ゆうゆうタイム

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育児は誰のもの?

昨日NHKの「女のサバイバル術」という番組を見た。
女たちが次々と 妊娠をきっかけに退職を迫られている窮状や、
出産後に職場に戻ろうとしても 保育所が足りないために復職できない!
と女性たちが 悲鳴をあげていた。

こういう社会体制で 少子化になるのは当然だと思う。
子どもを産むということへの支えが全く不備なのだ。
根本的な改革を断行せずに 少子化を食い止めることは無理だと感じる。

なぜなら もう「専業主婦」は 夢だから。
私は そんな夢は見たくないけれど 20代の若い女性が 専業主婦に憧れていると聞くと、
暗澹たる気持ちになる。

この番組中でも 大学生の女性が「自分の母親も専業主婦で 私を育ててくれたので 
母のように私も専業主婦になりたい」と言っていた。
ずいぶん経済的にも 恵まれた家庭なのだろうか・・・
そういう家庭は、今ではとても希少だろう。

今は経済的な理由から 専業主婦は働かざるを得なくなっている。
リーマンショックの時代以降は 経済的な理由から 子どもを産んでも
すぐ働かなければならない女性が 激増したらしい。

昔のように右肩上がりの世の中ではない。
男性の賃金も低く、非正規雇用も増える一方の社会が現実なのだ。

私の時代でも 働かない主婦は とても少なかった。
子育て期間が終わると 教育資金や持ち家のために ほとんどの主婦はパートで働いていた。



経済的な理由がなくても 人間として男女共に仕事を持ち、そして結婚や育児もする。
そういうことが 当たり前の社会であってほしいと 私は願う。
男女平等とは そういうことを意味するのではないか。

専業主婦でいたいという人も 自分の職業を続けたいという人も どちらでも
自分の意思で選択できるのが 自由で平等な社会だと思う。

それは すさまじい努力や実績によって 働きながら子育てや介護も担った数多くの
先人の女性たちが 開いてくれた道ではないか。
今や そのことは常識になった。



しかし、番組中の中年男性の意見に 私はショックを受けた。
こういう番組でさえ 中年の男たちは 女は家に!と思っている。
「子どもが小さいうちは せめて3歳くらいまでは母親が育てたほうがいい」

すでに「3歳児神話」は 科学的に成立しないという常識を
シニア世代の男性(番組中では『粘土層』と呼ばれていた)は、知らないのだ。

自分の経験や常識がすべてだと思う この『粘土層』の男性たちには、何を言っても通じないし、
ちょうど企業内では管理職の世代がこういう年代の男性なので 女性の復職や
若い男性の育児休暇取得も 進まない・・・

そして 番組中でも強調されていたが、家庭のなかで男たちが育児や家事を協働するためには、
今のような長時間労働で 企業に「滅私奉公」するという働き方を 変えなくてはならないと 強く思う。




今、児童虐待が信じられないくらいに増えているし、今朝の新聞の一面には
「虐待の6割 孤立介護~全体の半数困窮世帯~」とあった。

育児も介護も 家庭内で担えると思うことが もう間違いなのだと私は思う。
粘土層の男たちよ、自分ひとりで 経験してみるといい。
生後すぐからの 育児を。
痴ほう症の親の 介護を。

泣きやまない赤ん坊の首に 手をかけたくなる気持ち。
いうことをきかずに暴れまわり、粗相を繰り返す親に 手をあげたくなる気持ち。
どちらも 自分の問題となったとき 助けてもらいたい、この現状を変えなくては・・・
と実感できるだろう。


私は子ども3人を 専業主婦として育ててきた。
もちろん歓びや感動も 数知れない。
しかし 数年間は睡眠時間も満足には取れず、いつも寝不足状態で辛かった。

大好きな新聞も ろくに読めなかった。
本も読めず、映画を観に行くなどは 何年も 夢の夢だった。
世の中で 何が起きているのか 空白だった。
映画館に 映画を観に行くことを再開したのは 下の子が 小学校高学年になってからだ。


パーマをかけに 美容院に行く時間もない。
新婚で住みはじめた見知らぬ町に 知り合いはいない。
私と夫の母親は 働いていたので 頼れなかった。

そのころは 車の免許もなかった。
病院に連れて行くとしても ふたりの子の手を引き ひとりをおんぶして
おむつを入れたバックを持ち、30分歩いて やっとバス停に辿り着いた。
助けのない生活は、惨めだった。

毎日が 戦いだった。
ひとりに なりたかった・・・
なぜあんなに あの頃不幸だったのかと ふと今、思うことがある。

私が病気にもならずに その時代を乗り越えられたのは 同じ社宅に住む
子育て仲間たちが 助けてくれたから。
そうでなければ どうやって生きてこられたろうか・・・

 
例えば、そういう時期に 子どもと半日離れていられたら どれだけ母親は救われるだろうか・・・
昔は隣近所で当たり前に助け合ったりできたことも 今の世の中ではシステムや施設、場所が必要だ。 
そういうものがないと 母親は子育てが できない。
ひとりぼっちで孤独、誰ともつながらない孤立した母親は 子育てなど無理だと思う。

子育ても 介護も 家庭のなかで ひとりでは担えない。
専門家の助けがあったり、助け合うためのコミュニティを作ったり 相談者を増やしたり、 
どうにか工夫しながら 私たち自身の未来を 創っていかなくてはならない。

子育ても 介護も 家庭のなかに 閉じ込めてはならない。
誰もが そのことを担い、支え、守ることができるようにしたい。

国は 国策というハードで子育てという行為を フランスや北欧のように 幾重にもガードして守り、
私たち民間人も 知恵を絞りながら ソフト面でも支援や貢献ができるように、
ボランティアなどで 参加していこう。


育児は みんなのものなのです。


子どもこそ 未来の希望そのものだから・・・
 
by yuko8739 | 2013-04-07 10:31 | 社会 | Trackback | Comments(0)
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