樹木希林さんありがとう

樹木希林さん、さようなら
そしてありがとう・・・

あなたが 静かでおだやかなほほえみを浮かべながら
天国への階段をゆっくりと上っていく様子が 私には見えます
「なんだか、ここも映画のロケみたいね・・・」そんなふうにつぶやきながら。

あなたがいてくれて 日本の映画やドラマはどんなに
豊かで深くなり、おもしろくなったことでしょう・・・
あなたは すべての感情の制約というものを受けずに自由に演じた。

かなしみもよろこびも含んだ、どちらともつかない不思議な表情が
魅力的だった、あなたにしか現わせない表現。
大きな目が 複雑にからむいくつかの感情を 同時に表現した。


今年は、「万引き家族」「もりのいる場所」みましたよ。
どちらの映画にも あなたの演技はまるで「重石」のようでした。
あなたがいなかったら この深い味わいはない、余韻はない。
「モリのいる場所」は、あなたが主演の映画でしょう。
胸にひびく愛とかなしさ、人生の諧謔、微笑・・・

いつでも あなたのそばにはユーモアが漂う。
それって あなたの人への愛なのでしょう?

実生活も あなたらしくユニークでしたね。
でも、私にはわかる。
別居していたから あなたは夫を愛せたのでしょう?

あなたを失うと 代わる人のいない日本の映画は
どうなるのでしょう。
偉大な損失です。
私たちは 自由でおおらかな美しい女性を失った・・・

気を遣う忖度社会の窮屈な日本のなかで あなたは神々しかった。
思うことを話し 思うように生きた、すばらしい!
私はその自由に 憧れる。

特にガンと共に生きた 人生の後半のあなたは
壮絶で 美しかった。
本音だけで生きていたようで、それはどんな勇気だろう。

そんなあなたを 夢みます・・・
そんな形で生きられたらいいな、私も。
これからは あなたのように生きたい。
どんなことにも拘束されず、自由で明るく羽ばく鳥のように。

なにも 怖がらない。
人生の幕は 必ず降りるから、
「それなりに」生きて 死んでいく。
あなたのように。

いつかみんな 同じ場所にいく。
完璧な自由と解放。
人生の終わりのあとの光の場所へ。

私の魂も あなたと同じように そこで生き続ける、
光のなか、永遠の一部として・・・

# by yuko8739 | 2018-09-18 09:06 | 映画 | Trackback | Comments(0)  

穴から出て~敬老の日弁当~

私は 穴から出ることにした。
穴から出ると 世界は変わらず美しかった。
危機が去ったということもある。
峠は 越えたかもしれない。

自分のなかで 相反する全く別の感情に引き裂かれそうだったが。
ありのまま、あるがままの私でいいのだと 
昨夜から やっと思えるようになってきた。
矛盾したさまざまな感情のあいだで 私は生きていく。

これでいい、自然のままで。
私のままで。
違う人間には なれない。
理想の形でなくても いい。


好きなことをする、かなしくても。
私の魂が喜ぶことは おいしいものを作って
だれかに食べてもらうこと。 
だから、料理からはじめた。

ずっと前からメニューも決めていた「敬老の日」のお弁当。
買物に行き、2日かけて仕込んだ。
さんまがおいしいから さんま蒲焼ご飯、小骨抜きは意外と大変・・・

ポテトサラダとボイルホタテの酢味噌和え、エビマヨ、
きゅうりとワカメの酢の物、太なます。

ふたりの母たちが うれしそうにこのお弁当を
食べている顔を思い浮べる。
なんだか幸せな気分になった。
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確かにどんなことが起きても 衝撃の瞬間が去ると笑えるようになる。
人は弱いけれど 人は強い。
私の苦しさ辛さに 寄り添ってもらえたので
穴から 出られたのかもしれない。 

改めて人には人が要る、と思う。
感情に寄り添い、共に泣いてくれる人が私には必要だった。
運命の過酷に 怒ってくれる人が必要だった。
そうしてもらって我慢していた自分も 泣けるようになった。


また、料理を作ろうと思う。
難しいことは まだなにもしたくない。
ボランティアも休んだ。
辛さは かなしみは消えたわけではない。

今は秋の風と共に 淡々と生きている。

俳句
空虚な日花買う我に鰯雲

先日米農家でコメを買い、おいしくて新鮮なビニールハウスの
トマトやナス、とうもろこしをもらった。
田んぼには 無数のバッタやかわいい青ガエル、アゲハの幼虫も!
世界は美しく 命に満ちている!!!
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# by yuko8739 | 2018-09-17 12:58 | | Trackback | Comments(0)  

