IE9ピン留め

味噌の仕込み

毎年、大寒のこの時期に欠かせない仕事は・・・味噌の仕込み。
毎年3セット24kgの味噌を 20数年間仕込んできたが、昨年の味噌が残っているので
今年は 2セット16kgを 仕込むことにした。(1セットで8kgの味噌だできる)

昨夜は 昨年仕込んで 現在食べている味噌を別の容器に移したり、
厳寒のなか 物置から樽や大ざるなど 道具を出したり、麹と塩を混ぜて 
塩麹にしておいた。大豆は洗って大鍋に入れ 水につけておいた、これで準備完了。

そして今日、1セットめはすでに仕込が終わって 2セットめの大豆を 煮ている。
大豆が柔らかく煮えて ひと肌に冷めたら 塩麹と混ぜて 大豆の煮汁を加え
おにぎりを握るように味噌玉を作り、焼酎で消毒した容器に(空気が入らないように)
打ちつけるように 入れていく。






味噌の表面に塩でふたをして、焼酎を振りかけて ラップをしてできあがり。
重石をする人もいるようだが、私は今まで しないで作っていた。
空気の遮断のために お皿程度の重さのものを 置いてみようか・・・

多少の手間ひまはかかるけれど 1年のうちに半日だけのこと。
それで 1年間は自分で仕込んだ 安全で 安心な とびきりおいしい味噌が
食べられるのだから、できる限りこの仕事は続けたい。




毎日 自分の仕込んだ味噌で作る味噌汁を 味わうたびにああ、やっぱり 
香りがよくて おいしいなぁ・・・と思わずにっこりしてしまう私。
もう他の味噌で 味噌汁を作ることは 考えなくなった。


大寒のこの時期に、外にうず高く積もった雪を眺めながら 大豆を煮るもうもうとした湯気で窓を曇らせながら 煮大豆を「なんて 甘い!」と つまみ食いしながら 
私は ずっと この仕事を続けるのだろうなあ・・・からだが続く限り。


容器のふたを開けると ふわーっといい香りのする 秋の黄金色の味噌を 夢みながら・・・
おいしくなあれと 味噌玉に 魔法の声をかけながら。

手前味噌、一丁上がり!




# by yuko8739 | 2012-02-12 11:40 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

春呼ぶ和菓子

2月は 記録的な極寒の真冬日が いつまでも続く。
外は吹雪のある日、仕事で和菓子の店を訪ねた。

店は誰も知らないような 古い商店街の一角にあった。
時間が止まっているような場所・・・
それでも 店に入ったら 一気にこころが薄桃色になった気がした。

桜餅、うぐいす餅、お雛さまや桃の花の生菓子・・・
ああ、もうすぐ春なんだね。



こんなに寒くても 日脚が伸びて 日中に陽が照ると 少しの時間なら
ストーブも消せるようになった。

掌(てのひら)に乗る 美術品のような干菓子の愛らしいこと。
こういう和菓子ひとつとってみても 日本という国のものは なんと美しいのだろう。


繊細な手仕事の国・・・四季折々の自然の感受性が どんな手仕事にも感じられる。
職人さんは きっと息をつめるようにして 細かな作業に集中するのだろう。

花びらの細やかなひだや 葉脈のひとすじまでを 再現する。
ひな祭りのための飴菓子、ガラス細工のような有平糖(あるへいとう)の写真を見て驚いた。
食べてなくなるお菓子にも この芸術性!

自然を再現する職人技に 感動しきりだった。


春を呼ぶ定番の桜餅は うっとりするほど美しい。
薄桃色のもち米のなかの香りのいい小豆餡と それをくるむ桜葉の塩の塩梅が絶妙。

求肥で白餡をくるんだお雛さまの形の生菓子も 優しいおいしさで心に春がしみて
いくような 安らぎを感じる。



ああ、至福の時間・・・
和菓子って ひらがなの感じがする。

とても やさしくて こころにしみる

おかしが はるをよんでくれるみたいで やすらかなきもちになる

にほんじんで よかった・・・








# by yuko8739 | 2012-02-11 22:00 | おいしいもの | Trackback | Comments(0)

悪夢

私は住んでいる自分のアパートが 流されているのが わかった。
今にも水は 1階のこの部屋に 浸水してくるだろう。 
混乱したまま思う。小さな子どもたちだけは どうしても守らなくては。

津波が 私たちを飲み込もうとしていた。
ベランダから 燃えている建物が見える。
こうこうと燃えさかる火は 水面に写り なぜかきれいだった。

多分、私は死ぬだろう。
多分、子どもたちも。

でも 神さま 子どもたちだけは お助け下さい!

