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「一九八四年」を読んで~その3

その3

愛情省で、彼はどれだけの拷問を受けたことだろう。
空腹、殴打、電気ショック、抜歯、骨折、窓のない部屋、
ただただ 恐ろしかった。

あれから何日、何か月、何年経ったのか わからない。
一刻も早い死を!ウィンストンは それだけを願う。

毎晩この本を開くのが辛かった・・・また拷問が待っている。
なによりも驚愕したのは、党中枢にいながらも革命組織の一員だと
ウィンストンに近づいた男、オブライエンの出現だった。
ウィンストンは、だまされていたのだ。

度重なる拷問に 憔悴しきったウィンストンは、早く殺してくれ、
なぜ、殺さないのかと彼に問うが。
オブライエンは・・・
「最終的にわれわれに屈服するときには、本人の自由意思から
出たものでなければならない、
殺す前にわれわれの一員にさせるわけだ。
われわれはまず脳を完全な状態にし、それから撃ち抜くのだ。」

まさに狂っているとしか 思えない。

そんな自己陶酔する狂人の手中に ウィンストンの命は握られている。

わたしの胸は 激烈な熱い怒りでいっぱいになる。

その恐怖、その非情を ふるえながら読んだ。
何度も繰り返しては このページを読み直した。
人間が思いつく最大の罰が ここにあると思う。

拷問を加え、思想を入れ替え、国が望む人間に作りかえたとたんに、
後ろから銃で 頭を撃ち抜かれるとは・・・
そのことに どんな意味があるのだ?


その後のウインストンの運命は、書けない。
どうか 自分で読んでその最後を味わってほしい。
私には ショッキングだった。
そして、いまだに感情は激しく揺れ続けている。


そして私は、この本の衝撃から離れられないでいる。
次に読む山本七平著「空気の研究」(同番組で紹介されていた本)
と村上春樹の「IQ84」6冊が待っているというのに。

この小説「一九八四年」は、1948年に書かれた小説。
その時代から G・オーウェルは 私のこの時代を完全に予言している。
これ以上のディストピア小説は この世に存在しないだろう。

小説の最後に、アメリカの小説家トマス・ピンチョンが
多少難解な 長い解説を書いている。
その最後に、彼はこう書いている。(抜粋)

オーウェルが養子にした、小さな2歳くらいの少年を
慈愛に満ちた思慮深い目で見ている写真がある。
「『一九八四年』において、オーウェルが自分の息子の世代の将来を
想像した、警告こそすれ、現実となることなど望まない世界を
想像したのだと推測するのは難しくない。
彼は予測される不可避の情況に苛立ちを感じる一方で、
その気になれば変革をもたらす能力を普通の人々が持っていることを、
一貫して信じていた。

いずれにせよ、我々が立ち返るべきは少年の笑顔だ。
まっすぐで、輝いている。
その笑顔は、1日の終わりに世界は善としてあり、
人間としての品格は、親の愛情と同じで、当然のごとく
消えることなく存在しうる、という揺るぎない信頼から生まれている。

その信頼の美しさゆえに、我々はオーウェルが、あるいは我々自身までが
少しの間だけでも、こう誓う姿を想像することができるー
その信頼が決して裏切られることのないように、
やらなくてはならないことは何でもやるのだ、と。」
by yuko8739 | 2018-06-06 10:21 | 読書 | Trackback | Comments(0)
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