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2018年11月朝日新聞「折々の言葉」から

朝日新聞から 私は日々さまざまな恩恵を得ている。
ときどき「魂に響く言葉」が届くことが 最高の歓び。
言葉を指針にして生きている自分にとっては なによりも
そのことが生きるエネルギーになる、自然の恩恵と同じくらいに。

朝日新聞 1面 編者 鷲田 清一
「折々のことば」より

11月24日
なぜ、という問いに答えを与えようとして人は物語をつくる。
幸せのなかに物語はない。            柴田 元幸

11月25日
人はほとんど自分に関するかぎり、その真の動機を知っていない。
                        色川 大吉


まさに至言である。
人間とは一生「私は誰?」「どこから来て どこへ行くの?」
そう問わずにはいられない、そういう生き物なのだろう。

「なぜという問いに 答えを与えようとして物語をつくる
幸せのなかに物語はない」

この言葉が 魂を打つ・・・
この秋の息子の入院と病気、驚愕の病名、一生続く治療。
長い入院、体の変化、そのときの自分が 心に浮かんだ。

「人生に起きることはすべて意味がある。すべて必要なこと」
そんな言葉は あの時は虚しかった。
こんな不幸が私にばかり?なぜ必要なの?
神さま、なぜ・・・混迷のなか なにもわからなかった。

ただひとつ、そのなかで思ったのは。
「自分の好きな自分でいよう」そう決めた。
この世で唯一無二のこの自分を 嫌いになりたくなかった。
その言葉で どうにか自分を立て直してきた。
運命への不安と怒りのなかでさえも。

時間が過ぎて 44日間の入院のあと退院。
実家に戻った息子は 母の手料理を歓び。
なにを食べても しみじみと旨いと言う。

長い間、家族に支えられた。
父母や弟は 深い愛情で彼を包みこんだ。
これからの過酷な治療を思うにつけ、祈りに近い行為だった。
早く仕事に復帰しなければと私は感じたが なかなか独り暮らしに
戻らなかった。


そんな息子が30日間の実家暮らしから 2日前に出ていった。
たくさんあった荷物を片付けて 出ていった。
朝、昼、晩と息子の食べるものを用意した。
病気のために とり過ぎるとよくない成分もあり、
ネットで調べて 味も薄めに、量も少なめに。
それでも 食べておいしく!そんな30日間だった。

息子が家を出て なんだかおかしなことを感じた。
彼の病気とは もしかしたら(それだけではないが)
家族との絆を ゆっくりと時間をかけて結び直すという
深い意味があったのではないか・・・

私はもしかしたら 彼を育て直していたのかもしれない。
そのことの深い意味は 私にしかわからないことだが。
親子の確執を超えて そういうことが
行われていたのかもしれない。

息子がこのような重篤な病気になったことで、
なぜという問いに 答えを与えようとして
こうして 物語が語られていく・・・

問うのは自分、答えるのも自分自身でしかない。
誰も答えてはくれない。
自分の問いに答えられるのは 自分だけ。


そして・・・
「人はほとんど自分に関するかぎり、その真の動機を知っていない」
そうだとしたら、村上春樹の小説のように 心理の深い奥底には
自分では意識できない感情が 存在するのかもしれない。  
                      
つまり「リトル・ピープル」の仕業?かもしれない。 
神であり、悪魔であるリトル・ピープルは  
究極には自分自身の形、かもしれない。

こんなふうに私は自分で物語り 自分の問いに答えながら 
生きていく、幸不幸とは関係なく。

30代の頃は 人生になぜ?という問いばかりだったが。
年を重ねるうちに、自分で答えられるようになった。

だから私は 大人とは(前にも同じことを書いたが)
「自分の問いに 自分で答えられる人」だと思う。

もうひとつ、
大人とは 自分のなかに生き生きとした
「子ども」を持っている人。
これも なかなかいい。
by yuko8739 | 2018-11-26 10:37 | | Trackback | Comments(0)
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