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カテゴリ:家族( 121 )

映画「グリーンブック」/母の日特製弁当

アカデミー賞作品賞と脚本賞、助演男優賞の三冠作品。

物語のあらすじやキャストは わかっていたし、

多分すばらしい作品なのだとは 感じていた。


そしてそれが実話に基づいた作品だということも知っていた。

題名のグリーンブックとは、その時代(1962年)の

黒人用旅行ガイドのこと。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

見終わって・・・

何と巧みで、すてきな脚本!!!

いわば中年男性ふたりが 絆を深めるロードムービーだ。

時代は1962年、気位の高い教養豊かな芸術家、

黒人天才ピアニストドクター・シャーリーは

カーネギーホールの2階に住む。 


そんな彼が、ピアノのコンサートツアーで人種偏見の

強い南部各地を巡ることに。

その彼がドライバーとして雇ったのが、

腕力も優れたイタリア系の男トニー。


ナイトクラブの用心棒だったが けんかして職を失う。

愛妻家だが行儀も悪く、がさつで無学で大食漢。

繊細なピアニストとは 合うはずもなく・・・


このふたりが どんなふうに心を通い合わせるのか・・・

共演ふたりのコンビネーションがいい。

ヴィゴ・モーテンセンとマハーシャラ・アリ

マハーシャラ・アリは 映画「ムーンライト」の魅力的な

麻薬売人役(主人公の精神的な父親)でアカデミー助男優賞受賞。


そして「ロード・オブ・ザ・リング」の忘れえぬ英雄、

ハンサムなアラゴルン役のヴィゴ・モーテンセンは、

この役作りのため20kgの増量をしたという。


ヴィゴは俳優のほかに、詩人で、写真家、音楽家でもある多彩な人。

4か国語を話せるという。

そんな彼が、無学でがさつなイタリア系のアメリカンを演じるおもしろさ!

笑わせて、泣かせて、人生の哀歓もあり、ユーモラスで。

なかなか その塩梅がすてきだ。


あまりにも対照的な中年男性ふたりの道中には、

その時代は当たり前だった壮絶な黒人差別の現実も描かれる。

今もアメリカ社会に深く根付く差別意識が この身にしみて、

恐ろしく悲しい。


実話だというこのふたりの姿が ラストに写真で現れる。

そうか、このふたりか・・・

「奇跡」のような物語を紡いだ本人たちか・・・


見終わって、こんなに幸せで心温まる映画もそう多くはないと感じる。

アカデミー賞作品賞、脚本賞は当たり前!

しみじみと いい映画でした・・・


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


毎年恒例でケアハウスに住むふたりの母たちへ

母の日の特製弁当を作っている。

数日前から準備して、漬物を漬けたり、フキの炒め煮も作り、

買物も終えた。

ウドをまたもらたので、きんぴらも作った。

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前夜に、深夜までかかってヨモギ餅を仕込んだ。

今年の柔らかなヨモギとあんこを冷凍しておいたので、

それを6合のもち米で32個のヨモギ餅が完成。

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当日午後からは、自主上映「ベアテの贈りもの」があるので、

お弁当作りは 昼前に終えなければならない!

ヨモギ餅はできているので、お弁当だけの準備。


朝から卵焼きを焼き、1本の生マスをさばき 塩をしてバタ焼きに。

酢の物を作り、西京味噌で下味をつけておいた鶏もも肉を焼く。

栗原はるみさんの「しそごまご飯」の具材豚ひき肉のそぼろや

卵そぼろを作り、ご飯と合わせ黒ゴマを混ぜて 青じそ20枚を切り混ぜる。

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重箱を出して、白カブの漬物やウドのきんぴらを詰めていく。

どうにかきれいにすべてのおかずを詰め終えた、やった~完成!

