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共に生きるために(相模原事件)2

今年6月に、旧優生保護法のもとで、強制的に不妊手術(優生手術)を
受けさせられたとして、宮城県の女性(70歳)が、人権救済を申し立てた。
女性には知的障害があるとされ、内容を知らされぬまま手術された。
16歳の頃だった。

厚生労働省によると、本人の同意が必要とされなかった不妊手術は、
49年から92年までに計約16500件あり、その68%は女性だった。
また、国民優生法にはなかった優生学的理由による中絶の規定が
設けられ、“産んでよい人”の生殖 も、国家の人口政策と
優生政策の中に位置づけられた。

避妊も中絶も不妊 手術も、単に妊娠を避ける手段ではなく、
優生学的目的を持たされた。
優生保護法の成立は 中絶の合法化ではなく、女性の権利の確立でもなく、
女性を人口政策・優生政策の道具にし続ける政策だった。

1972 年の改悪案にあった「胎児条項」が示すように、
女性に障害者排除の役割を担わせるのが、優生保護法の究極の目的だった。

「不良な子孫の出生防止」が公益上必要だという意見は、
70年代にも 公然と語られていた。 

このような思想と政策が 日本では長く続いた。
96年に国内外の批判を受けて、優勢という言葉や本人同意が
不要な不妊手術の規定を削除し、優生保護法は母体保護法に改正された。

法改正から20年、今なお残る根強い偏見は消えてはいない。
相模原事件のあと、ネットには容疑者への共感が書き込まれた。

「障害者はいないほうがいいという考えは、この世のなかにあふれていて、
今回の事件と根っこは同じだと思います」と語るのは、
東京都に住む脳性まひの男性(33歳)

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私は、これらの記事を読み、優生保護法を調べて 深く感じたことがある。
「基本的人権」を尊重するという、最も大切な基本は 私のなかに在る。
全ての人は、その人権を守られて、幸福に生きる権利を有する。

そこには健常者、障害者という区別は 決してない。
憲法に示された道を 私は歩きたい。

しかし、何が問題かというと、障がい者の方と接する機会が
ほとんどなかった自分にとっては、どんな障害の方とどのように接するか。
何が必要で、何が不必要なのか。
それが わからない。

それらのことを学ぶ機会が ほとんどなかった。
それは ある意味決定的なことではないのか。

教育の場でも 職場でも 社会のあらゆる場で 障害者の方々と
日常的にふれあう機会があれば、その笑顔、その歓びを
感じる経験ができる。

私はきっと、ぎこちなさや戸惑いを 捨てることができる。
笑顔で 自分の手を彼らに差しだすことだろう、ごく自然に。

多くの情報を得る努力も大事だが、多くの実体験から学び、
共に過ごす時間の豊かさがあれば、社会全体が変わるのではないか。


今も亡くなった19人の犠牲者の方々の、生前のエピソードが語られている。
お茶目で、愛らしく、真面目で優しい彼らの笑顔。その人生。
それらが、一瞬で奪われたことの意味を 私は考え続けたい。

自らのなかの偏見や健常者への差別を 自ら問い直し続ける。
自分の無知と 戦い続ける。

可能な限り 共存するための道を歩きたい。
他人事ではないのだ。
いつ自分も 社会的弱者になるかもしれず。

もっと知り合い、ふれあいたい。
名前を知り、名前で呼びたい。

共に生きたい、この瞬間を。
by yuko8739 | 2016-08-28 10:56 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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