私は小さな子どもふたりを なるべく高く抱き上げた。
~水がやってくるから 浮かぶものに つかまりなさい。
お母さんが 水に沈んでも 絶対に生きるんだよ~


私は そう絶叫して 目が覚めた。



地獄から 生還した。




もうすぐ あの日から1年が経とうとしている。

昨夜、3・11の日に 福島で被災された方と仕事でお会いして お話を聞いた。
内陸だったので 地震こそあれ 津波は知らなかったという。

淡々と語り 4月には新潟からのフェリーで 北海道に戻れたと語った。
ただ、ほぼ1年近く 故郷にいて働いていたが 現実感がないとのこと。


夜、私は寝つきが悪く 何度も肩の痛みで浅い眠りから覚め それを繰り返していたら・・・
この夢を みた。

目覚めて 夢だとわかっても 子どもたちが心配で 恐怖で心が高ぶった。
夢のなかでは 子どもたちはまだ 小さかった。

多分 被災された方々の恐怖は 私の一瞬の悪夢に比べて 途方もないものだろう。
その後の混乱、飢え、寒さ・・・身内を失う壮絶な悲しみと苦しみ。

それに加えて 放射能の恐怖。
見えない 恐怖。
言葉には 尽くしがたい。



昨年から 被災しなかった自分までもが 長い間 深く傷ついているのはわかっていたが、
一瞬の夢でも 私には 思いもよらない体験だった。

今 ふたりの子どもたちを 腕がしびれるほど高く抱き上げながら 迫りくる冷たい水に 
死を覚悟した自分を思う。


被災された方々よ、私には 夢だったけれど これが あなたの現実だと思えば 
私の涙は ただとめどなく 流れるだけです・・・ 





# by yuko8739 | 2012-02-08 09:11 | 社会 | Trackback | Comments(0)

山田 太一作「キルトの家」

年老いて なお 独立心失わずに 喜びを持ち 自由な精神で生きていく。
旅の途中で震災にあった 訳ありの若いカップルが そんな老人たちと同じアパートで出会う・・・

山田 太一ならではの この作品。
若者たちが遭遇した 震災の大きなトラウマと共に描かれたのは、
老いていくということの 深い孤独と傷痕(きずあと)の意味、
それはまるで 震災のように「人」を「人」から奪うもの・・・

珠玉のようなセリフのひと言、ひと言を 聞き漏らすまいと集中してこの作品を観た。
山田作品は なんといっても 劇中のつぶやきひとつも逃せない。
1話、2話と続いたドラマの後半で 何度か 胸がいっぱいになり、涙があふれた・・・

~私は一老人ではない。
血も涙もある 
桜井 慶一郎である~

父が亡くなって病室の引き出しから 見つけたのは 包装紙の裏に書かれた この言葉。
もしかして 父は娘の私に怒っていたのかもしれない、と松坂恵子が演じる女性は言う。

「怒った相手って、私じゃないかって。
私はほとんど 父の一生を本気で知ろうと思わなかった。
他にはいない特別の人間として 大切にしなかった。
父はうっとうしい人、それくらいにしか思っていなかった。
それからなの、団地でお年寄りを見ると 父の言葉が浮かんでくるの。
声をかけたくなったの。父が見てくれているような気がして・・・」

父の意思を胸に抱きながら 老いても 人間の個性や人格を最後まで尊重したいと願い、
声をかけて 集まった仲間が集う「キルトの家」

そこに集まったのは 「一老人」ではなく かけがえのない自分だけの人生を生きている 
誇り高い ひとりひとりの人間。
そんなキルトの家で 老人たちと若いカップルは 心を開き 通い合う。

「若い人は すごいなあ、うれしいじゃないか・・・」
山崎勉のこの言葉の万感の思いが、若者よ、君たちには わかるだろうか。
共に生きるということの なんという輝き。そこでは 予想もしない何かが起きる。



ドラマの終盤、キルトの家に集まった仲間が 息子と暮らすため、
入院するため、老人ホームに入るためと 5人も去っていくことに。

「こんなことって おかしいんじゃないですか。
あっという間に5人もいなくなっちゃうなんて、まるで津波みたいに・・・」
そう泣きじゃくる若い娘を抱きしめながら 山崎勉が言う。

「津波じゃない。年よりはこんなもんだよ。
いつ だれがどうなるかわからない。
見えない弾が 狙い定めず 飛んでいるようなもんだ。
腰にあたる。
背中にあたる。
胃や肝臓や頭にも当たる。胸にもな。
大事な人もいなくなる。年よりはこんなもんなんだ。
年よりは こんなふうに引き裂かれてしまう・・・」