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さて、ふたりの母にヨモギ餅と一緒に宅配。

それからあわてて 自主上映会場に 駆けつけた。





by yuko8739 | 2019-05-13 09:48 | 家族 | Trackback | Comments(0)

折りたたみベッド到着!母の初お泊り

塾講師た末に購入した折りたたみベッドが 4月26日に届いた。

組み立て不用の完成品なので 手間取ることもなかった。

4月初めに数日かけて片付けた収納庫に すんなり収まった。

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数日前、母が泊まりに来るというので晴天に客布団や、

掛けカバーなども洗って干して 準備万端。

母を連れてきて 折り畳みベッドを広げた。


私ひとりでも キャスターは軽々と動く。

広げるのも一瞬で、全く力もいらない。

なんと便利なものがあるのだろう!!!感動した。


ベッドの上にマットレスをひいて 母に寝てもらったら、

寝心地もいいようだ。

「これはいいね、夏になったらここで寝ようかな・・・」と息子。

真夏の灼熱地獄(2階)からの脱出にも使えそう。


西日の差す暖かい部屋に広げたベッドと母を眺めて、私は感無量。

我が家に母が泊まれるように、冬から折りたたみベッドの

購入を決めて、いろんなベッドを検討比較した。


やっとメーカーと品番を決めて注文したら、到着まで2週間かかった。

そして、ついに母が我が家に泊まることができたのだ・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

もう何年も、母は客用ベッドのない我が家には 泊まりに来ていない。

両膝に人工関節手術をした母は、ベッドがないと寝起きができない。

客用ベッドのある、すぐそばの妹の家には ひ孫のRが来るたびに、

何日も泊まっている。


私は寂しかった。

だからベッドを買って いつでも泊まりに来られるようにした。

母といっしょに夕ご飯を食べ、お風呂に入り、背中を流した。

父を59歳で亡くし、年に7回も入退院を繰り返してきた母。


心筋梗塞や繰り返す大腸がんの手術に耐えて、

生き抜いてきた89歳の母と、これから何度こういうことが

できるのだろう・・・


母のお泊りには 怪我をさせないようにと かなり緊張した。

帰りには 好きなものを持たせてやりたかったので、

米農家さんからもらった、採りたての甘いほうれん草をゆでて、

ニラとイカの酢味噌和えを作り、レーズンパンを仕込んで持たせた。


にこにこ笑顔の母をケアハウスに送り、

帰ると同時に自主上映の映画の会議に出かけて 帰宅は午後10時。 

かなり疲れた・・・


母が泊まることにも徐々に慣れていくだろう、お互いに。

そうすれば それも日常になる。

この日は 非日常だから緊張した。

でもこのベッドは最高!


農家のHさんの庭からもらった水仙いろいろ。

母とふたりで活けた、部屋中いい香り・・・

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道の駅で買った我が家の小さな花、キンシバイ?
赤い実と白い花が とてもいいなあ。
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by yuko8739 | 2019-05-01 12:06 | 家族 | Trackback | Comments(0)

2018あわただしい年の暮

家族のクリスマス会も終わり、慌ただしく12月の残りの日を
カウントダウンしながら、気になる台所の整理や片付けなど
最後の家事に 精を出していた。

先日は息子たちの好きな骨付き鳥もも肉のトマトジュース煮を作って、好評だった。
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お米を買っている農家さんから 雪のなかのハウスで育てている、
大根菜をもらって煮物にしたが とても柔らかで最高においしかった。
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毎年恒例の12月のスケジュール表を作るのだが、
これには 家事労働従事者としての私のすべての作業を記している。
12月の掃除や片づけから 宅配の買い物、買い置いてある食材、
おせち料理のメニューや年越しの予定、お正月三が日の献立、
年末買い出しの食材も。

その一覧表から買い物メモを作り、今日は妹と帰省中の甥と3人で
師走の町に買い出しに、甥は荷物持ちをしてくれる。
真冬日で寒かったが青空も見える穏やかな日で、風もなく助かった。

大きなショッピングセンターで、さっそく人混みにもまれながら
刺身用のエビやほっき貝、ツブ貝、マグロや鯛などを買う。
レジ打ちには長い行列が並んだが、年末の活気に満ちている。
お正月の花、しめ飾りがお正月ムードを盛り上げる。

ランチは 道外から帰省した甥が食べたがったラーメン店で
熱々のラーメン!道産子には これが故郷の味。
また別の店で山のような買い物をして、車のトランクに
2軒分のお正月のごちそうを詰め込んで帰宅。