穴のなか

私は今 何年かぶりに 深い穴を掘っている・・・
なにも聴こえず なにもない穴の底で ただ膝を抱えている
運命の残酷に 身を焦がしながら

暗くて深い穴の底で 自分が壊れずにすみますようにと
祈っている

こういうことを なんというのだろうか
晴天の霹靂と いうのだろうか
自分の人生に 暗くて冷たいものが 襲いかかってきた。
日常が 消えた

だから穴を掘って 逃げ込むしかない
なにも聴こえないし 誰もいない穴のなか
時間が経ったら 出てゆける
でも今はまだ ここにいる


神さま、そのことは私が受け入れるべき現実なのですか?
あまりにも 酷いではありませんか
なぜ?
なぜ?
なぜ?

重荷を もっと背負えと?
もう私にも 力はそんなに残っていない
自分を保つのだけで 精いっぱいです

そんな穏やかな日常を 運命の尖ったナイフが切り裂いた
取り戻せない時間・・・
日々の穏やかな幸せが 消えていく
 
いやいや、失ったものを追わずに、
今は今のことだけを思おう

それしか考えない
先のことなど わからない
未来を思う力は 今の私にはない
暗くて静かな穴のなかで 今だけを思う
今のこのときだけを 思う



私には こういう人生が また与えられた・・・
今までもずいぶん さまざまなことと闘ってきた。
苦渋と自責、孤立と孤独。
人生の終わりの時期に 再び問われ 自分と闘うことに?

この運命、この人生からは 逃れるすべはなく

今少しだけは ここにいよう
母の胎内のような 暗い穴のなかで・・・

  

# by yuko8739 | 2018-09-14 12:55 | | Trackback | Comments(2)  

北海道地震と停電その後

地震の停電後に2回くらい買い物に出かけた。
いつもの店では 直後には全く置いていなかった納豆や豆腐が
少しだが入荷した。

牛乳やヨーグルト、パンはやっぱりなかった。
開店時には少しだけ入荷するのかもしれないが、時間が経つと
もう手に入らない。

店内は節電のため照明を落としているし、なにもない陳列棚を見ると、
気持ちも落ち込む、魚類や肉類は手に入った。

地震から5日経った11日、近くのコンビニに行ったが
お目当てのものは やっぱりなかった。
コンビニ店内で「どこへ行ってもトイレットペーパーがない」と
困っている女性がいた。「ここにもないの?」

この町のコンビニもストアにもトイレットペーパーがないという。
子どもさんが熱を出してしまって トイレットペーパーもなくて
困り果てているようだった。 

思わず「うちには買い置きが いっぱいありますから、
お譲りしましょうか? 私の車についてきてくださいね」
そう言うと とても喜んでわが家まで来た。

家から16個入りのTペーパーを持って来て渡すと、
何度もありがとうございました、と繰り返して
ほっとした顔で帰っていった。

こういうことで 困っている人もいるのだなあ・・・
地震はもう5日前のことだが、小さなことでも
できる限り助け合いたいものだと感じた。
もし自分が反対の立場なら とてもうれしかったと思う。


余震もときどきあり、そのたびに恐ろしさがこみあげる。
自分が常に揺れているような感じ。
その感覚が取れない。
本当の余震もあるので、びくびくしてしまう・・・

昨日、友人と外でランチを食べた。
電気がついて 幸せだと感じた。
おいしいランチまで食べられたことは 望外の喜び!
ささやかな日常が とにかくうれしい・・・

厚真の発電所は損傷がひどくて 火災のあとの温度上昇により
内部の修理も難しいらしい。
本格的な復旧を終えるには 12月までかかるという。

いつもお米を買っている農家さんと電話で話したが、
地震の際は自家発電装置を動かして 冷凍庫、冷蔵庫は無事だったとか。

ただ、近所の農家では最盛期を迎えていたとうもろこしの出荷が
できなくなり、固くなったとうもろこしは売れなくなった・・・
畑を潰すので 好きなだけ知人に持っていってもらったという。

生産者は こうして1日出荷できないだけで収入を失う。
停電とは死活問題なのだと 強く感じた。
物流の持つ力を まざまざと感じた秋だった。
田んぼの稲がもう黄金色になり 稲刈りの時期が近い。
10月に入ると 我が家の米も新米になる。

米だけでなく どうか林檎や葡萄もじゃがいもも葉野菜も、
すべての農産物、畜産物、魚介類が 豊富な自然の恵みを得て
健やかに、たくましく苦難を乗り超えることが できますように。

命の大地に 歓びの季節がまたやってきますように。

被災された方々が 再び生きる力や勇気を取り戻せますように。 

神さま、我が大地に祝福を!

