ゆうゆうタイム

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9月の新聞から思うこと

戦争を語る証言や報道と 深く出会った8月。
さまざまなことを感じた9月。
しかし地震も家族の病気もあり 自分の魂が動いたことに 触れずに過ごした。
起きたことが あまりに大きくて・・・


少しだけ先も見えてきた今、そのことを記しておきたい。
性的少数者であるLGBTを念頭に「生産性」がない、
とした杉田水脈(みお)衆院議員の雑誌寄稿とその後の顛末について。

LGBTの方に対して 杉田氏の『嗜好(しこう)』、
衆院議員の谷川とむ氏の『趣味みたいなもの』という言葉には、
心底怒りがこみあげた。
許せない!と怒りのあまりに振り上げた拳を おろしようがない。
そんな気持ちだった。

全ての人は 生まれてくることを選べない。
どんな父や母か、どういう家か、そう生まれたとしかいいようがない。
性別と同じように 性的指向も選べることでない。
そのように 生まれついたのだ。
それをひとつの「劣性」のように断じるとは!
そしてなんだろう、生産性がないという表現を使うとは。

それでは言う。
生産性がないのは 子どもを持てないLGBTの人たちだけか?
障がいのある人も そうだろう。
子どもや老人も そうだろう。

どんなに生産性がない人でも 誇らしく生きる権利を持つ。
社会全体で生きるための手立てを作り 制度を整え
市民同士でも 小さな手助けに参加する。
それが社会というものだ。

あなたもわたしも いずれ生産性のない弱者になろうとも
憲法の人権を保障される「誰にも捨てられない社会」を目指すべき。
反論するのも バカバカしい論議だと思う。
いったい子どもは生産物なのか???
G・オーウェルが描いた「一九八四年」、その全体主義国家の
政府高官がいかにも言いそうな言葉だ。

杉田発言の後、日本文学研究者のR・キャンベル氏がブログで同性愛を公表。
その後、朝日新聞のインタビューの言葉が 深く感動的だった。

「性的指向は、形としては必ずしも現れないけど、
感性や共感の仕方といった『資質』に関わるようなものだと思います。
その人が他者とどのような交流をして、恵みや痛みを受け、
思いやりを持ってきたかという堆積(たいせき)が資質となり、
人格に行き渡るようなイメージを持っています。
なので外形もそうであるように、この指向だからこういう人だ、
と即断ができないわけです」
~中略~
例えば、同性間でもパートナーが病気になった時に
家族として支えることを認められ、婚姻が可能になって
税制や法律上の立場で不利益を被らないようにするなど、
一人ひとりが壁にぶつからずに充実して生きることができれば、
社会で発揮できるポテンシャルは全く違ってくるでしょう。
そうした個々人の望む自己実現ができることこそ、
僕は『生産性』だと思います。」


バカバカしい杉田発言を掲載した新潮社はその後に、より過激な
テーマで再び杉田発言を取り上げたが、社内からも、読者からも、
原稿寄稿の作家や出版業界、大手メディアからも抗議が殺到。
結局「新潮45」は廃刊となった。

今後は杉田氏の原稿を掲載した理由や責任、
掲載の経過などを詳細に調べて 公表してほしい。
そういう「過程」を「検証」できるかどうか?
それは民主主義、人権にかかわる とても大事なことだと感じる。

基本的には、「あなたはわたしと違うから おかしい」
杉田発言とは 結局はそういうことと 同じではないか。

わたしと違うから「あなた」なのに!
そこに出会いも 感動もあるのに!

ひとつひとつがちがう命・・・
by yuko8739 | 2018-10-01 11:49 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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