買い物リストを眺めながら買ったので 忘れ物はないと思うが。
帰宅して、刺身類、肉類などを冷凍庫に。
数日置いて食べる予定の貝類は 塩水で濡らした新聞紙でくるみ、
冷蔵庫保存すると 生きたまま保存可能。

母や甥や姪が帰省したので夕ご飯のあとは 妹宅で愉しいひととき。
ウイスキーコークがおいしかった。
姪の子どもRとゲームをして、妹の家の猫や姪の連れてきた犬もいて
にぎやかこの上なし。

帰宅してから、恒例のお節「紅茶豚」を仕込む。
1kg以上の豚肩ロースを紅茶で煮て 漬け汁で味をつける。
スモークのような香りになって なかなかおいしい。
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今夜は、1ヶ月前に仕込んだ「鮭の飯寿司」も雪の積もる屋外で
ひっくり返した。
漬け汁の水を切り、明日はいよいよ試食。
母がこの飯寿司を 毎年愉しみにしている。

昨夜はよく研いだ包丁で 大根を1時間かけて千切りして
柚子入りの大根なますを大量に仕込んだ、私や娘の好物だ。
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明日は黒豆と白花豆を煮て、はんぺんで伊達巻きも作る。

雪のなか、わが家では毎年お正月のまゆ玉飾りを飾るので
ミズキの木も 採りに行かなくては・・・
わが家のすぐそばの林には 数本のミズキの木がある。

さて残すところ あと2日で もうお正月だあ~!!!
by yuko8739 | 2018-12-30 00:34 | 家族 | Trackback | Comments(0)

2018家族のクリスマス

今年も娘一家と我が家と 合同クリスマス会をすることになった。
私のクリスマス料理の伝統は、バージョンアップされて
娘に受け継がれている。

丸鳥をオーブンで焼く「ローストチキン」は、私が憧れた料理。
10代のはじめから映画でよくみる、クリスマスのごちそうだった。
自分が家庭を持ったときには、こんなクリスマスにしよう、
ローストチキンを焼く母になろうと 子どもの頃から決めていた。

自分が子どもの頃に 最高の幸せを味わったのは、
聖夜のサンタクロースの存在・・・
寝る前にしっかりと祈り 起きてサンタに会いたくても
どうしても寝てしまう自分・・・

翌朝の枕元に すてきなプレゼントの数々・・・
そっと枕元にあった箱を開けると、欲しかった、
かわいい栗色の髪のすてきなドレスのお人形が!

欲しいものが なぜサンタクロースにはわかるのだろう?
とても不思議に思いながら お人形をしっかりと抱いて
頬ずりしながら ケーキを毎日少しづつ食べたものだ。
もったいないと食べ惜しみしていると ケーキはだんだん固くなった。

年に一度、クリスマスの日だけ、きょうだい3人
ひとりづつに 小さなワンホールケーキを母が買ってくれた。 
サンタのプレゼントを抱きしめて 自分だけのケーキを食べる。
この幸せに勝るものは 他にはない・・・

だから私は我が子に この幸せを伝え続けた。
特別な料理、ローストチキンやステーキ、美しいサラダ、
色とりどりの果物を入れたフルーツポンチ、
そして手製のケーキ、ブッシュドノエルとクリスマスの音楽、
そしてみんなの笑顔・・・夢のようだった。

翌朝にはサンタクロースからの手紙とプレゼントが届いた。
異常に早起きをした子どもたちは 狂喜した。
母として 私はとても幸せだった・・・

思い出は 私の胸に永遠だ。
二度と戻らないとしても ますます胸の奥で光り輝く。
そんなふうに クリスマスイブは我が家の大切な日。

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今年のクリスマス会には 娘夫婦と中学生の孫2号が
大きな箱にごちそうをいっぱい詰め込んで 運んで来てくれた。
今はもう高校生の孫1号は 少し遅れて参加した。
家族が揃って、おいしい料理でクリスマスを祝う。
これ以上の幸せはない。

