もうカタクリは終わり気味だったが 夢のような
紫のキクザキイチゲは 一面に咲き誇っていた!!!
こんな場所は 見たことがない!
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カタクリのピンク、イチゲの白と紫、福寿草の黄色、オオウバユリや、
バイケイソウの緑もきれい。
母も感激していた。
娘も写真をパチパチ撮っていた。
むらさきの美しい夢のような 場所だった・・・
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帰る途中に我が家に寄って おいしい「ゆずソルベ」をみんなで
食べてから 母や娘を送っていった。

母には赤飯やほっきの炊き込みご飯も持たせたので、
「夜は食事を断ったから、もらったおかずで食べるね」とにこにこ。
今日は おいしくてすてきな春の1日だったね・・・

さて、3日後には母は入院なので、ゆっくりおいしいものを食べて
元気をつけてほしい。

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by yuko8739 | 2018-04-19 20:35 | 家族 | Trackback | Comments(0)

ぽかぽか陽気と母の手術

このところ例年ならば5月GW過ぎのような ぽかぽか陽気。
今日は車庫前に漬物の樽をずらりと並べて 樽洗いなどに数時間。
わが家の車庫前は北向きなので日が当たらないが 
今日は気温が高かったので、例年のように 寒くはなかった。

おいしかった沢庵やニシン漬け、カブの甘酢漬けなどの樽に感謝しながら
また、秋にね!と声をかけながらきれいにして水を張り 
重石や中敷を入れて漂白した。

今、わが家のウッドデッキは 大規模な改修工事中。
大部分の床板が腐食しているので、ほとんどの床板をはがしている。
孫たちのために作って あれからもうずいぶん時間が経った。

孫1号はもう高校生だし、作ってくれた大工さんはなんと86歳に!
まだ、仕事を続けている、すごいなあ。

「もう 素早く動けないよ」と笑うけれど、大工としての技術や技能、
道具の数々を使いこなして 今でもほぼ現役。
持病を抱えながらも 無理のない程度に働き続ける。

きっと仕事が好きで だれかに喜んでもらえるのが幸せなのだろうと思う。
また、しばらくはこの大工さんに通ってもらって
またしっかりと補修してもらおう。

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この陽気で、野の花があっというまに咲き終わってしまわないかと、
気が気ではない。
隣町のカタクリ群生地、民俗資料館裏の湿地、市内絶景遊歩道の
カタクリやイチゲ、ニリンソウの大群落。

花も気がかりだが、母が大腸がんと判明。
88歳の高齢だが体力があるので 手術して切除と決まった。
母は手術不能に近いほどの末期的な大腸がんを過去に経験している。
奇跡的に手術が成功して 見事に生還を果たした。

今回のガンは 再発ではなく原発性のガンで その大きさなら、
取り切れると医師が判断したようだ。
3年に1度の大腸カメラ検査で 発見されたのは運がよかった!
手術できる体力があって よかった!

来週23日に入院して検査となるが、手術はGW後になるようだ。
日ごろは元気な母と忙しい娘なので 何の親孝行もしていない私。

しかし 入院前に好きなものを食べてほしくて 
エビたっぷり好物のグラタンとマガレイを煮た。
明日は手作りのあんこで ぼた餅を作り 母に届ける。
そして母と私と娘と3代3人で ランチしに行こうかなと思っている。
by yuko8739 | 2018-04-18 23:00 | 家族 | Trackback | Comments(0)

退職祝い家族の会

お正月の前後は主婦として とても多忙だったこともあり。
自分の気持ちが落ち着かず 安定しなかったこともあり。
かなり遅くなってしまったが 帰省する婿が参加できる日に
合わせて、子どもたちが退職のお祝いの会を開いてくれた。

ある日曜日、中華料理の店で。
司会やら料理のセレクト、プレゼントなども 
子どもたち3人が準備よく セッティングしてくれた。 

はじめに、私の一番好きな花屋さんの薄紫の夢のような
すてきな花束をもらった!
もうそれだけで 胸はいっぱい! 
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多分娘の選択だが、一生物のすてきな記念品、
仏ストウブ社製の真っ赤なオーバル型の大型グラタン皿なども。
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胸いっぱいの私は、こんな挨拶をした。
~健康で家族の協力があって支えられて 好きな仕事を30年も
  続けられて幸せだっだ。
  これからだんだん 私たち親は年をとり 弱くくなって 
  今までできたことも できなくなる。

  だから、子どもたちよ、強い人になってね。
  弱っていく父や母を その強いこころで支えてほしい。
  孫たちは、深いこころを持った大人になってほしい。
  今日は、本当にありがとう~

久しぶりに中華料理のオンパレードがおいしかった!
大好きなクラゲの前菜や蒸し鶏のゴマソース、
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エビチリや麻婆豆腐、若鶏の半身揚げ、牛肉のオイスターソース炒め、
チャーハンやあんかけ焼きそば、締めは杏仁豆腐とゴマ団子などなど。
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みな、よく笑って よく食べた。
ああ、ここが私の居場所、私の戻る場所は ここなのだと感じた。

30代から この仕事をしながら子育てをした。
3人の子どもたちは 私のそんな忙しく懸命な姿を見て育った。
そのことは、忘れないだろう。

みんなで ここまできたのだ、助け合って。
ひとりで 歩いたわけではない・・・

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おなかいっぱい中華料理を楽しんで 帰りに我が家に寄ってもらい、
用意していたケーキと お祝いの会のお返しに、
蒸かしておいた赤飯を渡した。

みな 私の焼いたふわふわロールケーキを 喜んで食べた。
そして、夫婦と孫たちが書いた手紙4通を 娘が手渡してくれた。
その1通、1通の言葉も 胸に沁みた・・・

読みながら 思った。
家族には厳しい山や 奈落の谷もある、それを越えていく。
いいことばかりではなく、歓びも単純ではない。
誰かが書いていたが、「家族とは遠くからみると喜劇だが、
近くで見ると 悲劇」、そんなこともある。

誰かの歓びは 誰かのかなしみだったりする。
どうしても血縁ゆえに つながれない気持ちもある。
家族は他人よりも複雑な感情があり、長い確執もある。
理解できず、愛憎もからまり、もつれてほどけないこともある。

だけど ・・・ きっと たぶん
帰る場所は ここにしかない。
 
だから・・・可能なときは こんなふうでありたい。
家族みんなで 喜びは共にしたい。
複雑な思いを越えて これからも助け合い、
おいしいものを食べて いい笑顔で暮せたら・・・ 

忘れられないくらいに感動的で、
そして 深く家庭の幸せを感じた1日だった。

こういう日も あるのだなあと思う。
いろんなことが あっても。
問題は 何も変わらなくても。

みんな、それぞれに長い道を
ここまで歩いてきたのだ、そう感じた。

母は 今幸せです。
子どもたちよ ありがとう!!!
by yuko8739 | 2018-03-05 15:15 | 家族 | Trackback | Comments(0)