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母の退院

母が今日退院する。
どういう原因か判明しないが 脳梗塞でもなく。
手足の痛みは消え、自在に動くようになった。
神経痛のようなものだったのか・・・

それでも元気にはなったし、入院1週間で退院となって 
母はうれしそう。
重い病気でなくて 本当によかった。
安堵とは こういう気持ちだろうか。

86歳の母が 元気で笑っていてくれること。
その足でさっそうと歩き、その手で箸を持ってご飯を食べられること。
ケアハウスでマージャンやオセロを楽しみ、クイズでいい点を取り、
仲のよい男性の友達と 日々のささやかな幸せを分かち合う。

それが 私の幸せの原点だ。
母のそんな日々が 愛おしい。

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母は 母親の病死で小さいころから 母のいない家庭で父に育てられ、
その後父の再婚で きつく厳しい継母の仕打ちに苦しみながら暮らした。

女学生の頃には 戦争が起きた。
わが町への米軍の艦砲射撃で 多くの死体が転がる道を登校した。
学校には行かずに 軍用飛行場を作るために 土方仕事を続けた。
恐ろしく、ひもじく 苦しい時代の女学生だった。

戦後は小学校教諭として勤務。
継母の勧めで見合いし、父と出会い結婚して 長女の私をはじめとして、
3人の子どもの母になった・・・
父は母を 深く強く愛したが、明治生まれの姑と嫁姑問題も勃発。


この時代に生まれた母の人生をたどると、戦争があり。
自由な恋愛や結婚はなく。
嫁いでは婚家のしきたりを守り 狭い二間の社宅で姑に仕えた。

果たして 母の人生で「自由に選択できたこと」は あったのだろうか。
そう思うと、何とも言えない気持ちになる。
継母との過酷な悲しい経験から 
「子どもを泣かせる母親には 決してならない」と決意。

今でも、86歳の母は シニアの私によく言う。
「今でもこどもたちが 可愛くてたまらない。
やっぱり自分の子どもが 一番かわいい」と。

照れながら それでも本音はうれしい私。
こうして子どもへの思いを 口癖のように伝える母のおかげで、 
魂は春のようにぬくもり 歓びが広がる。

そんな母に願うことは、1日でも 1時間でも 
少しでも長く 生きていてほしいということ。

その笑顔で 私を幸せにしてほしい。

おいしいものを またいっぱい作って届けるから、
またにこにこと食べて 幸せでいてちょうだいね!
by yuko8739 | 2017-03-11 09:07 | 家族 | Trackback | Comments(0)
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