娘のクリスマスイブの料理は、コストコで調達した大きな丸鶏の
ローストチキン、海鮮パエリア、美しいオードブル、
私は孫の希望で、またレアチーズケーキを仕込み、
エビマヨ、ピザ、柚子風味の生ハムマリネなど作った。
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料理の上手な娘のごちそうを堪能した。
我ながら、エビマヨも生地から仕込んだ焼きたてのピザも最高!
冷えたレアチーズケーキも ふわりとレモンの香りでおいしかった。
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例年予約して買っている、スイス人J・Sさんの作るシュトレンはやっぱりおいしかった。
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神さま、今年もありがとう・・・
この幸いと家族の笑顔に 感謝します。

先日、こんなお祈りを知りました。
世界が 私が こんなふうになれますように・・・

「主よ 私を平和の道具にしてください
憎しみには 愛をもたらし
いさかいには 赦しを
闇のあるところには 光を
悲しみには 悦びを
もたらせますように

人は与えることで 受け
赦すことで 赦され
死ぬことで 永遠の命に甦るのです
アーメン」

聖夜に 世界の平和を祈ります・・・


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by yuko8739 | 2018-12-24 23:41 | 家族 | Trackback | Comments(0)

さよなら親族新年会

父が亡くなり、わが家を建てた30年ほど前から、
母の代理として 3人きょうだいの長女として、
私は実家の新年会を わが家で行ってきた。

生来の「もてなし好き」で料理を作るのが好きだった私。
母の負担を軽くしたいと思ったことも 大きな理由だった。
新年会だからおめでたいので 餅つきをすることにした。

新米のもち米を蒸かすときのいい香り、みんなで丸めるふわふわのお餅、
つきたての草餅、あんこ餅、納豆餅やきなこ餅は最高だった。
熱い餅を素手で餅つき機からテーブルに運ぶとき、俄然張り切る母の笑顔。
みんなであんこを丸めて包んだり、孫ちゃんたちも大はりきり。
弟も「新年会の姉の料理は実家の味、おいしい!」と喜んでくれた。

母譲りの旨煮や黒豆、漬物、私が工夫して定番になった紅茶豚や飯寿司、
イカの粕漬け、柚子なますや揚げ物など。
オードブルのエビチリのために、前夜40尾の大エビの
背わた取りのために 徹夜しかけたこともあったっけ・・・

そんなおせち料理をテーブルいっぱい並べて 親きょうだいや
甥や姪、たくさんの親せきを もてなしてきた。
甥や姪も結婚して子どもも生まれ、一家で参加したり・・・
増えた人数だけ、楽しさも増した。

遠方からでも、「おばさんのお節料理はおいしい!」と
やってくる姪や甥や赤ちゃんたちが うれしかった。
そんなふうにして もてなし好きの私に長い年月が過ぎていった。

母は実家代わりをする私に 毎年感謝の言葉をかけ労ってくれた。
私の作る料理のすべてを 喜んでくれた。
父譲りの漬物、たくわんやニシン漬け、鮭の飯寿司に感動した。

実家の親きょうだいが集まって 餅つきをして
愉しくお節料理を囲むことは、大きな歓びだった。
ただ迎える側として緊張した、風邪は厳禁だし、
準備は12月半ばから 始めたものだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いつしか30年が過ぎて 私も次第に「経年変化」した。
もてなしは大好きだが、この数年は限界も感じた。
なにをしてもすぐに疲れる・・・
いつまで私は続けられるのかな?でもやり続けたい!
そういう葛藤もあった。

ついに決心して 来年の新年会は すぐそばに住む妹宅で
開いてもらおうと思って妹に頼んでみたら 快く承諾してくれた。
その後、孫の誕生と新年会が同じ時期で 弟家族が
新年会には参加できないとわかった。

新年会は天候が悪いと 吹雪いてハラハラするし
行き来の事故も心配だ。
今年のように インフルエンザで参加できない人もいる。 
来年からは 季節のよい時期に温泉に泊まる家族親睦会を
開こうということになった。
もちろん、私もそのことは考えていたし その方がいいと思う。

だが・・・
私の本心としては 一度でも妹に新年会のお宿を経験してほしかった。
私が30年近く黙々と続けてきたことは どういうことなのか、
毎年妹の協力には感謝しているが、経験してわかってほしかった。