# by yuko8739 | 2018-09-12 13:19 | 地域 | Trackback | Comments(0)  

2018北海道地震と停電2

9月7日
朝になっても 停電は解消しない。
停電は長くて1週間というニュースの言葉に 絶望する。
自宅の冷凍冷蔵の食べ物は すべて廃棄するしかない。
食べるにしても 限度がある。

こんなことが起きるとも知らず 車のガソリンも少ない。
給油は多分無理だろう。
ショッピングセンターもコンビニも すべて店は休業。

わが家はガス風呂だが点火方式は電気なのでシャワーも使えない。
息子は大鍋にお湯を沸かして それだけで頭と体を洗った。
「鍋シャワーもなかなかいいよ、」というが。

でも もし停電が1週間も続くとしたら・・・
それが最大の恐怖となった。
ろうそくも尽きるし、スマホの電源も落ちる。
全く情報が入らない・・・
(スマホの充電が 町の施設や避難場所でできると知ったのは
停電が回復してからだった、今後ラジオは必ず買う!)

遠い岬の自然の仲間からラインが入り午前4時に通電と知る。
えっ?と驚く、隣の市でもi町でも通電した。
なぜ 私の町には電気が来ない?

市内でも 昨夜遅くに通電した町があるらしい。
同じ町にも 通電区域もあると聞くと納得できなかった。
なぜ、私の町は停電のままなのか?
トイレに苦労するたびに そう感じて徒労感・・・

また、暗い夜がやってくる。
ろうそくも少なくなったし、どうしよう・・・
3時から冷凍庫の とけかかったエビやイカ、
冷蔵庫の野菜で 天ぷらを揚げた。
ひき肉も溶けていたので 白菜と肉団子の中華スープも作った。

また薄暗い部屋で夕ご飯を済ませ、後片付けを終えた頃、
午後5時27分に いきなり電気がついた!!!!!
「うわあ~ついた、明る~い!」と叫んで家族で喜び合った。
幸福感に包まれた。

TVでニュースをみた。
土砂崩れや札幌市の液状化の地域の被害には 言葉もない・・・
ただ、ただ生きていることに感謝して 祈るしかなかった。

北電の社長の会見をみて「非常にレアなケース・・・」
そんなことを言う場合だろうか?怒りがこみ上げた。
家庭だけの困難では すまない。

全道停電とは どういうことかわかっているのだろうか?
北海道は全国一の生産地、農業や産業はいったいどうなる。
停電のせいで ガソリンが港にあっても ガソリンを運べない。
配送業者は 信号がないと危険で走れない。

搾乳機にも電気がいる。
牛の乳は 休みなく絞らなければならない。
絞っても 廃棄するしかないのか。

今はとうもろこしの最盛期。
運べないから ただ放置する、朝もぎの絶品とうもろこしを。
道内だけに 停電の被害はとどまらない。

今後、本州で学校給食の牛乳は 不足するかもしれない。
経済損失は熊本地震を上回る5兆円を上回る可能性もある。

生産者へのこの損害はどうなるのだろう。
北電の泊原発では 震度2で電源喪失した。

非常電源を作動して 安全は確保されたようだが、
もし今以上の震度なら どうなっていたか・・・
より近くの震源ならば どうなった?
恐怖に 鳥肌が立つ。

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ガソリンの給油制限が解除されたスタンドで 9日に給油。
買い物に行くと、店には納豆や豆腐のケースががら空き。
パンも1個もない。
野菜と果物も すべては揃わない。
乳製品も皆無。
魚介類と肉は どうにか販売していた。

死者は11日現在、41人に上っている。
亡くなられた皆さまに こころよりお悔やみを申し上げます。
また、被災者さまには こころよりお見舞いを申し上げます。

復興の日を目指して これから共に歩きましょう・・・
1日も早い復興を願っているが 台風の豪雨に続いた
震災の影響は 多分長期化するるだろう。
余震も含めて 不安だが・・・

この悲劇や5兆円の損害を超えて 
私たちは どんなことがあっても 生きるしかない。

# by yuko8739 | 2018-09-10 12:28 | 地域 | Trackback | Comments(0)