ゆうゆうタイム

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2018年 10月 08日 ( 1 )

「不死身の特攻兵」を読んで1

 
8月末の新聞で、この本と作者鴻上尚司さんの思いを知り、
なるべく早く 読みたいと思っていた。

なぜかというと、この新聞記事により 特攻隊という作戦の
核心を正確に知ることが、今、この現代においても
深い指針と意味を持つと 私は感じたから。

亡き父が海軍飛行予科練習生(予科練)だったということも、
関係があるかもしれない。
父が予科練時代に、制服姿で写っている訓練生の写真を見たことがある。
15歳だった父の 凛々しく精悍な表情が印象に残っている。
天皇の赤子としての、これが父の青春だったのかと 私は今感じる。


昨夜、「不死身の特攻兵」を読了。
何度か、涙を止めることができなかった。
特攻兵に 美談はなかった。

出撃前夜の特攻兵の壮絶な苦悶の姿、それを隠して上官の前では、
晴れやかな明るい笑顔で 翌朝出撃してゆく兵士たち・・・
ふたつの顔を持つ特攻兵の姿に 涙がとまらなかった。

作者 鴻上尚司さんは繰り返し言う。
特攻隊のことを考えるときに、それを命じた側と
命じられた側のことを 混同してはならない。
自分が描きたいのは「命じられた側」のことだと。

あくまでも志願した形での出撃を 兵士たちは命じられた。
出撃を拒めなかった兵士たちがほとんどだという。
戦艦ではなく 桟橋を壊せという命令に
「いくらなんでも違う目標にしてください」という特攻兵に、
「何を攻撃するかは関係ない。死ぬことが目標なんだ」そう言い放つ上官。

だから9回特攻兵として出撃し、9回生きて戻ってきた特攻兵、
佐々木友次さんの存在は 奇跡としかいいようがない。
繰り返し戻ってくる彼に、上官は怒り「次こそ、死んで来い」と繰り返す。
それでも生きて戻ってくる彼を 最後は撃ち殺そうとしていたらしい。

佐々木さんは、どうして上官の「死んで来い」という命令に
逆らうことができたのか・・・
卓越した飛行技術と なによりも少年時代から憧れだった
空を飛ぶということが 好きで好きで たまらなかったのだ。

鴻上さんも指摘しているが、空を飛ぶときは上官からも
嫌なことからも 自由になれたのだろう。
父の教え「人間はそう簡単に死ぬものではない」
その言葉も 佐々木さんのお守りだったろう。

上官も軍も世間も、マスコミも特攻隊を どうしても美談に
しなければならなかったのだ。
国民もそれを求めたし、新聞は繰り返しその物語を掲載した。
国民の戦意高揚のためにも 軍隊の志気を上げるためにも、
必要な装置が「特攻隊」だった。

戦後、故郷北海道に生還した佐々木さんに、周囲の目は冷たかった。
生きて帰ってきたことを 責められている気がしたという。
佐々木さんは家業の農業を継ぎ、夫婦で4人の子どもを育て
2度と飛行機に乗ることはなかった。

そして、2016年2月9日、92歳で呼吸不全のため
札幌の病院で亡くなられた。
by yuko8739 | 2018-10-08 14:01 | 読書 | Trackback | Comments(0)