迎えることと訪問することは どんなに違うか・・・
こういう感情を 長女のひがみというのかもしれない。

長女というのは誇り高くて、ひがみやすいのかもしれない。
やせ我慢もあるし、同情も嫌だ。
つくづくバカなものだと思う。

こうして長女の私は30年ほど続けた新年会を 終える。
妹はそういうことを 一度も経験せずに終わる。
母は涙声で「今まで長い間ありがとう」と言ってくれた。
なんだか、私は泣きそうになった・・・

来年のお正月からは 我が子や孫ちゃん達と気楽な
新年会になる予定。
きっと疲れていたのだろう、2年前のお正月が終る頃、 
私は風邪?で脳外科に入院する始末・・・

もう風邪をひいても だいじょうぶ。
無理をしないで のんびりとお正月を愉しもうと思う。

自分に言いたい。
「よくこんなに長い間、気遣いしながら おもてなしを続けたね。
お疲れさま、そして本当にご苦労さまでした・・・」と。

もうひとりの私は言う。
「いいの、いいの、自分が好きで続けたの。
新年に みんなのおいしい笑顔に会えて 最高に幸せだった!
私の家で 笑顔とごちそうで実家の親族をつないだ。
こんなにすてきなことは なかなかないでしょう!」

どちらも本音だ。
こういう大切なことを「自分の使命」として
長く続けられて よかったと思う。
by yuko8739 | 2018-12-05 11:55 | 家族 | Trackback | Comments(0)

血縁という絆

先日、入院中の息子のことを とても心配してくれている妹から
こんな言葉を聞いた。
毎週欠かさず妹夫婦は 病院に息子の顔を見に行ってくれている。

「心配で 顔を見ずに行かずにはいられない。
普段会わなくても、生まれた時からみているからね。
3人とも、みなかわいい、甥っ子も、姪っ子も。

会いに行って、顔色みて、よくなっているのを
自分の目でみて安心する、それだけ。
なにもしていない。
親のほうが どんなに大変か・・・
私たちは なにもできない。

普段は会っていなくても、こういうことがあるとすごく心配、
ある程度回復するまで いつも心のなかに そのことが消えなかった。
これが 血縁のつながりなのかもしれないね。
家族や親せき、いてくれるだけでありがたい・・・」

そんな言葉を聞いて こみ上げるものがあった。
思わず 涙がこぼれた・・・

いくらそばに住んでいるといっても 妹とは毎日会うわけではない。
趣味も気質も 全く違う。
スポーツ大好きの動的な妹と 本や映画など芸術好きで静的な私。
でも食べものの好みや社会的な感覚は 似ているかもしれない。


思い返すと、私が初産の時は 母が幼稚園教諭だったので
お産扱いができなかった。
病院から夫の実家に行ったが、アパートに帰って来た頃
妹が会社を休んで 家事の手伝いに来てくれた。

私たちはふたりで 生まれたての赤ん坊(今は入院中の息子)を
じっと見つめていた。
赤ん坊が訳もなく夜泣きすると 私と妹とふたりで困り果てた・・・
なんだか、そんな昔のことまで思い出した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

子どもの頃は 決して仲がよい姉妹ではなかった。
大人になってから 仲良くなった。

それぞれの家で さまざまなことが起きた。
家族というのは いつも平安なわけはない。
修羅場もあり、愛憎激しく交差するし 事件も起きる。

受け入れがたいことが起きたとき、感情が高ぶったとき 
どうにか姉妹で語り合い 聴き合いながら生きてきたのかもしれない。
そんなふうにして 痛みや苦しみを どうにか
乗り越えられたのかもしれない。

なにかあったときに 必ず助け合い、支え合うのは
やはり「血縁」の絆だろうか・・・
この絆は ほんとうにありがたい。

今回の息子の病気でも そのことを強く深く感じた。
この妹が そばにいなかったら・・・
そう思うと ぞっとする。

道外から帰郷して 私の家のすぐそばに住むことを決めたのは妹。
それからもう 30数年が過ぎた。
そばに住んでからは ふたつの家族は いつもいっしょに出かけた。
夏のキャンプも焼き肉も 新年会も何かのお祝いも
いつもいっしょだった、まるで大きな家族のように。

私と妹の子どもたち5人は そんなふうに育ってきた。
今はお互いの子どもも 大きくなった。
わが家では 孫の時代も もう過ぎていった。
だが、妹の孫ちゃんと遊ぶのは楽しい!

