ゆうゆうタイム

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「手から 手へ」

先日朝日新聞で読んだ 詩のひとことが 私の胸を打った。
その詩に 私の大好きな写真家、植田正治の写真をあわせた本が
あると知り、すぐアマゾンに注文した。
少し待ったが、先日届いた。
(この詩の作者、池井昌樹の詩集が 先に届いた)



「手から 手へ」
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なんと美しい 宝石のような本だろう・・・
言葉が 深く 魂にしみこむ。
植田正治の写真が見開きになっていて 言葉と響き合う。

最後まで読まないうちに 涙がこぼれた。
祈りのような ねがいのような言葉。
愛に あふれて。

親が子を 思うということ。
家族の姿が 胸にたちのぼる。
永遠の家族・・・


何年もかけて この美しい本を この形にしてくれたのは、
企画と構成の山本純司さん。
はじめは耳から入ってきた、という。 

2009年、「現代詩手帳」創立50周年祭の会場で、
谷川俊太郎さんが この詩を朗読したのを 聴いたのだ。
ただならぬものを感じ、池井昌樹さんの詩を 問い合わせて読む。

「これは 絵本になる。
写真は 植田正治さんの家族の写真だ」と同時に思った。

それから 数年をかけて この宝石のような本を作った。
2012年10月 この本が発行された。

エピソードがドラマティックで、まるでドラマか映画のようだった。
編者山本純司さんは 集英社の編集者。

「ここが家だ!ベン・シャーンの第五福竜丸」(2007年日本絵本賞受賞)、
「ひろしま」(2008年 毎日芸術賞受賞)を企画編集。
齋藤孝と共に、NHK『にほんごであそぼ 雨ニモマケズ』も企画編集。


この詩を うつしてみようと思う。


「手から手へ」

やさしいちちと
やさしいははとのあいだにうまれた
おまえたちは
やさしい子だから
おまえたちは
不幸な生をあゆむのだろう

やさしいちちと
やさしいははから
やさしさだけをてわたされ
とまどいながら
石ころだらけな
けわしい道をあゆむのだろう

どんなにやさしいちちははも
おまえたちとは一緒に行けない
どこかへ
やがてはかえるのだから

やがてはかえってしまうのだから
たすけてやれない
なにひとつ
たすけてやれない

そこからは
たったひとり

まだあどけないえがおにむかって
やさしいちちと
やさしいははは
うちあけようもないのだけれど

いまはにおやかなその頬が痩け
その澄んだ瞳の凍りつく日がおとずれてても
怯(ひる)んではならぬ
憎んではならぬ
悔いてはならぬ

やさしい子らよ
おぼえておおき
やさしさは
このちちよりも
このははよりもとおくから
受け継がれてきた
ちまみれなばとんなのだから
てわたすときがくるまでは
けっしててばなしてはならぬ

まだあどけないえがおにむかって
うちあけようもないのだけれど
やさしいちちと
やさしいははとがちをわけた
やさしい子らよ
おぼえておおき

やさしさを捨てたくなったり
どこかへ置いて行きたくなったり
またそうしなければあゆめないほど
そのやさしさがおもたくなったら
そのやさしさがくるしくなったら

そんなときには
ひかりのほうをむいていよ
いないいないばあ

おまえたちを
こころゆくまでえがおでいさせた
ひかりのほうをむいていよ

このちちよりも
このははよりもとおくから
差し込んでくる
一条の
ひかりから眼をそむけずにいよ
by yuko8739 | 2014-11-13 23:15 | 読書 | Trackback | Comments(0)
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