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ゆうゆうタイム

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家族という形Ⅱ/港の花火

今年6月頃から 家族ということについて考え続けてきた。

家族のなかでは 様々なことが起きる。
過去の確執や誤解もあるので、その本質を
見失いがちになることも多い。

誰もが自分が正しいと思っているが 家族全体を見渡せば
絶対に正しいとか、絶対に間違っているとか ほとんど意味がない。
あくまで互いの関係性のなかで 想像力が重要だと感じる。

自分が言ったことと 同じことを 相手に言われたら 
自分は嫌ではないか、悲しくはないか、心が折れないか。
粗雑な物言いを してはいけない。


先日、ふと ひとつの言葉がこころに浮かんだ。

どこかで読んだ言葉だろうか・・・

「幸せを諦めないと 幸せにはなれない」


なにひとつ諦めない人には 幸せというものはやってこないかもしれない。

そういう人は ひとりで生きることを選択したほうがいい。

家族とは 妥協や折り合うことの果てしない繰り返し。

自分の理想など存在しない、いくら正しくても。

自らの固定観念をぶち壊したり、自己を再構築したり。

ときには受け入れ難い他者とも 日々同伴する。

思いどおりにはならなくても かなしみを込めて人生を肯定する。

こう書くと ずいぶん切ない人生に思えるが、年を経て

守りたいものは手放さずに 利己心と戦うのは悪いことではない、

ひとつの修行かもしれない、そんなふうにも思えるようになった。

家族の感情の荒波に揉まれながらも、自分のなかの

小さな一瞬の幸せのきらめきを 大切にして生きる。

自分は自分であることに誇りを持ち、それ以外のことには寛容でいよう。

人生はほとんど雑事で 構築される。

どうでもいい雑で面倒な事柄に どれだけ丁寧に向き合えるか。

高ぶる感情の嵐に飲み込まれずに 淡々と日常を暮らせば、

平安や癒しのひとときも やってくる。

私は あなたではない。

あなたは 私とは違う。

違う脳、違う心の人間が 何人も集まって暮す家族。

トラブルは起きて当然、しかしトラブルは どこか平和な道に

導く可能性もある、そうでない場合も多いが。

感情の海に溺れては すべてが沈んでしまう。

「神は細部に宿る」

そんな言葉を 道しるべにして歩きたい。

「幸せを諦めないと 幸せにはなれない」


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昨夜、今年2回目の花火を体験。
昨年から 花火の日には 花火好きの仲間が集まる。

今年7月末の花火は 残念ながら海霧に半分見え隠れしていたが。
昨年と同じコース(居酒屋ビールと焼きとり&最も出やすい駐車場)で、
9月の花火を 愉しんだ。

昨夜は港に停泊していた 大型豪華客船の雄姿もすぐそば。
初見の花火もいっぱいあって 思わず歓声を上げた。
夜空に光の華が 幾重にも咲いては散る。

寒くてジャンバーを羽織りながら 夢中で花火を見続けた。
青、赤、黄色、紫、緑・・・極彩色の花火。

静かな単色花火の繊細な重なりも 美しかった。
まるで漆黒の漆の器に彫られた 細い菊の花びらのよう。
思わずきれい!と叫んで拍手してしまう。

花火仲間がいて 幸せだと思った。
いい夏が こうして終わっていく。





by yuko8739 | 2016-09-04 11:27 | 家族・親族 | Trackback | Comments(0)
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