ふたつの家族で出かけて みんなで過ごしたあの幸せな時間、
笑顔あふれる楽しいひとときは 永遠に宝物・・・

妹よ、ありがとう。
すぐ近くに 居てくれて。
姉妹で共に生きることを 選んでくれて・・・

これからも いっしょに歩いてください。
by yuko8739 | 2018-10-11 15:19 | 家族 | Trackback | Comments(0)

娘と孫とランチ&洞爺湖ドライブ

普段は忙しい娘だが、この日は休みをとった娘とサッカー少女の
孫ちゃんを、大好きなお刺身定食の店に連れていった。
前から この店に娘や孫ちゃんと行きたかった私。

行く前に、隣町の大好きなパン屋さんで絶品食パンとバケットなどを買い、
店に着いたのは13時過ぎだったので店は空いていた、ラッキー!
私と娘は お刺身定食と焼き鳥、サッカー少女は ボリュウムたっぷりの豚丼。
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お刺身はマツカワガレイやイカ、ヒラメやツブ貝、
孫ちゃんの豚肉は、生肉を炭火であぶり おいしいタレをまとってツヤツヤ。
どちらもとてもおいしかった!!!3人で大満足。
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そこから向洞爺に向かった。
青空のもと、湖面を眺めながらのドライブは 道の両側から美しい木々の緑が
緑のトンネルになっていた!青空も見え隠れして うっとり!
でも気温は21度、夏の気温ではなく秋の風・・・
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洞爺湖水の駅そばの いつも行く有機無農薬栽培の無人販売所で、
新鮮で甘くて酸っぱいトマトやきゅうりなどを 大量購入。

水の駅の裏手で湖の写真も撮ったが、強い風のせいで波が荒く、
なんだか怖いくらいの白波が立ち、海のようだった。
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娘のドライブは さすが慣れていて軽快!
途中で、サビタ(ノリウツギ)の花と洞爺湖のきれいな写真も撮り、
孫ちゃんのリクエストで「レイクヒルファーム」にも行くことに。
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7月末にもここに来たが 暑いせいか花たちの元気がなかったが。
この日は、雨が降ったあとのせいか 店前の広い庭には花があふれていた!
駐車場は夏休みのせいか 相変わらず満車状態で家族連れが多い。
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ジェラードなどを受け取って、裏手のチェアに座り、
ミルキーなアイスを味わう幸せ・・・
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羊蹄山がくっきりと美しく、芝生の緑に映えるさまざまな色や形の
花々が咲く様子が うっとりするような美しさ!
平和で心地よく 幸せな風景だった。

その後 温泉街でお菓子を買って帰宅。
12日のお墓参りのことなどを 娘と打ち合わせた。
by yuko8739 | 2018-08-08 09:29 | 家族 | Trackback | Comments(0)

DV被害者交流会/母のケアハウス夏祭り

夢のような札幌の1日が過ぎて、翌日はDV被害者との交流会。
2日後には、母の住むケアハウスの「夏まつり」と家族懇談会。
スケジュールが立て混み、少しゆっくり休みたい気分。

家に居て室温が30度以上になった日は、デッキに広げた
大きなパラソルでベランダの強烈な日差しを遮り、
室内ファンを回して 暑さに耐えた。

でも昨日から一気に気温は下がり、気温は24-17度。
なんだか肌寒いほどだった・・・


DV被害者交流会は、市内の絶景の灯台や夜景名所を
ボランティアガイドの参加もあり、貸し切りバスで廻った。
参加は40名ほどの参加者がそろって 市内のホテルで
お弁当を食べながら ビンゴで盛り上がり、
子どもたちも とても楽しそうだった。

夕焼けの時刻を目指して 道の駅周辺の親水エリアで
夕陽を見る予定だったが残念!雲が出てしまい、
落日も隠れて、空には淡いばら色が少し見え隠れするのみ。

暗くなってきてからは海上の大橋を渡り 豪華客船の船着き場に行く。
ここから見る夜景は 私も初めての体験。
この町の夜景は 見る場所で全く違う顔を持つ。
すごくおもしろかった。
風のない港の水面に夜景の光が写り しみじみと美しかった。

