ゆうゆうタイム

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2018年 10月 11日 ( 1 )

血縁という絆

先日、入院中の息子のことを とても心配してくれている妹から
こんな言葉を聞いた。
毎週欠かさず妹夫婦は 病院に息子の顔を見に行ってくれている。

「心配で 顔を見ずに行かずにはいられない。
普段会わなくても、生まれた時からみているからね。
3人とも、みなかわいい、甥っ子も、姪っ子も。

会いに行って、顔色みて、よくなっているのを
自分の目でみて安心する、それだけ。
なにもしていない。
親のほうが どんなに大変か・・・
私たちは なにもできない。

普段は会っていなくても、こういうことがあるとすごく心配、
ある程度回復するまで いつも心のなかに そのことが消えなかった。
これが 血縁のつながりなのかもしれないね。
家族や親せき、いてくれるだけでありがたい・・・」

そんな言葉を聞いて こみ上げるものがあった。
思わず 涙がこぼれた・・・

いくらそばに住んでいるといっても 妹とは毎日会うわけではない。
趣味も気質も 全く違う。
スポーツ大好きの動的な妹と 本や映画など芸術好きで静的な私。
でも食べものの好みや社会的な感覚は 似ているかもしれない。


思い返すと、私が初産の時は 母が幼稚園教諭だったので
お産扱いができなかった。
病院から夫の実家に行ったが、アパートに帰って来た頃
妹が会社を休んで 家事の手伝いに来てくれた。

私たちはふたりで 生まれたての赤ん坊(今は入院中の息子)を
じっと見つめていた。
赤ん坊が訳もなく夜泣きすると 私と妹とふたりで困り果てた・・・
なんだか、そんな昔のことまで思い出した。

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子どもの頃は 決して仲がよい姉妹ではなかった。
大人になってから 仲良くなった。

それぞれの家で さまざまなことが起きた。
家族というのは いつも平安なわけはない。
修羅場もあり、愛憎激しく交差するし 事件も起きる。

受け入れがたいことが起きたとき、感情が高ぶったとき 
どうにか姉妹で語り合い 聴き合いながら生きてきたのかもしれない。
そんなふうにして 痛みや苦しみを どうにか
乗り越えられたのかもしれない。

なにかあったときに 必ず助け合い、支え合うのは
やはり「血縁」の絆だろうか・・・
この絆は ほんとうにありがたい。

今回の息子の病気でも そのことを強く深く感じた。
この妹が そばにいなかったら・・・
そう思うと ぞっとする。

道外から帰郷して 私の家のすぐそばに住むことを決めたのは妹。
それからもう 30数年が過ぎた。
そばに住んでからは ふたつの家族は いつもいっしょに出かけた。
夏のキャンプも焼き肉も 新年会も何かのお祝いも
いつもいっしょだった、まるで大きな家族のように。

私と妹の子どもたち5人は そんなふうに育ってきた。
今はお互いの子どもも 大きくなった。
わが家では 孫の時代も もう過ぎていった。
だが、妹の孫ちゃんと遊ぶのは楽しい!

ふたつの家族で出かけて みんなで過ごしたあの幸せな時間、
笑顔あふれる楽しいひとときは 永遠に宝物・・・

妹よ、ありがとう。
すぐ近くに 居てくれて。
姉妹で共に生きることを 選んでくれて・・・

これからも いっしょに歩いてください。
by yuko8739 | 2018-10-11 15:19 | 家族 | Trackback | Comments(0)