私は 泣いた。
山崎勉のこの言葉が 胸に飛び込んでくる。リアルに。


年を重ね 心はますます自由と開放に近づいて、自分の魂を誇りにして
生きているけれど このからだにも 見えない弾は 飛んでくる。

できないことが 増えていく。力は 失われる。重い物が持てない。
すぐに忘れる。思い出せないことが増える。

確実に 正確に 死に向かっている自分を 常に突きつけられている。
得たものは いつしか すべて喪われるだろう。

年をとるということのかなしみが この頃 私にも ちゃんとわかるようになった。
山田太一が描きたかったのは 今を輝いて生きている老人と 若者の出会いのなかに 
奇跡のような 豊かな係わりがある ということではないか。


確かに 狙い定めず見えない弾が 飛んでくる老人にとっては 
今生きているこの瞬間こそが すべて。

優しい若者と その悦びや哀しみを 共にできることのやすらぎ。
その豊かさやそこに湧き出る希望・・・奇跡のような。



ああ、世界は このようであれ。




# by yuko8739 | 2012-02-06 23:02 | ドラマ | Trackback | Comments(0)

ばぁばデート

去年のそうたの誕生日に、おもしろいものをプレゼントした。
手紙を渡した。「この手紙を持っていると、いつでも 好きな時に ばぁばとでかけて
好きな本を買って おいしいご飯を食べて デートできます。
これはそのためのチケットです」・・・

そうたは その手紙を いつ使おうかと考え うれしさのあまり 目をキラキラさせた。
そして その日がやってきた。今日は孫ちゃんふたりは ばぁばとデート。
迎えに行くと APの玄関から飛び出てきた。冷たい手・・・外で待っていたんだね。

「夜もご飯食べていったら? カツどん作るよ、お風呂も入っていいよ」と朝 FAXしたら「うれしすぎる~~~~」とそうたから返事。

3人で本とレンタルDVDの店に行き、絵本コーナーで いろいろと物色。
いろいろありすぎて 悩んじゃうね・・・なにがいいかな?


そうたは すぐに 「この本見て!」と細長い本を発見。
ぱらぱらめくって 「おもしろそうだよ、これにする」
はなは なかなか決まらない。

私は いつも名作の絵本を選び アマゾンで買って プレゼントしているが、
ときには(どんな本でも)自分で選ぶ体験をさせるのも いいかなと思った。
しばらくして はなが選んだのは 今流行の子犬の写真がいっぱいの迷路の本。

次に向かったのは 海浜公園そばの道の駅。気温は-1℃だが 海風に飛ばされそう!
ここのソフトクリームは 知る人ぞ知る 道内でも3本指に入るほどの 絶品。
鉛色の空のもと、ヨットが停泊し、風力発電の羽根が周る。


ガラス張りの広~い喫茶室は 数人しかいなかった。
そこでゆっくり 牛乳たっぷりのソフトクリームを食べて 買った本を眺める。

「ランチはなににする? 好きなものをたべに行こう。何がいい?
ばぁばの家に早く行きたいなら 寿司ランチを作ってやるけど どうする?」というと、
「ばぁばの作ったランチがいい」という。
「おうちごはんのほうが おいしいもん」と そうた。

まあ、そうかもね・・・
節分の太巻きの具材もまだ たっぷりあるし きれいなランチも作れそう・・・
「じゃあ、おいしいお寿司ランチとあったかいそうめんでも食べようか」と我が家に。

息子たちと2階で遊んでいる2人に「お寿司ランチできたよ~」
「わあ、きれい、おいしそう!」「すごく おいしい!」と ばぁばのお寿司ランチを 
うれしそうに お代わりまでして 食べ終わった。





それから 買って来た絵本を3人で読んだ。
「つきのぼうや」「だいじょうぶだよ、ゾウさん」
ふたりとも とても心が満たされた様子だった、よかった。 



夜のご飯もいっしょに食べて また そうたは カツどんをお代わり。
生タラコとキャベツやニンジン、しいたけで子和えをした。ひき割り納豆で
即席の納豆汁を作ったが とてもおいしかった。自家製たくわんも添えて。


お風呂に入って 仲良くおしゃべりをして 眠たい顔で 寒いなかを帰っていった。
おやすみ、私の天使たち・・・ばぁばデートは 楽しかったかな。

春になったら おにぎりをもって 川に行こう。

桜も 見に行こう。


また、いっぱい遊ぼうね・・・ 



# by yuko8739 | 2012-02-05 23:19 | 家族 | Trackback | Comments(0)

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