小さな子どもたちも、こんな時間にお母さんと岸壁に立って大興奮!
笑い声と歓声が響いていた。

最後に、最高の夜景を見られる小高い公園に着いて、みな思わず
「きれい!」「すごい!」「はじめて見た」と大感動。
港と大橋、工場夜景が完璧なコラボで 眼前に光のファンタジー。

フェリーが大橋の下を進んで 港の外に出ていった。
船はやっぱりロマンを感じる。
虫や蛾が集まるなかでも いつまでも見ていたいような
すてきな夜景のいい時間だった。
(なんとカメラを車に置き忘れ、絶景夜景を撮り損ねる、残念!)

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母の施設の「夏祭り」はもう16回目。
母は、この施設の開所時から入居している。
父を亡くして 健康不安から60代で入居したが、
もう16年も経ったのだ・・・

施設入居者が高齢化して、今では車椅子の方も増えた。
それでも少しでも 多くの入居者に喜んでもらおうという
スタッフの熱意と愛情を感じる。
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楽しい歌や演芸が終ると、食堂で「お祭りメニュー」
焼き鳥、焼きそば、ホタテご飯のミニお握り、明石焼き、
スイカ・・・キンキンに冷えたノンアルビールがおいしかった。
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母もニコニコと機嫌がよくて楽しそう。
まだ、大腸がんの術後の体調は 完全に戻ってはいない。
だが退院したころは どうなるのかととても不安だったが。
今ではだいぶ 改善してきている。

それでも原因不明の(手術の影響だと思うが)体調の悪さを怖れて
外出さえも 自信がないそう・・・
しょうがないのかな、もう少し体調がよくなることを 祈るしかない。
87歳の母にとっては 手術というのは過酷な体験だったと改めて思う。

家族懇親会も終わり、妹とふたりで帰路に着いた。
気温が、1日で信じられないくらいに下がった。
長袖でもいいくらいの涼しい夏・・・
by yuko8739 | 2018-08-05 14:28 | 家族 | Trackback | Comments(0)

母の手術その後

医師の予定よりもずいぶん早く退院した母は、住まいのケアハウスに
帰って来たそのときから、一気に体調が悪くなった。
病院にいたときとはうって変わって、声も小さくなり、
歩けなくなり、お風呂もひとりで入れなくなった。

食欲もなく、ほんの少ししか食べられない。
私と妹は、退院の数日後にお昼を用意して3人で食べてから、
母の衣替えや居室を掃除したが 母は顔色も悪く
ほとんどベッドに寝ていた、退院したのにまるで病人。

私は冷蔵庫やキッチン回りと洗面所を片付け、妹は母の衣替えと、
部屋の掃除機をかけ、その後に妹が母の入浴を介助した。
数時間かけて掃除や片付けをしたが、1日では終わらなかった。

すっかり夕方になった帰路の車のなかで、私と妹は暗い気持だった。
手術は成功して 病院ではあんなに元気だったのに。
退院した母は 別人のよう。 


大きな手術で相当に気を張っていたのが、それが退院して 
一気にほどけたのか。
医師の予定よりもずいぶん早く帰ると言い張り それも悪かったのか。
明るい笑顔の母に戻れるのだろうか・・・

私と妹は、見たこともない母の様子がショックだった。
自力で歩けないなんて・・・
87歳には 手術ということがそれほどダメージだったのか。
さまざまな思いが浮かび、眠れなくなった。
不安でいっぱいになった。

ひざの悪い私では 母の介助もままならない。
掃除や片付け、料理などはできるので、好きな手料理など持参して 
母のケアハウスに通おうと決意。

数日後、母が歩行器で歩く練習をしていると聞いた。
少しは気持ちもからだも 前向きになってきたかとうれしかった。
母の大好物の麺類をゆでて キュウリや錦糸卵を用意、
大根の煮物やキャベツ炒めなど 実家風のおかずを持参して
母と一緒に食べた。

母はパジャマから洋服に着替えて 座って私を待っていた。
パジャマ姿でベッドに横になっていた前のときとは大違い。 
声も大きくなり 歩いて食堂に行けるようになったとか。 

「もう心配しなくていいよ、もうだいじょうぶだからね、
来なくてもいいからね」と母は言うが、一気に体調は戻らないだろう。
多分、以前の状態に戻るのには 時間がかかると思う。

それでも、退院直後のまるで病人だった母から 一歩前進か。
焦らずに、母の思いに添って見守りたい。

そして・・・1日でも1時間でも長く 私の母でいてほしい。
by yuko8739 | 2018-06-17 10:02 | 家族 | Trackback | Comments(0)

母の手術終わる

朝8時過ぎに家を出て 妹と母の病院に向かう。
病室で母と会話し、準備を終えた母を手術室に送る。
「目が覚めたときに、そばにいてね」と母はいいながら
9時半にオペ室に消えた。

持参した新聞を丹念に読んだが、それでもまだ11時。
なかなか時間が経たない。
次は持参した本、G・オーウェルの「1984年」を読む。

全体主義国家の恐怖をリアルに描いたこの本を、今は毎晩読んでいる。
NHKのETV特集「100分でメディア論」で 高橋源一郎が推薦した本だ。

本を読んでも 母の手術が気になる。
ディルームにはTVや人の声、看護師と患者の話など、
病院の日常には さまざまな騒音が。


昼になり、売店で妹とサンドイッチを買って食べた。
外に出たかったが、手術患者の家族はオペ室のそばで
待機しなければならない。
窓の外には 新緑の山とくっきりとした青空。

87歳の母の手術は 長引いた。
午後になっても 一向にオペ室から出てこない。
ただ待つという行為の長さ、虚しさ。無力。

やっと午後4時過ぎに ナースから終ったと告げられ、
医師の説明を受けた。
前の大腸がんの手術の癒着があり 開腹手術となって
時間がかかったこと。
切除した患部も見せてくれた。
母の大腸はきれいだったが 小さな紅い腫瘍があった。

ICUに入った母と やっと面会できた。
麻酔はほぼ抜けているらしく?眼は開いているし 話しかけると頷く。
それでも心臓?が痛い、痛いと訴え続けた。
普段は 泣きごとなどいう母ではない。

麻酔から完全には 覚醒していないのかもしれない。
今までほとんど見たことのない 弱くて痛みに苦しむ母の姿だった。
87歳の母が これだけ大きな手術を受けたのだから
相当に辛いだろうと実感した。

「よくがんばったね。終ったね。
痛み止めもして効いてくるからね、これからきっと楽になるよ。
ひと晩は辛いけど、明日になったら だいぶ落ちつくよ」
そう言いながら 母の手を握る。

母の手は驚くほど強い力で 私の手を何度も握り返した。
ナースに もう時間ですと言われ「じゃあ、帰るからね」というと
いやいやと首を 横に振る。
手を強く握って 離さない。

娘たちと 離れたくない・・・
そんな母の心細さ、不安、痛みが伝わった。
明日、また来るからね。

そういって母と別れてデイルームに行くと どっと疲れがこみあげた。
自分では意識していなかったが 強く緊張していたのだろう。
足も痛み、めまいがしたので妹と帰宅した。
からだが ふわふわしている。

めまいがするので 夕食の支度もパスしてもらった。
好きな山菜で 自分だけの夕食をとり 
ソファで横になったら いつのまにか寝てしまった。

夜中過ぎに 目が覚めた。
長い1日だった。
手術が成功して 本当によかったと思う。
早期発見も 手術が可能な体力もありがたかった。
母は運がいい、そう思う。

痛みに苦しむ母はかわいそうだが 代わってやれない。
ICUにいる間が 最も辛いだろう。
87歳の母が ここまで耐えて病気と格闘している。
その姿を 魂に刻みたい。

命を明日につなぐために すべての命は今このときを闘っている。
そのことの困難と尊さを 思う。
母の一刻も早い回復を 私も命がけで祈ろう。

私に この命を与えてくれた かけがえのない母よ、
痛みのない体や平凡な日常に 早く戻れますように・・・
by yuko8739 | 2018-05-23 01:53 | 家族 | Trackback | Comments(0)